第133話 人生ゲームとは名ばかりのキャッシュフローゲーム(マルチ)③

 ここは、先程までキャッシュフローゲームが行われていた六本木駅近くに聳え立つ高層マンションの一室。

 そこでは、ホスト風の男こと、狭間俊介と美人局の女、岡田美緒が会田に質問を投げ掛けていた。


「会田さん。さっきのはどういう事ですか? 折角、勧誘がうまくいきかけていたのに……」

「そうよぉ。文句を言う訳じゃないけど、何で突然解散しちゃうのぉ?」


 そんな不平不満をぶつけてくる狭間と岡田に、私こと会田は自信満々に返答する。


「そんな事、決まっているでしょ? もう勧誘なんてしなくても大金を稼ぐ手段を見つけたからよ」

「大金を稼ぐ手段? このネットワークビジネス以外にか?」

「ええ、そうよ。狭間君。あなたがここで稼いだ月収はいくらだったかしら?」


 ネットワークビジネスは、いわば『レバレッジの効く労働収入』。

 販売収入、ダウンライン報酬、そしてボーナス制度から成り立っている。


「……二十万円だけど」


 そう。彼の本業はホスト。副業でこのネットワークビジネスを行っている。

 ちなみに二十万円稼げるだけでもかなり凄い部類だ。


「岡田さん。あなたは?」

「私? 三十万円って所かしら?」


 彼女はグループ立上げから所属していた為か、この仕事で結構稼いでいる。

 ちなみに本業はキャバ嬢。彼女のダウンラインに入った会員は、皆、彼女の気を引く為に身の丈に合わない借金をし、借金地獄に陥っていく。


「そして、私の先月の月収は三百万円。しかし、それは偶々、数ヶ月前、私が新たに立ち上げたグループが目標額を達成し、一時金が支払われたからに他ならないわ……」


 実際の月収は六十万円といった所……。

 毎日の様に合コンに参加し、カモをこの場所に連れて来て、キャッシュフローゲームに興じ、私達のボスに会わせ、ネットワークビジネスは儲かるんだと洗脳して初めて稼げるお金だ。


 権利収入を謳っているが、それとは程遠い。合コン費用も馬鹿にならないし、私達のグループには勧誘ノルマも販売ノルマもある。

 それに個人事業主扱いだから国民健康保険も高いし、ここを抜ければ安定した収入は稼げない。所得税も高ければ、個人事業税もかかる。

 実質的な可処分所得は諸々引かれて五百万円がいい所だ。

 この年齢では多く稼げている方だが、遊ぶ余裕も何もない。

 月末には、ボス主催のセミナー(有料)にも出なければならないのだ。

 ボス主催の有料セミナーなんて正直足枷でしかない。

 昔の友達も離れていってしまったし、別に態々、販売している製品に興味はない。

 むしろ、販売ノルマを達成する為に、興味のない製品を『これ凄い商品なんですよ。ぜひ使ってみて下さい』と売ることの方に罪悪感を覚えてきた。ボスに言われて始めたデート商法で今の収入を得ているとしてもだ。

 将来が不安だ。正直、ボスの元でネットワークビジネスをこのまま続けていていいのか疑問に思ってきた。


「そんな事より、大金を稼ぐ手段というのを教えて下さいよ」

「そうよぉ。私達の月収なんてどうでもいいでしょう?」


「いえ、どうでも良くないわ。あなた達は、今の暮らしに満足している?」


 私の問いかけに狭間は唖然とした表情を浮かべた。


「あ、会田さん、どうしちゃったんですか……」

「そうよぉ。折角、このグループで今の地位を手に入れたのに、何か不満でもあるのぉ?」


 当然だ。不満しかない。

 会員価格で購入した商品を転売したり、会員を増やす事でダウンラインを増やしたり、新たにグループを立ち上げノルマを達成したらボーナスが貰える。

 ノルマもあればセミナーにも出なければいけない。

 それでは自営業でサラリーマンやってるのとなんら変わらない。


 今日、言われるがままにスクラッチくじを購入し、楽に大金を稼ぐ事で、ようやくその事に気付いた。私は私の本質を理解したのだ。

 ネットワークビジネスにハマった理由は何だっただろうか。


 製品の良さを皆に知ってもらいたいから?

 ネットワークビジネスを通じて自分の夢や目標を実現したいから?


 いや、違う。そんな事はどうでもいい。

 そんなのは、製品を転売する為の詭弁に過ぎない。


 私が一番欲しい物。それは金を自由。つまりは不労所得だ。

 不労所得欲しさに今を頑張り、ここまで走り続けてきた。


 合コンに参加し、デート商法で新しい会員候補と出会い、飲み会やフットサルを通じて親交を深め、ネットワークビジネスを紹介してダウンラインを増やしていく毎日。

 ダウンラインの中には、借金地獄に陥った者もいる。しかし、今の会員ランクを維持する為にも、ノルマは必ず達成しなければならない。


 果たして今の私は、ネットワークビジネスを通じて自分の夢や目標を実現できただろうか。私はただ、大量の屍の上に立っているだけなのではないだろうか?


「……これを見て頂戴」


 意を決してそう言うと、私は先刻購入したスクラッチくじをテーブルの上に置いた。


「うん? これは……スクラッチくじ?」

「これがどうしたんですか?」


 当然の反応だ。しかし、これはただのスクラッチくじではない。

 驚くべきは、その当選金額と枚数にある。


「これはね……。ある御方の力を借り購入したスクラッチくじよ。当選金額もさることながら、この当選枚数を見ればその異常さがわかると思うわ」

「ふぅん? 一体、幾ら当選したというの?」

「当選金額は二千百万円。当選本数は五百枚中約三百五十枚よ」


 私がそう告げると、二人は顔を見合わせる。


「に、二千百万円……じ、冗談ですよね?」

「当選枚数五百枚中約三百五十枚……冗談でしょう?」


「――冗談ではないわ。私、この手の冗談は嫌いなの」

「で、ですが……」

「ねえっ……?」


 二人の言いたい事もわかる。


「当選確率約七十パーセント……普通にスクラッチくじを買っていたらありえない確率よ? それにこのスクラッチくじは、あの御方が指定した時と場所で買ったもの。おそらく、普通にスクラッチくじを購入しては、こうはならない……」


 私がそう告げると、二人はゴクリと唾を飲み込む。


「ねえ、あなた達……もし私がボスを裏切り、グループを解散して、この方の元へ行った場合どうする? 私が新たにつくこの御方は、これまでの経験から信じるに値する御方よ。少なくともたった一日にして二千万円相当のお金を稼がせてくれる御方に、私はこれまで出会った事がないわ……もし、あなた達にそのつもりがあれば一緒に連れて行く事も可能よ? あなた達はどうする?」


 そう。私が見た真実を述べると二人は頷いた。


「……ええ、俺もボスの根性論丸出しの有料セミナーや思う様に稼げない権利収入にはうんざりしていましたから……」

「会田さんの話を聞くに宝くじを当選させる力があるんですよね? それなら私も着いて行きますわぁ。水商売もいつまでも続けていられませんし……」

「そう。ありがとう」


 そう私は呟くと、口を半月上にしてニヤリと笑う。


「……あなた達を味方につける事ができて嬉しいわ。このスクラッチくじの当選金額は三等分しましょう? 私はあなた方の事を心の底から信じていますから……」


 金に目が眩み、ボスを裏切ると決めた以上、根回しは必要だ。

 私は、スクラッチくじを七百万円づつ分配すると笑みを浮かべる。


「一度目を除き、二度目以降は五十パーセントを手数料として取られる事になります。しかし、五十パーセントを取られたとしても、月額百万円以上を稼げる事は確実……しかも、指定される場所で宝くじを購入するだけ……ただ、それだけです。折角だから、グループごと皆でボスを裏切り高橋様の元へ参りましょう!」


 それこそが、高橋様の為になる筈……。


「ああ、そうですね!」

「ええ、そうしましょう!」


 ボスは根性論を説き私達からセミナー料金を取るだけで何もしてくれなかった。その点、高橋様は違う。

 たった一度のお試しで通常ではありえない程の利益を齎してくれた。

 こんな事は、普通では、あり得ない事だ。


「近日、あなた方にも高橋様にお会いになって頂きます。その際は無礼がないように……」


 それまでの間に、私達の組織の理念を高橋様の崇高な理念に塗り替えたいと思います。その日から数日で、ネットワークビジネスの一翼を担っていた一大グループが姿を消した。

 そのグループは、日本におけるネットワークビジネスグループの二十パーセントを担っていたグループ。そのグループのまとめ役だった『凄い人』が翌月からもの凄い被害を受ける事となった。


 ◇◆◇


 翔が合コンを終えしばらく経った頃、アメイジング・コーポレーションではとんでもない事態が進行していた。


「……西木さん。七月三十一日のお昼に、みずほ銀行の我妻部長と食事をされていた様ですが、これは事実ですか?」

「ええ、もちろんです。その日は、みずほ銀行の我妻部長と二人でランチミーティングに行きました。そうだったな? 岡島君」


 監査等委員である岡島君にそう話しかけると、岡島君は静かに頷いた。


「ええ、確かにその日はみずほ銀行の我妻部長とランチミーティングに行っております」


 今、目の前にいるのは国税局の連中。

 公務員の分際で、この私の会社に税務調査をかけてきおった愚か者共だ。


「本当にみずほ銀行の我妻部長と二人でランチミーティングをしていたのですか? この日は日曜日なのですよ?」


 何を馬鹿な事を……。

 経営者に休みなど存在しない。

 寝ても起きても会社の経営成績の事ばかり……。


「当たり前だろう。君は公務員だからわからないかもしれないがね。経営者にね。休日なんて存在しないんだよ」

「そうですか……」


 そう告げると、国税局の職員が笑顔を浮かべる。

 気持ちが悪い笑顔だ。その笑顔を今すぐやめろと叫びたい。


 しかし、そんな些細な願いも国税局の連中の高圧的な発言により止められてしまう。


「それはそれはご苦労様です。実は今、お聞きしたお店に半面調査を行っておりまして……」

「は?」


「私達が調べた所、西木社長のお相手は、このお店でレディースセットを頼んでいるようなんですよね? 私もみずほ銀行の我妻部長とは面識がありまして、とても体格のいい方だったような……西木社長と同伴された方は随分と小食なんですね?」


 それを聞いた瞬間、私は顔を真っ青にした。


「な、なぁ……」


 か、完全にばれてる……そうでなくては、国税局がレディースセットの事なんて単語を言うまい。

 同席している監査等委員も唖然とした表情を浮かべている。ボクと同じく、相当のショックを覚えているようだ。

 しかし、国税局の言葉は止まらない。侮蔑するかの様な笑みを浮かべると、税務署の職員はこう言い放った。


「取り締まる側の監査等委員が社長と一緒になって悪い事をしちゃ駄目でしょ?」

「ううっ……」


 二十以上も年齢が下の人間にそう言われ私は拳を握り締める事しかできなかった。

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