第131話 人生ゲームとは名ばかりのキャッシュフローゲーム(マルチ)①
「はあ、やっちまった。やっちまったよ……」
俺は今、合コンで出会った会田達と共に、六本木駅近くに聳え立つ高層マンションの一室でお酒を飲みながらボードゲームに興じていた。
そして、そのボードゲームをプレイして、俺はここに来た事を後悔し始めている。
会田の奴。何が人生ゲームみたいなボードゲームだ。
これってどう考えてもキャッシュフローゲームじゃねーかぁぁぁぁ!
キャッシュフローゲームとは、人生ゲームの様にサイコロを回してお金を貯めながら円卓のコースをぐるぐる回り、一定の金額になれば『会社で働くというラットレース』から抜け出して、経営者・投資家に上がれるという『金持ち父さん貧乏父さん』の著者、ロバート・キヨ○キが考案したゲームである。
会田さんが独立開業し、何で稼いでいるのかよくわかった。
マルチレベル・マーケティング。
会員となった者が、自身の人脈と人望を対価に新規会員を誘い、その新規会員がさらに別の会員を勧誘する連鎖により、上位階層組織を富ませる連鎖販売取引。
通称、マルチ商法である。
その証拠に、本棚には『金持ち父さん貧乏父さん』や『キャッシュフロー・クワドラント』が置いてあり、俺達を除く参加者全員がいわゆる『意識高い系』。
やたらハイテンションで、皆が皆、『人を成功させる仕事』や『事業化集団のリーダー』など、謎な職業に就いている(職業を聞いてみたらそんな感じの事を言われた)。
「あれ、高橋君。どうかしたの? もしかして、楽しくない?」
「いや、そんな事はないよ。(知らない人と)ゲームをしながらお酒を飲むの、結構楽しいね(もちろん、嘘だけど)」
当たり障りのない会話をしつつ、ハイボールを片手にルーレットを回すと、駒を進めていく。
キャッシュフローゲームは不労所得が総支出を上回った状態で、自分が設定したマスにゴールすればラットレースから抜け出し、ファーストラックに……不労所得で生活している人のマスに移動できる。
つまりこのゲームは、貧乏父さんのライフスタイルから金持ち父さんのライフスタイルに移る事を体験することができるゲーム……。
ネットワークビジネス勧誘には持って来いのゲームだ。
俺がサイコロの目通りに駒を進め、株取引で利益を出そうものなら……。
「わぁ~高橋君。すごーい! でも、株式投資で利益を出しても、それは不労所得とはいえないよ?」
と、言ったように不労所得にならない事はすべて否定される。
何故なら、会社人間からビジネスオーナーになるという考え方を植え付けるのがこのゲームの趣旨だからだ。投資家になりたいと思われては本末転倒である。
ゲームを通じて少しづつ、そういう風に思考を染めていく。
おそらくキャッシュフローゲームの次はフットサル辺りのイベントを進めてくることだろう。
こうして、良好な人間関係を作り、一定の思想に染めてからマルチ商法について告げるのだ。そのやり方はカルト集団の誘い方と何ら変わらない。
「そうなんだ? 初めてやるからわからなかったよ。あはははっ……」
嘘である。
このゲームは大学時代に中学校の頃の旧友に誘われ一度やった事がある。
大学生の頃、中学校時代の友人から突然電話がかかってきて、懐かしいねー、会いたいねーと言われたから会ってみたら、何故か、ボードゲームをやる事になりその後、そのマルチ商法だけで年収一千万円稼いでいるという自称偉い人と一緒になってマルチ商法を勧めてきたのだ。
目が点になったね。
就職もしていない金もない一大学生にマルチ商法勧めて彼は一体何がしたかったのだろうかと自問自答しちゃったよ、俺。
自称偉い人と二人がかりで市販製品との比較実験を見せられた時にはどうしようかと思ったものだ。
だって、どう考えてもこれは、特定商取引法違反。
連鎖販売取引は、特定商取引法により勧誘方法が厳しく制限されている。
その為、勧誘を行う時は、あらかじめ勧誘である事、どこの会社の勧誘であるのかを明示しなければならない。
つまり、『懐かしいねー、会いたいねー』からの『勧誘』は特定商取引法違反という事になる。
ついでに言えば、そのマルチ商法の運営母体の年間売上は約一千億円。会員数は七十五万人だ。売上の三十パーセントが報酬に回るとして、一人当たりの年間報酬は約四万円。
マルチ商法に本気で取り組んでいる人が全体の一パーセントだと仮定しても、年間報酬は約四百万円。元旧友が紹介してくれた自称偉い人みたいに一千万円も稼いでいる者が沢山いれば、その最頻値はもっと低くなる。
つーか、そもそも論で俺への勧誘は労働には当たらないのだろうか?
不労所得という話はどこへ行った。
……とまあ、一瞬、思考停止に陥ったが、何が言いたいのかといえば、これ、マルチ商法への勧誘だよねという事だ。
まさか、合コン相手にそんな奴が混じっているとは思いもしなかった。
まあ、その話題を振ったの俺だけど、これじゃあ、合コン費用七千円を溝に捨てたようなものだ。
折角なので、ちょっとした嫌がらせをしてやろうと思う。
「でも実はさ……」
俺は、胸に忍ばせていた当選金額最大三千万円のスクラッチくじ(十枚入り・未開封)取り出すと、会田さんの目の前に持ってくる。
「……俺、投資でかなり成功しているんだよね?」
そう告げると、会田さんがクスリと笑う。
「もぉ~高橋君、冗談がうまいんだから~宝くじは不労所得じゃないんだよ?」
そういえば、そうだった。
宝くじには所得税も住民税もかからない。
そういった意味では不労ではあるが所得とは言えないのかも。
「そうだね。会田さんの言う通りだ。でも、俺は実際にこれでかなり豊かな生活を送っているんだよ。まあ見てて……」
そう言ってハイボールをテーブルに起き、スクラッチくじをコインで削ると、十枚中五枚の当たりを引いた。
当選くじは、一等が一枚。二等が一枚、三等が三枚だ。
それを見た会田さんの顔が唖然とした表情に変わる。
「う、嘘っ……」
「嘘じゃないよ? ほら、スクラッチくじを削っただけで三千万円の不労所得を手に入れる事ができた。当選くじを選び方にもコツがあってね? コツさえ知っていればこの通りさ。投資による不労所得も結構バカにならないでしょ?」
こんなマルチ商法を紹介するよりこっちの方が楽に稼げるんだよと、暗に言ってやる。
そして、これが偶然じゃない事を示す為、もう二十枚ほどスクラッチくじを削り当選くじを量産すると、会田さんが唖然といった表情を浮かべたまま一瞬押し黙ってしまった。
「ね、ねえ……これ、本物なの?」
「うん。勿論、本物のスクラッチくじだよ? 見て見る? でも、ちゃんと返してね?」
そう言って当選くじを手渡し、スマートフォンで今、販売中のスクラッチくじも併せて見せる。
「ほ、本物……という事は、このスクラッチくじは……」
「三千万円の価値のあるスクラッチくじだよ?」
会田さんからスクラッチくじを返却して貰うと、俺は盗まれないようアイテムストレージにしまい、笑顔を浮かべる。
「……そういえば、会田さん、開業して投資もしてるんだったよね? 月収三百万円だっけ?」
「う、うん。そうだけど……」
月収を確認しただけだというのに苦い表情を浮かべる会田さん。
最近では、暗号資産(仮想通貨)や海外不動産への投資、アフェリエイト等の儲け話を人に紹介すれば報酬を得られると勧誘する『モノなしマルチ』というのが流行っているようだが、会田さんが加入しているマルチ商法はおそらく一般的なマルチ商法。
マルチ商法で儲ける為には、会員価格で購入した商品を転売するか、紹介した会員が商品を購入し紹介料を貰うほかない。
会田さんは月収三百万円と言っていたが、本当にそれだけの金額を稼いだかどうかも怪しい所だ。
「……会田さんはさ、今の収入に満足してる?」
「えっ?」
「いや、会田さんは投資で儲けているかもしれないけど、今って何が起こるかわからない時代じゃない? いざという時の貯えって必要だと思うんだよね。知ってる? 宝くじの当選金には所得税や住民税すらかからないんだよ? 月収三百万円ともなれば、相当な金額の所得税や住民税、国民健康保険がかかるよね?」
「え? えっと、高橋君は何が言いたいのかな?」
意外と察しが悪いな……。
数々の人をマルチ商法に巻き込んできた会田さんならこれだけ言えばわかるだろうに……。まあ、いいか。それなら直接的にわかりやすくマルチっぽい言葉を選んで言ってあげよう。
「実は俺、月に一度、当選確実な宝くじを購入する宝くじ研究会、通称ピースメーカーって言う会を立ち上げているんだ(立ち上げたのは今だけど)。もし良かったら一度参加して見ない? 最初の一回は体験という事で無料で参加できるからさ! さっきの当確率を見ればわかると思うけど、かなり高い確率で宝くじを当てる事ができるんだ。絶対に損はさせないし、必ず儲かるよ? 一緒に勝ち組になろう!」
そう告げると、会田さんは考える様なそぶりを見せる。
「えっと、それは本当に当たるの?」
「勿論、百パーセントとは言わないけど、五割の確率で当たりを引く事ができるよ」
前々から不思議に思っていたが、最近になって判明した事が一つある。
それは、現実世界のレアドロップ率がゲーム世界と同じ0.1%で固定されているのではないかという事。
ジャンボ宝くじの当たる確率は一千万分の一。
『レアドロップ倍率+500%』で当たる確率上げても、これほど多くの宝くじを当選させる事はできない。
「宝くじを購入するだけで簡単にお金が稼げるんだ。しかも、年に五回億単位の当選金が当たるジャンボくじもある」
まあ、俺は換金するのが面倒臭いので他の宝くじをネットで購入してるけど……。
「宝くじの当選金は所得扱いされないから、住民税や所得税も払わなくていい。当選金で生活するなら国民健康保険だって安くなる。どう? 会田さんも夢のような暮らしを送ってみない? もし良ければ、これから皆でスクラッチくじを買いに行ってもいい。必ず稼げる事をその場で証明して見せるよ?」
いつの間にか熱が入り、キャッシュフローゲーム所ではなくなってしまった。
会田さんだけに話しかけていたつもりが、皆、こっちを見ている。
会田さんの知り合いという人だけは、めっちゃ真顔だ。
何、人の家で勝手に勧誘してんだ、てめぇ! って顔してる。
周囲の様子を窺いながら会田さんの返事を待っていると、会田さんはコクりと頷いた。
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