第189話 報道記者に告ぐ一度目は見逃した。二度目は無い②

「じ、実は……江上君に任せていた現場で報道機材が全て壊れてしまい。江上君から一度、局に戻る旨、連絡があったのですが、その際、『手ぶらで帰ってくるな』と叱り付けてしまいまして……」


 実際には、もっと酷い言い方でそれこそ、江上の人生すべてを否定するかの様な事を言っているが、敢えてその事は伏せ、如何にも反省していますという体で経緯を説明する。


「そ、それで、責任を感じ、私の方で示談を纏めようと……げ、現場経験を積ませる為に必要だと思ったんです! それにまさか、建造物侵入で逮捕されるなんて……で、電話にしてもそうです。た、確かに、被害者の方に少し苦言を呈しましたが、まさか録音しているとは思わず……」


 米沢の説明を聞き代表取締役社長の猪狩と、監査役の安藤はため息を吐いた。


「……しかし、抗議文によると、江上君達は一度、被害者の方に建造物侵入及び不退去の忠告を受けているそうじゃないか。それについて報告は無かったのか?」


 猪狩がそう質問すると米沢は声を詰まらせる。


「そ、それは……た、確かに、その様な報告を受けていましたが、まさか、そんな……」

「取材時のルールを記した『記者の指針』では、記者の倫理上、不正な手段を行使してはならないと定められている筈です」


 安藤の至極もっともな発言に、米沢はまたもや声を詰まらせる。

 必死に弁解しようにも、言葉が思い付かない。


「――も、申し訳ございません」


 重苦しい空気が漂う社長室。

 言葉が思い付かず、とりあえず謝罪をすると、猪狩は呆れた表情を浮かべた。


「……しかし、君達は何について取材していたんだね?」


 ため息交じりにそう問いかけると、米沢は取材対象について話始める。


「――は、はい。実は元区議会議員の更屋敷太一氏について取材をしておりまして……」

「更屋敷太一?」


 その名を聞いた瞬間、猪狩は怪訝な表情を浮かべた。

 更屋敷太一といえば、区議会議員の重鎮だ。

 汚職が発覚し失職。その後、失踪したと聞いている。


「――は、はい。実は、更屋敷太一氏の失踪に係わっていると思われる人物が浮かび上がってきまして……それが今回の取材した方なのですが……」

「ふむ。そうだったのか……」


 元区議会議員の更屋敷太一氏の失踪に係わっている人物の発見。

 確かにニュース性がありそうな案件だ。


「事件性はありそうなのか?」

「い、いえ、現時点では何とも言えません……」

「そうか……それならば、この件はこれでお終いだな」


 深入りは禁物だ。

 ただでさえ、記者が建造物侵入及び不退去罪の現行犯で捕まっているんだ。

 今、局はかなり厳しい視線に晒されている。

 対応を一歩間違えば、大変な事態に発展する可能性すらある。


「――話はわかった。処分については追って伝えるので、当分の間、謹慎している様に……もう退室してくれて構わないよ」


 そう告げると、米沢は顔を真っ青に染めた。


 ◇◆◇


「……失礼しました」


 社長室を後にした米沢は、自身の爪を噛みブツブツ独り言を言いながらエレベーターホールに向かう。


「――ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな……元はと言えば、江上の奴が取材をミスるから悪いんだろうがよ……」


 何で俺が謹慎処分を受けなければならない。

 そもそも、あいつが……高橋翔とかいう奴が、取材に非協力的なのが悪いんじゃないか……。


 誰も報じていないことを最初に報じる。目的遂行の為には手段を選ばない。

 スクープを取る事に俺達の存在意義があるんじゃないかっ!


 それに怪しい奴を張って何が悪い。

 他局の記者だって、あの現場で報道機材を駄目にしている。

 絶対に何か疾しい点がある筈なんだっ!

 そうでなければ、あの対応はおかしい。

 確かに、多少、逸脱した取材方法だったかも知れない。

 しかし、逮捕される程の事ではないだろう!


 記者の逮捕は、憲法二十一条が保障する報道の自由を侵害する行為だ。

 しかも、警察は……碌に話も聞かず、現行犯逮捕するなんて……。


 メディアの排除は、市民の知る権利の制限にも繋がりかねない行為であると何故、わからないっ……!

 報道記者は「コントロールされない」という事が大切な仕事なんだっ。今回の様に現行犯逮捕が公然とまかり通る様になれば、権限を持った者による情報操作がより容易な社会になってしまう。


 建造物への立ち入りは取材が目的だった。

 取材が目的なのだから問題ない筈だった。


 怯む事なく、国民の『知る権利』の為に尽くすのは記者として当然の事なんだっ!

 あの程度の事で現行犯逮捕されるなら、俺達記者はとっくの昔に全員逮捕されている。


「絶対に何かある……。こうなったら俺一人だけでも……」


 そう呟くと、米沢は丁度開いたエレベーターに乗り込み1Fのボタンを押した。


 ◇◆◇


 その頃、ゲーム世界の王城では、食糧庫に忍び込んだ男達が食糧を外に運び出していた。王城には、貴族しかいない為か食糧庫前には見張りも付いていない。


「おい。早くしろって!」

「わかってるって! 大声を出すなっ……」

「もう、いっその事、王城を落としちまった方が早いんじゃねーの?」

「へへへっ、それにしても凄い食糧だな。これなら十日は持ちそうだ」


 大量の食糧を前に浮つく男達。


「しかし、おかしくないか?」


 穀物を袋ごと外に運ぶと、男は食糧庫の棚を見て首を傾げる。


「いや……なんで、食糧庫に穀物と葉物野菜しか無いのかなって思ってよ?」

「うん? そういえばそうだな?」


 食糧庫には穀物の他、保存の効く根菜、加工肉等が保存されている。

 しかし、王城唯一の食糧庫にそれが見当たらない。


 それも当然の事だ。

 何故なら、加工肉はすべて貴族が前日の夜に食べてしまっているのだから。

 それだけではない。


 二週間持つ筈だった食糧が、たった一日で四日分減っている。

 そもそも、貴族の思考回路に節制の二文字は存在しない。

 それが王城の食糧庫ともなれば、尚更だ。


「まあいい。貴族共が起きる前にずらかろうぜ?」

「ああ、そうだな。目ぼしい物は大体、荷台に積む事ができたしな……」


 食糧庫に残っている物といえば、積み込む事のできなかったパスタと小麦粉位の物。

 水が貴重な物となった今、パスタや小麦粉は必要ない。

 今、必要な食糧は水が無くても食べられる食糧だ。


「よし。行くぞ……」

「「おおっ!!」」


 そう言うと、男達は食糧を積み込んだ荷台を動かし、王城から離れて行った。

 男達が去ってすぐ、数名の子爵と男爵が遅めの朝食を用意する為、食糧庫に向かうと、食糧庫の扉が開いている事に気付く。


「うん? おかしいな……何故、食糧庫が開いてるんだ?」


 それに何故か地面に少量の穀物が落ちている。

 不審に思いながら食糧庫の扉を開くと、皆揃って愕然とした表情を浮かべた。

 何と自分達の生命線である食糧庫がほぼ空になっていた為だ。


「こ、これは……」

「だ、誰がこんな事を……」


 狼狽する子爵と男爵。

 食糧庫の中に入り必死になって探すも、見付かったのはパスタと小麦粉。

 男爵は声を震わせ呟くように言う。


「き、昨日は、二週間分の食糧が保存してあったのに……」


 そこまで言って思い至る。


「ま、まさか、不審者が……」


 これまでの人生で食糧の備蓄を気にした事が無かった子爵と男爵はここに来て初めて頭を悩ませる。

 公爵と伯爵もまさか食糧庫を狙われるなんて毛ほども思っていなかっただろう。

 だからこそ、食糧庫ではなく男爵に夜間の王城警備を命じたのだ。


「どうする……どうしたらいいっ!? 今、不審者にパスタと小麦粉以外の食糧を盗まれたなんて知られたら……」


 そのパスタと小麦粉を求めて暴動が起きる。


「し、しかし、逃げる場所なんて……!」


 外へと続く城門は固く閉じられている。

 それに助けを求めようにも、外に出る為には、貴族に不利となる内容の契約書にサインしなければ、出る事もできない。


 すっかり、お通夜ムードとなってしまった子爵と男爵は、顔面蒼白のまま向かい合うと、食糧庫の扉を閉め密談を始めた。


「た、例えば……例えばの話、食糧が盗まれた事を正直に告白した場合、私達はどうなるのでしょうか……?」


 男爵の問いかけに、子爵も体を震わせながら答える。


「……幸いな事に武器になりそうな物は一切ありません。その為、責任を取らされ殺されるという事はないでしょう」

「お、おお、本当ですかっ!?」


 自分よりも爵位が上である子爵の言葉を聞き、安堵の表情を浮かべる男爵。


「ええ……しかし、一般的に考えて、二週間持つ筈の食糧が忽然と消えたと聞かされ怒らない人はいません。特に私達は食糧の管理を任されておりました。この事を話せば、まず間違いなく私達は……」


 安堵の表情から一点。子爵の話を聞いた男爵は真っ青な表情を浮かべる。


「――で、では、私達はどうすれば……!?」


 縋るような視線を子爵に向けると、子爵は意を決した様に呟く。


「……そろそろ、午前十時でしたね」

「ま、まさか……」


 その言葉を聞いた瞬間、男爵は察した。

 子爵は踵を返すと、そのまま食糧庫を出て城門前へと向かっていく。


「お、お待ち下さいっ! 一体、何をっ? ま、まさか他の貴族を裏切るつもりですかっ!? そんな事をしたらどうなるかっ……!」

「……そんな事?」


 子爵は足を止めると、宙を仰いだ。


「……では、どうしろと言うんですかっ!? このまま戻れば私達は半殺しです! 食糧だって貰えるかわかりません! そんな状態でどう生きろというんですかっ!? ここにはパスタと小麦粉しかないんですよっ!?」

「そ、それは……」


 男爵は子爵の必死な形相を見て、拙い状況にある事を悟る。

 言われて見ればその通りだ。

 食糧が無くなった時点で我々はジリ貧。

 正直にパスタと小麦粉以外のすべてを盗まれましたと言った所で、その盗っ人を捕らえてこいと命じられ、命を散らせるのがオチだ。

 何せ、我々には武器がないのだから……。


「……それに我々は貴族としては下の方。例え、契約を結んだとしても他の貴族よりかは傷が浅い」

「た、確かに……」


 契約を結ぶ事で多大な影響を受けるのは、広大な領地を持ち、領民からの税収で生計を立てている上位貴族のみ。

 言われてみれば、契約を結んだ所で傷は浅い。


 その事に気付いた男爵は顔を上げる。

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