第148話 リージョン帝国への出立④
「エンストしたら厄介だからな……」
さっさと倒すか……。
目の前に現れたドラゴンの名は、ダイヤモンド・ドラゴン。
鋭く尖った頭部と、体の随所を覆う硬質なダイヤモンドが特徴の光芒放つ結晶の巨龍だ。身体のダイヤモンドは、身を護る鎧にして強力なレーザーを放つ武器ともなる。全身武器の戦闘機。
ダイヤモンド・ドラゴンは、本来、上級ダンジョン『ドラゴンクレイ』のボスモンスターとして設定されているが、ダンジョン外にも生息している。
とにかく動きが高速で、その鋭利な巨体から繰り出される攻撃はどれもが致命的な威力を持っているのが特徴だ。
そのダイヤモンド・ドラゴンの鋭く尖った頭部が思い切り地面に突き刺さっている。これはチャンスである。
大方、空から馬車の大群を見つけて突進してきたのだろう。
そして狙いを外し地面に突き刺さったと……。
剣を手に持つと、俺はエレメンタルにお願いする。
「よし。頼んだぞ。エレメンタル。君達だけが頼りだ。俺もできる限りのサポートはさせて貰う。存分にやってくれ!」
どこまでもエレメンタル頼りな俺。
そう言うと、エレメンタル達が色とりどりに光り始める。
空飛ぶ赤い玉こと、火の精霊サラマンダーの身体が炎を上げたかと思えば、その炎が鳥の姿を形取り火の上位精霊フェニックスへと姿を変える。
水の精霊ウンディーネに至っては、青い玉から水があふれ出し、溢れ出た水が巨大なタコを形取ったかと思えば水の上位精霊クラーケンへと姿を変えた。
風の精霊シルフは緑の玉から雷を纏った煙を吹き出し、筋骨隆々なターバンを被った厳ついオッサンこと、風の上位精霊ジンに姿を変え、地の精霊ノームは土色の玉が急激に膨れ上がり巨大なカバこと地の上位精霊ベヒモスへと姿を変えていく。
手加減無用だ。ダイヤモンド・ドラゴンがレーザー攻撃をする前に瞬殺する。
レーザー攻撃は厄介である。キャンピングカーに当たれば大破は確実だ。
数台持っているとはいえ壊したくない。
戦いの場面を見られないよう風の上位精霊ジンが俺達と他の冒険者達の間に風の膜を張ると、一瞬にして、水の上位精霊クラーケンがダイヤモンド・ドラゴンの体を触手で締め上げ、地の上位精霊ベヒモスが巨体を生かし、ダイヤモンド・ドラゴンを踏み付ける。
「グギャアアアアッ!」と鳴くダイヤモンド・ドラゴン。しかし、ここで攻撃の手を緩めては、レーザー攻撃が飛んでくる。
俺のキャンピングカーを破壊させはしない。「フェニックスッ!」と大声で叫ぶと、俺の声に呼応して、火の上位精霊フェニックスがダイヤモンド・ドラゴンに突撃していく。
そして、火の上位精霊フェニックスがダイヤモンド・ドラゴンを焼き尽くすと、ダイヤモンド・ドラゴンの体が罅割れ、ドロップアイテムの金剛石を落とし消えていった。
うん。一瞬で勝負が付いたな。
まあ、そうなるだろうとは思っていた。
ドロップアイテムをアイテムストレージに入れると、エレメンタル達を元の小さな光の玉に戻していく。
エレメンタルを小さな光の玉に戻すと、風の上位精霊ジンが張っていた風の膜が無くなり、唖然とした表情を浮かべた冒険者達が姿を現した。
「ダ、ダイヤモンド・ドラゴンはどこに……」
ダイヤモンド・ドラゴンはドロップアイテムに姿を変えました。
もうここにはいません――と、正直に言えたら早いんだけど、流石に言えないな。
「ダイヤモンド・ドラゴンは去った。それじゃあ、出発するぞ」
有無を言わせず、そう言うと俺はキャンピングカーに乗り込んだ。
キャンピングカーに乗り込んだ瞬間、酒盛りをしていた王太子殿下が唖然とした表情を浮かべる。
「あれ、もう倒したのですか?」
「はい。これでもSランク冒険者ですから」
嘘だ。すべてエレメンタル達にやってもらった。
俺、本人が直接戦った場合、多分、この辺り一帯にダイヤモンド・ドラゴンのレーザー攻撃が降り注いでいた事は想像に難くない。それほどまでに、あのダイヤモンド・ドラゴンは強い。
エレメンタルがいたから瞬殺できたが、通常の方法では難しい。と、いうより瞬殺する事なんてできない。
まあ、『ああああ』達の持つ呪いの武器『命名神の嘆き』であれば、エレメンタル達がやったように瞬殺できるかも知れないが……。
他愛もない会話をしていると、前の馬車が動き出す。
納得した訳ではなさそうだったが、現にダイヤモンド・ドラゴンはいなくなっている。ついでに、俺が王太子殿下乗るキャンピングカー乗り込んでしまった為、説明を求めても無駄だと理解してくれたのだろう。
流石は王太子殿下。キャンピングカーに乗せて本当に良かった。
「カケル殿」
キャンピングカーを走らせ暫くすると、日本酒の瓶を持った王太子殿下が運転中の俺に声をかけてくる。
「なんでしょうか? 王太子殿下」
できれば運転中に声をかけないで欲しいものだが……。
「この酒は一体何だ?」
どうやら、飲んだくれの王太子殿下は日本酒に興味津々のようだ。
確かに、ゲーム世界のキャバクラやホストクラブに日本酒は置いていなかった。
「――ああ、それは米から造るワインのような醸造酒ですよ。そこの棚に缶つまが入っているので、それをつまみに飲んでみて下さい。ワインと違った風味で美味しいですよ」
「ほう。米から作られたワインか……興味深いな――」
毒見役の騎士がべろんべろんに酔っぱらっているが、飲めるなら存分にどうぞ。
俺は別に止めはしない。
「――そうさせてもらおう」
そう言うと、王太子殿下は日本酒の酒瓶片手に戻っていく。
とんでもない飲兵衛をキャンピングカーに乗せてしまった気分だ。
心なしか、毒見役の騎士が恨めしそうな表情で俺を見ている気がする。
まあ、美味い酒がたらふく飲めるんだからいいじゃないか。
例えそれが毒見役だったとしても……。
ちなみに、王太子殿下が飲んでいる酒もすべて経費で落とす予定だ。
リージョン帝国に到着するまで三日間。
どの位、経費が膨らむのか楽しみである。
◇◆◇
その頃、冷蔵庫組の若頭、リフリ・ジレイターは、ダイヤモンド・ドラゴンをいとも容易く退けたSランク冒険者を見て感心した表情を見せていた。
「――あの冒険者、中々やりますね」
リージョン帝国の上級ダンジョン『ドラゴンクレイ』に出現するボスモンスターの名も確か、ダイヤモンド・ドラゴンだった筈。
それを、いとも容易く……それもたった一人で退けるとは……。
それに、あの見知らぬ乗り物も興味深い。
今は王太子殿下があの冒険者の近くにいる為、今、手を出す事はできないが、上級ダンジョン攻略が終わったら是非、冷蔵庫組に招待したい位だ。
「ビーツさん、クレソンさん。上級ダンジョン攻略が終わってからで構いません。彼の事を調べなさい。その結果次第で、彼を冷蔵庫組に幹部待遇で招待したいと思います」
「あ、あの冒険者を幹部待遇でですか?」
幹部待遇で迎え入れると言うとビーツとクレソンが唖然とした表情を浮かべる。
これまで幹部待遇で迎え入れた組員はただ一人としていない。
その為、驚いているのだろう。
「ええ、情報によれば、上級ダンジョン『ドラゴンクレイ』のボスモンスターの名は、ダイヤモンド・ドラゴン。先ほど、あの冒険者が退けたドラゴンの名前と同じです。それをいとも容易く退ける力を持っているのですよ。凄い事だと思いませんか?」
「た、確かに……」
野良ボスモンスターとはいえ、たった一人でダイヤモンド・ドラゴンを退ける力がある者が組員になってくれるのであれば、冷蔵庫組の若頭である私としても心強い。
「しかし、Sランク冒険者とはいえ、上級ダンジョン『ドラゴンクレイ』のボスモンスターをあんなに容易く退けるなんておかしいとは思いませんか?」
「うん? どういう事ですか? ビーツさん」
私の質問にビーツはしどろもどろになりながら答える。
「いえ、実際にあの冒険者がダイヤモンド・ドラゴンを退けているので、上手く言えないのですが、例え、Sランク冒険者とはいえ、私には、たった一人でダイヤモンド・ドラゴンを退ける事ができるとは思えないのです。そもそも、あの冒険者にそんな力があるなら国や冒険者協会は何故、我々に上級ダンジョン攻略を託したのでしょうか?」
「なるほどねぇ……」
確かに、ビーツの言う通りだ。
国と冒険者協会は私達に内緒で、緊急依頼をかけ上級ダンジョン『ドラゴンクレイ』を攻略する為の冒険者を集めていた。
事前にそれを察知し、物理的に潰させて貰ったが、ビーツの言う通り、単身で上級ダンジョン『ドラゴンクレイ』のボスモンスター、ダイヤモンド・ドラゴンを倒す事のできる冒険者がいるのに、私達に対して上級ダンジョン攻略を頼むのは何かがおかしい。
「もしかして、冒険者協会の連中、何か良からぬ事を考えているのではないでしょうね?」
しかし、狙いがわからない。
王太子殿下が上級ダンジョン攻略の見届人になっている以上、冒険者協会に何かできるとも思えない。
「まあ、いいでしょう。答えが出ぬ事をこれ以上考えていても仕方がありません。ビーツさんの意見は私の心に留めておきます。そういえば、あのカケルとかいうモブ・フェンリルはどうなりましたか? ちゃんと、社会的に抹殺して差し上げたのでしょうね?」
その後の報告が無かった事を思い出した私は、ビーツとクレソンにそう問いかける。
すると、ビーツとクレソンはその途端、苦い表情を浮かべ口を閉ざした。
「――あなた達、まさか失敗した訳じゃないでしょうね?」
転移組の副リーダー、ルートに聞いた情報が正しければ、相当なダメージを与える事ができた筈だ。それこそ、人の目が気になって二度と外に出られない様な……。
私の質問に渋々ながらクレソンが答える。
「じ、実は失敗に終わりまして……」
「失敗? どういう事です?」
幼女趣味の上、自分の宿でその娘を囲っているという時点で相当ヤバい情報の筈だ。何故、失敗するのか解らない。
「モブ・フェンリルを追い詰める為、組の手の者も動員したのですが、教会の助祭が出張ってきまして……」
「教会の助祭が? 何故です? 意味がわかりません」
教会の助祭が道端を偶然歩いていたとでも言うのだろうか?
彼等は基本的に教会を中心に生活する。
そもそも、助祭が外にいる方が稀だ。
「何があったのかは解りませんが、どうやら教会が破壊されてしまったようでして……。それであのモブ・フェンリル、教会関係者達を宿に住まわせているようなんです」
「なるほど……それでですか」
まったく以って使えない部下だ。
「それで? そのモブ・フェンリルはどこに?」
「は、はい。宿に入ってから出てきたという報告は聞いておりません」
「そうですか、それなら安心ですね。あのモブ・フェンリルについては、無事、上級ダンジョンを攻略した後に対策を打ちましょう」
折角、あの生意気なモブ・フェンリルの泣きっ面が見れると思ったのに……。
まあいい。今は上級ダンジョン攻略が全てにおいて優先される。
モブ・フェンリルについては、後々、私達に逆らった事を後悔させてやればいい。
私は、馬車の外に視線を向けると、王太子殿下とSランク冒険者の乗る不思議な乗り物に視線を向けた。
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