第357話 それぞれの誤算
俺こと高橋翔は、ピンハネが都庁からパトカーで連行される姿を都庁の展望台に設置してある双眼鏡から眺めながら呟く。
「ピンハネ……警察にパクられる気分はどうだ?」
俺の事を侮っていただろ? 俺の事を侮っていたよな?
たった四体のエレメンタルの力と権力を過信し、反撃を受けても大した事はないから大丈夫だ。東京都民の見ている事業仕分けの場で断罪し、冤罪を擦り付けてやれば、後は勝手に社会が俺の事を抹殺してくれる。そう考えていたよなぁ!
ぶわぁぁぁぁああああかっ!
考えが甘いんだよ!!
愚かで、醜悪、卑劣で自分以外の人間を都合の良い使い捨ての駒としか思っていない、お前の浅ーい考えなんて初めから、まるっとスリッとお見通しだっ!
国民が見る事業仕分けの場で個人情報を流出し、冤罪事件なんか仕掛けてきやがって、俺を敵に回しておいて、俺がキレないと思っていたのか? 反撃されないと本気で思っていたのか??
あんな大々的に冤罪吹っ掛けられたらキレるに決まってんだろうがぁぁぁぁ!!
もうこれは戦争だよ。戦争!
俺を社会的に抹殺する為に冤罪吹っ掛けてきたんだ。
ただで済むと思うな。社会的抹殺だっけ?
自分の賢さに己惚れ、自分の理想を実現する為に、都知事と公共放送、事業仕分けを悪用し他人を貶めるクソ野郎が……陰湿かつ凄惨に、やられた事以上の事をやり返してやるよ。
「そろそろ時間だな……」
スマホでニュースサイトを開き、眺めていると少宝くじ協議会の代表理事、槇原望に関するニュース速報が再度流れてきた。
ニュース速報を見て、俺はニヤリと笑う。
冤罪には冤罪を……。これは元々、お前が仕掛けてきた事だ。
エレメンタルを失ってなお対処する事ができるかどうか、やってみるといい。
社会的に抹殺されるという事がどういう事か身をもって知れ。
言っておくが、都知事。お前もピンハネと同罪だぞ?
既に通達は終えた。都知事選も近い。東京都民も出鱈目な情報に騙され、散々、俺達を日々のストレス発散に使ってくれたからな。
ピンハネ同様、等しく罰してやるから覚えておけ。騙されたからといって、危害加えてくるような馬鹿を許せるほど大人じゃねーんだよ。
「さて、最後の仕上げだ……」
この世界での居場所は奪ったも同然……あとは……
スマホの画面を消すと、俺は隠密マントを被り、その場を後にした。
◆◇◆
「ふぅ……」
この一週間は生きた心地がしなかった。
何せ、私達が独自に行った事業仕分けにより宝くじ協議会と高橋翔による不正が明らかとなったのだ。報道こそあまりされていないが、水面下では各都道府県の知事や市長からは抗議の声が上がっている。
宝くじの収益金は各都道府県の財源となっている。その財源が消滅しようとしているのだから抗議の声が上がるのも当然だ。
しかし、それも今日で終わり。
宝くじの収益金に代わる財源は存在する。
子飼いの役人を代表理事として送り込む事により支配下に置いたアース・ブリッジ協会のレアメタルによる収益金。
そして、日本独自の新エネルギーとして期待されている氷樹の存在……。
調査を進める中、氷樹はアース・ブリッジ協会が独自に研究開発し作り上げた物であるという事が発覚した。
まさに濡れ手に粟。
高橋翔……あの男にはピンハネの一件で随分と苦労を掛けさせられた。
何せ、利権の一つが高橋翔、一人を潰すただそれだけの為に潰されたのだ。
だが、それと同時に手に入れた物は大きかった。
しかし、よくこれまで行政に隠し通す事ができたものだ。これらの事業が始まってから一年経っていないのもあるだろうが、これは異常な事である。
どちらにしろ、今日、アース・ブリッジ協会に送り込んだ代表理事から報告が届く。
会見が終わり、都知事室に向かう最中、スマホでニュースを確認していると、ニュース速報がトップ画面に表示された。
それを見て、東京都知事である池谷は目を丸くする。
「――な、何よこれ……」
速報で流れてきたのは宝くじ協議会の代表理事、槇原望の失踪のニュース。
他のニュース記事を見てみると、槇原が残したとされる置き手紙についても言及されている。
手紙の内容を要約すると、『高橋翔と共謀して宝くじ当選金を不当に詐取したという話は、都知事である池谷と、東京都知事により指名された事業仕分けの評価者、羽根に今後の生活と立場を盾に取られ強要された嘘である』というもの。
事業仕分けで冤罪を擦り付けた羽根(ピンハネ)こそ、宝くじの当選金を不当に詐取しているという真っ赤な嘘がニュースとして流されていた。
それだけではない。
都民に知られぬ様、情報統制を行い、その存在自体を覆い隠した村井元事務次官と羽根(ピンハネ)が理事を務める財団法人に対し、これまで公益法人に流していた血税を一極集中させたという事実まで書かれている。
「――そ、そんな……」
槇原望……あの男。殿を務める所か、これまでの恩を仇で……!
しかも、このニュース……すべての報道機関が示し合わせたかのように流している。
ハッとなって、動画配信サイトを確認すると、配信中だった事業仕分けの動画まで消えていた。
「い、一体何が起こっているの……?」
槇原とは、秘密裏ではあるものの再就職先の斡旋を行う手筈が整っていた。
槇原も納得していた筈だ。
万が一を考え、ピンハネの持つ超常的な力も利用した。
槇原が私達を裏切れる筈がない。裏切れる筈ないのに何故……。
槇原が失踪した今、それを問い詰める事もできない。
廊下から外を見ると、都庁前に続々と人が集まってくるのが見える。
都庁の職員が警察を呼んだのだろう。警察官が等間隔に並び、人の盾を作り出している。
『池谷を! 都知事を出せー!』
『歳入の三割が一財団法人に流れているというのはどういう事だ!』
『都民の血税を何だと思ってる!』
『出てこい! 池谷ァァァァ!』
「ひっ……!」
池谷は焦りながらピンハネのいる都知事室へと向かう。
こ、こんな事に……こんな事になるなんて聞いていない!
何で、何で私がこんな目に……!
私はただ、現状で最良の結果が得られる様、動いただけなのに……
別世界の超常的な力を持つピンハネならば、この異常事態を打破できる筈だ。
一縷の希望を持ち、都知事室のドアを開けると、池谷は大きな声でピンハネを呼ぶ。
「ちょっと、あなた! どういう事よ、これ……って、え?」
しかし、そこにピンハネの姿はない。
ピンハネは十数分前、警察に別件逮捕という形で都庁を後にしているのだから当然だ。
室内に誰もいない事を悟った池谷は慌てふためきながら立ち尽くす。
「ち、ちょっと、冗談でしょ……」
そう言いながら、呆然とした表情を浮かべていると、都知事室のドアを開け、秘書が入ってくる。
「都知事、大変です! 東京都に本店所在地を置くレアメタル会社と、その取引先の会社が東京からの撤退を表明し、千葉県に本店所在地を移動する旨、会見が開かれました!」
「――なっ!?」
何故、そんな不合理な事を……。確かに、東京都内に本店所在地を置くレアメタル会社からアース・ブリッジ協会の件で陳情めいた手紙を受け取っていた。
事業仕分けでアース・ブリッジ協会の公益認定を取り消し、代表理事の解任を命じたのは事実。
しかし、それは公益認定が無くなり、代表理事が高橋翔から私達の推薦する人物に代わるだけだ。別にアース・ブリッジ協会が無くなる訳ではない。
新しい代表理事になっても取引は継続される。それの何が不満だというのだろうか。
少し驚いてしまったが、冷静になって考えてみれば、レアメタル会社が都税に与える影響は軽微……精々、都税に与える影響は数百億円程度といった所だろう。
「……わかりました。残念ですが、仕方のない事ですね」
東京都の歳入は約八兆円。高々、数百億円都税が消えた所で、影響は無いに等しい。
すると、秘書は首を振って否定する。
「それだけではありません! アース・ブリッジ協会の代表理事に付いた友田氏から緊急の電話が入っています!」
「友田から電話?」
友田とは、事業仕分けに来ていた宝くじ協議会の課長職を務めていた男の名前。
電話の子機を手に取ると、電話口から友田の悲痛な声が聞こえてくる。
『――と、都知事。もう知っての事とは思いますが、アース・ブリッジ協会のすべての得意先が当法人を見限り、東京都から本店所在地を移す旨の連絡がありました。また、例の氷樹についてですが、あれはどうやら前任の代表理事である高橋翔氏が協会に持ち込んだもののようでして……』
「はっ?」
氷樹は高橋翔が持ち込んだ物。
その言葉を聞き、池谷は呆然とした表情を浮かべる。
『レアメタルや氷樹の流通網はすべて高橋翔が握っているようです。協会の得意先からも高橋翔を代表理事に戻すよう要請がありました。このままでは、立つ背がありません。私はどうしたら……』
そんな事はこちらが聞きたい位だ。
「――ねぇ……ふざけないでよ……。何の為にあなたを協会の代表理事にしたと思っているの? しっかりしなさいよ……アース・ブリッジ協会の代表理事のポストに志願してきたのはあなたでしょ? 『私はどうしたら』なんて泣き言、言うんじゃないわよ!」
協会の得意先が無くなるのは構わない。だが、氷樹については、しっかり手綱を握って貰わなければ困る。
既に国外の再エネ業者からパー券を大量購入して貰っているのだ。彼等は日本の類稀な技術で生まれた氷樹についても高い関心を持っている。
日本の再エネ政策(固定価格買い取り制度)は、売り渡す電気の原価が低ければ低いほど事業者側に利益を与える制度……。
氷樹を活用すれば、原子力発電や火力発電、太陽光発電より遥かに低い原価で電気を卸す事ができる。
そして、私を支援してくれている外国企業に氷樹を流す事はほぼ決定事項……。
氷樹を取り扱う会社を乗っ取る為の出資話についても検討中だ。
それなのに……それなのに……!
『も、申し訳ございません!』
友田の謝罪を聞き、池谷は顔を紅潮させる。
「申し訳ございませんじゃないわよ! 今すぐ高橋翔の居場所を突き止め、彼が握る流通網すべてを奪い取りなさい! 今すぐよ!」
そう言って、電話を切ると、池谷は荒い息を吐きながらへたり込んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます