第187話 質の悪い貴族の居場所はゴミ捨て場③

『あーテステス。貴族の皆さん。こんにちは、無事に王城に辿り着きましたか?』


 まるで人を小馬鹿にしたの様な放送に、貴族家当主達は眉間に皺を寄せる。


「……なんですかな、これは?」


 貴族家当主の内、一人がそう呟くと、返答するかのように放送が流れた。


『えー本日より皆さんには、しばらくの間、サバイバル生活を送って貰おうと思います』


 馬鹿みたいな放送を聞き、貴族家当主の内、一人が苛立ったように声を上げる。


「……はあっ? サバイバル生活? どういう事だ。何故、貴族家の当主である我々がそんな事をしなければならない。そんな事をせずとも、城門の外に出て宿を借りればその様な事をせずとも済むではないか」


 貴族の一人が城門に手を当てると、門を開けようと試みる。

 しかし、城門はビクともしない。

 城門が開かない事に目を見開かせると貴族家当主のマルクスはすぐさま声を上げた。


「どういう事だ。さっさと、城門を開けろっ! この私を誰だと思っているっ! マルクス領を収めるマルクス伯爵であるぞっ!」


 マルクスがそう声を上げると、そんなマルクスの事を嘲笑うかの様に放送が流れる。


『えー貴族家当主の皆さん。いいですか? 一度しか言わないのでよく聞いて下さい。これから皆さんには、毎日ゴミが空から降ってくる劣悪な環境、限られた食料でサバイバル生活を送って頂きます。そこから逃れる手段はただ一つ。これから放送する条件を受け入れ、契約を交わす事以外にありません』


「なにぃ? 馬鹿な事を言うなっ! 何の権限があってその様な事をっ!」

「――貴族を王城に閉じ込めてタダで済むと思っているのか? どの様な手段を使ったかはわからぬが、領軍は王城の外にいる。貴族家の当主が捕えられていると知れればどうなるか、わからぬ訳ではあるまい」

「さっさと、城門を開け。今ならこの放送を流している者の首一つで許してやるぞ?」


 うーん。どうやら自分達の立場がわかっていない様だ。

 俺の首一つで許してやる?

 馬鹿を言うな。もしかして、助けが来るとでも思っているのだろうか?

 もし、そうなら見通しが甘いと言わざるを得ない。


 貴族達の話を無視すると、俺は放送を継続する事にした。

 まだ伝えるべき事がある為だ。


『えー、こちらの条件は、「身分制に基づく不公平な課税制度の廃止」及び「十年間の国民に対する税金の免除」です。国が貴族に課税する分には何をして頂いても構いません。これに同意頂ける方のみ王城から出して差し上げます。なお、その際、その旨を記載した契約書にサイン頂きますのでよろしくお願いします』


そう言った瞬間、城門前で貴族達の怒りが噴出する。


「ふ、ふざけるなぁぁぁぁ!」

「私達は貴族だぞ? 平民風情が偉そうにっ!」

「何が身分制に基づく不公平な課税制度の廃止だっ! 十年間の国民に対する税金の免除だと? ふざけるんじゃない!」

「我々がどれだけ国の為に尽くしてきたと思っている!」


 こっちはただ、無駄に貯め込んだ税金をすべて吐き出し、公平な税制度にしろとお願いしているだけなのに、貴族様は随分とお怒りの様だ。

 国民は貴族以上に税金を搾取されているんだぞ?

 国の為を思うなら、無駄に貯め込んだ税金を国庫に返納するべきだろう。

 そして、その金でゴミ・汚物処理場の修繕を行えばいい。

 貴族が国民から搾取した金はすべて税金なのだからそれが正しい税金の使い方だ。

 過度に課した税金を貴族の懐に入れておいても何の国益にもならない。


『なお、同意頂ける方は、城門までお越し下さい。毎日午前十時に賛同頂けるかどうか確認に参ります。それと、食料の支給についてですが、皆様の態度があまりにも悪い為、私の一存で見送らせて頂く事にしました。また、現在、城内には多数の不審者が入り込んでおります。貴族の皆様に於かれましては、食料目当ての不審者に襲われぬようご留意下さいませ。話は以上です。皆様のご健闘をお祈り申し上げます』


 放送が止まると、城内が一気に騒がしくなる。


「ふ、不審者だとっ!? どういう事だっ!」

「城にしか食料がないだとっ!? 聞いてないぞっ!」

「――宰相は、カティ宰相はどこに行ったっ!」


「あっ……」


 どさくさ紛れに逃げ出そうとしていたカティ宰相。

 貴族の当主達はカティ宰相を取り囲むと口々に怒声を浴びせる。


「――なんだ、あの放送はっ!」

「平民の教育がなっておりませんな。ここは王都。カティ宰相、あなた方は何をしていたのです?」

「そんな事より食料が先だ! 食料はどこにあるっ!」


 口々に怒声を上げる貴族達。

 これでは纏まる話も纏まらない。


「まあまあ、皆さん。今はそんな事を言っている場合ではないでしょう?」


 貴族達を落ち着かせる為、パチンと手を叩くコンデ公爵。

 この場で一番、爵位の高い者の言葉に周りの貴族達が静まり返る。


「あんなふざけた放送に惑わされてはなりません。我々は纏まらねば……」


 そう言うと、コンデ公爵はカティ宰相に視線を向ける。


「放送によると、城内に不審者が入り込んでいるそうですからね。まずは城に案内して頂きましょうか……ねえ、カティ宰相?」

「……わ、わかりました。案内させて頂きます」


 コンデ公爵が首を動かし、カティ宰相を捕えるよう合図を送ると、それに気付いた貴族がカティ宰相の両腕を抱える。


「それで、食料は後どの位、持ちそうなのですか?」

「……この人数ですと、二週間といった所でしょうか? 幸いな事に兵士や使用人達は皆、投降してしまいましたからね」


 カティ宰相の言葉を聞き考え込むコンデ公爵。

 コンデ公爵は少し考え込むと、指を顎に当てる。


「ふむ――と、いう事はまだ二週間も時間が残されているという事ですね? わかりました。その間に対策を練りましょう。子爵は食料の備蓄を確認しなさい。男爵は王城の警備を……不審者一人王城に入れる事は許しません。伯爵は私に付いて来なさい」


 そして、自分より下の爵位の貴族達にそう命令すると、伯爵達と共に王の元へと向かった。


 ◇◆◇


 一方、城内への放送を終えた翔は、影の精霊・シャドーを獲得した配下五十人と自警団に城門の警備をお願いすると、ゲーム世界をログアウトし、現実世界に戻る事にした。


 宿に戻り、部屋に入ると早速、ログアウトする翔。

 現実世界の特別個室に戻った瞬間、現実世界に残してきた風の上位精霊・ジンが目の前に現れる。


「うん? なんだっ?」


 現実世界に戻ってきたと同時に現れた風の上位精霊・ジン。

 ジンは俺にビデオカメラを手渡すと、再生するよう促してきた。


「ビデオを再生しろって事かな? まあいいけど……はっ?」


 ジンに促されるままビデオを再生し、絶句する。

 そこには、俺の留守中、勝手に仮囲いの中に入り込んで何かを探す報道記者の姿が映っていた。


「――な、何やっていやがるんだこいつ等……」


 白昼堂々と私有地に侵入するとは……これが取材特権って奴か?

 まさか、自分達が取材を要求すれば相手は受けて当然とか思い込んでいる訳じゃないよな?

 記者だから逮捕されないと本気で思っている訳じゃないよな??

『取材だから』という理由だけで法律違反が免責される様であればこの国はもうお終いだ。俺には『取材特権』という言葉自体が、マスコミにとって都合の良い詭弁にしか聞こえない。


 幸いな事に報道機材は持っていない様だ。

 恐らく、エレメンタル達が壊してくれたのだろう。

 ビデオカメラの撮影時刻を見てみると、つい先ほどの映像の様だ。

 時刻を確認した俺はすぐに決断を下す。


「……ジン、警察が来るまでの間、こいつ等が仮囲いの中から出られない様にしておいてくれ。俺もすぐに向かう」


 そうお願いすると、ジンは頷き、窓ガラスをすり抜け元更屋敷邸へと向かった。

 俺自身も急いで特別個室を出ると、元更屋敷邸へと向かう。


 他のエレメンタル達にもカメラは持たせてある。

 不法侵入の証拠はバッチリだ。


 しかし、この短期間で二回もやらかすとは……。

 とんでもない奴等だ。


 仮囲いの中に入り込んでいるマスコミの内、二人は見た事がある。

 というより、仮囲いの中に入り込み俺に聞き取り取材をかけようとしてきた奴等だ。

 他の奴等については知らないが、大方、仮囲いの外で俺の出待ちをしようとしていた奴等だろう。


 赤信号皆で渡れば怖くないの精神で、そこにいた奴等の殆どが仮囲いの中に入り込んで何かを探している。


 一体、何を探しているのだろうか?

 まあ、それについては置いておこう。


 病院を出た俺は、走りながら警察に電話をかける。


「……すいません。元区議会議員の更屋敷太一氏の住んでいた土地に複数の人が不法侵入しているのですが、すぐに来て頂けませんか? 土地に侵入されて困っているんです。えっ? あ、はい。高橋翔と申します。住所は港区新橋××です。それでは、よろしくお願いします」


 伝えるべき事だけを伝えると、俺は電話を切った。


 これで良しと……。


 後は、警察が来るまでの間に、不法侵入罪と不退去罪の要件を満たすだけ……。


 現場に到着した俺が仮囲いに視線を向けると、そこにはハシゴがかけてあった。どうやら、記者達は仮囲いに梯子をかけ中に侵入した様だ。

 もはや何でもありである。


「や、やべっ……! お、おいっ!」


 俺に気付いた報道関係者が仮囲いの中にいる記者にそれを伝えようとする。


 ――バチッ!


 その瞬間、バチッというスパーク音が辺りに響き、報道関係者が倒れ込んだ。恐らく、雷の精霊・ヴォルトが対処してくれたのだろう。


 上に視線を向けると、バチバチ音を立てながら光る雷の精霊・ヴォルトの姿が見える。


『――ナイス。ヴォルト!』


 心の中でそう呟くと、俺はドアに手をかけ仮囲いの中に入り込む。

 すると、俺が仮囲いの中に入った事を察知した記者達が一斉に視線を向けてきた。


『拙い!』といった表情を浮かべる記者達。

 しかし、言い逃れできないと悟ったのか、ペンとメモ帳を持った記者達が俺に詰め寄ってくる。


「すいません。ちょっと、お話を聞かせて頂いてもよろしいですか?」

「突然で申し訳ないのですが、取材を……」

「元区議会議員の更屋敷太一さんの事について話を伺いたいのですが……」


 各々、勝手に喋り始める記者達。

 そんな記者達に俺はただ一言、呟いた。


「すいません。ここ、私有地なので今すぐに出て行って頂けますか?」


 俺がそう告げると、記者達は目を合わせる。

 そして、何言ってんだコイツといった表情を浮かべると、俺の言葉を無視して取材を再開した。

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