第132話 人生ゲームとは名ばかりのキャッシュフローゲーム(マルチ)②

「た、高橋君がそんなに言うなら、一度だけやってみようかな?」


 会田さんはそう言うと、会田さんのお友達に声をかける。


「望月君と希ちゃん。私、ちょっとだけ席を外すね? すぐに戻ってくるから皆はゲームを楽しんでて……。それじゃあ、高橋君。下の宝くじ売り場まで行こうか」

「うん。それじゃあ、一緒に宝くじ売り場まで行こう」


 そう言うと、俺と会田さんは高層マンションの一階近くにある宝くじ売り場に向かった。

 宝くじ売り場を見てみると、二つの種類のスクラッチくじが販売されている。


 一つは一等三千万円、当選本数六本のスクラッチくじと、一等二百万円、当選本数十八本の八ラインスクラッチくじ。

 おすすめは一等二百万円の八ラインスクラッチくじだ。

 何故なら、一等三千万円のスクラッチくじは俺がすべて引き当ててしまった後だからである。


「それじゃあ、ちょっと待ってね。宝くじを購入するにも手順があるんだ」


 そう言うと、俺はメニューバーを操作し、レアドロップ倍率+500%(30分間:パーティー専用)を取り出すと使用する。


 これで三十分の間、俺の半径二メートル以内にいる人達全員にレアドロップ倍率+500%の恩恵を受けさせる事ができる。


「……これで良しと。会田さん。もうスクラッチくじを購入しても構わないよ。宝くじ研究会を主催する俺としてはそうだなぁ……。一等二百万円の八ラインスクラッチくじがお薦めかな?」


 そう言いながら、俺は俺で、ネットの宝くじを購入していく。

 ぶちゃけ、こちらの方が当選金額が高いからだ。態々、銀行まで行かなくて済むというのも俺的には望ましい。何より、勧誘する為だけに使うのはもったいない。


「えっ? こっちのスクラッチくじは?」


 会田さんの疑問に俺はしっかり答える。


「ああ、そっちのスクラッチの一等は俺が全部引いちゃってもうないから、興味があるなら引いてもいいけど、二等の百万円しか当たらないと思うよ?」


 そう言った瞬間、会田さんが固まった。

 ついでに、これからスクラッチくじを購入しようとしていたお客さんや近くを歩いていた人達も……。


「えっ……?」


 まさかこんなにも気まずい状況に置かれるとは思いもしなかった。

 俺の言葉を聞いた人達が足を止め俺に向かって顔を向けてくる。


「……ま、まあいいじゃん。早く購入して戻ろ? 今回の当選金は会田さんが全額懐に入れて貰って構わないからさ」

「う、うん。わかった」


 そう言うと、会田さんは財布から十万円を取り出し、カルトンに乗せ、宝くじの販売員に宣言した。


「これで買えるだけ頂戴!」


 その宣言を聞いた瞬間、俺は絶句する。


 こ、この女……とんでもない勝負師だ。しかも、強欲な……。

 一等二百万円の当選本数は十八本……仮に一等すべてが当選すればそれだけで三千六百万円になるというのに、二等の五万円。百五十本と、三等の一万円まで視野に入れて自分が出せる最大限の金をぶち込んできやがった……!


 勝ち確定の勝負だとしても、こんな豪快に博打を打つ奴なんて漫画でしか見た事がない。こいつの金銭感覚、大丈夫か!?

 何だか逆に心配になってきた。

 十万円分、すべてが当選すれば、この女はたった十万円を対価に約四千万円以上の金を手に入れる事になる。


 俺でもそんな青田刈りしないぞっ!


「お待たせ致しました。こちら、スクラッチくじ五十セットとなります。幸運の女神があなたに微笑みますように」

「ええ、ありがとう」


 そう言いながら、ほくそ笑む会田さん。

 恐ろしい女だ。ほぼ確信を持って、五円玉でスクラッチくじを削っている。


「――ふ、ふひっ!?」


 スクラッチ五百枚を削り続ける会田さんがそう声を上げると、会田さんは一心不乱にスクラッチくじを削り始めた。

 宝くじ売場のおばちゃんもちょっと怖がっている。


「ふひっ、ふひひっ!」


 五百枚のスクラッチくじを削り切った会田さんは五円玉を片手にスクラッチくじを手に取ると、何も換金せず、俺に向かって歩いてくる。

 そして、俺の手前で立ち止まると、スクラッチくじを後ろに隠し、満面の笑顔を向けてきた。


「今、入っているグループを脱退し、今日から宝くじ研究会、ピースメーカーに入会します。入会するにあたり必要な条件を教えて下さい」


 変わり身の早さが凄い。会田さんはスクラッチくじで大金を得た事によりマルチ商法から足を洗う事を決意したようだ。そんな会田さんの顔を見て俺は笑顔を浮かべる。


「ああ、会田さんの入会を歓迎するよ。皆で幸せを掴もう。条件面についてなんだけど、入会者には、宝くじで当選した金額の五十パーセントを俺の取り分として贈与して貰う事になる。もし嫌なら入会して貰わなくても構わない。勿論、贈与税の対象とならないよう、宝くじを購入する際には共同購入という形式をとり委任状を渡すし、後々、金に目が眩んで裏切られないよう契約書も交わして貰う。勿論、入会者には贈与税の対象とならないよう俺が君達から受け取った当選金の中から贈与税の対象とならない上限額まで、奨励金を渡すつもりだ。それで、この条件を聞いて君はどうする?」


 個人的には、入会しようが入会しまいがどちらでも構わない。

 毎週、totoBIGをネット購入している時点で、金に困っている訳ではないからだ。


 俺がそう問いかけると、会田さんは考えるまでもなくこう言った。


「よろしくお願いします!」と……。


 流石は会田さんだ。

 折角なので、この幸せを他の皆にも教えてあげるとしよう。


「会田さん。俺は、宝くじに当選するという幸せを他の人達にも味あわせて上げたいんだ。もし良ければ、力になってくれないかな?」


 そう告げると、会田さんはスクラッチくじの当選くじをポケットにしまい、公衆の面前で片膝を就き敬礼した。


「はい。高橋様の言うままに……」


 これには思わず、俺も仰け反り返ってしまう。

 とんでもなく破壊力のある言葉だ。こんな言葉、アニメか何かでしか聞いた事がない。

 つーか、何言ってくれてんだこの女。


 俺や片膝を就き敬礼する会田さんを撮るスマートフォンのシャター音だけが辺りに響く。


「と、とりあえず、皆の元に帰ろうか?」

「はい。高橋様……」


 ついには呼び名が高橋様になってしまった。

 この女、一体いくらの金を儲けたのだろうか……。

 まあ、そんな事はどうでもいい。

 これは俺としてもメリットのある事。

 換金の面倒臭さをすべて他の人が負担してくれるからだ。

 俺は委任状を量産するだけで、金が貯まっていく。


 欲深い人間はどこにでもいる事だし、契約を破った者を契約書の効果でガチガチに縛った上で、レアドロップ倍率+500%(30分間:パーティー専用)と俺の委任状を持たせ、月に一度、俺の代わりに新たに創立した研究会の皆を引き連れ、宝くじを購入させに行くのもいいかも知れない。

 レアドロップ倍率+500%の効果は宝くじにしか効果を及ぼさない訳ではない。

 様々な賭け事でもその効果を発揮する。

 それに世界に目を向ければ、日本より高額な当選金額が貰える宝くじが多く存在する。

 合コン参加費用七千円を無駄にしてしまったやっかみから宝くじ研究会なんてものを急に立ち上げてしまったが、これはこれで良かったのかも知れない。

 紙媒体の宝くじの場合、態々、銀行に持ち込まなければならなかった。

 その煩わしさから、最近ではネットで購入する事のできる宝くじにしか手を付けていなかった。


 まあ、金はいくらあっても損はしない。

 それにちゃんとルールさえ守って貰えれば、みんな幸せになれる。

 悪質なマルチ商法と違って……。


 俺達が部屋に戻ると、キャッシュフローゲームは既に終わっており、会田さんの知り合いの方が合コンで出会ったチャラ男君達を熱心に勧誘していた。


「ねえねえ、尾高君。キャッシュフローゲームどうだった?」

「えっ? いやぁ、凄く楽しかったかな?」

「本当にっ!? だったらすごく嬉しいな! あ、そうだ。実は尾高君に会わせたい人がいるんだぁ~。その人は年収二千万円以上を稼いでいて、サンシャインシティ直結の高層マンションに住んでるんだぁ。尾高君、とってもセンスがいいし、会社員として働いているなんて勿体ないよぉ~」

「え~、そうかな? それじゃあ、独立しちゃおうかな?」


 会田さんの知り合いは美人が多い。

 おそらく、彼女達は一般人を悪徳マルチ商法に引き込む為の美人局的なポジションなのだろう。

 美人局の執拗なボディタッチにチャラ男君が鼻を伸ばしデレデレしている。


 なんて羨まし……いや、チョロイな、チャラ男君。

 そんなんじゃ簡単に騙されちゃうぞ?


 そしてもう一人の参加者である美空さんはと言うと、これまた会田さんの知り合いのホストっぽい男に褒められまくっていた。


「凄いよ、美空さん。こんなに早くラットレースから抜け出す事ができるなんて……」

「えっ? そうかなぁ? 偶々だよ~」

「いや、美空さんは凄く才能があると思うな。そういえば、美空さんは今の職場を転職しようか迷っているんだったよね? もし良かったら、この本を読んでみてよ」


 そう言って、『金持ち父さん貧乏父さん』を手渡すホスト風の男。


「実は俺、この本に出会って人生が変わったんだ。ここにいる皆、ビジネスオーナーなんだけど、もし良かったら美空さんもどうかな? 美空さんには才能があると思うんだ。転職を考えているなら、いっその事、仕事を辞めてビジネスオーナーになった方がいい。仕事を辞めて独立する方が何倍も儲かるよ?」

「え~、でもぉ~」

「自由を手にするには勢いで仕事を辞めるのも大切だよ。俺も協力するからさ」


 そう言って、美空さんの肩を抱くホスト風の男。

 なるほど、退路を断たせマルチ商法にのめり込ませるタイプの勧誘員か……。

 もしかしたら、起業コンサル名目で料金を請求するタイプの勧誘かもしれない。

 支払えなかった時は、消費者金融からお金を借りさせ、完全に退路を断ち、最終的には人間関係を壊して、都合のいい様にマインドコントロールすると……。


 よかったね。チャラ男君に美空さん。

 俺が今日ここにいて、ここにいる会田さんのグループは相当悪質な勧誘をするグループだったようだ。

 マルチ商法の常套句のオンパレード。

 おまけに知り合いの凄い人とやらまで出てきた。


 もう確定。百パーセント確定と見て間違いないだろう。

 そんな事を考えていると、会田さんが強制的に閉会の挨拶を始める。


「は~い。それじゃあ、そろそろお開きにしましょうか! 尾高君に美空さん、キャッシュフローゲームは楽しかった? また誘うからもし良かったら今度はフットサルでもしようね~」


 ちょっと強引過ぎやしないだろうか?

 しかし、会田さんがここのグループを仕切っているのか、美人局であろう美女もホスト風の男も反論することなくその指示に従う。


「それじゃあ、尾高君。今度はフットサルで会いましょう。折角だから、お弁当作ってきて上げる~」

「美空さん。今日は会えて良かったよ。それじゃあ、また次の機会に……」


 そう別れの挨拶をすると、俺達はマルチ勧誘から解放された。

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