第276話 その頃、現実世界では……
翔がゲーム世界でヘルと賭け勝負に興じている頃、現実世界では……
「な、何故、こんな事に……」
――と、公益財団法人アース・ブリッジ協会の代表理事、長谷川清照が理事長室のデスクで頭を抱えていた。
ここ数日の間、関連団体の国税局をあざ笑うかの様な会計報告の杜撰さや不正会計が表沙汰になったり、国や都から補助金を貰っている非営利法人が、補助金を受け取る際、禁止されている政治活動を行っていた事が発覚するなど、助成金や補助金、寄付金の目的外使用がSNSで話題となり、公益財団法人アース・ブリッジ協会の公式SNSもその余波を受け炎上している。
公益財団法人アース・ブリッジ協会も、公益財団法人の一つとして、関連団体に助成金という形で、国や都、寄付で集めた金を活動家や今回、表沙汰となった会計報告が杜撰な非営利法人にばら撒いているが、どうやらそれが拙かったらしい。
増税で国民が苦しむ中で起こった事もあり、税金の使い方にシビアとなっている国民の怒りを買ってしまった様だ。
既に数え切れないほどの、殺人予告や誹謗中傷が公益財団法人アース・ブリッジ協会に届いており、中には、公益財団法人アース・ブリッジ協会の代表理事であるこの私が、一般社団・財団法人の公益性審査を行う(民間有識者からなる)第三者委員会の委員として参画し、自らの関連団体を次々と税優遇のある公益法人に推薦している事や、補助金を受け取る側として有識者会議に参加している事を挙げ、利益相反だと揶揄する者までいる。一度、非営利法人すべてを事業仕分けしろと声が上がるほどだ。
「タイミングが悪過ぎる……これでは、取引再開が……レアメタル事業部との取引再開の目途がっ……!」
当協会の得意先と約束した期限は二週間。
既に一週間経過しているので、あと、一週間しか時間がない。
それまでの間に任意団体宝くじ研究会レアメタル事業部と、取引再開を約束させなければ当協会はお終いだ……。
「――まあ、終わった事はもういいじゃありませんか。気分を切り替えましょう」
「君は……君がそれを言うかっ……!」
聞き捨てならない言葉を聞き、長谷川は理事長室のソファーに座る環境活動団体『環境問題をみんなで考え地球の未来を支える会』の発起人、白石美穂子に視線を向ける。
「――当然です。今回の騒動で私も色々な物を失いました。他ならぬ、宝くじ研究会レアメタル事業部のお陰でね……」
暴力団との取引強要。裏金、そして、活動家達の喪失。
家に引き籠ってしまった活動家達に電話で何があったのか話を聞くと、彼等は何者かに『任意団体宝くじ研究会の職員が集まって何かを企んでいる』と密告を受けたらしい。
恐らく、当の本人である宝くじ研究会が私達を嵌める為、密告という名の罠を張ったのだろう。
そして、その罠にまんまと引っ掛かり暴力団と遭遇してしまった。
結果、どうなったかは知っての通りだ。
「ま、まさか、宝くじ研究会の奴等がこんな大それた真似をしたというのかね……!」
「それ以外、考え様がありません」
お陰で、折角、立ち上げた環境活動団体『環境問題をみんなで考え地球の未来を支える会』が暴力団に乗っ取られてしまった。暴力団と取引がある事がバレたら私はお終いだ。
国や民間団体から補助金や助成金を受け取る事ができなくなる上、もう二度とこの業界で声を上げる事ができなくなってしまう。
裏金も傘下の活動家達もすべて失った。到底許せる事ではない。あの団体の行いは私の中の受忍限度を超えた。
「し、しかし、そうだとしても、どうすれば……!」
あと一週間しか時間が残されていない長谷川は泣きそうな声を上げる。
当然だ。長谷川の行いが原因で公益財団法人アース・ブリッジ協会の得意先が宝くじ研究会レアメタル事業部との取引を打ち切られている。
一週間以内に宝くじ研究会レアメタル事業部が得意先との取引を再開しなければ、得意先の信頼を失い、環境エコ認定マークを初めとしたすべての取引を打ち切られてしまうだろう。そうなれば、公益財団法人アース・ブリッジ協会はお終いだ。
「……大丈夫ですよ。今回の件で、私も腹を括りました」
そう。私はすべてを失った事で悟りを開いた。
暴力団との取引なんてもうどうでもいい。
私が立ち上げた環境活動団体『環境問題をみんなで考え地球の未来を支える会』はそのまま暴力団にくれてやる。『環境問題をみんなで考え地球の未来を支える会』に集まる補助金や寄付金を私の自由に使えなくなった時点で、この団体に対する関心はもう失せた。むしろ、今すぐにでも損切りするべきだ。
「どうするつもりだ……!? あと一週間しか時間は無いんだぞ!」
タイムリミットが迫り焦る長谷川に対し、白石は冷静に話しかける。
「ええ、ですので、私達の支持母体である民社党に働きかけ都知事を動かします。現都知事は私達と深い繋がりのある民社党の擁立と、私達が一丸となって連帯し、対立候補をネガティブキャンペーンで追い落とした事により今の地位に就きました。都知事選も近く、都議会議員の半数を民社党が占めています。時間もありませんし、都知事選が始まって、万が一、他の候補者に立場を取って代わられたら厄介です。その為、都知事には以前から進められていた例の件を任期中に進めて頂きます」
「ま、まさか、君はあれを……」
長谷川の声に、白石は薄く笑う。
「ええ……東京都に新たな税を……都独自の法定外税を創設して頂きましょう。名目はそうですね。環境問題など都が抱える政策課題解決の為とでもしておきましょうか……大丈夫。課税対象を環境エコ認定マークの取得をしていないレアメタル事業者に絞れば反対意見は殆ど出ません。そして、環境エコ認定マークを取得していないレアメタル事業者から徴収した税金はすべて私達の法人に……」
排出ガスを削減する為に創設された『大型ディーゼル車高速道路利用税』。
産業廃棄物の排出を抑制する事を目的に創設された『産業廃棄物税』。
そこに、レアメタルに関連する法定外税を創設して貰う。
課税対象は、レアメタルを扱っておきながら環境エコ認定マークを取得していない法人。
そうする事で、環境エコ認定マークを半ば強制的に取得させる事ができる。
後は、審査を通す為に、こちらの指定する業者との取引が必要だと条件付けをしてやればいい。そうすれば、公益財団法人アース・ブリッジ協会がおかれた立場がひっくり返る。
万が一、宝くじ研究会が環境エコ認定マークの取得を拒んだとしても、問題ない。その場合、宝くじ研究会から税金を徴収するまでの事……。
集めた税金はすべて公益財団法人であるアース・ブリッジ協会に還流して貰い、都知事や関係者に、助成金や謝礼金名目で支払ってやればいい。
「ほ、本当にそんな事ができるのか……? たった、一週間しかないのだぞ?」
「ええ、当然です。そもそも、この案はアース・ブリッジ協会が公益財団法人に認定された当時から話し合われていたもの。当時は都議会における民社党の影響力も微々たるものでしたからね。しかし、今は違います。産業廃棄物税の対象を拡大する事で、できる……そう断言致しましょう」
その為に、この私が動くのだ。動いて貰わなければ困る。
「その代わり、私をアース・ブリッジ協会の理事として迎え入れて頂きます。それで、いいですね?」
環境活動団体『環境問題をみんなで考え地球の未来を支える会』が暴力団の手に堕ちた今、公益財団法人アース・ブリッジ協会の名無くして権利を主張する事は困難だ。
これだけは絶対に受けて貰う。そして、数年後、この男を追い出し、私がこの公益財団法人アース・ブリッジ協会の代表理事に……。
「……わかった。今回の件を受け、理事を降りたいと言っている者がいる。次の理事会で君を理事に推薦するよう手配しておこう」
「ありがとうございます」
そうと決まれば話は早い。
多少、強引な手段を使ってでも話を通して貰う。
「では、私はこれで……。ふふふっ……楽しみにしていて下さい。きっと、宝くじ研究会の方から泣きついてきますよ」
そう言うと、白石は理事長室を後にした。
◇◆◇
その頃、ヘルとの飲み比べに打ち勝った翔はというと……。
「いや~、それにしても良い勝負だった。どちらが勝利してもおかしくない接戦だったと俺は思うね。ヘルが余裕ぶっこいてハンデ勝負を持ち掛けていなかったら負けてたね。いや、ホント」と、調子に乗っていた。
勝負に勝ったお陰で、二つ願いを兼ねて貰い、願い事を叶えて貰う権利を一つストックすることができたのだ。調子に乗るのはむしろ当然。
どうやって俺の事を守る気かは知らないが、仮にもヘルはゲーム世界のヘルヘイムを統べる神の一柱。できると言うならできるのだろう。
「さて、一休みするかな……」
酒もほんの少し入って良い気分だ。
ゲーム世界をログアウトし、新橋大学付属病院の特別個室備え付けのベッドに横たわると、おもむろにテレビのリモコンを手に取り、テレビの電源を入れる。
その瞬間、聞き捨てならないニュースが飛び込んできた。
『――速報です。東京都定例議会で、カーボンニュートラル社会実現に先立ち、レアメタルのトレーサビリティを高め、採掘や製錬の過程で発生する放射性廃棄物抑制を目的とするレアメタル税条例が可決されました。同税構想は、市民団体が発案し、都知事が強力に後押しする形で創設準備を進めていたものです。知事は「税収そのものが目的ではなく、ゼロ・エミッションの社会造りが目的。規制行政中心だった環境政策を根本的に変えたい」と趣旨を説明。今後、総務大臣との同意を経て課税となる見通しです』
「――はっ?」
今、なんて言った?
レアメタル税が何とか言わなかったか?
レアメタル税、レアメタル税……って、事は、まさか!
宝くじ研究会レアメタル事業部が流通させる予定のレアメタルにも税金が課されるって事っ!?
その考えに辿り着いた途端、スマホの着信音が部屋に鳴り響いた。
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