第265話 ヘルヘイム③
『――ほう。聞き分けがいいじゃないか……』
駄々を捏ねるダークエルフと違い、言われた条件を文句を言うことなく受け入れた俺に、ヘルは感心した表情を浮かべる。
「ええ、俺はチャンスを貰っておいて文句を言う様な恥知らずな人間ではないので……」
頭を地面に擦り付けながらそう言うと、隣で頭をさすっていたダークエルフが歯軋りする。
「ぐっ……、人間風情がぁぁぁぁ!」
『――煩いぞ……』
そう言うと、ヘルは見苦しく歯軋りをするダークエルフの頭に更なる圧を加えた。
「ぐ、ぐぎぎぎぎっ……!?」
とても苦しそうだ。まあでも、神様を目の前にそんな態度に出る事ができるのだから、まだ余裕があるのだろう。
『それでは、これは貰っておくぞ』
ヘルはダークエルフの頭から一度、足を退けると、俺がアイテムストレージから取り出したカセットガスコンロを足元に置き、点火する。
ブオーという音と共に温風が出るが、吹雪いている中、使用してもあまり意味はなさそうに見える。
しかし、温風に当たるという事が初めてだったのか、ヘルは気持ちよさそうな表情を浮かべると、もう一度、ダークエルフの頭に足を置き意気揚々と呟いた。
『――さて、どちらから先に行く?』
再び足蹴にされ苦悶の表情を浮かべるダークエルフを尻目に俺は真っ先に手を上げる。
「――それでは、俺からお願いします」
『……ほう。お前からか――』
ヘルは足元で這いつくばるダークエルフを一瞥し、許可を出す。
『――いいだろう。それでは、スヴァルトアールヴヘイムに転送して……』
「――あ、大丈夫です。その前に、念の為の確認ですが、条件はダークエルフが俺の事を想い涙を流す事で、いいんですよね?」
ヘルは俺の問いに一瞬、思案げな表情を浮かべる。
『――ああ、そうだ。条件が成されれば蘇生した上で、元の世界に送り届けてやろう』
「一人のダークエルフが俺の事を想い涙を流せばいいんですね?」
大事な事なので二度、確認すると、ヘルが怪訝な表情を浮かべる。
『――くどいぞ。そう言っている』
「そうですか、なら良かった……」
条件はクリア。後は実行に移すだけだ。
「それでは、ヘル様。大変恐縮ではございますが、そのダークエルフの頭に乗せている足を今一度どけて頂けますか?」
『……うん? まあよいが……こ奴に何をする気だ?』
「いえ、まあ、このダークエルフとは少々、因縁がありまして……折角なので、ここでケリを付けようかなと思いまして……」
そう言うと、ヘルは少し考え込む。
『――ふむ。まあいいだろう。それでは、これより三十分の時間を設ける。もし、スヴァルトアールヴヘイムで、ダークエルフの説得をしたくなったら気兼ねなく言うがいい』
「ありがとうございます」
ヘルの了承を得た俺は、そのまま立ち上がると、ダークエルフの王、ルモンドの前に立つ。
ルモンドは這いつくばったままの姿勢で俺を見上げると、顔を強張らせ警戒心を露わにした。
「――き、貴様、何をするつもりだっ!」
流石は、ダークエルフの王。こんな状態に陥って尚、威勢だけは良い。
死んで尚、元気なのは良い事である。お陰で、こちらの良心も痛まず済む。
「いや、なに……ちょっと、仕返しをしようと思ってさ……お前だろ? ドワーフの地下集落襲撃を指揮したのは……」
「――だったら何だ――いや……まさかお前っ! 私の娘に隷属の首輪を付け強制的に契約書を書かせた人間かっ!」
おお、察しがいいな。ドワーフの地下集落を破壊したという話をしただけで、その結論を導き出すとは……ヘルに頭を踏まれて、脳が活発化でもしたのだろうか。
まあいい。やはり、そうか……。
「ああ、そうだ。あのクソダークエルフは、ドワーフの地下集落を破壊したA級戦犯だからな。当然の処置だよ。ちなみにお前はS級な? よくもまあやってくれたなぁ。賠償金で手を打ってやろうと思っていたのに、あのダークエルフを無傷で帰してやった恩を忘れ、再びドワーフの地下集落を襲うとは……」
お陰で、折角直した地下集落をもう一度直す羽目になった。
エレメンタルさんは有能だけどな、便利な駒じゃねーんだよ。余計な手間をかけさせるな。
そう挑発すると、ダークエルフの王であるルモンドは顔を紅潮させ叫び声を上げる。
「き、貴様ぁぁぁぁ!! ま、まさか、我が国に攻撃を仕掛けてきたのも――」
当然の事ながら、俺ですが、それが何か?
まさか、やり返されないとでも思っていたのだろうか?
だとしたら、考えが甘い。
リスクマネジメントが取れていない人の考え……自業自得。やり返されて怒るとは愚かなダークエルフだよ。お前は……やったらやり返される。それは当然の帰結だ。お前だって、突然知らない人に殴られたら殴り返すだろ?
ハムラビ法典を読み直してから出直してこい。
そんな意味を込め侮蔑し嘲笑すると、ルモンドは顔を醜く変形させ怒り狂う。
「――貴様がこの騒ぎの元凶かぁぁぁぁ!! おのれ、よくこの私の前に……ダークエルフの国王、ルモンドの前に顔を出せたものだなっ! 貴様、何をやったか分かっているのかっ! 貴様は世界樹の根を破壊しようと――」
「煩いなぁ……わかってるって、今は俺のターンなんだから黙れよ。確かに、世界樹に花火を打ち込んだよ? でも、世界樹はそれで燃えた訳じゃない。世界樹燃やしたのお前だろうが、頭でも沸いてんのか? 責任転嫁するんじゃねーよ。つーか、怒る所、そこ? まあ、ダークエルフの国王様だし仕方がないか。自分の娘よりも国を取るのも仕方がない事だよね。あれ? でも、さっき、自分の保身の為に、娘どころか自国民を生贄に捧げようとしていたような……あれれー? おかしいぞー? ダークエルフの国の王様は自分の命を守る為なら自国民に犠牲を強いる様な王様なんですかぁー? 王様は自分の命を守る為なら自国民がどうなろうが知った事じゃあないのー? 国民を守る気のない王様なのに、何で、王様を名乗っているのー? 教えてーダークエルフの国王様ぁ? あれ、そう言えば名前何だっけ?」
俺の挑発が余程、頭に来たのだろう。ルモンドの顔の至る所に青筋が浮き出ている。
「――き、貴様ぁぁぁぁ!」
怒り心頭となり掴み掛かって来たので、俺はアイテムストレージから催涙スプレーを取り出し、ルモンドの顔に向け吹き掛けた。
「ぎ、ぎゃあああああああああああっ!?」
その瞬間、ルモンドは涙を流しながら絶叫し、転げ回る。
催涙スプレーの効果は抜群の様だ。
それもそのはず、文字だけ見るとあまり効果が無さそうに感じるかも知れないが、催涙スプレーは正当な理由なく持ち歩けば凶器隠匿携帯罪が成立し、勾留される可能性がある凶器。
その痛みを言葉にするなら、顔面に強烈なパンチを受け、顔中に針が突き刺さり、あまりの痛みに目は開かず、その激痛が数時間ずっと続く様なものだ。
痛いと感じた瞬間から、その痛みは激痛となり、さらに顔中に広がって、皮膚に浸透し顔の奥深くまで耐え難い激痛が襲い、何も考えられない所か立っている事もできず、蹲る事しかできなくなる。
とはいえ、これでミッションコンプリート。
「――この、この人間風情がっ! ふざけやがって、ふざけやがってっ! 私はダークエルフの国王だぞ! 絶対にぶち殺してやるからなぁぁぁぁ!」
そう俺の事を想い発狂しながら涙を流すルモンドを一瞥し、ヘルに視線を向けると、少し驚いた顔をする。
『――ほう。私の想定とはだいぶ違うが……確かに、お前の事を想い涙を流しているな。まあ、その涙は道具によるものだし、その者からは怒りの波動しか感じないが……』
恐らく、ヘルは『俺が死んだ事を悲しみ又は憂い、泣いてくれるダークエルフが一人でもいたら蘇生してやる』そういった意味合いで言ったのだろう。
しかし、実際、ヘルが言葉にして言った条件は『ダークエルフが俺の事を想い涙を流すのであれば、お前を蘇生し、スヴァルトアールヴヘイムに帰す』というもの。
憂い、悲しみ、怒り……想いには、色々な意味が込められている。
言葉って難しいね。ヘルが細かく『想い』の条件を指定していたら恐らく俺は終わっていた。
だって、俺の為に泣いてくれるダークエルフなんていなさそうだし……。
「――な、なぁ!? そ、そんなっ!?」
俺が条件をクリアした事に、ルモンドは驚愕する。
しかし、流石はダークエルフの王様だ。
普通、催涙スプレーを浴びると、悲鳴以外喋る事もできなくなるというのによく喋れるな。
ステータスが高いだけの事はある。
『よろしい。それでは早速、蘇生させてやろう』
ヘルが手を翳すと、腹に開いた穴が塞がっていく。
殺された時はどうしようと思ったが、なんとかなって本当によかった。これも日頃の行いが良かったお陰だろう。
日頃から社会のゴミ掃除に邁進していて本当に良かった。
「ありがとうございます」
俺を殺した犯人に蘇生のお礼を言うのは何だか変な感じだが、神様相手にそれを言った所で仕方がない。
ヘルの言葉が足りないお陰で蘇生する事ができたんだ。結果論だが、文句は言わないでおく。
そう言って、頭を下げお礼の言葉を言うと、俺は催涙スプレーの猛威に晒されているダークエルフの王、ルモンドに視線を向ける。
「――さて、あんたとはここでお別れの様だな」
王様にとって、ここでの生活は終わりが見えない上、大変、過酷なものになると予想されるが自業自得なので諦めて貰う他ない。
俺自身も、今後は気を付けよう。
まさか、世界樹への攻撃が元となり、ヘルヘイムに落とされ殺されるとは思いもしなかった。
良い勉強になったよ。ダークエルフの元国王様……。
俺の皮肉を聞き、ルモンドは声を上げる。
「――ぐ、ぐううっ!? この……人間がぁぁぁぁ!」
まさかとは思うが人間だと思い侮っていたのか?
まあ、こいつの娘を見ればわかる。
蟻の巣壊す様な感覚で、俺の庇護下にあるドワーフの地下集落をぶっ壊す様な種族だ。
これまで、ダークエルフも人間も格下に見ていたことが透けて見える。
「格下と思っていた人間に先を越されて蘇生され、手痛い反撃を受けた感想はどうだ? ダークエルフの元国王様?」
「き、貴様ぁぁぁぁ!」
よく目が見えていないのだろう。
俺がそう挑発すると、何を思ったのかルモンドが足元に落ちていた石を拾いヘルに向かって突進していく。
「――人間語如きが生意気なっ! 死ねぇぇぇぇ!」
お前の攻撃如きで死ぬと思っているなら、頭がイかれていると言わざるを得ない。目を瞑ったまま、攻撃しようとしているなら尚更だ。
そして、その行動はお前にとって悪手中の悪手。
――ドンッ!
ルモンドは声を頼りに手に持っていた石を振り下ろす。
石が人の体にめり込む確かな感触に笑みを浮かべると、ルモンドの体を突然の寒気が襲った。
『――ほう。ヘルヘイムの支配者である私に、死者であるお前が攻撃を加えるか……』
「へっ?」
前から聞こえてきたヘルの声。
催涙スプレーの激痛に耐え、薄く目を開けるとそこには、何の表情もなく佇むヘルヘイムの支配者。ヘルの姿があった。
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