第335話 ヨトゥンヘイム⑩

『――そ、そんなっ!? 確かに、ここ数百年ほど地代の支払いはしてこなかったが、たかがそれだけの事で、この私から領地を奪おうというのか!? そんなの酷い……! 余りに酷過ぎるぅぅぅぅ!!』


 何とも憐れみを誘う顔でそんな馬鹿げた事を口にしているが、言っている事は最低である。

 つまりこいつは、義務を果たす気がないのに声高に権利のみを主張している訳だ。

 折角、法に反し、土地を実効支配する事で領地として発展させてきたのに、後から土地の権利を取得し主張、強引に奪い取ろうとするなんて酷い、と本気で言っている訳である。


 子供が他人の私有地に秘密基地を作り、撤去されて憤るのと何も変わらない。

 もはや憐れみすら感じてしまうその思考回路。

 敵である俺にそう思わせるとは、もはやあっ晴れと言いたくなるほど清々しい。

 まあ、他人の私有地に秘密基地を勝手に作り、撤去されるか、撤去費用を請求されるだけで許されるのは、精々、低学年まで、それを大人がやれば普通に通報される。

 ましてや、霜の巨人がやっている事は不法占拠そのもの。非常に悪質な不動産侵奪だ。


「なら、最初から付け入る隙を与えない様に土地の利用料を支払っておけよ」


 俺としても、当たり前な返答以外に返す言葉が見つからない。


『そ、そんな殺生な……! それでは、私はどうなるのですか!? ここ以外に住む場所なんて……!』


 住む場所……住む場所か……。


「そうだな……それじゃあ特別に、丘の巨人の住んでいた場所に住まわせてやるよ」


 この領地の丘の巨人が住んでいた場所……家畜小屋にな。

 丘の巨人には、信頼を勝ち取る為、昔の領主との違いを見せなければならない。その為、家畜小屋に空きがでる。

 そこであれば、勝手に寝泊まりしてくれても構わない。俺もそう思える位には寛容だ。

 まあ、丘の巨人には、より良い住まいを提供する予定なので、霜の巨人としてのプライドがそれを許せばの話だけどね。


 懇切丁寧にそう説明してやると、ウマシカは歯をギリギリと鳴らす。


『――そ、そんな巫山戯た条件、飲める訳がなかろう!』

「そうか。なら、出て行って貰う以外ねーな。折角、寝場所の提供をしてやると言ってやっているのに受け入れて貰えず残念だ」


 俺としては、この土地を不法占拠していた霜の巨人がどうなろうと知った事ではない。

 家賃が払えず追い出した元借主が今後、どんな生活を送ろうがどうでもいいと感じるのと似た感情だ。

 提案はした。しかも、ウマシカ本人が丘の巨人に住む様、強要していた場所の提供だ。

 それを呑めないというのであれば、俺としては、『ああ、そうですか。それなら好きにしてください』としか言えない。

 同情する余地も皆無なので尚更だ。


 すると、今度は、追い詰められた元権力者が言いそうな定番のセリフを吐き始める。


『こ、この私を敵に回すという事は、この世界の霜の巨人すべてを敵に回すという事だが、それでいいんだな……?』

「うん? それ、本気で言ってるのか?」


 俺は、アイテムストレージから取り出したビデオカメラを回しながら呟く。


『当然だ。霜の巨人は同族意識が高い。この私を敵に回すという事は、この世界に存在するすべての霜の巨人を敵に回すという事……。だが私も鬼ではない。今、土地の権利諸共すべてを私に差し出すというのであれば、これまでの狼藉を水に流してやらん事もな……』

「そうか……お前の気持ちはよく分かった。つまり、この世界に住む霜の巨人は全員、俺の敵って訳だ。なら遠慮はいらねーな?」


 そう告げると、ウマシカは呆然とした表情を浮かべる。


『へっ……? いや、何を言って……』

「いやいや、だから、この世界に住む霜の巨人は皆、正当な権利を主張しているにも関わらず、不当に俺の事を害そうとする敵って事だろ? お前の気持ちはよく分かったよ。驚いた。感動した。霜の巨人が敵だというのであれば仕方がない。そんな危険な敵は殲滅しなきゃいけねーよなぁ? そうだよなぁ!?」

『え、えええええええっ!? ち、違っ……そうじゃな……』

「いやいやいやいや、違わねーよ! 今、お前が自らの口でそう言ったもんなぁ! ちゃんと、証拠動画も撮らせて貰った。お前、確かに言ったよなぁ! 『この私を敵に回すという事は、この世界の霜の巨人すべてを敵に回すという事だ』って言ったよなぁ!? つまり、正当な権利を主張しているにも関わらず、集団の力を持って不当に権利者を害そうとしている訳だ。それなら俺も自分を守る為に、敵を片っ端から排除するしかねーよなぁ!?」


 今、俺はウマシカを敵に回した。

 即ちそれは、この世界に住む霜の巨人すべてを敵に回したという事。

 なら、先制攻撃しても問題ないよなぁ?

 だって、お前がそう言ったんだもんなぁ!?


 そう声を荒げると、ウマシカは首を振る。


『――ち、違う。何故、そうなるのだ。お前が全てを諦め、一人で損害を被れば許してやると言っているのに何故、そう捉えるのだ……』

「はあっ? お前……頭がおかしいんじゃないか? 何で、権利者である俺が、不法占拠者を目の前にして全てを諦め、一人で損害を被らなきゃならないんだよ。あり得ねーだろ」


 万が一、諦める時は俺と同等以上の損害をお前等全員に与える時だよ。

 すると、ウマシカは盛大に顔を引き攣らせる。

 おそらく、俺なら本気でやると判断したのだろう。大正解だ。


 ビデオカメラを光の精霊・ライト、そして、音の精霊・ハルモニウムに渡すと、空にビデオカメラの映像を映し出す。


『な、何を……!?』

「――何をって、決まってんだろ? 俺の土地を不法占拠している霜の巨人全員に対してメッセージを送ってんだよ」


 まさかとは思うが、俺が何の予告もなく先制攻撃を仕掛けるとでも思っていたのか?

 そんな訳ねーだろ。それじゃあ、略奪者と変わらない。

 大事なのは正統な権利者が誰であるかをハッキリさせる事。

 大義名分というのは、不法占拠を続けるイカれ野郎相手に対して、ひと騒動起こそうという時、非常に大切だ。

 奴隷扱いされているとはいえ、急な侵攻は、丘の巨人を敵に回す事に繋がりかねない。

 俺の土地を不法占拠する霜の巨人を排除した後、丘の巨人には、対価に応じた働きをして貰わなければならない。故に、敵は不法占拠を続ける霜の巨人であり、その場所に住む丘の巨人には関係ないとハッキリ伝えておく必要がある。


「――いいか? お前達が不法占拠している土地は、つい先日、俺がその権利を買い取った土地だ。既にウマシカの領地は俺の手に落ちた。次はお前達の番だ。もし素直に明け渡すというのであれば、温情を与えよう。しかし、歯向かうのであれば容赦はしない。数日中に向かうから、精々、首でも洗って待っていろ」


 土地の不法占拠をしているのは、雪山と隣接する土地を領地としている霜の巨人。

 俺の敵となる霜の巨人はゲスクズ、ウマシカを含め全部で十人。

 ゲスクズ、ウマシカ、ザコスケ、カスナリ、ゴミクズ、ムシケラ、クソゴキ、ダニヘタレ、ゲリクソ、ヘタレバカの十人だ。日本語読みすると酷い名前だと思うが、これがこの世界のスタンダードな名前。


「――さて、ウマシカよ。不法占拠者の分際で俺に歯向かったお前には罰を与える。お前が敵に回した存在がどういう存在なのかを考え絶望するといい。アイテムストレージの中でな……」

『――えっ?』


 そう呟くと、ウマシカの体が凍り付く。

 水の上位精霊・クラーケンに任せればこんなものである。

 氷漬けとなったウマシカをアイテムストレージにしまうと、俺はゲスクズ領にいた丘の巨人達に話した内容と同じ事をウマシカ領にいる丘の巨人達に伝えて貰えるよう手配する。

 俺が直接、説得に向かってもいいが、流石に面倒臭い。

 餅は餅屋。丘の巨人の説得は同じ丘の巨人に行って貰った方がいい。


「さて、次はどっちの領地に行こうかな?」


 ゲスクズはともかく、ウマシカの領地は完全に俺の物となった。

 残る領地は八つ……。


「まあ、急ぐ必要もないか……」


 急いては事をし損ずる。ここは冷静沈着に事を為すとしよう。

 正義はこちら側にある。


「とりあえず、ここは寒いから、一度、元の世界にでも戻って、電子レンジで温めたホットココアでも飲んで体を温めるとするか……」


 現状、霜の巨人は俺の土地を不法占拠している。

 とはいえ、今すぐ決断を迫った所で反発されるのがオチだろう。

 奴等にも考える時間が必要だ。


 そう呟くと、俺は一度、ゲーム世界をログアウトする事にした。


 ◆◇◆


 ここは、ゲスクズ領の一角。

 高橋翔による宣戦布告が行われた事に危機感を覚えた領主達が集まり、ボロボロとなった円卓を囲んでいた。


『――ゲスクズよ。これは一体どういう事だ? ここに来る前に貴殿の領を見て回ったがボロボロではないか……』

『まったくだ。先程、空に映し出された声明といい、何か関係があるのではないか? ペロペロザウルスの卵はちゃんと流通されるのだろうな?』


 今、発言したのは、ゲスクズの隣に領土を持つザコスケと、ウマシカの隣に領土を持つカスナリ。

 双方共にゲスクズの領土が荒れ、ウマシカがこの場にいない事に気を立てていた。


『そもそもだ。何故、この場にウマシカがいない! あの薄汚いモブフェンリルの声明にあった通り奪われてしまったのではないだろうな!?』

『そうだ。そうだ! ウマシカはどうした! この領の状況から見て、この件はお前の所から始まった事だろう! 何故、被害状況をすぐに伝えなかった! もっと早く貴殿が伝えていれば、被害は最小限に済んだ! 一体、どうしてくれるんだ!』


 語気を荒げそう言うと、ゲスクズは苦い表情を浮かべる。


『ふんっ! ならば聞くが、貴殿等が自領を荒らされたとして、他領に助けを求めるか?』

『うっ……!?』


 ゲスクズがそう問いかけると、他の領主達は言葉を詰まらせる。


『そういう事だ……』


 自領が弱っている時、それを曝け出す様な領主は存在しない。

 だからこそ、ゲスクズは被害に遭ったとしてもすぐには他の領主に報告しなかった。

 少なくとも、外見上取り繕う作業が終わるまでは……。

 しかし、高橋翔による声明を受け状況が変わった。


『……問題はそこではないだろう。問題の根幹はあの悪しきモブフェンリルをどうやったら駆除できるのか。その為に、我が領の恥部を晒してでも集まって貰ったのだ』


 この問題はもはや対岸の火事ではなくなった。

 そう静かに告げると、他の領主達は渋々ながらゲスクズの言葉に耳を傾けた。

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