第336話 ヨトゥンヘイム⑪

『――まずは礼を言っておこう。私の呼びかけに応えてくれたこと、感謝する。さて、問題のモブフェンリルについてだが……、皆も知っての通り、我が領土はあのモブフェンリルにより壊滅的な被害を被っている。このまま放置しておけば、貴殿等の領地も同様の被害を受ける事になるだろう』


 ゲスクズが自らの体験を語ると、他の領主達はゴクリと唾を飲む。


『――あのモブフェンリルはそんなに厄介な相手なのか? 見た所、そうは見えなかったが……』

『……見立てが甘いな。敵を見た目で判断するなど愚の骨頂。まあ、壊滅的な被害を出した私が言うのもなんだが、その認識は改めるべきだ』

『何故だ? 敵は薄汚いモブフェンリル一匹だ。我々が力を合わせれば問題ないだろう』

『ああ、その通りだ。あのモブフェンリルは確かに、我々に匹敵する力を持っているのかも知れない。しかし、我々が協力すれば……』

『――これを見ても同じ事が言えるか?』


 ポケットから映像を映し出すカード型の映像端末を取り出すと、ゲスクズはあの日起こった不条理な事態を……。灼熱の太陽に晒され、エレメンタルに詰められ最後は、太陽に向かって投げ付けられた映像を流す。


『――こ、これは……』

『まさか、あのモブフェンリルには、周囲の環境を変える力を持っているのか……!?』

『……それだけではない。腹立たしい事に奴には、数体のエレメンタルが味方に付いている』


 エレメンタルは、この世界における万物の根源を成す超自然的な存在。

 いくら、霜の巨人が超人的な強さを持つ大自然の精霊だとしても、その上位互換に当たるエレメンタルには敵わない。


『――ならばどうする。一方的に、侵略されるのを待つというのか!? 土地の使用料を支払っていなかったとはいえ、我々がその土地を領土として支配しているのだぞ!?』

『そうだ! そもそも、あのシステムは揉め事が起きた際、スムーズに事を収める為のもの。互いに不可侵条約を結び、同盟を組んでいる我々には不要なものだ。だからこそ、この世界の支配者たる王、スリュムに願い出てまでして、土地の権利を奪われぬよう見張りを付けた。霜の巨人の食という名の娯楽を牛耳る我々は特別なのだ! なのに何故、土地の権利を手に入れる事ができる!?』


 この世界に住む霜の巨人にとって、食事は娯楽の一種。

 食事など摂らなくても生態活動を維持するのに問題ない。

 しかし、悠久の時を娯楽なしに過ごすのは難しい。その点はエレメンタルや霜の巨人も人間と同じ。娯楽を求めるのは最早、本能。

 娯楽なくして生きるのは大変な事なのだ。


『それ程の力を奴が有していただけの事だ。それ程までにエレメンタルの力は強大。しかし、エレメンタルの力も上位の存在である神には劣る』


 そうゲスクズが呟くと、他の領主達は顔を見合わせる。


『……ま、まさか、王に力を借りる気か?』

『ああ、その通りだ。我々はこの世界で唯一、食の娯楽を提供している。その我々の頼みを蔑ろにできる筈がない』


 何より、スリュムの好物はペロペロザウルスの卵。まず間違いなく協力してくれる筈だ。

 スリュムは、あの雷神トールから神器ミョルニルを盗み出した神。

 その神が相手となれば、ひとたまりもない。


『し、しかし、現在、当の本人であるスリュムは、ロキとの賭け事に負け転移門の前で氷漬けにされて……』

『――何っ! それは、誠かっ!? そんな事は聞いておらぬぞっ!?』


 つい先日、ペロペロザウルスの卵、一千個を献上しろと手紙を送り付けてきていたではないかっ!?

 あれは何だったのだ!


 ゲスクズの問いに、近くにいた領主の一人が床に落ちた文を手に取り答える。


『聞かされておらぬも何も、それはお主がその文を開けていなかっただけの事であろう? 床に文が落ちておるではないか……』

『な、なななななっ!? なにぃぃぃぃ!?』


 何故、そんな大事な文が床に……!?

 文の配達を始めとした雑事はすべて、丘の巨人であるゲーと、スーに任せていた。

 あの奴隷共……よりにもよって一番大事な文を床に落としおってぇぇぇぇ!!


『な、ならば、王は……! スリュムは今、どこにっ!?』


 この世界の支配者にして霜の巨人の王、神たるスリュムは、エレメンタルに唯一対抗できる存在。

 スリュムの居場所を問いただすと、側にいた領主は呆れた表情を浮かべる。


『――王は、ウートガルズを治めるウートガルザ・ロキとの賭け事に負け、異世界からの侵攻に備える為、氷漬けにされて転移門「ユグドラシル」の前に配置されておる……そんな事も知らんかったのか……お主は……』

『な、なにぃぃぃぃ!? て、転移門「ユグドラシル」の前に設置だとぉぉぉぉ!?』


 近くにいた領主から文を奪うと、ゲスクズは目を見開き驚く。


『そ、そんな馬鹿な……そ、それなら、何故、あのモブフェンリルは、土地の権利を取得する事ができたのだ……?』


 そこまで呟き、ゲスクズはハッとした表情を浮かべる。


『ま、まさか、つい先日、あった山火事は……!?』


 転移門『ユグドラシル』の前に氷漬けにされ、設置された霜の巨人は、侵略者が雪山で火を使う事により復活する。

 我々であればともかく、あの雪山は、常に氷点下。

 火で暖を取らねばたちどころに体温を奪われ、氷漬けの氷像となってしまう。

 そして、火で暖を取れば、氷漬けにされた霜の巨人がたちどころに復活し、侵略者を撃退する。

 つまり、あのモブフェンリルは、火で暖を取りつつ氷漬けにされた霜の巨人を撃退し、ゲスクズが支配する領に来たという事になる。

 そして、その中には、ヨトゥンヘイムの王にして神であるスリュムも……。


 そこまで考え、ゲスクズはテーブルに頭をぶつける。


『――あ、あのモブフェンリルは、神をも凌駕する力を持っているとでも言うつもりかっ……!』


 万策が尽きた。敵は神をも凌駕する力を持つモブフェンリル。

 エレメンタルにすら勝てぬ我々では、勝つ事など夢のまた夢。


『――私はどうすればよいのだぁぁぁぁ!?』


 そう叫んだ瞬間、ゲスクズ領を地震が襲った。


『――な、何が起こっている!?』

『じ、地面が揺れるだとっ!? あ、ありえん!』

『――み、皆、窓を見ろっ!』


 領主の一人が窓を指差すと、ゲスクズ領を覆う様に壁がせり上がってくるのが見える。


『か、壁がせり上がっている!? ど、どういう事だぁぁぁぁ!!』


 窓を開け身を乗り出して外に出ると、せり上がっていく壁の上にモブフェンリルの姿がある事に気付く。


『ま、まさか、あ奴――我々をこの場所に閉じ込める気かっ!?』


 既に奴には雪山と自領の境に壁を築いた実績がある。

 目を充血させて壁の上を凝視すると、こちらの様子に気付いたモブフェンリルが笑顔を浮かべ手を振っているのが見えた。そして、数枚のカードを手に取ると、こちらに向かってバラまいていく。


『ま、まさかあれは――!?』


 そう叫ぶと同時に、ゲスクズ領に五つの太陽が現れた。


 ◆◇◆


「いやぁ……まさか、ここまで思い通りに行くとは……」


 まさに計画通り……。この辺りの土地を不法占拠している霜の巨人の土地一つを占領すれば、きっと危機感を持ち、対策を練る為、土地を不法占拠している領主共が一堂に会すると思っていた。

 考える時間を与えれば、策を練ろうとするのが人間。当然の事ながらそれは霜の巨人にも当てはまる。

 これまで、同族である霜の巨人以外敵は存在しないとでも思っていただろ?

 甘いんだよ。人間や丘の巨人を見下し過ぎだ。

 だからこそ、こんなにも簡単に嵌められる。


 元より一つ一つ土地を取り戻しに行くのは面倒だと思っていた。

 だからこその一網打尽。

 一度、元の世界に戻り、電子レンジで温めたホットココアを飲んで体を温めた甲斐があったというものだ。


「しかし、相変わらず『砂漠』の効果は凄いな……」


 地の上位精霊の力を借りてボウルをひっくり返す様にしてゲスクズ領を覆い、そこのフィールド魔法アイテム『砂漠』をバラまかせて貰ったが、少々やり過ぎてしまった様だ。

 フィールド魔法アイテム『砂漠』を五つも使用した為、ゲスクズ領が砂漠通り越して地獄の窯の様になってしまった。

 俺自身、壁の外側にいるにも関わらず、もの凄い熱気が伝わってくる。

 まあ、五つも太陽があれば当たり前か……。


「しかし、これでいい……」


 まあ、巨人寄りの精霊だし、死にはしないだろう。人の土地を勝手に不法占拠する奴にはこれ位の罰がお似合いだ。


「これに懲りたら、もう二度と不法行為は起こすんじゃないぞ? もし次起こすようであれば……」


 その時は容赦しない。

 さて、今の内に不法占拠された土地を奪い返しに行くとするか……。

 とりあえず、三日間位、放置しておこう。

 ゴキブリは、水や餌がない環境におかれても二週間は生き続ける。ゴキブリでもそれだけ長い時間生き続ける事ができるんだ。精霊よりの巨人であれば、まあ、大丈夫だろ。


 そう呟くと俺は、俺の土地を不法占拠していた領主共を放置し、領主のいなくなった領地に赴く事にした。


 雪山付近にある俺の土地を不法占拠する霜の巨人、ゴミクズの治める領地に来た俺は思わず絶句する。


「な、なんだこりゃ……」


 ゲスクズやウマシカの領でも丘の巨人の扱いはぞんざいだった。

 昼夜を問わず働かされ、食事は霜の巨人の気分次第。寝場所は家畜小屋でストレスの捌け口にも使われる。

 まるで、死ななければそれでいい。

 そんな感じの思惑が透けて見える扱いだった。

 しかし、これはそれ以上……。


『ゴミクズ様の為に身を粉にして働けぇぇぇぇ! 休むんじゃない。お前はまだ生きているだろうが! 死んだら存分に休む事ができる。だから、生きている今は働き続けろ! 手を抜くんじゃないぞ? お前らの代わりはいくらでもいる。だからといって他領に逃げようなんて考えるなよ? 他領に逃げた所で送り返されるのがオチだからな。余計な手間をゴミクズ様にかけるな。お前ら三軍はゴミクズ様の寵愛を受ける我らの言う事を聞いていればいい! さっさと働け!』


 手に持った鞭で同族を打ちながら命令する丘の巨人。まるでカーストをより悪化させたかの様な状態。

 どうやらこの領では、丘の巨人間で序列作りカースト上位がゴミクズの名を借り下位のカーストに労働を強いているらしい。

 この地を不法占拠していた元領主、ゴミクズの名に恥じぬ所業だ。吐き気がする。


 とりあえず、ぶっ飛ばすとするか……。

 俺の土地で何を勝手な事をしているんだってな。

 自分のことを特別な巨人だと勘違いしている輩には、鉄拳制裁が一番だ。

 話が通じないし、何よりこの領地は俺の物。これまでゴミクズに優遇されていたのだろうが、そんな事は関係ない。


「――ベヒモス、あそこで鞭を振るうクズを死なない程度にぶっ飛ばしてくれ」


 そうお願いすると、鞭を振るう丘の巨人の目の前に地の上位精霊・ベヒモスが顕現する。


『――へっ?』


 ベヒモスの出現に唖然とした表情を浮かべる丘の巨人。

 手に持っていた鞭をポロリと落とすと、ベヒモスは丘の巨人が落とした鞭を手に取り、鞭をしならせ丘の巨人の背中を強打する。


 ――バチンッ!!


 丘の巨人の背に叩き込まれた鞭の音。


『――か……はっ!!?』


 突如として鞭を叩きこまれた丘の巨人は驚愕の表情を浮かべ、嗚咽を漏らす。

 そして、そのまま壁に激突すると白目を剥き、動かなくなってしまった。

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