第215話 現役出向①

 天下り。それは中央省庁の公務員(官僚)が退職後に、関係の深い民間企業や特殊法人等に再就職する事を指す単語である。

 その単語を聞いた俺は困惑した表情を浮かべる。


「――えっと、何でそんな話が出ているのかな? 株式会社でもNPO法人でもない任意団体である宝くじ研究会・ピースメーカーに公務員受け入れの話が出る事自体、突拍子もない事だと思うんだけど……」


 そもそも、国には何のお世話にもなっていないし、義理もない。

 これからレアメタル販売を行おうという時に、そんな奴に来られても邪魔なだけ。

 現状、こちら側に何のメリットもない。

 というより、まだ天下りというシステムがあったんだと驚くばかりだ。


 何故、そんな事になっているかわからず頭を抱えていると、会田さんは申し訳なさそうに言う。


「じ、実は私の父が一般財団法人宝くじ協議会の理事をしていて……」

「ああ、そうなんだ……」


 なるほど、何となく理解した。

 御親族の方に、宝くじ関連団体に天下った方がいた訳ね。

 宝くじの利権団体にどっぷり浸かっている方がいれば、そりゃあ、おかしいと思うわ……。何で、うちの娘、バンバン宝くじ当選させているんだって……。

 まあ、目を付けられてしまったのであれば仕方がない。

 どの道、すぐバレる事だとは思っていた。


 問題は、何故、任意団体である宝くじ研究会・ピースメーカーにそんな話が来ているかという事だ。宝くじ関連団体に天下った会田さんの父親の存在だけでは理由としてとても弱い気がする。


 もしかして、あれか?

 どこぞの暴力団を警察にしょっ引いて貰った時に足が付いたのか?

 それとも、東京都港区新橋の宝くじ当選率が異常値を叩き出しているのに気付いて連絡を寄こしてきたのか?


 まさか宝くじ売上の半分以上を運営費と公益事業に使っているくせに、国から天下りを送り込む事でこの組織を乗っ取り、天下り団体の一つとして組み込むつもりじゃあないだろうな?


 だとしたら、絶対に許さん。

 宝くじの当選金はすべて俺と宝くじ研究会・ピースメーカーのものだ。

 この利権、断じて他の奴等にはやらん。


「……でもまあ、公務員が天下ってくるとしても、受け入れる場所なんてないし、何より邪魔だし? 断っておいてくれない?」


 俺は考えを纏めると、お断りの返事をしておいてくれないかと告げる。

 すると、会田さんは困った表情を浮かべた。


「で、ですが、今後、宝くじだけではなくレアメタルに手を付ける以上、国に目を付けられるのは色々と厄介な事になるのでは……」


 何を言うかと思えばおかしな事を……。

 もう目を付けられているよ。だからこそ、そんな話が出てきたんだ。

 目を付けられている以上、我々がやるべき最善の行動は、獅子身中の虫を組織内部に入れないこと。

 むしろ、国の言う事を聞き、天下りを受け入れでもしたら良い様に食い物にされるだけである。最悪の場合、この組織が乗っ取られるかも知れない。


「会田さん……よく考えて見てくれ。俺達は悪い事は何一つやっていない。むしろ、国からの提案に乗り天下り公務員を受け入れる事の方がよっぽど問題だ。だってそうだろ? 受け入れる事で、規制されている筈の天下りを黙認した事になる。国って奴は信用ならないからね。奴等は多分、それを狙っている(陰謀論)。そして、この宝くじ研究会・ピースメーカーを乗っ取り公益法人化しようとしているのかも知れない――」


 あり得る事だ。

 天下りの規制は、天下りをしようとしている公務員にとって死活問題。

 退職後の天下り先を確保する為、公務員でいる内に将来の天下り先を創り出す……。国のやる事だ。絶対にやる。


 つまり、その天下り先を確保しようとしている公務員と接触を持たなければ万事OK問題なしという事だ。むしろ、国からの要望通り天下りを受け入れる方が害悪。無駄な経費を使う事になる。


「――つまり、俺の回答はノーだ。天下りなんて絶対に受け入れない。わかってくれたかな?」


 そう尋ねると、会田さんは顔を青褪めさせガクガクと震え始めた。


 え、なにっ?

 何で震えているの、何で震えているの??


「も、申し訳ございません。じ、実は断り切れず、一名の出向が決まっていて……」


 ――へっ?


「し、出向が決まってるって……いや、どこに誰が来るの? っていうか、天下りの話は? えっ? 天下りじゃなくて省庁からお偉いさんが出向してくるの?? ま、まあその話を置いておくとしても、会田さんも知っての通り、宝くじ研究会・ピースメーカーはあくまでも任意集団。個人事業主である俺が、宝くじ研究会・ピースメーカーに属しているその他複数の人達と共に宝くじを共同購入するただそれだけの組織なんだよ?」


 まあ、新たにレアメタルを販売する為の部門を立ち上げたけどさ。

 それについても、個人事業主である俺が宝くじ研究会・ピースメーカーに属している会員に対し、直接レアメタルを売るだけの組織である事に変わりはない。


 つまり、宝くじ研究会・ピースメーカーはどこまで行ってもただの任意集団。

 俺が口を開けたヒナに対して餌を上げる。ただそれだけの組織だ。

 国は何か勘違いしているのではないだろうか?

 宝くじ研究会・ピースメーカーは、一般社団法人でもNPO法人でも株式会社でも何でもないんだよ??


 どちらかと言えば、ゲートボール愛好会とかPTAみたいなそんな感じの組織に近いとすら思っている。


 そんな任意集団に役人が出向??

 マジで意味がわからん。

 働く場所すら用意されていないというのに出向役人はどこで働く気なのだろうか?


「そ、それに出向してくるにしても仕事する場所がないよね? っていうか、仕事って何をさせるつもり?」


 出向してくる役人に対する仕事なんて、ここじゃあ、宝くじ買わせにパシらせる以外に仕事なんて存在しないんですけど……。


 すると、会田さんがさも当然のように言う。


「え、えっとそうですね。出向に際し、国から出向してくる公務員の諸手当が支給される様ですので、安くて適当な事務所でも借りて仕事を与えず、出向期間が過ぎるまでの間、ボーっとさせていればよろしいのではないでしょうか?」


 お、鬼だ。鬼がここにいる。

 そんな事できる訳ねーだろ。何、お前。そんな怖い事を考えてたの!?

 断る事ができなかったからって内心そんな事思ってたの!?

 ビックリだよ。怖過ぎるよ。メンタルやられて鬱状態になっちゃうよ。その人っ!?


「――はあっ……仕方がないな……」


 思えば、宝くじ研究会・ピースメーカーの事は会田さんに任せっきりだった。

 国家権力からのお願いと俺を天秤にかけ、国家権力のお願いを聞き届ける事にしたのだろう。


 俺も元平社員だったからその気持ちはよく分かる。板挟みってキツイよね。奴等はアンケート一つ取るのに『この日までに回答しないと法律違反となり罰則を課します』的な文書乗せてくるもん。そりゃあ怖いわ。国家権力が相手となれば尚更だ。


 今回ばかりは仕方がない。

 会田さんを責めるのは止めておこう。


 誰だって、国家権力に『出向する公務員の給料はこっちが出すって言ってんだろーがっ! 何が問題なんだよ』と、詰められば断るのが難しい。そんな事を言われたのも初めてだろうし尚更だ。


 ここは俺がガツンと言ってやろう。


「……わかった。受け入れるよ。まだ旧更屋敷邸は工事中だし、とりあえず、近場で事務所を探すか……」


 できるだけクソ安くて外見が綺麗な所を……。

 あと、役人がどんな目的で出向してくるのかも見極めないといけないな。冗談抜きで国は信用できない。

 任意集団だと言っているにも拘らず、出向させてくる位だ。何か目的があるのだろう。そうでなければ説明が付かない。


 さて、鬼が出るか蛇が出るか……見ものだね。


 内心でそう呟くと、俺はそっとほくそ笑んだ。


 ◇◆◇


 宝くじ研究会・ピースメーカーに出向してくる公務員を迎える為、新橋駅前の空きテナントに事務所を構えた俺は、その事務所を見て静かに頷いた。


「うん。中々、良いんじゃない。会田さんはどう思う?」

「はい。たった一人を迎える為に用意した事務所として十分ではないでしょうか?」


 築五十年だがリノベ済み四十平米。月額十五万円でこのクオリティなら十分だろう。これなら出向役人を騙くらかす事ができる筈だ。

 たった一人の為に態々、事務所を借りなければならないと聞いた時には、おいおい。マジかよと思ったものだが、いざ、事務所を借りて自分の好きな様にレイアウトするのは中々面白い。

 なんて言うか、初めて独り暮らしをする時の様な真っ新な気持ちを思い出した。


 さて、そろそろ、出向役人が来る時間だな……。


「さあ準備はいいか?」

「「はいっ!」」


 よし。中々、良い返事だ。

 ここにいるのは、俺と会田さんとロドリゲス・M・コーナー君の三人。

 会社ではないが、事務所に外国人がいると何となくカッコいいという俺の個人的な考えの下、ロドリゲス・M・コーナー君には参加して貰っている。

 勿論、会田さんやロドリゲス・M・コーナー君には、後々、この茶番に付き合って貰う為のエキストラ代を支払う予定だ。

 宝くじを一杯買って上げよう。


「よし。それじゃあ、出迎えに行ってくる」


 そう言って、事務所を出ると俺は一階へと足を運ぶ。

 そこには既に、一人の中年男性が仁王立ちで待っていた。


「――はっ?」


 大凡、人を待つ時の態度ではない。

 遅いな。まだ来ないのか。常識が無いな。と言った言葉が舌打ちと共に聞こえてくる。


 時計を見ると、待ち合わせの十五分前。集合場所は二階の事務所だ。

 折角、十五分前に来たというのに、何で、一階の事務所前で待っているのかわからず、思わず俺は首を傾げる。


 おかしいな。何で出向してきた側があんなにも尊大な態度で俺の事を待っているんだ。意味がわからん。

 正直、顔合わせをする前から印象は最悪だ。落ちる所まで落ちている。

 俺が元いた会社にも出向役人はいたけど、そんな尊大な態度じゃなかったぞ?

 声かけたくないなー、マジで声をかけたくない。


 しかし、ここで突っ立っていても埒が明かない。


 あー、マジでしんどい。


 そんな事を思いながら、俺は総務省から現役出向でやってきた公務員、川島将司の下に牛歩で向かった。

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