第214話 レアメタル

 俺はアイテムストレージから鉱物をサンプル代わりに取り出すと、それをテーブルに並べていく。


 並べた鉱石は、リチウム、ベリリウム、ホウ素、希土類、チタン、バナジウム、クロム、マンガン、コバルト、ニッケル、ガリウム、ゲルマニウム、セレン、ルビジウム、ストロンチウム、ジルコニウム、ニオブ、モリブデン、バラジウム、インジウム、アンチモン、テルル、セシウム、バリウム、ハフニウム、タンタル、タングステン、レニウム、白金、タリウム、ビスマスの三十一種と金、銀等の貴金属二種。


 携帯電話やノートパソコンの小型コンデンサーの材料等、産業用から軍事用までさまざまな用途で使われる俗にレアメタルと呼ばれる金属である。


 今、日本では国を挙げてレアメタルの使用量削減やリサイクル技術、そして代替材料の開発が進められているものの、これら鉱石の殆どを輸入に頼っており、およそ六割を中国から輸入しているのが現状だ。

 特にレアメタルは、供給源が特定の国に偏っていることから価格の高騰が起こりやすい傾向にある。


 すべての鉱石をテーブルの上に置いた俺は、それらの価格表を四人に配布すると指定された椅子へと座り、ゲンドウポーズを取った。


 ゲンドウポーズとは、机に両肘を立てて寄りかかり、両手を口元に持ってくるのが特徴のポーズ。よく圧迫面接をしようとする試験官が好んで使うポーズだ。このポーズを取ると相手からは口元が見えないので、表情を隠すことが出来る他、相手に威圧感を印象付ける事ができる。


「――さて、諸君。金が……欲しくはないか?」


 超ストレートにそう尋ねると、四人は真剣な眼差しを俺に向けてきた。


「……欲しいです」

「金は幾らあっても邪魔にはなりません」

「沢山、沢山欲シイデース!」


 実に素直で現金な奴等だ。素晴らしい。

 流石は会田さん率いる元ネットワークビジネス団体の構成員だけある。


 金が欲しいとストレートに回答してきた四人に対し、俺は堂々とした姿勢で回答する。


「……そうか。金が沢山欲しいか。ならば、ビジネスの話をしよう。そのリストに書いてある三十種のレアメタルを市場価格の半分の価格で売ろう。ちなみに銀、金、白金は市場価格の七十パーセント。当然、即金だ。それを転売し、利益を上げろ。つまり、君達はレアメタル専門の商社になるんだ。レアメタルの量は月に最大二千トンまで用意する。さて、何か質問はあるかな?」


 そう言うと、会田さんを除く三人が勢いよく手を上げる。

 その金に対する飽くなき執念。より稼ぐ為に質問しようとするその姿勢。

 俺は嫌いではない。


「――では、山口清輝君。質問をどうぞ」


 回答権を得た山口清輝は手を下げると、真剣な表情を俺に向ける。


「はい。それでは、一点だけ。高橋様が提供して下さるレアメタルはどこから仕入れたものなのでしょうか? 何故、これほどまで安くレアメタルを仕入れる事ができるのかご教授頂きたいのですが……」


 ほう。仕入元を教えろと、そういう事か……。中々、豪胆な事を言う。

 レアメタル確保は国が官民一体となり取り組んでいる事業。仮にこのレアメタルが海外から密輸されてきた物だとしたら大問題だ。わかる。わかるぞ、その気持ち……。だが、残念ながらそれを教える事はできない。

 つーか、何、考えてんだコイツ。普通に考えて教えられる訳がないだろ。


 しかし、そんな事はおくびに出さず回答する。


「なるほど、気になるだろうな……。だが、仕入れ先を教える事はできない。ただ一つだけ言っておこう。このレアメタルは違法な手段で手に入れたものでは決してない。勿論、どこで入手したものかわからないなら取引したくないというのであれば、それでいい。この件については忘れてくれ」


 ぶっちゃけ、俺にとってはどうでもいいのだよ。

 金鉱脈を手に入れ寝かせておくのは勿体ないので販売しようと思っただけで、別にチャネルは一つだけではないのだ。

 官民一体となって取り組んでいる事業だとか、そういう事もどうでもいい。


 強気にそう返答すると、山口清輝は少し慌てた表情を浮かべる。


「――い、いえ、出所が気になっただけで……申し訳ございません」

「いや、いい。どこから輸入したのか気になる気持ちも分からなくもないからな」


 これらすべてのレアメタルはゲーム世界から輸入した物。

 密輸と言われたらそれまでだ。だが、その辺りの事は安心して欲しい。

 念の為、弁護士にゲーム世界からレアメタルを輸入した場合の法的問題点について尋ねてみた。


 その時の弁護士の回答は『そんな事はあり得ないので回答するに値しない。仮に輸入できたとしても、日本にとってゲーム世界は外交関係になく、未承認国扱いとなり、且つ、国際法上の基本的権利義務を尊重するといった合意を結ぶ事が困難であることから適用除外となる可能性が高い』との事だった。


 まあ、弁護士も何故、そんな仮定の質問をするのかわからないといった感じだったが、弁護士から『適用除外』となる旨、お墨付きを貰ったので問題ない筈だ。(勿論、回答してくれた弁護士が誠実に回答してくれていた場合に限る)


「――他に質問はあるかな?」

「それでは、私も一点よろしいでしょうか?」


 そう言って、手を上げたのはアホ毛女史こと、三宅明日菜だ。


「うん。勿論構わないよ。それで、何が聞きたいのかな?」


 俺がそう尋ねると、三宅明日菜は手を下ろし質問してくる。


「――何故、私達に取引を持ち掛けて下さったのでしょうか? 例えば、レアメタルの買取を行っている企業へ直接販売すれば、このリストにある金額以上のお金を稼ぐ事ができます。高橋様が私達に対し取引を持ち掛けるメリットがあるとは到底思えないのですが……」


 何だ、そんな事か……。

 そんな事は決まっている。


 俺はゲンドウポーズを崩さず告げる。


「それは、宝くじ研究会・ピースメーカーの皆に幸せになって欲しいからだ。それ以外に理由が必要かな?」


 ――嘘である。企業との取引が煩わしいと思ったから持ち掛けただけだ。

 ぶっちゃけ、宝くじ研究会・ピースメーカーの構成員の幸せなんて何一つ考えていない。企業と取引をすれば、値引き要請されるだろうし、発送手続きなんかも自分で行わなければならない。万が一、納品が遅れでもしたら先方企業に叱られ、余計なストレスがかかる。要はそんな面倒臭いやり取りをしたくないのだ。

 もっとフリーダムに自分のやりたい様やりたい。

 その点、宝くじ研究会・ピースメーカーの構成員への売却は楽でいい。

 常にこちらが主導権を握れるし、俺の機嫌を損ねる様な事を仕出かしたら取引を打ち切ればいい。俺に対し値引き交渉とかをしてきてもそれは同じだ。


「ああ、あとレアメタルの取引は基本的に君達、ピースメーカーの構成員以外とは行わない予定だ。その代わり値引き要請は受け付けない。勿論、君達が買わないというのであれば、別の方法を考えるけどね」


 宝くじ研究会・ピースメーカーの構成員がレアメタルを買わないというのであれば仕方がない。その時は、父さんか母さんに仲介業者となって貰い販売してもらおう。


 そう告げると、三宅明日菜は何故か、唖然とした表情を浮かべた。


 何か変な事を言っただろうか?

 簡単に言えば、面倒くさい事はすべて君達に任せる。だからこの買取価格でお願いね。とそう言っただけなんだけど……。


 暫くすると、三宅明日菜は元の表情を取り戻し、「そ、そうですか。ありがとうございます」とだけ言って着席した。

 よくわからないが質問はこれだけの様だ。

 俺は、最後の一人、ロドリゲス・M・コーナーに視線を向ける。


「さて、ロドリゲス・M・コーナー君、君は何か質問があるかな?」


 俺がそう言うと、ロドリゲス・M・コーナーは挙手をして質問してくる。


「ハイ。ソレデハ、ヒトツダケ……レアメタルノ受ケ渡シハドコデ行ウ予定デスカ? 指定シタ場所ヘ届ケテ頂ケルノデショウカ?」


 レアメタルの受け渡し場所か……。


「そうだな。まだどこを借りるか決めてないが、近場の工業団地に土地を借りようと思っている。月に一度、その場所でレアメタルの取引を行おう。詳しい場所は後ほど連絡するよ。それでいいかな?」


 そう回答すると、ロドリゲス・M・コーナーは頷く。


「ハイ。問題アリマセン。解答頂キアリガトウゴザイマス」

「ああ、ロドリゲス・M・コーナー君。海外事業担当である君には一点だけ注意点がある」


 そう言うと、ロドリゲス・M・コーナーはポカンとした表情を浮かべた。


「知っているとは思うが、金や銀を輸出する場合、税関に各種申請を出す必要がある。それは他のレアメタルに関しても同じだ。間違っても欲を出し過ぎ、不正に手を染めるなよ? ここにいる全員に言っておくが、もし万が一、不正に手を染めた場合、俺は取引を打ち切る。俺と取引をしたければ、その点には十分気を付けて行うように。恐らく、かなりの利益が見込めるから税理士とか雇っておいた方がいいと思う。法律関係に関しては逐一、弁護士に相談しろ。俺からの注意点は以上だ」


 そう言うと、ロドリゲス・M・コーナーは「ハイ。肝ニ銘ジマス」と呟いた。


「さて、これで質問は以上かな? もし他に質問したい事があったら後ほど、携帯に連絡へ。それではこれで解散とする。ああ、会田さん。近場の工業団地で毎月二千トン単位のレアメタルの受け渡しができる土地を探しておいてくれないかな」

「はい。わかりました。一月の予算は幾ら位に致しますか? この辺りの土地ですと、月々、四百万円程かかるのですが……」


 会田さんはタブレットの内容を見ながらそう言う。


「一月、四百万円か……」


 全然、アリだな……。

 何故なら、それ以上の収入が見込めるのだから……。


「何なら、その土地を買い取ってくれてもいい。それで話を進めてくれ」


 会田さんが頷くのを確認すると、俺は椅子から立ち上がる。


「よし。それじゃあ、そんな感じでよろしく。レアメタルを保管しておく土地の確保ができるまでの間の取引は場所さえ指定してくれれば、持っていく。ああ、持っていくと言ってもあれだぞ? 運送会社の真似事をするつもりはないからな? お前等が指定した土地に振込のあった分に関するレアメタルを纏めて置きに行くという意味だから、そこの所、忘れないように……」

「あ、ちょっと、お待ち下さいっ!」


 そう言って、部屋から出て行こうとすると、会田さんが俺を引き留めてくる。


 一体何だろうか?

 俺としては、話が終わったのでさっさと帰りたいのだけれども……。


 会田さんは俺の傍に近寄ると、小さな声で呟く様に言った。


「……実は、省庁から宝くじ研究会・ピースメーカーに公務員受け入れの話が来ておりまして」

「はあっ?」


 省庁から宝くじ研究会・ピースメーカーに公務員受け入れの話って……それ、天下りの話が来ているって事? ちょっと、突然過ぎやしない?


 会田さんにそう囁かれた俺は唖然とした表情を浮かべた。

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