第134話 その頃のアメイジング・コーポレーション①

「それにしても飲食店で行う社内会議が多いですね……。レシートにはランチミーティングを書いてありますが、例えば、この七月三十一日はどなたと、どの様なランチミーティングを行ったのですか?」

「い、いや、それは……」


 そ、そんな事、言える訳がないだろ。

 レディースセットを頼んでいる時点で察しろよ、と怒鳴りたい。


「それでは、こちらはいかがですか?」


 すると、税務署の職員は一枚の領収書のコピーを見せてきた。

 その領収書は友愛商事に不祥事の経緯報告を行った日の夜、ストレス発散の為にガールフレンドを連れて行った『な○万シャングリ・ラ ホテル東京』の鉄板焼き料理の領収書……。一人当たりの金額が四万円を超え、領収書には、ボクとみずほ銀行の我妻部長の個人名が書いてある。


「うっ……そ、それは……」

「ちなみにこちらも反面調査が済んでおります」

「な、なあっ……」


 な、なんという悪辣なやり方だ。

 反面調査をしているならもうわかっているだろっ……。


 同席している岡島監査等委員や顧問税理士も頭を抱えている。

 おそらく、税務署の悪辣なやり方にどう対処したものかと悩んでいるのだろう。


「この領収証も、こちらの領収証も……」


 それはガールフレンドと共に行ったゴルフのプレー代にその際に利用したハイヤー代。ああ……ガールフレンドへのお土産に購入した手土産代まで……。


 それから先は散々だった。

 参加人数を水増しして会議費扱いとしていた領収書はすべて否認された上で重加算税の対象となり、個人的な付き合いで使っていた会議費・交際費、そして私用で使い会社に経費を付けていたハイヤー代はすべて役員報酬……つまり、ボクの私的な経費を会社が支払ったものと認定され、所得税の源泉徴収税、追徴課税、その他、様々な税金が課される事となった。

 しかも、それが五年分ともなれば、相当な金額になる。

 顧問税理士に軽く試算して貰っただけでも、五千万円……。

 ボク個人が会社に返さなければならないお金が五千万円だ。

 もちろん、五千万円の中には追徴課税分も含まれている。

 他にも消費税やら法人税やらの追加納付が必要になると言っていたが、途中から話は聞いていなかった。


 税務署の職員が帰った後、あまりの悔しさに贈答品名目で購入したゴルフクラブを叩き折る。


「――まったく、冗談じゃないよっ!」


 こっちは二十四時間年中無休で会社の事を考えているというのに、食事代やハイヤー代、週に一度のゴルフ代まで自分の財布の中から出さなければならないなんて、税務署の奴等は何様なんだ。

 お前等が我が社に寄与した事が一度たりともあるか?

 ハゲタカのように会社から税金を掠め取っているだけじゃないか!

 それなのに、やれ会議費がどうだの、これは交際費にしろだの……。

 会社はな、税金を支払う為の打ち出の小槌じゃないんだぞ?

 税金を支払ってやっているだけありがたいと思え!


 憤怒の表情を浮かべ、態度悪く足をテーブルに乗せていると、石田管理本部長が社長室に入ってきた。


「社長、失礼します」

「ああ、石田君か……」


 体調が優れないといった顔をする石田管理本部長。一体、どうしたというのだろうか?

「何の用だ」と尋ねると、石田管理本部長は一枚の紙をボクの前に持ってくる。

 軽く内容を見るに、メール文章をプリントアウトしたものの様だ。


「じ、実はこちらの第三者委員会の報告書なのですが……」

「っ! おお、ようやく第三者委員会報告書がようやく届いたか!」


 いつまで経っても出てこないから正直、やきもきしていたが、ようやくできたようで本当に良かった。

 石田君の顔色が悪いのは気になるが、今は第三者委員会の報告書の方が大事。

 これで裁判も有利に進める事ができるというものだ。


「これで、高橋の奴もお終いだな。どれ……うん?」


 第三者委員会報告書の中身を読み進めていくと、そこにはとんでもない事が書かれていた。


「なっ! なんだこれはぁぁぁぁ……!?」


 代表取締役によるパワハラ、会社リソースの私物化?

 夜の課外活動に会議費交際費の私的流用問題に加えて、自らの役員報酬を上げる為、下請会社の工賃を不当に低い価格でって……


「い、石田君、一体これはどういう事だねっ!? なんだこの第三者委員会報告書はっ!」


『だから君はダメなんだ』『冗談じゃないよ』といった威圧的な言動。

 独裁的な人事権をふりかざした恐怖政治。社内外での粗暴な行為。

 代表取締役としての資質には、上場企業のトップとしての自覚に欠け、内部統制に関する問題意識が著しく低いと評価せざるを得ないとまで書かれている。

 挙句の果てに、代表取締役自らの役員報酬を上げる為に、下請企業の代金減額を行うなど、社員や株主、利害関係者に対する責任という観点が欠落しているとまで……!


 ボクは第三者委員会報告書を床に叩き付けると、足蹴にし、この第三者委員会報告書を作成したBAコンサルティング㈱の小沢を呼びつけるよう怒鳴り声を上げる。


「まったく冗談じゃないよっ! 高い金を請求しておいて、なんだこの調査報告書はっ! 今すぐにBAコンサルティングの小沢を呼べっ! こんなくだらん調査報告書になんかにね、金なんか払えないよ! 君はこの調査報告書に目を通したのか? 『全然報告書の体を成していません。やり直して下さい』と注意してやらなければ駄目じゃないかっ!」


 ボクがそう怒声を上げると、石田管理本部長が申し訳なさそうに呟いた。


「そ、その件ですが……」

「なんだ? 言いたい事があるならハッキリ言えよ!」


 このボクがBAコンサルティングの小沢を呼べと言っているのに、何を言っているんだ。そこはまず『はい。すぐに小沢を本社に呼び付けます』だろっ!

 何が『その件ですが』だっ!

 ただでさえ、こんな腹正しいクソみたいな文章を見せられ怒り心頭なのに、イライラさせるなよっ!


「……なんだ? 君はボクの声が聞こえないのか? それとも耳が遠いのか? だったら『社長、私は耳が遠いのでもっと大きな声で喋って下さい』って言えよ!」

「い、いえ、その様な事は……」


「だったら、早く答えろよ。ボクはね。君と違って暇じゃないんだ。さっさと、小沢をここに呼べよ。それとも何か? 小沢の奴を呼べない理由でもあるのか?」


「は、はい。し、社長がこの調査報告書を読み憤るお気持ちはよくわかりますが、日弁連によるガイドラインによると、第三者委員会は、調査により判明した事実とその評価を、企業等の現在の経営陣に不利となる場合であっても、調査報告書に記載するものとありまして……」


 石田管理本部長の申し訳なさそうに言う詭弁にボクは怒り心頭に怒鳴り声を上げる。


「君は、どっちの味方なんだ! こんなね。くだらん調査報告書しか書けない第三者委員会に調査なんか依頼するんじゃなかったよっ! 小沢の奴は目が節穴なんじゃないか? そうでもなければ、こんな事実無根を並べたような作文が出てくる訳ないだろっ! もういいっ! 石田君ね。BAコンサルティングに金なんかビタ一文払うんじゃないぞ? 第三者委員会もね。彼等を解任して新しい第三者委員会を立ち上げろよ!」


 そもそも、悪いのは棚卸粉飾を行った工場長と、協力業者に十億円もの金を不正流出させた支店長達。そして、それらすべてを知る立場にありながら一切の報告をせず辞めた高橋じゃないか。

 なぜ、このボクが責められなければならないのかっ!

 まったく以って理解できない。


「し、しかし、これから調査委員会を立ち上げるにも、もう時間がありません」

「なに……? どういう事だ」


 意味がわからん。

 ボクが説明を求めると、石田管理本部長はでかい体を震わせながら呟く様に言う。


「関東財務局に有価証券報告書の提出期限延長に係る承認申請書を提出しておりましたが、認められた延長期間は一ヶ月のみ……。ただでさえ、決算数値を確定させる作業が難航しているのに、ここで第三者委員会の調査報告書がなければ、数値を固める事はできません……」

「それがどうしたというんだっ! えっ!? 君はこんなくだらん調査報告書を元に決算を進めようと、そう言っているのかっ!?」

「で、ですが……」


 必死に食い下がる石田管理本部長。

 こちらとしても、事実無根の罪を被せられてはたまらない。


「ですがもクソもないよ! じゃあ何かっ!? 君はこのくだらん作文に書かれている事が事実とでも言うのかっ!? 冗談じゃないよっ!」


 ボクはね。こんなこと一度たりともやった事はない。

 多少の叱咤激励はしたかもしれないが、こんな事は一度たりともだ。

 役員報酬にしてもそう。会社の利益を上げて株主に配当金をバラまいてやっているんだ。その配当金の額より多かろうと、それは正当な評価。役員報酬を上げること自体何の問題もない。

 協力業者も協力業者だ。態々、このボクが仕事を与えてやっているというのに、金金金金と煩い奴め。

 経験値が増えてノウハウが蓄積される事で、製品一つ当たりの平均費用が下がるという経験曲線効果を知らんのかっ!? 馬鹿なのか?

 ボクはね。その経験曲線効果に基づき、協力業者に支払う工賃減額を要請しているに過ぎない。原価低減を行うのは経営者として当たり前の事だろっ!

 協力業者が聞いてあきれるよっ!

 なぜ、それを責められなければならないっ!

 下請法だか何だか知らないけどね。綺麗事で商売なんて成り立たないんだっ!

 誰かが厳しい判断を下さなければならない。

 だからこそ、その勤めを社長であるボクがしてやっているだけじゃないかっ!


「で、ですが、第三者委員会再立ち上げともなると、費用が……それだけではありません。上場廃止にっ! アメイジング・コーポレーションが上場廃止になってしまいますよっ!?」

「はあ? 上場廃止?」


 何を馬鹿な事を言っているんだ?

 高々、少し発表が遅れる位で大げさな……。


「……冗談であっても、そういった事は言って欲しくないな、それにボクはね。何も東証と金融庁に決算短信と有価証券報告書を開示しないと言っている訳じゃないぞ? この調査報告書を元に決算数値を固めるのはよろしくないのではないかと、意見を言っているんだ」


 決算発表が遅れた位で上場廃止など、聞いた事がない。

 監査法人も同じだ。その位の事で、一企業を上場廃止にする決断をするものか。


「いえ、本当なんですって! 上場廃止基準を見て下さい!」

「何を馬鹿な……」


 石田管理本部長に言われるまま上場廃止基準に目を通す。

 するとそこには、確かに『有価証券報告書等の提出遅延』の文言が含まれていた。

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