第355話 お前の軽い頭一つにそんな価値はない

「へー、そう……。そういう事をしちゃう訳……」


 朝昼新聞の役員と記者がきな臭い動きをしていると聞き、やってきてみれば……


「へっ? な、何で……。何で、高橋(社外)取締役がここに……」


 いやいやいやいや、何でじゃねーだろ。エキストラなんで集めて何やってんの。記者ともあろう者がエキストラなんて集めて記事捏造していいのかよ。


「このプラカードは?」


 見覚えのあるプラカードだな。

 どこで見たのか……。ああ、自分にとって気に入らない事があるとすぐ癇癪やデモ活動を起こしたり、馬鹿の一つ覚えみたいに不買運動を起こす自称市民活動家が持ってたのと似ている。あいつらゴキブリのようにどこにでも湧いてくるな。

 いい加減うんざりだ。もうこの機会に一掃してしまおうか?


「こ、これはですね……」


 必死に言い訳を考える記者共。

 社外とはいえ取締役と認識しているからか、とても低姿勢だ。


「なになに……不正を許すな? 高橋翔を解任しろ?」


 ダンボールに入っているプラカードを手に持ち、内容を読み上げると記者は顔を盛大に引き攣らせる。


「ふーん。そういう事……これ、お前が用意したの?」

「い、いえ、そういう訳では……」

「ふーん……」


 俺はバッグに手を入れる振りをして、アイテムストレージから三脚とビデオカメラを取り出すと、和かな笑みを浮かべ続ける様、促していく。


「いいよ、いいよ。それじゃあ、続きを撮ろうか。それで、君達は誰に頼まれて、これに参加しているの?」


 参加者の一人にそう声をかけると、参加者は不審者でも見るかの様な視線を向けてくる。


「すいませんが、どちら様ですか?」


 どうやら、高橋翔という名前は知っていても容姿までは知らないらしい。

 なので俺は、名前を名乗らず役職名だけを名乗る。


「ああ、俺は朝昼新聞の社外取締役でね。彼等がちゃんと仕事をしているか視察しに来たんだ。それで? 日当はどの位貰っているのかな?」


 そう尋ねると、隣の記者がぶんぶん首を振る。まるで、喋るなと語りかけている様だ。

 しかし、俺は許さない。


「あれあれ? まさか、無給なんて事はないよね?」


 そう疑問視すると、記者は言いづらそうに呟く。


「い、いえ……。そんな事は……」

「そんな事? なら日当でいくら渡す予定なのか言えるよね? 教えて貰えないと視察しに来た意味がないじゃないか。悪い様にはしないから教えてよ。なっ?」


 笑顔を浮かべ記者の肩を軽く叩きながらそう言うと、参加者の一人が呟く様に言う。


「えっと、五千円です」

「えっ? 五千円?」


 安っすいな。たったそれだけで、これだけの人数を動員したのかよ。

 まあいい。必要な言質は取れた。

 つまり、この記者共は一人当たり五千円の報酬を渡す事で自分達にとって都合のいい写真や動画を作り上げようとした訳だ。

 すると、それを察した記者が言い訳をし始める。


「ち、違うんです! これは社長命令で仕方がなく……。そ、それにここに集まった人達の大半は社員の身内で……」


 ふーん。なるほどね。


「つまり、社長命令で仕方がなく社員の身内やエキストラを集め、記事を捏造しようとした訳か。身内やエキストラを集めて捏造しようとするなんて、随分な力の入り様だね……」


 思考があまりに短絡的すぎる。お仕置きが足りなかったか?

 どうやら、社長を含む今の役員達には経営陣であるという意識と遵法精神が欠片もないようだ。溝渕エンターテイメント事件の後、前任の役員すべてに責任を取らせ、真実報道の大切さを教え込んだつもりだったが……。俺が社外役員を務める朝昼新聞にはよくない企業風土が蔓延しているらしい。


 まあ、この一件で社長の意向はよく分かった。折角、前役員全退任という形で悪しき企業風土を断ち切るチャンスをやったというのに残念だ。

 記事を捏造し、ばら撒こうとする様な害悪企業は社会にあってはならないという事を再認識した。

 しかし、俺がちょっと弱味を見せただけでこれか……。

 ここは、朝昼新聞の獅子身中の虫である俺の本領を発揮する場面だな……。


「……君達の気持ちはよく分かった。デモでも何でも好きにするといい」


 そう言うと俺は、呆然と立ち尽くす記者達の前を通り、朝昼新聞の社長室へと向かう事にした。


「しかし、社長自ら率先して捏造記事の作成指揮を執るとはな……」


 愚か過ぎて言葉も出ない。

 やはり、つい最近まで社員だった奴が社長になって良い事は何もないな。

 人は権力を持つと時間をかけて腐っていく。そして、いきなり権力を持たされた者は、一瞬で腐り果てる。元から腐っていれば尚更だ。

 だが、こうもまあ、分かりやすい不正をしてくれるなら、こちらとしてもやり易い。


「社外取締役の高橋です。社長。入らせて頂きますね」


 ノックをし、社長室のドアを開けると、朝昼新聞の現社長、矢飼徳満が呆然とした表情を浮かべるのが目に付いた。


 ◆◆◆


 朝昼新聞は現在、自称市民活動家に身を扮したエキストラと社員の身内によって取り囲まれている。

 そんな中、当事者である高橋翔が悠然と社長室に入って来た事に、矢飼は混乱していた。

 社長室に入って早々、高橋翔が行儀悪くソファに座るのを見て、私は顔を引き攣らせながら呟く。


「な、何故、君がここに……」


 彼の顔は既に割れている。

 外にいるのが例え、市民活動家に扮した社員の身内やエキストラだったとしても、あんな事業仕分けの様子が流れては、市民の目が怖くて怖くて外に出られない程、追い詰められる筈だ。なのに、何故、外に出る事ができる……!?

 私自身、まさか高橋翔が外に出てくるなんて思いもしなかった。

 しかし、そんな事はどうでもいいと言わんばかりに高橋翔は言う。


「まあ、そんな事はどうでもいいじゃありませんか。それより教えて下さいよ。外でやってるアレ……何ですか?」


 ――ギクっ!?


「あ、あれはだね……」


 う、うまい言い訳が見つからない……。

 一体、どうすれば良いのだ。


 言い訳が見つからず混乱していると、高橋翔はテーブルの上にカメラを置く。

 そして、再生ボタンを押すと、外の様子が流れてきた。


『ち、違うんです! これは社長命令で仕方がなく……。そ、それにここに集まった人達の大半は社員の身内で……』

「ま、まさか、これは……」


 こ、これは、朝、私が発破を掛けた社員の……!


 今置かれた状況を一瞬にして理解した矢飼は床に頭を擦り付け謝罪する。


「も、申し訳ございませんでした……」


 最早、社長としての尊厳などどうでもいい。

 完全に……完全にバレている……。


「何が、申し訳ないのか分からないんだけど、君が誰に対して何を謝罪しているのか教えてくれる?」

「え、ええと、それはですね……」


 そう言って、顔を上げると、今度はボイスレコーダーのスイッチを押された。


『宝くじ不正は社会に対する影響が強い問題だ。すぐにでも絵になる写真と動画が欲しい。使える手は何でも使って撮影しろ。この際、エキストラでも社員の家族を使っても構わん』

「こ、この声は……」


 この声は間違いなく私の声……。

 まさかこの部屋に盗聴器でも仕掛けて……。い、いや、あの社員がポケットにボイスレコーダーを忍ばせていたのか……!


 盗聴対策として、この部屋には定期的に業者を入れている。

 そして、その業者が入ったのは今日の朝だ。

 故に、盗聴はあり得ない。あり得るとすれば、あの社員がボイスレコーダーを仕込む以外不可能だ。

 ぐっ、油断した。まさか、社員がボイスレコーダー仕込みで社長室に入ってくるとは……。

 そもそも、何故、この私がこんな目に……。

 悪いのはすべて宝くじ協議会の代表理事と共謀して宝くじの収益金を騙し取っていたコイツではないか……

 なのに何故、この私が窮地に追いやられなければならない。私はただ高橋翔を新聞社から追い出し、これまで通りの運営をしたいだけなのに……!


 恐る恐る顔を上げると、高橋翔の威殺す様な視線が飛んでくる。


「一応、言っておくが、宝くじ協議会の代表理事が言った話は嘘だ。信じろとは言わないが、あれは俺の事を疎ましく思った奴が裏で手を回し、そう発言させたもの……。まあ、お前がやった事は嘘でも何でもない新聞社の社長としてあるまじき行為だけどな」


 朝昼新聞の記者が勝手にやった事であれば、その記者を切り捨て、再発防止を謳えば何とかなる。

 しかし、社長自ら記事の捏造を指示したとなれば話は別だ。


「……BAコンサルティングに第三者委員会でも頼んでみるか? デジタルフォレンジック調査でお前が使っていたパソコンを調査したら一体どれ位の不正が明らかになるんだろうな?」

「だ、第三者委員会にデジタルフォレンジック調査だとっ!?」


 そ、それは拙い。

 前任の社長が責任を取らされ解任された際、社外取締役である高橋翔の提言により社長就任前のパソコンはすべてシステム部により保全されている。

 パソコンの中には、見られては拙い情報が……そんな事をされては洒落にならない。


「や、止めろ!」


 矢飼がそう声を上げると、高橋翔が睨み付けてくる。


「はあっ? 止めろ? それは誰に対する物言いだ? まさか、パソコンにヤバい情報でも詰まってる訳じゃないだろうな?」

「ち、違う。今のは反射的に言葉が出てしまっただけだ。命令するつもりはなかった。ほ、本当だ!」


 何故、社長であるこの私が社外取締役なんかに頭を下げなければならない。

 内心では、そんな事を思っているが、それを目の前にいる男に対して言葉に出す事がどんな災厄を招く事になるかは、前任の社長が解任された経緯を見れば明らかだ。


 くっ、何故、この私がこんな事を……。


 矢飼は再び床に額を付けると、歯を食いしばりながら謝罪する。


「兎に角、すまなかった。これは本心だ。だから、許してくれ……」


 この際、プライドは二の次だ。

 とりあえず、この局面を乗り切ればどうとでもなる。

 額を擦り付けながらそう言うと、高橋翔は矢飼の目の前でしゃがみ込む。


「まあ、頭を上げて下さい」


 高橋翔の声のトーンから許しを貰えたと確信した矢飼はホッとした表情を浮かべ顔を上げる。


「いや、わかってくれたようで何よりだ。悪い様にしないから、とりあえず、そのデータをこの私に……」

「何言ってんだ、お前? 渡す訳がないだろ。俺は頭を上げろとしか言ってねーよ」

「へっ?」


 理解が追い付かず、思わずそう声が漏れる。


「額を床に擦り過ぎて前頭葉がやられたんじゃないか? 何で、お前にこれを渡さなきゃならないんだよ。渡す訳ねーだろうが。お前の謝罪一つで許して貰えると思っているなら大間違いだ。お前の軽い頭一つにそんな価値はねーよ。とりあえず、これからの話をしようじゃないか。俺も暇じゃないんでね。あと数社、お前みたいに馬鹿な事をやってないか確認しに行かなきゃならない会社があるんだ」


 証拠を隠滅する為、泣く泣く頭を下げた。

 にも関わらず、お前の謝罪に価値はないと言われた矢飼は呆然とした表情を浮かべた。

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