第358話 制圧
新橋にある警察署。
パイプ椅子に座り調書を作成する警察官を前に、ピンハネは過去最大級のピンチに陥っていた。
「はい。私は槇原望の失踪に深く関わっています。彼は無事な筈です。おそらくではありますが、私に暗殺される事を恐れ逃げ出したのでしょう」
何故……何故、私がこんな目に……。
私の意思とは関係なく勝手に声を発する口。
恐らく、私の背後で佇む闇の上位精霊・ディアボロスの仕業なのだろう。
「なるほど……。つまり君は槇原望氏を殺害しようとしていた訳だ」
「ええ、その通りです。実行に移したのですが、逃げられてしまいました」
くっ……。このままでは拙い。
今ここで警察に捕まれば、ゲームオーバー。
エレメンタルを失った今の私はただの人。
ステータス差に任せ、目の前の警察官を無力化するのは容易いが、その瞬間、すべての警察官が敵に回る。かといって、このまま大人しくしていれば、どうなるか……。
ぐっ……!
背後に佇む闇の上位精霊・ディアボロスが邪魔すぎる。
日本という国は法治国家。例え、無戸籍状態にあろうとも罪を犯せば罰せられる。
そして、この国において殺人未遂は刑罰の重い罪の一つ。
死刑や無期懲役とならずとも五年以上の懲役刑は免れない。
そうなれば私はお終いだ。
他の者に遅れを取っては二度と同じ舞台に立つ事は不可能。
く、ふふふっ……。
あー、駄目だ。追い詰められ過ぎて笑えてきた。こんなに追い詰められたのはいつ以来だろう。高橋翔……どうやら私は彼の事を侮り過ぎた様だ。考えてみれば、彼は一度、私の策を退けている。
そして、彼自身も私と同様、神に選ばれ二つの世界を行き来する事のできる存在……。私と同等の力を持っていてもおかしくない。
「もういい……」
出し惜しみは無しだ。もう手段は選んでいられない。
ピンハネはアイテムストレージから奴隷を十人取り出すと、空いた枠に闇の上位精霊・ディアボロスを格納する。
「へっ?」
取調室に現れた十人の奴隷。
ピンハネは突如として現れた奴隷に驚く二人の警察官に触れると、警察官をアイテムストレージに格納する。
アイテムストレージに格納した闇の上位精霊・ディアボロスは高橋翔のモノ。アイテムストレージに格納したからといって自分の所有物になる訳ではない。
しかし、今はそれで十分。
高橋翔がディアボロスにどんな命令を下していたのかは分からないが、私に嘘の自白を迫らせるだけで、体の自由を完全に奪わなかったのが運の尽き。
だから、手を触れただけで簡単にアイテムストレージへ格納できてしまう。
私が逆の立場であれば、生体維持に必要な機能と口以外の自由をすべて奪い自白させる。
余裕ぶっこいて甘い対応をするから足元を掬われるのだ。
「……お前達はこの警察署を制圧。その後、東京都内に散らばり破壊活動を行え」
四体のエレメンタルがやられた今、高橋翔の現在地を知る術はない。
新橋大学附属病院の特別個室にいるという情報もあるが、私に姿を知られた彼がその場所に留まり続けている可能性は低いだろう。
ならば、破壊活動を行い強制的にあぶり出す。
ここにいる十人は、私が所有する奴隷の中でも特別力を持つ奴隷……。
私のいた世界に閉じ込められた地球人を奴隷として買い取ったもの。
奴隷達は取調室から出てすぐ、警察官達を昏倒させていく。
昏倒させた警察官の首に隷属の首輪を取り付けると、ピンハネは呟く様に言う。
「――悪いけど、君達にも協力して貰うよ?」
警察の組織力は侮れない。
ならばそれをも利用して高橋翔を捕まえる。
高い買い物だったが、村井のお陰で隷属の首輪を大量に購入する費用も捻出できた。
さあ、反撃の時間だ。
もう私が油断する事はない。
持てる力を使い全力で高橋翔を潰す……いや、彼を私の傀儡にしよう。
高橋翔に隷属の首輪を付ければ勝ちなのだ。
最低でも失ったエレメンタルの補填はさせてもらう。
「ふふっ、ふふふふふっ……」
楽しくなってきた。
劣勢に追い込まれて尚、楽しいと感じるのは初めての経験かもしれない。
「さあ、彼を……。高橋翔をこの私の前まで連れてこい」
奴隷達が警察官を昏倒し、隷属の首輪を付けていく姿を見ると、ピンハネは薄笑いを浮かべた。
◆◆◆
ここは新橋大学附属病院の特別個室。
俺こと高橋翔は特別個室で寛ぎながらメニューバーを凝視していた。
「……おかしい」
ピンハネに付けたディアボロスの表示がグレーになっている。どういう事だ?
四体いるピンハネのエレメンタルはすべて倒した。あいつに闇の上位精霊・ディアボロスを倒せるだけの戦力は残されていない筈だ。
しかし、現実にディアボロスの表示はグレー……つまり、喪失した扱いとなっている。
まさか、他に力を隠していたのか?
いや……しかし、そんな馬鹿な……。
ピンハネの力はゲーム世界に依拠している。
ステータスにものを言わせて倒した可能性も極僅かに存在するが、新しい世界の最先端を行く俺ですらエレメンタルを倒すのは難しいのだ。ピンハネがディアボロスを倒せるとは思えない。
と、なると怪しいのは……。
「アイテムストレージにでも格納したか……」
俺のアイテムストレージは、生き物を格納する事はできない。しかし、エレメンタルならどうだ?
元々、エレメンタルはプレイヤーをサポートする存在。ゲーム世界では不可能だった事も現実となった世界なら出来るかもしれない。
だとしたら厄介だ。
迂闊にエレメンタルを送り出す事ができなくなった。
「でもまあ、監視位なら問題ないか……」
要はアイテムストレージに格納されない位置で見張ればいいのだ。
近付かせなければ、どうという事はない。
「うん?」
そんな事を考えていると、新橋警察署を監視しているエレメンタルから動画データを確認する様、連絡がきている事に気付く。
どうやらピンハネの奴に動きがあった様だ。
動画を確認すると、新橋警察署内で勤務する警察官に次々と首輪を付けるピンハネ達の姿が見える。
「これは……」
どうやらピンハネが闇の上位精霊・ディアボロスから逃れたというのはマジだったらしい。
しかも、あの首輪……。隷属の首輪か?
警察官に隷属の首輪を付けるだなんて何という事を……。
警察署一つとはいえ、警察官がピンハネの配下となってしまうのは厄介だ。
何せ、警察官はこの国で唯一、拳銃の携帯を認められた存在。
流石の俺も銃で撃たれて無事でいられるとは思わない。レベルが上がりステータスが人並み以上だとしても人間を辞めた訳ではないのだ。
撃たれれば普通に痛いだろうし、当たり所によっては死ぬ可能性もある。
あのまま逮捕され、収監されてくれればいいものを……。
どうやら俺はピンハネへの対応を誤ったらしい。
とはいえ、終わってしまった事はもうどうしようもない。気持ちを切り替えよう。
ピンハネの奴が新橋警察官を支配下に置いて何をしでかそうとしているか不明だが、大事なのはピンハネに警察の駒を使わせないこと。
影の精霊・シャドー、闇の大精霊・エレボスに視線を向けると、映像にある警察署を指差しながらお願いする。
「シャドー、エレボス。誰も出入りできぬよう警察署を隔離、その様子を外の人に勘付かれない様にできるかな?」
それを聞き、影の精霊・シャドーと闇の大精霊・エレボスは俺の影に溶けるように消えていく。
シャドーの力で警察署を影の世界に隔離し、エレボスの力で警察署跡地に新橋警察署の姿を投影させる。
これで警察官という駒は使えない。
ピンハネを守護するエレメンタルはすべて排除した。エレメンタルがいない以上、ピンハネにできる事は限られるし、ピンハネをエレメンタルに近付ける事ができない以上、俺にやれる事も限られる。
数多のエレメンタルをピンハネにぶつけ、アイテムストレージに格納できない位の物量で制圧する事も可能だが、それはあくまで最終手段。
可愛いエレメンタルを危険に晒す気はサラサラない。
そもそも、こんな事になったのは、提供した情報を無視した挙句、ピンハネの力を侮った警察にある。
まあ、ピンハネの奴が北極海に浮かぶゲーム世界出身であり、未知の力を使うという情報を信じる事ができない気持ちもわかるが、提供したからには、その可能性もある事を視野に入れるべきだ。
何はともあれ警察官の駒はこれで使えなくなったはず……。
「まずは様子見だな……」
そう呟くと、俺は笑みを浮かべながら新橋警察署の映像に視線を向けた。
◆◆◆
「これは、影の精霊・シャドーの……」
突如として真っ暗となった警察署内。
窓の外を見て、ピンハネは呟く。
どうやら先手を打たれたらしい。
「まさか、私の行動を監視していたとはね……」
だがそれも、考えて見れば当たり前の事。
ピンハネが高橋翔の立場であれば、当然の如く監視する。
しかし、まだまだ甘い。
新橋警察署を影の世界に隔離したという事は、暗に高橋翔が警察官を駒として利用される事を恐れていることに他ならない。
「と、なれば話は早い……」
暗闇の中、深い笑みを浮かべると、ピンハネは笑いながら奴隷達に視線を向ける。
「フィア、ルート……。君達の持つエレメンタルの力で彼等を外に解き放て」
フィア、ルートは、上級ダンジョン『ドラゴンクレイ』の攻略失敗の責任を取らされ奴隷となった転移組のリーダー、そして副リーダーの名前。
隷属の首輪を嵌めたフィアとルートは、課金アイテム『エレメンタル獲得チケット』により過去取得した影の精霊・シャドーの力で外に繋がる道を作り出す。
「そう。それでいい」
隷属の首輪を着けた警察官と共に外へ出ると、ピンハネはフィアとルートへ改めて指示を出す。
「どうやら、彼は私達の事を監視している様だ。もしかしたら意外と近くにいるのかも知れない。だから、少しだけ命令を訂正するよ? 新橋警察署……。君達はここを出て直ぐにパニックを引き起こせ。外側から内側に向けて追い込もうと思っていたが、もう辞めだ」
きっと彼は自分や身内に危害を加えられると極度に反撃を企てる性質の人間。
そして、私達を見張っている以上、バラバラに散らす事を良しとしないだろう。
ならば、この場所から混乱を引き起こす。
多分、それが彼にとって一番やられて嫌な事だろうから……。
フィアとルート、その他、八人の奴隷が元々、所持していた課金アイテムを持たせると、ピンハネは薄笑いを浮かべる。
「それじゃあ、始めようか」
そう言うと、ピンハネ達は警察署の外へと足を踏み出した。
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