第354話 工事現場内での抗議活動は自己責任③
「そ、そんな馬鹿な……」
そんな馬鹿な? 馬鹿はお前だよ。
仮囲いの中だけ強い風が吹くとか、そんな超常現象起こる訳ないだろ。
もし俺が、井戸の中でクジラが泳いでいるといったら、お前はそれを信じるか?
信じないだろ? 信じられる訳ないもんなぁ! そんなあり得ないシチュエーション!
お前が言っているのは、それと同じ位、荒唐無稽ことだよ。
一体、どれほどの強い風が仮囲いの中だけに吹けば、パイプ椅子が壁に突き刺さり、フォークリフトが横倒しになるんだ。なる訳ねーだろ!
エレメンタルの力を借りなければ、こうはならねーよ!
「――取り合えず、詳しい話は署で聞かせて貰おうか。建造物損壊の疑いでね」
その言葉を聞き、自称市民活動家達は顔を青褪めさせる。
「ち、ちょっと待って下さい! 建造物損壊の疑いって、まさか、信じていないんですか? ここにいる全員が夢でも見ていたと、そう言うつもりですか!?」
「……まあ、実際、風は吹いていなかった訳だし、口裏を合わせた可能性もある。それに、仮囲いの中だけ強風域にあったとしたら、仮囲いが吹っ飛んでいかないのはおかしいだろう? 現状を見るに君達が建物を破壊し、フォークリフトを横倒しにした様にしか見えないな」
素晴らしい。そうだぞ。警察官様の言う通りだ。
仮囲いの中だけ強風域というのであれば、いの一番に仮囲いが吹っ飛ばなければおかしい。フォークリフトが横倒しになっているんだぞ!
仮囲いなら猶更簡単に飛んでいくこと間違いなしだろうが!
反論できるものなら反論してみろ。
「だ、だが、本当に……!」
「ああ、分かったから。詳しい話は署で詳しく聞くから立ち上がって……」
建造物損壊罪は、五年以下の懲役刑。器物損壊罪と異なり罰金刑がない上、示談なく起訴されれば公開の法廷で審理され、検察官から懲役刑を請求される重罪だ。
検察官は起訴・不起訴の処分を決めるに辺り、被害者の処罰感情を重視する傾向にある。勿論、被害者である俺に示談という形で許して貰えば、不起訴になる可能性もあるが、総工費三十五億円という金額から見て、それはほぼ不可能。
建設中の建物がある俺の敷地内に入り抗議活動を行った時点で、既に詰んでいたという訳だ。愚かな奴等である。
「ち、ちょっと待ってくれ! 私達は本当に何もやってない。これは冤罪だ! 警察は私達を冤罪で逮捕するつもりか!」
冤罪で人を貶めようとしている人間がよく言えたものだ。厚顔無恥とはこいつ等の為にある言葉なのだろう。
しかし、警察官は動じない。
「はいはい。現場検証もちゃんと行うから、取り合えず、車に乗ろうか」
「――い、嫌だ。私は拒絶する。任意同行は拒否できるはずだ!」
「……大の大人が駄々を捏ねるんじゃない。令状を取る事もできるんだぞ」
「ふ、ふん。やれるもんならやって見ろ! 私はお前の事など、どうとでもできる人物と知り合いなんだぞ! お前の家族だって……」
そう自称市民活動家が言うと、警察官は真顔になる。
「警察官を脅迫するなんていい度胸をしているな。まあいい」
警察官は手錠を取り出すと、自称市民活動家の腕に手錠を掛ける。
「へっ? なんで……」
なんでもクソもない。
「脅迫は立派な犯罪行為だ。それじゃあ、警察署に行こうか」
「そ、そんなっ!? わ、私は……!」
代表者が警察官による脅迫の疑いで逮捕された事により、諦めが付いたのか、他の自称市民活動家達が続々と任意同行に応じていく。
警察官が優しくしている内に、任意同行に応じていればいいものを、テンパって脅迫まがいな事を言うからそうなるんだ。
まあ、どう足掻いた所で無駄な事。
俺は、俺に敵対した人間を絶対に許さない。
冤罪を御旗に狂った抗議活動しかしない害悪の居場所は豚箱が相応しい。
永遠に消える事のない負債を抱え、一生を棒に振れ。
冤罪で人を貶めようとする人間性の腐ったクズには、それ位の罰が丁度いい。
「そ、そんな馬鹿な……!」
冤罪で俺の事を糾弾する筈が、逆に冤罪により逮捕され絶望する自称市民活動家達。
パトカーに乗るのはこれが初めてか?
良かったな。貴重な体験ができて……。
その経験は、マトモな生活を送っている殆どの人が生涯体験することのない経験だ。
冤罪で人の事を陥れようとして失敗し、逆に、冤罪で逮捕される経験もなぁ……。
パトカーに乗せられ連れて行かれる自称市民活動家達を見送ると、俺は、警察官の事情聴取と実況見分に立ち会いその場を後にした。
◆◇◆
ここは朝昼新聞の社長室。
「何だ、これは……。誰が、市民活動家が警察官に逮捕される様を撮ってこいなんて言った? 私が言ったのは、高橋翔の不正に怒る市民達の姿を撮ってこいと言ったのだ! これでは彼を糾弾する事ができないじゃないか!」
そう言うと朝昼新聞の社長、矢飼徳満はデスクをドンと叩く。
ここでいう彼とは、高橋翔の事。
高橋翔は宝くじ協議会の代表理事と共謀し、宝くじ当選金を不正に搾取していた。
これは、事業仕分け中に明らかとなったスキャンダルだ。
まだ確証を得ていないものの、宝くじ協議会の代表理事が宝くじの信頼性を棄損してまでそう言ったのだ。まず間違いないだろう。
それに、高橋翔の存在を疎ましく思っていた。
溝渕エンターテインメント問題の際、国民の批判を躱す目的で迎え入れたはいいが、思った以上に融通が利かない人間だった。それで終わっていればまだマシだったが、頼んでもいない社内改革まで提唱し始めた。
しかも、提唱した案を具体化した上で取締役会に諮り、過半数を超える賛同を得ている。
お陰で、活動家よりの記者の殆どが退職を迫られ、不用意なリスクを負う事になってしまった。
今だって、その退職者達と裁判をやり合っている最中だ。
会社に残されたパソコンをデジタルフォレンジックした結果、活動家達との個人的なやり取りが明るみとなり、何とか裁判に勝てそうな上、反訴によりそれなりの賠償金を得る事ができそうな為、財政状況への影響はあまりないが、逆に、逆らえば徹底的に訴えてくる会社という認知が広まってしまった。
これでは、優秀な記者が集まらなくなってしまう。
「仕方がない……」
そう呟くと、矢飼は窓の外に視線を向ける。
高橋翔を取締役の座から引き摺り下ろすのに必要な映像は、高橋翔の不正に怒る市民達の姿。
ならば、いっその事、市民活動家に新聞社を取り囲んでもらい、それを映像として移すとしよう。
村井元事務次官の汚職発覚や溝渕エンターテイメント事件の余波を受け、東京都内で活動する市民活動家の半数が壊滅状態に陥ってしまった。しかし、いなくなってしまった訳ではない。
何なら社員の身内に抗議活動をしてもらうという手もある。
別に市民活動家になれと言っている訳ではない。普段、その為に雇ってやっているのだ。その程度の事であれば、社員達も聞いてくれるだろう。何なら、エキストラを募ってもいい。
矢飼は、ため息を吐くと、使えない写真と動画を撮影してきた記者に視線を向ける。
「――宝くじ不正は社会的影響の強い問題だ。すぐにでも絵になる写真と動画が欲しい。使える手は何でも使って撮影しろ。この際、エキストラでも社員の家族を使っても構わん」
もうなり振り構っている状況ではないのだ。
場合によっては、私自身、今の立場を追われる可能性もある。
何故、この私が高々、一社外取締役に恐怖しているか分からない。
もしかしたら、これは生存本能の様なものかも知れない。
事実。前代表取締役を始めとした経営陣は、高橋翔が勤めるBAコンサルティングの第三者委員会が発端となり、世論に押される形で責任を取る事となった。
高橋翔のスキャンダルが発覚した今がチャンスなのだ。今ここで潰しておかなければ、大変な事になると、私の直感が言っている。
「そ、それは捏造しろと言う事ですか?」
誤解がある様だな。誰もそんな事は言っていない。
「……君は宝くじを購入した事があるか? 君のご家族やエキストラの方々は? 確かに宝くじを購入した事のない者もいるだろう。だが、私はね。日本に住む大半の者が宝くじを購入していると強い確信を持っている。君のご家族の方が宝くじを購入し、今回の件で強い不信感を覚えた者も多いだろう。私はそんな方々が強い不信感を表明している姿を撮影してこいと言っているのだよ」
不信感を表明する姿を撮影するのだ。
捏造にはなり得ない。
「わ、わかりました……」
そう言い残し、部屋を出ていく記者の後ろ姿を見て、矢飼はため息を吐く。
「まったく……記者のレベルも落ちたものだ……」
特に溝渕エンターテイメント事件の前と後とでは雲泥の差がある。
皆が自分の身に降り掛かるリスクを恐れ後ろ向きな姿勢。例え、誤った情報だとしてもスクープを取ってくる気概が見えない。
それもこれもすべて社外取締役である高橋翔のせいだ。
溝渕エンターテイメントの第三者委員会が被害者を中心に立ち上げた財団法人。
報道被害を受けて立ち上げられた財団法人という事もあり、報道被害を受けた者が一人でもいれば、その一人を踏み台にして平気でマスコミを訴えてくる様になった。
嫌な時代になった。
ゴシップを生業とする会社は軒並み廃業に追いやられ、芸能人のプライバシーひとつでも雑誌に掲載しようものなら、休業補償を賠償に含め最高裁まで訴えてくる。
しかも、資金は無尽蔵。
国や地方自治体からの助成や補助金などなくとも、我々が毎年寄付する金を原資として訴えてくるのだから堪ったものではない。
このままでは、この業界は急速に衰退する。
世論を操る事の出来なくなった新聞業界に未来はない。
故に、今なのだ。
化けの皮が剥がれた高橋翔に対してマスコミが一丸となって大攻勢を掛ける。
溝渕エンターテイメント事件で第三者委員を務めた男が犯した大スキャンダル。
これを暴き報道すれば、世の中の風向きも変わる。
「悪く思うな。私には、この会社の社長としての責務がある。社会正義の執行者はマスコミであるべきなのだよ」
矢飼以外に誰もいない社長室でそう呟くと、矢飼は笑みを浮かべた。
その傍らで、矢飼の動向を監視するエレメンタルがいるにも係わらず……。
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