第147話 リージョン帝国への出立③

「ぶ、無礼な発言をお許し下さい」


 顔を上げ、泣きそうな表情で謝罪する転移組のリーダー、フィアに俺は少し笑ってしまう。


 ――と、いうより本当にいいの? 謝罪しちゃって?

 その場合、転移組のリーダーがセントラル王国の王太子殿下を相手に無礼な発言をしていたという事を王太子殿下本人の前で認める事になっちゃうんだけど?


 さっきの言葉は、多分、キャンピングカーを保有している俺に対して言ったんだよね?


 もしかして、本当は王太子殿下がキャンピングカーに乗っている事を知っていて、王太子殿下の事を『お前』呼ばわりしたの?


 そういえば、『おい。俺の話を聞いているのかっ! 俺もその乗り物に乗せろっ! 俺は転移組のリーダー、フィア様だぞっ!』とか言っていたっけ?

 もしかして、あれも王太子殿下に言っていたの?

 王太子殿下にマウント取りに行ったの??


 これって不敬罪?

 不敬罪で処刑されちゃう奴??


 いやーそれだと非常に困るな。非常に困る。


 俺はただ王太子殿下に『この人がこれに乗せろと言っていますが、いかが致しますか?』と聞いただけなのに大事おおごとになってきた。

 本気で首チョンパされそうな勢いだ。


 御付きの騎士達が冷めた視線を転移組のリーダーであるフィアに向けている。


「困りますね。これから上級ダンジョン『ドラゴンクレイ』を攻略しに向かおうという時にこの様な騒ぎを起こされては……」


 王太子殿下の言葉にぐうの音も出ないフィアとルート。

 ため息交じりに王太子殿下が「不敬罪……どうしましょう?」と呟くと、フィアとルートは頭を地面に擦り付け土下座した。


「「何卒……何卒、お許し下さい……」」


 綺麗な土下座だ。

 流石は、座礼の最敬礼と呼ばれているだけの事はある。

 しかし、それが伝わるのは日本を含むアジアでのお話だ。

 ここはアジアではない。ゲーム世界にあるセントラル王国。

 土下座文化のない国の人に対して、急に地面に頭を着けて平伏されても困るだろう。

 正直、ビビるか困惑するだけだ。何やってんのこの人……見たいな。

 現に王太子殿下は混乱している。


「彼等は一体……何をしているのですか?」


 仕方ないので、俺がフォローして上げる事にしよう。

 矮小なプライドをかなぐり捨てて土下座したというのに『彼等は一体、何をしているのですか?』と謝罪をしているのに謝罪が伝わらないのは流石に可哀想だ。


 確か、武家社会において土下座は『そのまま斬首されても異存はない』という意味合いがあった筈。なので俺は、それをそのまま伝えて上げる事にした。


「彼等が行っているのは、土下座という『斬首されても異存はない』という意味合いにある礼式の一つです。彼等は斬首されても構わないから許してほしいと、そう願っているのでしょう」


 俺がそう言った瞬間、フィアとルートが顔を上げ、土下座を止めた。

 斬首されたくなかった様だ。土下座を止めてしまったという事は深い謝罪や請願の意を表していた訳でもないらしい。

 王太子殿下評価は下がる一方である。


 そんな事よりも……。


「殿下。冒険者協会の馬車が出ます。我々もそろそろ行かなくては……」

「そうですね……」


 付き添いの騎士の言葉に王太子殿下が頷く。

 そして、フィアとルートに視線を向けると、ただ一言こう告げた。


「先ほどの無礼な発言は聞かなかった事にします。しかし、次はないと思いなさい」


 王太子殿下に対し、直接『お前』呼ばわりして、この程度のお咎めで済むとは中々、運の良い奴等だ。まあでも、『御前おんまえ』と言った場合は、丁寧語に当たるから微妙な所である。

 まあすぐに地獄を見る事になるだろうから、俺としてもこの件に関しては関心が薄い。というより、どうでもいいというのが本心である。


「……それでは、私はこれで。数日後の上級ダンジョン『ドラゴンクレイ』の攻略、楽しみにしていますよ。失敗した……等という事は無いようにお願いしますね?」

「「…………っ!?」」


 流石は王太子殿下だ。

 デカい釘を転移組のリーダーと副リーダーであるフィアとルートに打ち込んだ。

 これで奴等は背水の陣に勝手に置かれた。

 攻略できなかったらどうなるか、今から楽しみだ。

 俺が笑いを堪えていると、王太子殿下はフィアとルートに背を向け話しかけてくる。


「それでは、操縦をお願いします」

「はい。お任せ下さい」


 そして、王太子殿下は俺にキャンピングカーの運転を依頼すると、騎士二人を連れてキャンピングカーの中に入っていく。

 ちなみに、この大型キャンピングカーを運転するのは普通免許を持っている俺だ。


 なお、普通免許はこの国では通用しないし、許可も要らない。

 何故なら、この大型キャンピングカーを持っているのはこの国で俺だけなのだから。


 ポカンとした表情を浮かべながら、俺達が出発するのを見ているフィアとルートを残し、大型キャンピングカーに乗り込むと、俺はエンジンをかける。

 ちなみにこの大型キャンピングカーは、一台当たり五千万円の特注品だ。

 キャンピングカーと言ってはいるが、これはアメリカでいう所のモーターホーム。

 つまり、長期に渡って快適な生活ができる車両という事である。

 当然の事ながらキッチン、シャワー室、トイレは当然の如く完備。

 トイレはウォッシュレットだし、キッチンのコンロはIH。テレビもソファーもテーブルも揃えてある上、車外にある梯子を上ってバスの上に出れば、夜、満天の星空を楽しむ事もできる。

 更に冷蔵庫には元の世界で販売されている酒やレトルト食品。棚にはボードゲームやゲームなどもある。尚、テレビは電波が通じない上、言語が違うので、とりあえず、自分の好きなアニソンやら最新の曲なんかをBGM代わりに流している。


 本来、『ああああ』達の中から一人運転手を選ぼうと思ってこれを購入したのだが、奴等は揃いも揃って普通免許を取得していなかった。

 その理由を聞いて見た所、引き籠っていたから取得すら考えていなかった様だ。


 しかも、馬車は退屈なのでこのキャンピングカーでリージョン帝国に向かおうとした所、王太子殿下にバレてしまい護衛を兼ねて乗せていく事になってしまった。

 馬車の速度は精々、時速十キロメートル位なので、殆ど、徐行でリージョン帝国に向かう様なものだ。あまりに遅くて先が思いやられる。

 元の世界で、そんな速度で走れば即クラクションを鳴らされるレベルだ。


 王太子殿下には、一応、シャワー室やトイレ、ボードゲームの使い方等は教えておいたが、超心配である。

 騎士達も、武装を解かなければ窮屈なのか、最低限の武装に留め、キャンピングカーの運転をする俺をよそにボードゲームを楽しんでいる。

 何故か一緒に着いてきた協会長に至っては、冷蔵庫に入っている日本酒やワインを飲み始めた。フロントミラーに奴が浮かべる愉悦の表情が目に焼き付く。


 一応、転移組と冷蔵庫組への報復を兼ねた仕事だから受けてやったが、今、激しく後悔している。


 正直、お前等の接待する為に……運転手をする為にこの大型キャンピングカーを買った訳じゃねーぞと言った気分だ。夜になったら絶対飲み明かしてやる。

 次の日、飲酒運転扱いされない程度に……。


「しかし、暇だ……」


 まさか、大型キャンピングカーを徐行運転で運転する事になろうとは思いもしなかった。遅いな馬車……あともう十キロ位早く走れよという理不尽な気持ちが湧いてくる。

 だが、これも中々する事のできない体験だ。

 前後を馬車に挟まれリージョン帝国に大型キャンピングカーで向かうなんて機会は絶対ない。


 とはいえ、以前、リージョン帝国に行った時は、エレメンタルの背に乗って尋常じゃないスピードで行った為、数時間で到着できたが、このスピードでは無理そうだ。


 こうなったら、これも経費に付けよう。

 この大型キャンピングカーに掛った費用もすべて必要経費として計上しよう。

 まったく問題無い筈だ。

 だって、あいつ等、俺が運転する大型キャンピングカーの中で酒飲みながらゲームに興じているんだから……。


 俺の酒を飲み、食い散らかし、ゲームに興じているんだ。

 当然、経費だ。もはや護衛云々の話じゃない。

 もし経費だと認められなかったら国を滅ぼしてやる。


 冗談じゃないぞ?

 エレメンタル達が付いている俺ならできるからな?

 国の中心で上級エレメンタルを数体放てば、国は大混乱だ。

 冒険者や騎士にエレメンタルを討伐する事ができるかも怪しいものである。


 まあ、その分、転移組と冷蔵庫組の借金が増えると思えばマシなのか?


 そもそも俺は、転移組と冷蔵庫組をぶっ潰す為にここにいる。

 うん。そう考えれば、万々歳じゃないか。

 何ならこの大型キャンピングカーが壊れてくれれば、更なる絶望を奴等に与える事ができる。まあ、その場合、俺も絶望しそうだが、まだあと七台持っているからその辺りは大丈夫だ。保存用、観賞用、実用用、布教用に二台ずつ買ってある。


 ついでにだ。この大型キャンピングカーの後ろには、騎士専用のキャンピングトレーラーを引いている。


 これは、王太子殿下が他の騎士にもこの体験をさせて上げたいという我儘を言ったから仕方がなく実現して差し上げたものだ。

 もし、それを言ったのが王太子殿下でなかったらぶっ飛ばしている所である。


 まあ、これも悪い意味で、冷蔵庫組と冷蔵庫組に付ける事ができる経費という事だ。とはいえ、いきなりそんな場所に放り込まれた騎士達は何をどうしたらいいかわからないだろう。

 折角、恵まれた空間に居るというのに可哀相なものだ。

 でも、馬車よりかはマシなのでその辺りは我慢して欲しい。


 そんな事を考えながら徐行していると、急に行進が止まった。

 ゆっくりブレーキを踏みながら何があったのかを車越しに双眼鏡で確認すると、どうやら、前方にドラゴンが現れたらしい事がわかる。


「ドラゴンですか……。カケル殿はあれ等を倒す事はできますか?」


 とんでもない無茶振りだ

 もはや冷蔵庫に入っていたサワーをチェイサー代わりにワインを飲みながらいう酔っ払いの戯言と言ってもいい。

 頬をアルコールで赤くさせながら無茶ぶりを言う王太子殿下。

 しかし、ここで断る訳にはいかない。

 俺には、あの馬鹿共に天罰を喰らわせるという使命があるのだ。


 仕方がなく大型キャンピングカーのサイドブレーキを引くと、エンジンをかけたままドラゴンの前に降り立った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る