第275話 ヘルヘイム再び④
「しかし……何がしたかったんだ?」
ヘルが最後に持ってきた瓶。
それは、アルコール度数九十六度のスピリタスではなく、チェイサー用に用意し、置いておいたミネラルウォーターだった。
どうやら、相当酔いが回っていたらしい。瓶の形状で分かるだろうに……
これがミネラルウォーターである事に気付かなかった様だ。
まあ、例え、ミネラルウォーターだとわかっていても飲む気はなかったけど……。
水の一気飲みも何気にキツイ。
俺はアイテムストレージから状態異常回復薬を取り出すと、涎を垂らしながら酔い潰れ完全沈黙してしまったヘルに視線を向ける。
「まあ、なんだ……とりあえず起こすか……」
目的は達成した。有益な情報を聞く事もできたし、このまま放置して帰っても構わないが、酔い潰れる前に交わした約束は果たして貰いたい。
確か、言っていたよな?
『この私に飲み比べで勝てたら三つ、お前の願いを叶えてやってもいい』とか、そう神龍的な事を……。
この状態異常回復薬も、それなりに高価な物なのであまり使いたくないが、俺の願いを叶えてくれるというのであれば話は別だ。
さて、どんなお願いをしようかな……。
状態異常回復薬をヘルの鼻の近くに持っていき、薬を霧状に噴出させ吸入させると、段々、顔色が良くなってきた。
『――う、うーん……』
状態異常回復薬を吸入させてから数分。
目を覚ましたヘルは、ボーっとした表情を浮かべる。
『……もしや、私は負けたのか?』
「ああ、そうだな。俺の勝ちだ」
高らかに、そう宣言すると、ヘルはがっくり項垂れる。
今まで負けた事が無かったのだろう。高々、人間如きと思って勝負に臨むからそうなるのだ。
所詮この世は弱肉強食。強ければ生き、弱ければ死ぬ。
俺は家庭内害虫Gが出現した時でも、新聞で叩き潰す様な真似はせず、Gのいる部屋の扉を全て閉めて隔離した上で、近くのショッピングセンターに向かい、購入した市販の駆除剤とベイト剤、除菌用の消毒用アルコールでGを退治した後にバルサンを焚く。
勝負に臨む時は、相手を格下だと侮らず完膚なきまでに叩きのめす覚悟で挑まないと簡単に足元を掬われるぞ。こっちは遊び半分で飲み比べをしていた訳じゃないんだよ。まあ、最初から最後までスピリタス一舐めしかしてないけど。
「それじゃあ、約束通り、俺の願いを叶えて貰おうか……」
『ぐうっ、一体、何を願う気だ……』
ヘルは手で頭を抑えながら言う。
酔いの状態異常は回復したはずだ。頭が痛い訳でもないのに大仰な奴である。
とはいえ、『この私に飲み比べで勝てたら三つ、お前の願いを叶えてやってもいい』という発言に嘘はないようだ。流石は神、嘘を吐かないというのは本当なのかも知れない。
しかし、迷うな。神頼みなんて、神社のお参りや合格発表の時以外した事がない。何を願おう?
ヘルにできる事なら何でも叶えてくれるらしいし……とりあえず、叶えられそうな上限MAXの願いから試してみるか。
「……そうだな、それじゃあ、とりあえず、俺にお前と同等の権限をくれ」
そう告げると、ヘルは目を大きく見開かせ素っ頓狂な声を上げる。
『――なっ! こ、この私と同等の権限をくれだと!?』
「あれ……そう言ったんだけど、もしかして聞こえなかったのか?」
おかしいな。こんな近くでお願いしているのに……。
もしかしたら、耳が遠いのかも知れない。それなら、もっと近くで言ってやろう。
俺はヘルに近付くと、耳が遠くても聞こえるであろう至近距離で告げる。
「ああ、そうだ。とりあえず、それをくれ」
『とりあえず、生ビールで』みたいなノリで、ヘルと同等の権限を要求すると、ヘルは唖然とした表情を浮かべる。
『――そ、それをくれ? それをくれと言ったのか? 神に対して、神と同等の権利を要求するとは……お前には、神を敬う気持ちや信仰心はないのか?』
何を言うかと思えば……信仰心?
勿論、ありますけど??
信仰心とは、絶対普遍的な存在を信じ、それを無条件に受け入れていこうとする心の持ち様のこと。人間誰しもが潜在的に何らかの形で信仰心を持っている。
例えば、俺は神道だが、神道の場合、八百万の神が信仰の対象。しかし、開祖が存在しない為、教えや経典は一切ない。とはいえ、苦しい時に神頼みをしたり、占いを信じたり、正月に神社へ初詣に行き、お盆にお墓参り、十月のハロウィン、年末になるとクリスマスを楽しんだりもする。宗教的行事目白押しだ。
「――あるに決まってんだろ。失礼な事を言うんじゃない」
むしろ、信仰心に準じた行動しかしていない。
『な、なん……だと……。本気で言っているのか? だとしたら何故、平然とした面持ちで神と同等の権利を要求する事ができるのだ……意味が分からない』
意味が分からないってなんだ、意味が分からないって。
「奇遇だな。俺も今、お前と似たような事を考えていたよ。勝負に勝ったら願いを叶えてくれると期待を持たせておいて、負けたら見苦しく『何故、平然とした面持ちで神と同等の権利を要求する事ができるのだ』とか言い出すなんて、意味が分からねーよ。お前、勝負に負けたんだろ?」
勝負に負けたんだからちゃんと約束は果たせよ。
神だろ? 信仰の対象が約束を反故にしていいのか?
神の名が廃るとは思わないのか?
そう告げると、ヘルは苦々しい表情を浮かべ唇を噛む。
『……ぐっ! に、人間の分際で……だがどの道、人間に神と同等の権能を授けるなどできぬ。人間の器がそもそもその様にできていないのだ。まあ、私に自身の力を授ける力が無いともいうが……』
「へえ、そう……」
自分から言い出した事を反故にするんだ。へー。
「それじゃあ、お前、何なら叶える事ができる訳? まさか、何も叶えられませんとか言う訳じゃあねーよなぁ? 負けておいてそれはないんじゃないの?」
誰かが言っていた。賭けは究極の約束。そこから逃げることは 絶対に許されないと……。
お前が願いという名の賞品を賭けて勝負に応じたんだ。
逃げるな。神なら神らしく約束に応じろ。見苦しいぞ。
正直に思った事をそのまま述べると、ヘルは悔しそうに顔を歪める。
『――き、貴様ぁぁぁぁ! 言いたい放題、言いおって! わかった。わかったさ! だったら、願いを叶えてやろうじゃないかっ! 確かに神と同等の権能を授ける事はできない。だが、この私がお前の代わりに力を行使してやればそれでいいだろう。お前は、この私越しに神の力を行使できるのだ。それで満足か! 満足と言え!』
「――そんなんで満足しましたとか言う訳ねーだろっ! ただ代替案を提示しただけじゃねーか! それにあと願い事は二つ残ってるんだよ! 譲歩して貰っている立場で偉そうな事を言っているんじゃねえ!」
『ぐうっ!?』
俺の正論パンチが相当痛かったようだ。(実際には殴っていない)
正論かましたら、ぐうの音を上げてしまった。
「しかし、あと二つか……」
一つ目のお願いについては、百歩譲って、ヘルが俺の代わりに力を行使するという事にしてやってもいい。だが、ヘルはヘルヘイムの支配者……よく考えて見たら、こいつってどんな願いなら叶える事ができるんだ?
一つ目の願いで、ヘルにできる事は大体、叶えて貰える事が確定したし……。
「……仕方がない。とりあえず、二つ目の願いで、叶える事ができる願い事を百個に増やしてくれ」
そう願うとヘルは再び激怒する。
『――ふ、ふざけるなよ。お前ぇぇぇぇ! どれだけ強欲なのだ! 願い事を増やすなんて無しに決まっているだろうがぁぁぁぁ!』
ヘルに叶えられそうな願いがないからそうお願いしたというのに……怒りっぽい奴である。
「それじゃあ、お前に何ができるんだよ。一つ目の願いで、お前と同等の権限を要求した以上、願い事の回数増やす以外、叶えられる願いが何もないだろうがっ!」」
『ぐうっ!?』
本日二回目のぐうの音。
正論パンチはよほど痛いらしい。
正論パンチをかまされたヘルは、目に憎悪の炎を燃やすと、突然、物騒な事を言い始める。
『に、人間の分際で忌々しい奴め……こうなったら、いっその事、こいつを殺して……』
「――よし。二つ目の願いが決まった。俺が死なない様、常時、お前が俺を守れ。守り切れなかった時は責任を以て生き返らせろ」
『――なあっ……! 何ぃぃぃぃ!?』
いや、そんな驚く事か?
身を守る為に策を弄するのは当然だろ。神様は嘘を付かないんだよね?
つまり、願いを三つ叶えてやると言った以上、それがヘルにとってどんな嫌な願いだったとしても叶えなければならない訳だ。
ありがとう。お前の判断が遅いお陰で助かったよ。
もしかしたら、威嚇のつもりで『こいつを殺して』発言をしたのかも知れないが残念だったな。
今の発言のお陰で思い出したよ。
そういえば、一度、お前に殺されているんだったなってさ。
そのお陰もあって、即断できた。
『――か、神をパシリ扱いするだけに留まらず、ボディーガード代わりにしようとは……何という業。強欲は身を滅ぼすぞ……!』
「大丈夫だって、安心しろよ。その為に、お前には、俺が死なない様、常時守ってもらうんだからさ」
まったく、心配性だなぁ……。
大丈夫。俺は死にません。だって、お前が守ってくれるし、死んでも生き返らせてくえるのだから、俺は死にません。
満面の笑みでそう言うと、ヘルは愕然とした表情を浮かべ、後退る。
『ヘ、ヘルヘイムの支配者であるこの私を、人間が支配する……だと……』
「まあ、そうなるな……」
馬鹿な奴だ。この俺に駆け付け三杯しなければこんな展開にはならなかった。
すべては、俺に駆け付け三杯し、負ける筈がないと余裕ぶっこいてハンデ勝負を持ち掛け負けたヘルが悪い。
「……武士の情けだ。三つ目のお願いだけは
三つ目の願いを何にしようかまだ決めてないしね。
それに叶えてくれるお願いのストックを持っておく事は、俺の事を殺したくて殺したくて仕方がないヘルを牽制する意味合いでとても有効だ。
少なくとも殺したくて殺したくて仕方のない相手を守らなければならないヘルの心中は穏やかではないだろう。荒れに荒れまくっている筈だ。
そう告げると、ヘルは呆然とした表情を浮かべた。
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