第188話 報道記者に告ぐ一度目は見逃した。二度目は無い①
「あのー、すいません。黙ってないで、質問に答えて頂けますか?」
「元区議会議員の更屋敷太一さんの件についてお伺いしたいのですが……」
スゲーな。ここまで話の通じない奴等と話をするのは久しぶりだ。
知らなかった。記者ってそんなに偉いのか?
「ちょっと、よろしいですか? ここでの取材中、カメラやドローンが破損してしまったのですが、その件についてはどの様にお考えでしょうか?」
――はっ? 当然、そんなの知りませんが何を言っているんだこいつ?
厚顔無恥もここまで来ると笑えてくる……もう我慢しなくてもいいだろう。
お陰様で再び建造物侵入罪及び不退去罪の成立要件を満たす事ができた。
「――ふう。予め警察に連絡しておいて良かったよ」
「えっ?」
そう呟くと、エレメンタルがチカチカ光り警察官の到着を知らせてくれる。
すると仮囲いに備え付けられたドアから二人組の警察官が入ってきた。
警察官に気付いた記者達が逃げ出そうとするが、俺は手を広げそれを制止する。
「――お巡りさん。そこに掛けられているハシゴを見ればわかると思いますが、この人達は勝手に俺の私有地に入り込んだ現行犯です。証拠の動画もあります。今すぐに逮捕して下さい」
そう言うと、記者達は警察官に弁解する。
「――い、いえ、違います! 私達は取材に来ただけで……」
「そ、そうです! それに取材自体は公益性のある行為なので建造物侵入罪の構成要件を満たさない筈……」
逮捕されたくないのだろう。皆、必死だ。
あまりにも見苦しい言い訳に俺は思わずため息を吐いた。
「……いや、『建造物侵入罪の構成要件を満たさない』って、あんた等は弁護士か何かですか? 新聞社もテレビ局もただの民間企業でしょう? その民間企業に雇われているだけの従業員が『公益性』を騙って、犯罪行為を正当化しようとするなんてあり得なくないですか? お巡りさん。いいから早くこの人達を建造物侵入及び不退去の現行犯で逮捕して下さい」
そう言うと、記者達が俺を睨み付けてくる。
「まあまあ、落ち着いて、とりあえず、話を聞かせて頂けますか?」
「……わかりました」
そう言うと、俺は証拠となるビデオカメラを取り出し、記者達がハシゴを用いて不法侵入してきた事を動画を交えて説明する。
「いや、だからそれは取材で……!」
警察官に事情を説明している最中、記者達が話に割って入ってきたが、最後の方は諦めムードを漂わせ、最終的に現行犯逮捕され警察署に連行される事となった。
当然だ。何せ、この場所は仮囲いで囲っており、『関係者以外立入禁止』という看板も出している。この土地の所有者である俺が『自由な立ち入りは許さない』と内外に示しているのだ。
カメラも持っておらず、ペンとメモ帳一つで勝手に敷地内に入り込み『取材目的でした』等と言った所で、笑い種になるだけ。
俺の私有地に不法侵入してきた犯罪者……もとい記者の数は十人。
こんなに多くの犯罪者がいるとは思わなかったのだろう。
二人組できた警察官の内、一人が応援を呼んでいる。
それにしても、警察と言うのは話の進め方が上手いな。
とりあえず、話は署で聞くからと、そのままパトカーに乗せて警察署に連行するとは……。
その後、俺は現場に残った警察官にビデオカメラを渡し、事情聴取と実況見分、調書を終え、そのまま帰路についた。
その夜。特別個室で寛いでいると、スマートフォンに数件電話が入る。
「……はい。高橋ですが?」
『夜分遅くに申し訳ございません。私、日毎放送の米沢と申します。高橋翔さんの電話でお間違いないでしょうか?』
「そうですが……」
録音アプリを立ち上げ電話に出て見ると、どうやら建造物侵入及び不退去罪で現行犯逮捕された記者の上司の様だ。普通、そういうのは、弁護士が対応するもんじゃないのかと思いつつ対応する。
『この度は、うちの江上がご迷惑をおかけして申し訳ございません。今後、この様な事が起こらないよう対処致しますので、どうか示談に応じて頂けないでしょうか?』
流石の俺も、突然振られた示談の話に面食らってしまう。
「……えっと、それはどういう事でしょうか?」
思わずそう呟くと、電話の向こう側で舌打ちの音が聞こえてきた。
『(チッ……面倒臭ぇな……)』
小声で言っている様だが、舌打ちと『面倒臭ぇ』という声がバッチリ聞こえた。
どう考えても、示談を申し出る態度ではない。
内心、記者を逮捕するなんて何を考えているんだ。とでも思っている事がよくわかる。
しばらく様子を伺っていると、米沢は誤魔化す様に咳を吐き言葉を続けた。
『いえ、弁護士経由で江上に連絡を取った所、江上は今回の件をとても反省しており、この様な事はもう二度としないと申し上げておりまして……』
俺は、そんな米沢の話に被せる様に問いかける。
「……そうですか、それで『チッ……面倒臭ぇな』とはどういう意味でしょうか?」
「……」
そう尋ねると、米沢は黙り何も話さなくなる。
「……ちなみに、この会話は録音してあります」
そう告げると、米沢はそのまま電話を切った。
流石は、江上とかいう報道記者の上司だ。
上司も上司なら部下も部下。
スマートフォンをUSBケーブルに差すと、パソコンに繫ぎUSBメモリー二つに今の会話記録を移す。
そして、それを抗議文と共に封筒に入れると、近くのコンビニまで切手を買いに行き、それを貼り付けポストへ投函した。
宛先は勿論、日毎放送の代表取締役社長宛だ。
他に、監査役にも送っておく事にした。
米沢の言う通り俺は面倒臭い奴なので、面倒臭い対応に終始する。
たった数百円の切手とUSBメモリー代で、米沢の評価が下がりボーナスの査定や昇進に響いてくれれば儲けものだ。
もし万が一、反応がない様であれば、日毎放送の株式を購入し、株主として意見申し立てをするとしよう。
そもそも、マトモに謝罪する気がないなら示談の電話なんてしてこないで欲しい。
俺は、切手と共に購入した酒とつまみを手に持つとそのまま新橋大学付属病院の特別個室に戻る事にした。
◇◆◇
日毎放送に届いた一通の封筒。
それに目を通した日毎放送の代表取締役社長・猪狩雄三は目頭に指を当て困惑していた。
「――昨日、江上君達が建造物侵入の容疑で現行犯逮捕された事は聞いていたが、これは……」
USBメモリーの内容を聞き、猪狩は頭を抱える。
すると、内線が鳴った。
内線名称を見てみると、常勤監査役の安藤君からの内線の様だ。
「はい。猪狩です。ああ、安藤君……どうした?」
『猪狩社長……実は昨日、現行犯逮捕された江上さんの上司である米沢君の件でお話があるのですが……』
安藤の話を聞き、猪狩はハッとした表情を浮かべる。
「……もしや、安藤君の下にも封筒が届いているのか?」
『――っ!? という事は、社長の下にも?』
「ああ……申し訳ないが、社長室まで足を運んで貰っても? 」
内密な話は防音の効いた社長室でするに限る。
猪狩がそう提案すると、安藤は電話越しに頷いた。
『わかりました。すぐに参ります』
そして、内線を切ると猪狩はため息を吐く。
「まったく、何故こうも私の周りでは問題ばかりが起こるんだ……」
息子の
警察に被害届を出そうにも、知らない人に刺されたの一点張りだし、刺された場所を教えろと言っても教えてくれない。
まあ、今、この話は置いておこう。
タイミング良く内線が鳴る。
『猪狩社長。安藤監査役が参りました』
「ああ、通してくれ」
秘書からそう内線を受けると、しばらくして監査役の安藤が社長室に入ってくる。
「失礼します」
「ああ、安藤君。待っていたよ。まずは掛け給え」
そう言って、ソファに座るよう促すと、猪狩自身も安藤の対面に座る。
念の為、扉が閉まっている事を確認すると、今日、猪狩宛てに届いた封筒を安藤の前に差し出し問いかける。
「……安藤君、君はどう思う?」
「そうですね。米沢君のこの対応は問題がありますな。報道記者である江上さんが建造物侵入の容疑で現行犯逮捕されてしまった事も問題ですが、流石にこれは……被害者に対して悪態を吐くのは拙いでしょう。これでは、纏まる示談も纏まりません……」
安藤の言葉に頷くと、猪狩も私見を述べる。
「私も同じ意見だ。本件は既に弁護士マターとなっている。報道部が出しゃばる場面ではない」
「だとしたら、何故、米沢君は被害者と直接連絡を取ったのでしょうか?」
「わからん……」
そう。理解できない点はそこだ。
既に顧問弁護士が事に当たっているにも拘らず、何故、自分達で解決しようとしているのか、理解できずにいた。
記者の名前こそ出さなかったものの既にこの件について、多くのメディアが日毎放送の記者が現行犯逮捕された事を報道している。
当事者に勝手に動かれては、非常に困る。
何せ、その当事者の失敗が会社全体に降りかかってくるからだ。
「一度、米沢君から詳しい話を聞かせて貰った方が良いかもしれませんね」
「……そうだな」
そう言うと、猪狩はソファから立ち上がり、内線で米沢を直接呼び出した。
「ああ、米沢君か? 忙しい所、申し訳ないのだが、社長室まで来てくれ。江上君が現行犯逮捕された件について話を聞きたい」
『は、はい。すぐに伺わせて頂きます』
ソファに座り待つ事、十数分。
『猪狩社長。米沢様が参りました』
「ああ、通してくれ」
秘書からそう内線を受けると、しばらくして米沢が社長室に入ってくる。
そして、社長室に入るなり頭を下げた。
「せ、先日は大変申し訳ございませんでしたっ!」
突然の謝罪に顔を見合わせる猪狩と安藤。
謝罪する位であれば、態々、手を煩わせる様な事をしないで欲しいものだ。
しかし、その事を口に出していう程、子供ではない。
「……まずは座りなさい」
「は、はい……」
座るよう促すと、米沢は怯えた様にソファに座る。
そして、一呼吸置くと、猪狩と安藤宛てに送られてきた抗議文を米沢の前に置いた。
「実は今日、被害者の方から録音データと共に抗議文が届いてね……」
「――っ!? こ、これは……」
米沢は翔の書いた抗議文に目を通すと、愕然とした表情を浮かべる。
「……何故、被害者の方に直接連絡を取ったのか教えてくれるかな?」
そう尋ねると、米沢は肩をガックリ落とし事の経緯を話し始めた。
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