第356話 破滅への第一歩
事業仕分けが行われてから数日。
これまで流れた報道と新聞の一面を見て、ピンハネは怪訝な表情を浮かべる。
「……おかしい」
……あの件が大々的に報道されていない。
宝くじ協議会の代表理事が高橋翔と共に不正を行なっていたという発言は、現在も動画配信サイトで流されている。
東京都主催の事業仕分けで不正が見つかった。これは報道に資する情報だ。
にも関わらず、これを報道したのはこの国の国民放送のみ。
少し前であれば、事実とは確認されていない事柄でも『「○○は××」か』などと、「か」の字を小さく表示したり、疑問符を小さく付ける事で事実を作為的に編集し誇張する報道被害が公然と行われていた。
闇の上位精霊・ディアボロスの力を借り、そう仕向けていたにも関わらず、国営放送だけしかこれを報道していないのは明らかにおかしい。
「ふふふっ、何をどうしたらそんな事ができるのかな……?」
マスコミ各社に社外取締役として入り込んだのが大きかったのだろうか?
まったくもって、厄介な男だ。やはり、私の見込みは正しかった。
宝くじ協議会の代表理事、槇原望を消し、言い逃れできない状況に持っていく。それこそが、高橋翔を社会的に抹殺する唯一の手段……。
勿論、闇の上位精霊・ディアボロスを直接、高橋翔の下に送り出し、自殺に見せ掛け殺害する事もできた。
しかし、高橋翔は、私と同じエレメンタル使い……。
私の使役する四精霊の内の一体、闇の精霊・ジェイドを知らず知らずの内に倒していた事もあり、直接対峙するのはあまりにも危険だ。
しかし、直接対峙せずとも彼を社会的に抹殺するのは容易い。
言い逃れできない状況を作り出し、マスコミに民衆を扇動させる。
共謀が疑われる容疑者が死亡してしまった後の冤罪ほど、立証するのが難しいものはない。
そして行われる過剰報道と実名報道が高橋翔の精神を病ませ、マスコミに煽られた民衆が勝手に高橋翔を殺してくれる。
現在、この世界に来ているのは、私と高橋翔を除いて後、四人……。
「高橋翔を除いてあと四人……。あと四人消せば、この世界は私の物に……」
エレメンタルの存在しない世界においてエレメンタルの力は強大だ。
私以外の邪魔者を消せば、その時点で私の一人天下……。
そして、この国を足掛かりにして、他の国々を侵略し、あちら側の世界にはないこちら側の殺戮兵器を入手する事ができれば、あちら側の世界を滅ぼす事も容易にできる。
そして、あちらの世界がなくなれば、神もこちらの世界に干渉する事も、人を送り込む事もできなくなる。残り四人の内、既にあちら側の人間と思しき二人の目星は付いている。
「……そろそろ終わりにしよう。時間は有限だ。私も彼ばかりに構ってはいられない」
私にもやらなければならない事がある。
高橋翔を社会的に抹殺する為、宝くじ協議会には泥を被って貰った訳だが、この件は想定以上の反発を生み出した。
特に、宝くじ収益金の分配を受けていた地方自治体の反発が凄まじく、現在、宝くじ協議会が東京都の管轄となっている事から各地から都知事のリコールの声が上がっている。
当然、この件をマスコミが報道する事はない。闇の上位精霊・ディアボロスの力でそちら側の情報に注意が向かないよう操作している為だ。
都知事選も近い。新たな都知事を籠絡するのも面倒だ。現都知事である池谷には、少なくとも私がこの国を掌握するまでの間、傀儡として都知事で居続けて貰わなければならない。
「――まったく、高々、財源の一つが潰れた位で騒ぎ過ぎだよね。これだから馬鹿共の相手は困る。そんなに金が欲しいなら愚鈍な民衆から金を巻き上げればいいのに……」
被保険者が受け取る事のできない社会保険料の会社負担分。
納められた社会保険料や復興所得税の目的外使用。
住民税の増税や特別税制の施行と、やりようはいくらでもある。
どうせ民衆の事など考えず政治を行なっているのだ。
任期中は民衆から金をむしり取る事だけに注力し、選挙の時だけ甘い顔を見せればいい。
任期は四年。四年の内、最後の半年で甘い顔をしてやれば、馬鹿な民衆は簡単に騙される。何なら今より酷い公約を掲げる候補者をずらりと並び立て、こいつ等に投票する位なら今の都知事の方がまだマシだと思わせる方法もなくはない。
ピンハネは、そんな事を考えながらテレビに視線を向ける。
テレビの画面には、記者会見に臨む都知事の姿が映っていた。
『先日行われた事業仕分けで、宝くじ協議会の不正疑惑が明らかになった訳ですが、都知事の考えをお聞かせ下さい』
『……はい。大変な事実が発覚したと認識しております。宝くじ協議会、そして、アース・ブリッジ協会の代表理事が共謀して宝くじの当選金を不正に詐取していたという事実はあってはならない事です。この件につきましては引き続き注視していきたいと考えております』
都知事の会見は毎週金曜日の午後二時に行われる。この会見は夜のニュースで取り上げられる。公共放送を除くマスコミ達も、都知事の会見までは無視できまい。
そうこうしている内に、闇の精霊・ディアボロスが帰って来た。
「お帰り、ディアボロス……。その様子だと、どうやら成功したみたいだね……」
高橋翔も、まさか宝くじ協議会の代表理事である槇原望が、遺書を残し自殺するとは思うまい。
すると、急にニュース速報が流れてきた。
ニュース速報。宝くじ協議会の代表理事、槇原望氏が手紙を残し、失踪。
速報を見た瞬間、ピンハネはほくそ笑む。
自殺ではなく失踪という点に疑問は残るが、これまでエレメンタルが私の命令を違えた事はない。どうやら工作は上手くいったようだ。
これにより高橋翔の社会的抹殺は確定的となった。
馬鹿な奴だ。私に目を付けられないよう目立つ様な行動は避け、慎ましく生活していれば、社会的に抹殺される事もなかった。
もしかしたら私の部下として働く未来もあったかもしれない。
「恨むなら私じゃなくて、戦いに巻き込んだ神を恨んでよね……」
――トントン
室内に響くドアをノックする音。
「失礼します」
警察手帳を片手に入ってきた警官達の姿を見て、ピンハネは唖然とした表情を浮かべる。
「羽根さんですね? 宝くじ協議会、代表理事である槇原望さん失踪の件で話を聞かせて頂けますか?」
「代表理事失踪の件で話を? それはどういう……」
……闇の上位精霊・ディアボロスの力で槇原望に遺書を書かせた。
内容は当然、高橋翔と共謀し、宝くじ不正を行ったというもの。
警察が私に任意同行を求めてくるなんてあり得ない。
そもそも、何故、この私が都庁にいる事を知っている? 私が都庁を拠点にしている事を知っているのは、都知事である池谷と、私の奴隷である村井のみ……。
「詳しい話は暑で……」
「くっ……」
冗談じゃない。何故、この私が警察の事情聴取を受けなければならないのだ。
警察による取調べは任意の筈。令状もないのに、取調べを受けなければならない理由は何もない。
「……お断りします。そもそも、私は宝くじ協議会の代表理事失踪の件に関わっておりません。それでも、取調べしたいというのであれば、令状を持ってきなさい」
任意捜査に応じない人に対して、強制的に従わせるような効果を持つ令状は存在しない。
そう告げると、警察官は困った表情を浮かべる。
「もし事情調査を拒否するならこちらにも考えがある。パスポートか在留資格認定証明書を見せてもらおうか」
パスポートに在留資格認定証明書。
そう言われた瞬間、ピンハネの背筋が凍り付く。
ピンハネは、ゲーム世界出身。その為、こちら側の世界のパスポートや在留資格認定書を持ち合わせていない。
これらの偽造は、村井や池谷の力を使っても無理だった。
「…………」
黙り込んでいると、警察官が怪訝な表情を浮かべピンハネの顔を覗き込んでくる。
「パスポートの携帯はこの国の法律により定められている。早く見せなさい。まさか、携帯していないという事はないですよね?」
嫌らしい奴だ。
パスポートを持っていない事を確信しての質問。万事休すか……。
形勢は圧倒的に不利。もし、旅券等の不携帯・提示拒否を適用されれば、令状不要の現行犯逮捕で身柄を拘束されてしまう。
仕方がない……。
私に関わらなければ長生きできたものを……。
「ディアボロス……」
そう呟くと、闇の上位精霊・ディアボロスがピンハネの背後に付く。
「……この男の記憶を消せ。シャドーとライトはこの辺り一帯にいる警察官を捕獲。折角だ。証拠隠滅も兼ねて彼等を私達のいた世界に連れて行こう」
勿論、逃げられないよう隷属の首輪を嵌め、契約書で心身共に身動きできない様にした上で……。
この私の手を煩わせた罰だ。
記憶も何もかもを無くした使い捨てる事のできる労働資源として、死ぬまで酷使し、最後はボロ雑巾の様に捨ててやる。
「ディアボロス……何をやっている。早くこの男を……」
中々、動こうとしないディアボロスに発破をかける。すると、予想外の事が起きる。
自分の意のままに動く筈のディアボロスが、光の精霊・ライトと影の精霊・シャドーを掴み捕食してしまったのだ。
「……はっ?」
意味が分からず、思わずそう呟くと、目の前にいた警察官が首を傾げる。
「ディアボロスが何だと、さっきから何を言っているんだ。いいから早くパスポートを出しなさい」
「えっ? いや……えっ?」
ど、どういう事だ。一体、何が起こっている?
私のディアボロスが、ライトとシャドーを捕食した??
意味が分からない。何で……ディアボロスが何でそんな事を……
今まで一度も無かった出来事に狼狽えるピンハネ。
ピンハネは戸惑いながらも思考を続ける。
何故だ。何故だ。何故だ。何故だ。何故だ。
ディアボロスが叛意を起こした事など一度もない。一体何が起こっている。
まさかディアボロスが敵に寝返ったのか?
そんな馬鹿な……。そんな馬鹿な事ある筈がな……。
そこまで考えふと閃く。
闇の精霊・ジェイドは高橋翔によっていつの間にか倒されていた。
あり得ない事だと認識しているが、闇の上位精霊・ディアボロスが私の知らない所で倒され入れ替わっていたとしたら?
ピンハネは恐る恐る後ろを振り向く。
そこには、エレメンタルを喰みながら無機質な視線を向けるディアボロスの姿があった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます