第359話 モンスターリスポーン
『課金アイテム……モンスターリスポーン』
モンスターリスポーン。それは、その名の通り一定時間、モンスターをリスポーンさせる課金アイテム。
転移組の元リーダーであるフィアは、チケット型の課金アイテムを手に取ると、躊躇なくそれを破り捨てる。
その瞬間、フィアを起点として赤い円が広がっていく。
新橋警察署を出て直ぐ『モンスターリスポーン』を使用したフィアを見て、俺こと高橋翔は戦慄とした表情を浮かべる。
「あ、あいつら……。東京都で最もやってはならない行為を初手でやりやがった……」
フィアを起点として広がる赤い円。
近くのマンホールがカタカタと音を立てて動き出し、下水道から何かが這い出て来る。
しかし、上級ダンジョン攻略失敗の責任を取らされ、多額の借金と共に奴隷落ちした転移組のフィアとルートが、ピンハネの下にいたとは……。
どうやら、ピンハネのアイテムストレージは生きた人間も格納する事ができるらしい。そうでなければ、ゲーム世界で借金奴隷をやっているフィアとルートがこちら側の世界に戻って来れる筈がない。
ピンハネの奴隷があちらこちらで『モンスターリスポーン』を使用しているのを見て呟く。
「よし。逃げるか……」
奴等がやったのは俺ですら実行するのを躊躇う手段。
あんな所でモンスターリスポーンを使用すれば、何が起こるか明白だ。
マンホールが外れ、ネズミや蝙蝠、ゴキブリを始めとした雑多な昆虫が空と地面を黒く染め上げていく光景を見て、俺は決意する。
モンスターリスポーンはモンスターを呼び寄せるアイテムであって、モンスターを召喚している訳ではない。
モンスターリスポーンの効果が切れたとしても、モンスターが消滅する訳ではなくモンスターはその場に留まり続ける。
つまり、それは一度、地上に這い出てきたネズミと蝙蝠、ゴキブリを始めとした雑多な虫が自主的に地下に戻る事はほぼ無いに等しいということ。
もはや、東京都は人が住める場所では無くなった。
窓の外を見れば、ゴキブリと蝙蝠の大群であろう黒い靄が徐々に広がっているのが分かる。
さっさと退院手続きをして、高層マンションにでも引っ越そう。
少なくとも二十階以上の階層であれば、ゴキブリとの遭遇率もぐんと減る筈……。
そんな事を考えていると、窓の外から高速でこちらに向かってくる物体の姿を目の端で捉える。
そして、その物体が半開きの窓を素通りすると、俺の頭に引っ付いた。
「うん? 何だ……って……ぎゃぁぁぁぁああああっ!???」
カサカサ動くゴキブリを目の端で捉え、そのゴキブリが頭の上にいると認識した俺は大人気なく絶叫を上げる。
俺はゴキブリの類が一番嫌いなのだ。
見るだけで吐き気がしてくるというのに、触られようものなら絶叫し、滅殺したくなる。
「――ああああぁぁぁぁ!!!! くそがぁぁぁぁああああっ!」
そう言って、ゴキブリの胴体を掴むと、思い切り振りかぶる。
そして、ゴキブリが外に出たのを確認すると、ぜぇはぁと息を吐きながら脱力した。
「手の平からゴキの感触が消えない。よくも……よくも俺にゴキブリを……! ゴキブリを掴ませてくれたなァァァァ!」
体に付いたゴキブリの汚れを落とす為、速攻でシャワー室に駆け込みシャワーを浴びる。
絶対に……! 絶対に許さん!!
この俺にゴキブリを掴ませるだなんて万死に値する所業だ。
いいよ。やってやんよ。
東京都で『モンスターリスポーン』なんか使いやがって!
ぶっ殺してやんよ!
俺は数多の影の精霊・シャドーを召喚すると、シャンプーで頭を泡立てながら絶叫する。出し惜しみはなしだ。
「シャドォォォォさん! モンスターリスポーンで出現した害獣と害虫すべてを影の世界に送り込んでください!」
どんなに頭に血が上っていようとも、エレメンタルへの敬意は忘れない。
影の精霊・シャドーをありったけ召喚すると、外に解き放つ。
シャワー室に残った俺は、ゴキブリを掴んだ手と頭を重点的に洗浄する為、ボディソープとシャンプーをひたすらプッシュし、手と頭に塗りたくった。
◆◇◆
「――想像以上の光景だね」
地下から溢れ出る動物や昆虫を見て、ピンハネは薄く笑う。
「そして、私の想定通り……」
モンスターリスポーンの効果により呼び出されたにも関わらず、虫や動物が襲いかかって来る様子はない。
この世界には、私のいた世界でいう所のモンスターは存在しない。
故に、モンスターリスポーンにモンスター認定され、呼び出されたとしても、近くにいる者に襲い掛かる事はない。
中々、気持ちの悪い光景ではあるが、あくまでこれはパニックを引き起こす為に行った事……。
「さあ、どんどん行こう」
私にとってはどうでもいい町でも、彼にとっては大事な町の筈……。
誰しもが住んでいる町を滅茶苦茶にされれば怒り狂う。
だからこそ、高橋翔の住んでいるこの町で大規模なパニックを引き起こした。
大規模なパニックを引き起こせば高橋翔は必ず現れる。
「うん?」
小さな違和感。
ふと上を向くと、無数のエレメンタルがこちらに向かってくるのが見てとれた。
その瞬間、ピンハネは深い笑みを浮かべる。
「ようやく来たね。会いたかったよ。高橋翔……」
いや、正しくは、高橋翔が使役するエレメンタルか。もしやとは思っていたが、まさかこれほどまでの力を持っていたとはね。
こちらに向かってくるエレメンタルの数は指の数に収まらない。そのすべてが影の精霊。
おそらく、モンスターリスポーンにより呼び出された動物と虫の侵攻を止める為、ここに来たのだろう。
だが、この私が何の対策もなくただ待ち構えているとでも思っているのだろうか。
そんか訳ないだろ。
アイテムストレージから『確定上位エレメンタル獲得チケット』を取り出すと、ピンハネはそれを上に掲げる。
『確定上位エレメンタル獲得チケット』とは、神よりアイテムストレージと共に授かった好きな上位精霊を獲得する事のできるチケット。
つまり、私の奥の手だ。
「出ておいで、影の上位精霊スカジ……」
ピンハネが上位精霊を選択すると、掲げたチケットが光を放ち、地面に人型の影が落ちる。
ピンハネは、モンスターリスポーンにより呼び出した虫や動物を影に沈めていく影の精霊・シャドーの大群を指差すと、影の上位精霊・スカジに対して命令する。
「敵をすべて殲滅……いや、君の影の中に捕獲しろ」
スカジの力を持ってすれば、シャドーを滅ぼす事は容易い。
しかし、それでは高橋翔を隷属させるメリットが無くなる。
私の手駒は奴隷と影の上位精霊・スカジのみ。高橋翔のお陰で、失った四体のエレメンタルの代償は彼自身に償わせなければならない。
動物や虫を次々と影の世界に沈めていく影の精霊・シャドーの前に立つと、影の上位精霊・スカジは自らの影を広げ、シャドーを捕獲していく。
影の上位精霊・スカジの影は今、ピンハネと繋がっている。
ピンハネは、自分の影に触れると、深い笑みを浮かべた。
「……素晴らしい。影の上位精霊はこんな事までできるのか」
影の上位精霊・スカジは自らの影に入れた者の力を共有する力を持っている。
影の中に入るのは、初めての事だがまさか、こんなものまで持っているとは……
「何でこんな物が影の中に入っているか知らないが丁度いい。高橋翔はこちらに来ない様だし、彼がこちらに来ざる得ない状況を作らせて貰うよ。スカジ……。影の中に入っている物を東京都内に無差別でぶちまけろ」
そう命令すると、影の上位精霊は、無数の影を高い階層の建物に投影し、影の精霊・シャドーが影の世界に沈めていたゲーム世界のゴミを投棄していく。
その瞬間、周囲で絶叫の声が上がった。
「きゃああああっ!?」
「だ、誰だっ! ビルの上から物を投棄した奴は!」
「な、なんでこんな所にっ!?」
「ゴ、ゴキブリッ!? いやぁぁぁぁ!!」
ビルに投影された影から絶え間なく出続けるゴミに、地を這い空を飛ぶ数多の昆虫と動物。災害レベルの事象を前に、阿鼻叫喚の悲鳴が彼方此方から聞こえてくる。
「――あははははっ! 楽しい。楽しいね。影の精霊・シャドーはすべて捕らえた。早く来ないと、君の大切な居場所が滅茶苦茶になっちゃうよ!?」
その様子を見て、ピンハネは手を広げながら狂喜した。
◆◆◆
「な、何が……。一体何が起こっているというの……」
突然、緊急速報に切り替わったニュース画面。大量のゴミと、ゴキブリを始めとした虫、ネズミや蝙蝠に覆い尽くされた新橋の様子を見て、東京都知事である池谷は絶句していた。
ただでさえ、色々な問題に追われ気持ちに余裕が無くなっているというのに、これは……。
前例のない大災害を前にして池谷は混乱状態に陥る。
東京都として、自衛隊の派遣を要請しなければならないのは当然として、大量発生した虫や動物の駆除はどうしたら……。しかし、それに時間を割いていては高橋翔の件も……。ええい。対応しなければならない事が多過ぎる。
災害と自己保身。
東京都知事として、どちらを優先させるべきなのかは明らかだ。
しかし、東京都知事の権力を以ってしても思い通りにならない高橋翔の存在が池谷の判断を歪ませる。
災害は新橋を起点として発生している。
職員に確認した所、都庁に警察が来ていたというし、ピンハネが逮捕されたのは間違いない。となると、この災害はピンハネが引き起こした災害である可能性がある。
もしそうだとしたら厄介だ。
今は災害時……。自衛隊に派遣要請しなければ、都民の信頼を失い、自衛隊に派遣要請すれば、ピンハネの怨みを買う。
どちらも怖いが、どちらかと言えば、こんな災害を単体で引き起こす事のできるピンハネの方が恐ろしい。
派遣要請しなくても、災害の程度によっては要請無くして自衛隊が動く可能性もある。
その事に気付いた池谷は頭を抱えへたり込んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます