第135話 その頃のアメイジング・コーポレーション②
石田管理本部長の持ってきた東京証券取引所発行の会社情報適時開示ガイドブック。その上場廃止基準には、確かに『有価証券報告書等の提出遅延』が記載されていた。
「はあ?」
意味がわからない。
多少、開示が遅れた所で何が問題だというのだろうか?
あまりに狭量な東京証券取引所の姿勢に頭が痛くなってくる……が、ボクの考えは変わらない。
上場廃止?
それがどうした。ここで、こんな出鱈目な事を書かれた第三者委員会調査報告書を世間に公表し、これを元に決算短信や有価証券報告書、訂正報告書の提出を行う方がどう考えても大問題だ。
この第三者委員会調査報告書の内容は、明らかにアメイジング・コーポレーションからこのボクを排除しようとするもの。代表取締役社長として長年この会社を支えてきたこのボクの事をだっ!
第三者委員会再立上げには費用がかかる?
馬鹿を言え、こんなくだらん調査報告書を開示する位なら、再調査を行った方がいいに決まっている。
長年貯めこんだ内部留保もある。いざとなれば、取締役会で配当金を無配にする決議を出せばいい。株主に支払う配当金を無配にすれば、新しく第三者委員会を立ち上げる為の費用なんて簡単に用意する事ができる。
配当金を無配にする事で、株主軽視だと言われようが、株価が暴落しようがそんな事はどうでもいいのだ。一番の問題はこの調査報告書が表に出てしまう事。
上場廃止になろうとも、会社自体が潰れる訳ではない。
まあ、市場に流れていた株式を買い取る必要が出てくるかもしれないが、そこは銀行から資金を借り入れれば何とかなる。
「……石田君。君は上場廃止と言うがね、そんな事はどうでもいいだろ……よく考えてみろよ。この第三者委員会調査報告書が表に出てみろ。そんな事されたらね。ボクはお終いだよ。ボクだけじゃない。アメイジング・コーポレーションもだぞ? 誰がこの会社を牽引してきてやっていたと思っているんだっ! このボクじゃないかっ! そんなボクがね、引責辞任なんてして見ろ。この会社はすぐに破綻するぞ?」
この調査報告書を監査法人に渡し、決算修正を行い上場廃止を逃れた所で、経営者に対する責任追及は免れない。引責辞任させられ、高橋に対して起こした訴訟も負ける。
株主共は安心するかもしれないが、ボクはお終いだ。
「で、ですが……上場廃止になれば、市場に流れていた株式を買い取らなければならない可能性があるんですよ!? うちにそんな金は……既に銀行から多額の借り入れをしているのです。株式を買い取るための金を貸してくれる筈ないじゃありませんか!」
――まったく煩い奴だ。
「それをなんとかするのが管理本部長である君の役目じゃないかっ! 銀行からの借り入れ位何とかしろよ! 何のために高い金を払って君をそのポジションに据えていると思っているんだっ! いいかいっ!? 君はボクの言う通り動いていればいいんだ! 今はそんな事より新しい第三者委員会を立ち上げる用意をしろよっ!」
「で、ですが……」
「ですがもクソもないよ! いいか? 上場廃止も問題だがね。もしボクがこの会社の代表取締役から外れれば、君もただじゃ済まないんだぞっ!? その事をわかっているのか!」
石田管理本部長には、ボクが直接指示し辛い様なダーティな仕事を任せてきた。
気に入らない部下の降格や賞与の減額。代表取締役社長であるボクにとって都合の悪い役員を追い落とす為の情報収集。そして、ボクにとって都合のいい福利厚生に組織作り……。
代表取締役であるボクだけが得をする会社の制度作りは、この会社一番の功労者が誰であるかを考えれば当然の事だが、それをよく思わない勢力も一定数存在する。その筆頭が、大株主の一角である友愛商事から出向してきた役員。次いでこの会社で働く従業員だ。
ボクが今の立場を失えば、石田管理本部長も確実に今の立場を追われ失脚する。
暗にそう言ってやると、石田管理本部長は身を震わせた。
「そ、そんなっ! 私は西木社長の言う通り動いただけで……」
「だったら、ボクの言う通り動けよっ! ボクはね。自分だけじゃない、君も助かる道を模索してやっているんじゃないかっ! いいかい? ボク達が助かる道はね。ただ一つしかないんだ。新たに第三者委員会を立ち上げボク達にとって都合のいい調査報告書を書かせる。そうすれば、高橋との裁判にも勝てるし、ボク達はこの危機を脱する事ができる。そうだろうっ!?」
「は、はい! すぐに……あっ」
すると、石田管理本部長は何かを思い出したかのように顔を青褪めさせる。
「うん? 顔色が悪い様だが、どうした?」
「い、いえ、何でもありません」
「そうか? それじゃあ、新しい第三者委員会の立上げの件、頼んだよ」
他社の第三者委員会報告書を見て見たが、中には死人に口なしを地で行く酷い調査報告書を出している会社や、経営者の圧力に屈して論理的に破綻した文章の調査報告書がゴロゴロ転がっていた。
つまり、第三者委員会の調査報告書などその程度のものだ。
第三者委員会が代表取締役に責任はないとする調査報告書を書いてくれれば、その報告書が免罪符となり、経営責任を取らずに済む。
金を貰っておきながら真相を無意味に究明し代表取締役であるこのボクに責任があるとでも言わんばかりの調査報告書を書こうとする第三者委員会がおかしいのだ。
間違いは是正しなければならい。
この際だ。新しい第三者委員会を設置する事で今期の利益が吹っ飛ぼうが知った事か! むしろ、赤字に転落してくれれば、配当金を無配にする為の免罪符にもなるというもの……。
事後稟議でも構わない。
社内手続きは石田管理本部長に任せるとしよう。
「ああ、後ね。石田君。BAコンサルティングの小沢を呼んでおけよ。この際、電話でも構わないから」
「は、はい!」
そう言うと、石田管理本部長は顔を青褪めさせたまま社長室を出て行った。
◇◆◇
社長室を出た私こと、アメイジング・コーポレーションの管理本部長、石田は顔を青褪めさせ溢れ出る冷や汗をただひたすら拭っていた。
「まずい。まずい。まずい。まずい。まずい。まずい。まずい。まずい……」
急いでデスクに戻り、新品のデスクトップパソコンの前に座ると、あるメールを必死になって探していく。
そのメールは調査報告書が添付されているBAコンサルティングからのメール。
ハンカチで汗を拭いながら、そのメールの宛先を凝視するとそこには、私のメールアドレスの他、常勤監査等委員、小田原誠のメールアドレスが表示されていた。
他の非常勤監査等委員にまでだ……。
小田原誠。それは友愛商事から出向でやってきた常勤監査等委員。
正義感が強く曲がった事が大嫌いな西木社長とは真逆の性格の役員である。
更にもう一人、当社には厄介な友愛商事からの出向役員が存在する。
それは統括事業本部長である水戸栄治という役員だ。
小田原監査等委員と水戸取締役は共に友愛商事から出向でやってきた役員。
そして今、その友愛商事と当社は険悪な関係にある。
「ううっ……。い、一体っ……。一体どうしたらいいんだ……」
新しい第三者委員会を立ち上げれば多額の費用が発生する。
多額の費用が発生するという事は必然的に稟議書を回さなければならないという事。
臨時取締役会を開き、新しい第三者委員会立上げの承認を得るという手段もあるが、西木社長以外の取締役に否認されてしまえば、それで即終了。そもそも、議事録に残す以上、そんな大っぴらに『西木社長にとって都合が悪いのでもう一度、第三者委員会を立ち上げ、今度こそ会社に都合のいい調査報告書を提出してもらえないでしょうか』とは言えない。
稟議書にして見ても同じだ。
今の第三者委員会を解任し、新しい第三者委員会を立ち上げる稟議書を提出した所で、実際に第三者委員会の調査報告書が手元に来てしまっている以上、否認されるに決まっている。
何故なら、当社の稟議は時代にそぐわぬ合議制。
取締役全員の承認を取る必要があり、その取締役の中に西木社長と対立している友愛商事からの出向役員が混じっているからだ。
しかも、今回、BAコンサルティングが作成した第三者委員会の調査報告書は友愛商事からしてみれば都合のいい調査報告書。
責任の所在すべてが西木社長にあると書かれた調査報告書なのだから。
「うっ……ぐうっ……」
残された手段は、私の判断で第三者委員会を解任し、新しい第三者委員会を立ち上げるしかない。しかし、それは後々、大きな深手を負う事になる可能性がある。
西木社長本人により事後稟議も禁止されている。
何故なら、西木社長自身がそれを嫌ったからだ。
となれば、取れる手段はあまりに少ない。
それこそ、友愛商事からの出向役員を説得するしか……。
私が頭を悩ませていると、そんな私に声がかかる。
「ああ、石田管理本部長。第三者委員会から調査報告書が届いたようだね。いや、良かった。社内は大変な事になっているようだがね。これで上場廃止を回避する事ができそうだ」
「お、小田原監査等委員……」
う、ううっ!?
ま、まだ考えが纏まっていないのに、今一番、顔を合わせたくない小田原監査等委員がここに……。
「おや、どうしたんだね。石田管理本部長? 顔色が優れないようだが……」
「い、いえ、心配には及びません。ちょっと、持病の痛風が発作を起こしまして……」
うっ!
そんな事を言っていたら、本当に足の親指や関節が痛くなってきた。
い、いや、しかし、今はそんな場合ではない。
考えろ。考えるんだ。ベストアンサーでなくてもいい。
兎に角、この場を凌ぐ為の考えよ、頭に浮かべっ!
しかし、痛風がきつくてまったく考えが纏まらない。
「それは大変だ。早く薬を飲んだ方がいいんじゃないか?」
「え、ええ、すぐに……」
私は机に置いた水の入ったペットボトルを手に持つと、痛風発作抑制薬『コノバシノギ』と痛風発作治療薬『ナオルトイイナ』そして尿酸生成抑制薬『サガルトイイナ』。最後に酸性尿改善薬『アルカリセイニナアレ』を飲み込むと、水で薬を流し込み息を吐く。
これでしばらくすれば痛風は収まるだろうが、ストレス値が天元突破して今度は血尿が出そうな勢いだ。
「さて、持病の痛風は収まったかな?」
「え、ええ、まあ……」
薬を飲んだばかりなんだ。そんな即効性あるかと言いたいが、自分より上役の監査等委員にそんな事は言えない。
私が苦笑いを浮かべていると、先ほどまでの温和な表情はどこへやら小田原監査等委員は静かに私に話しかけてきた。
「それは良かった。それで、先ほど社長室に報告をしに行ったようだが、何を報告しに行った? もしかして、第三者委員会の調査報告書について報告しに行ったのかな?」
鋭い目つきの小田原監査等委員。
西木社長の子飼いの常勤監査等委員、岡島監査等委員とは雲泥の差だ。
纏っている雰囲気が違う。
「い、いやぁ、あははははっ……」
意味もなく笑って、はぐらかそうとすると小田原監査等委員は核心を突いてくる。
「……もしかして、第三者委員会の調査報告書を隠せだとか、今の第三者委員会を解任し、新しい第三者委員会を立ち上げろとでも言われたんじゃないだろうね?」
「ううっ……」
か、完全にバレている。
私が顔を引き攣らせると、小田原監査等委員は対照的に温和な表情を浮かべる。
「……そうか。その反応、よくわかったよ。先に言っておくけどね。私は第三者委員会の再立上げに反対の立場を取らせてもらうよ。君が社長室に入っている間に、ここにいる役員全員にも話は通しておいた」
「な、なんですって!?」
そう言う私の肩を叩くと、小田原監査等委員は微笑みながら呟く。
「残念だったね。西木社長が代表取締役から退く事。これはもう決定事項だ。私が緊急動議を次の取締役会で出そう。君は、それを邪魔しないように……。一緒に沈みたくはないだろう?」
それだけ言うと、小田原監査等委員は静かに私の机から離れていった。
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