第216話 現役出向②

 現役出向。それは、天下り規制を回避する為に政府関係者が頭を捻って考えた天下りに代わる新たな抜け道の事。

 官庁等で働く職員が元の組織に在籍したまま現役出向という形を取る為、支給される退職金は減る事なく、給料は出向先のものが適用されるので天下りと同様に旨みのある名目上、出向した職員が大臣の意向を踏まえ、出向先の法人の業務の効率化や無駄の排除に取り組む事を前提に、大臣の任命権の下で実施する天下りの抜け道的制度である。


 そんな、天下り規制の抜け道を通りやってきた総務省の現役出向職員に視線を向けると、俺は顔に笑顔を貼り付け、尊大な態度で待つ川島将司へと声をかけた。


「――川島さんですよね? 私、任意団体『宝くじ研究会・ピースメーカー』の代表を務めております。高橋と申します」


 当然、一人称も普段使用している『俺』から『私』だ。

 決して、天下りや現役出向に関する関連用語『渡し』を揶揄している訳ではない。


 そう謙りながら声をかけると、川島将司は鋭い視線を向けてくる。


「……五分。私が君の到着を待っていた時間だ」

「へっ?」


 言っている意味がわからず、そう呟くと、川島は捲し立てる様に言葉を並べ罵倒し始める。


「――わかるかね。君は私の貴重な時間を五分も無駄にしたのだよ……。まったく、これだから民間は嫌なのだ。レベルが低い。それ以前に常識がなっていない。人を待たせたのであれば、まず謝罪から入るのが基本だろう? そんな事もわからないほど、君は愚かなのかね……」


 川島の吐いた言葉に、俺は思わず絶句する。

 こ、こいつ……。一体、何を言っているんだ?

 マジで意味がわからない。

 そもそも、待ち合わせ場所、ここじゃないよね? 待ち合わせ場所は、二階の事務所なんですけど?

 会田さんがメールで送ったよね?

 電話番号もついでに送ったよね??

 何で外で待ってんの? 到着したなら二階に上がって来いよ。

 親切心で一階まで降りてきて、何でそんな事を言われなきゃいけないの?


 つーか、俺の事、誰だかわかってる?

 俺、一応、任意集団『宝くじ研究会・ピースメーカー』の代表だよ?

 これからお前の上司的存在になる奴だよ?

 何で威張り散らしてんの?

 これ、新入社員が社長に難癖付けて謝罪させようとしている並の暴挙だよ?

 現実社会では、ほぼあり得ない暴挙なんだよ?


 それともあれか?

 マウントか?

 マウンティングハラスメントか??

 この俺相手にマウントが取りたいのか?

 パワーハラスメントを添えて訴えるぞ。この野郎。


 しかし、俺も元社会人。一切の不満を押し殺し顔に笑顔を貼り付けると、殴られウサギを殴る事でストレス発散をするクレヨンしんちゃんのネネちゃんの如く、心の中で川島の事をボコりながら肯定する。


「……そういえば、そうでした。偶々、川島さんをお見かけしたので、声をお掛けしましたが、川島さんの仰る通り、確かに常識がなかったようです。待ち合わせは十五分後の午前九時。場所は二階の事務所でしたね。私が話しかけた事により、川島さんの貴重な休憩時間を無駄にしてしまい申し訳ございません――」

「なにっ?」


 そう皮肉を垂れると、川島の頬がピクリと吊り上がる。


「しかし、困りました……」

「……何が困ったというのかね」


 当然、こいつの扱い方についてである。

 どうやら自覚はないらしい。

 しかし、俺は大人なので、思っている事を口に出してしまう程、愚かではない。


「いえ、まずは民間の一般常識から教えなければならないのかと考えると頭が痛くて……」


 ――と、思ったら普通に口から考えていた事が言葉となって出てしまった。

 どうやら、相当腹に据えかねていたらしい。

 自分の事ながら気付かなかった。


 まあ、言ってしまったからには仕方がない。何を言われようが、この団体は俺が立ち上げたものだ。

 確かに、受け入れたのはこちら側だが、初日からマウント取って物事を有利に進めようとしたり、霞ヶ関の常識で物事を測ろうとする様な奴に勝手な事をさせるつもりはない。

 すると俺の言葉を聞いた川島は眉間に皴を寄せ怒りの表情を浮かべる。


「――言ってくれるじゃあないかね、君……。ならば、民間の一般常識という奴を教えて貰おうじゃないか」


 一般人の常識とやらを教えて貰いたいとの事なので、教えて差し上げるとしよう。

俺は声を大にして言う。


「はあ、まあ、知りたいというのであれば教えますが……まず第一に、入社当日になって出社する場所を間違え難癖をつけた挙句、偉そうな態度を取る様な人はいません。いたとしても、それは自分の間違いに気付かないか、自分の間違いを認める事ができない人だけです」


 俺がそう言うと、川島は憤然とした表情を浮かべたまま目を瞑る。

 実に不満あり気な表情だ。


「……君は私が難癖を付けたと、そう言うのかね」

「はい。その通りです。何か違った点がありましたか? あなたは見当違いな場所で始業時間を迎えようとしていた訳ですが……この通りあなたに送ったメールには、午前九時、この建物の二階にある事務所に来て頂くよう案内を出しています」


 スマホを取り出すと、会田さんからのCCメールを表示し、川島に提示する。

 すると、川島はぐっと呟き、苦い表情を浮かべた。


「――だ、だがね。君……」

「今、話をしているのは私です。反論は後にして下さい」


 そう言って川島の言葉をバッサリ切ると俺は話を続ける。


「このメールには、この様に集合場所が明確に書かれています。地図も併記してありますし、二階の事務所に直接お越し下さいとも書いてあります。それにも関わらず川島さんは、『君は私の貴重な時間を五分も無駄にしたのだよ……。まったく、これだから民間は嫌なのだ。レベルが低い。それ以前に常識がなっていない。人を待たせたのであれば、まず謝罪から入るのが基本だろう。君はそんな事もわからないほど、愚かなのかね』と、メールの内容がわからないほど愚かでレベルの低い難癖を付けてきた訳ですが、これがあなたの一般常識なんですかね? 私には、あなたの発する言葉のすべてが非常識で、むしろ、見当違いで謝罪要求した事を謝罪して欲しいとすら思っているんですけど……」


 物怖じせずズケズケと思いの儘を言葉にしてやると、川島は顔を真っ赤に染めた。

 凄いな。今にもキレそうだ。頭に血が上るというのはきっとこの事を言うのだろう。


「第二に……」

「まだあるのかね……」


 当然だ。むしろ、何故、一つだけだと思ったのか理解に苦しむ。


「はい。川島さんは現役出向でこちらにこられたとの事ですが、社会人としてのマナーがまるでなっていません。先程、初めてお会いした時、名を名乗り挨拶致しましたが、川島さんから返ってきたのは、見当違いな苦言だけでした。一社会人として恥ずべき行為だと思います。私からは以上です。反論がありましたらどうぞ忌憚ない意見をお聞かせ下さい」


 正直、このまま川島がキレて、現役出向の話が流れてくれれば万々歳である。


 しかし、川島は忍耐強かった。

 正論パンチでボコボコにしてやったつもりだったが、少し攻撃力が足りなかったのかも知れない。


 川島は一転して柔和な笑みを浮かべると、恭しくも頭を下げた。


「……そうだな。私の勘違いとはいえ、筋違いな事を言ってしまった。誠に申し訳ない。この通りだ」


 流石は総務省からの現役出向職員。

 常日頃から政府関係者を相手にしている為か、中々、堂に入った謝罪方法だ。

 何というか手慣れている。謝罪慣れしていると言ってもいい。


 しかし、俺の事を普通の民間人だと思っているのだろう。柔和な笑みを浮かべているが、目はまったく笑っていない。


 きっと内心では腑が煮え繰り返っている事だろう。すぐに癇癪を起こすタイプの人みたいだし、川島本人に盗聴器を仕掛ければ面白い話が聞けそうだ。


 影の精霊・シャドーに視線を向けると、この日の為に購入した大量のカメラと盗聴器を影に沈めたシャドー二体が、川島の影の中に入り込む。


「川島さん。頭を上げて下さい。私は何も川島さんとやりあいたい訳ではありません。わかって頂けたのであれば、それでいいのです。仲良くやっていきましょう」


 本心を隠し、そう告げると、川島が頭を上げる。そして、共に微笑むと互いに握手を交わした。


 ◇◆◇


 川島から仮初の謝罪を受け取った俺は、川島をそのまま二階の事務所に連れて行き、皆の前で自己紹介させる事にした。


「えー、それでは、本日から任意団体『宝くじ研究会・ピースメーカー』の仲間になる川島さんです。それでは川島さん。自己紹介をお願いします」


「はい。総務省の自治財政局から現役出向という形でやってきました川島将司です。まだまだ未熟な点はございますが、ご指導ご鞭撻の程、よろしくお願いします」


 総務省の自治財政局から現役出向してきたと誇示する点。ご指導ご鞭撻というが、そんな事はまるで望んでいない点が言葉と態度の節々から感じ取れる素晴らしいテンプレート自己紹介だ。

 素晴らしい。感動した。


「川島さんですね。私は会田絵未。よろしくお願いします」

「ハーイ。川島サン、初メマシテ! ロドリゲス・M・コーナート言イマス。ドウゾヨロシク!」

「はい。ぜひ、よろしくお願いします」


 心の中で軽く拍手をしながら自己紹介という名の茶番を見ていると、会田が川島の席へと案内する。


「それでは、こちらが川島さんのデスクとなります」

「ああ、ありがとう」


 川島の為に急遽揃えたオフィスデスクはすべてニトリ製だ。

 凄いだろ。ここにある家具すべてがニトリ製なんだぜ。


 個人的にニトリめっちゃ好きだからな。

 すべてそれで揃えさせて貰った。

 ちなみにパソコンはその辺で買ってきたものだ。

 とりあえず、十万前後のデスクトップパソコンを買ってきたのでスペックに問題はない筈……。


「それでは早速……」


 そう言ってパソコンを立ち上げると、数分して川島の機嫌が悪くなる。


「……うん? なんだねこれは、このパソコン。一太郎が入っていないじゃないかっ!」

「はっ……? 一太郎??」


 日本でのワープロソフトといえば、ワードが一般的。

 なのでマイクロソフトオフィスをインストールしておいたんだけど……。

 えっ? 一太郎ってまだあったの?


 なんだか釈然としない要求に、そう呟くと、俺は呆然とした表情を浮かべた。

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