第146話 リージョン帝国への出立②

 転移組は、ゲーム世界に取り残されたプレイヤー達により構成される組織で、転移組のリーダーであるフィアが立ち上げ、副リーダーであるルートがそれを支えている。

 王との謁見を終え、馬車に乗り込んでから二時間。

 未だ出発する気配のない馬車に、転移組のリーダーであるフィアは苛立っていた。


「――おい。まだ出発しないのか……?」


 フィアの言葉に顔を引き攣らせる御者。

 転移組のリーダーであるフィアはルートと違い直情的な性格だ。苛立ちがそのまま表情に出る。


「は、はい。何分、王城前の道に馬車が密集しておりますので……先導役を務める冒険者協会の馬車が通れずにいま――」

「――早くしろと言っておけ!」

「は、はいっ!」


 フィアの叱責に馬車を飛び降りる御者。

 今、王城の目の前の道路は、転移組と冷蔵庫組が停めた馬車により通路が阻害され渋滞となっていた。

 馬車は冒険者協会を先頭に、王太子殿下、騎士団、転移組、冷蔵庫組の順に並んでリージョン帝国に向かう事になっている。


 しかし、現状、後発で出発する予定の転移組と冷蔵庫組の馬車が邪魔をして、冒険者協会の馬車が出発できずにいた。

 そんな事になっていると知らないフィアは苛立ちながらルートに話を振る。


「……なあ、ルート。何で、態々、馬車なんて時間のかかる交通手段を使ってリージョン帝国に向かわなきゃならないんだ? 俺達には、ムーブ・ユグドラシルがあるだろ?」


 ムーブ・ユグドラシル。それは、移動制限のかかっている転移門『ユグドラシル』を制限なしで使う事のできる国家間移動アイテム。緊急時等にダンジョン内から脱出する効果もあるアイテムだ。

 転移組の中で、フィアとルートの二人だけがそのムーブ・ユグドラシルを国から貸与されていた。

 フィアの言葉にルートは眉間に皴を寄せる。


「そのムーブ・ユグドラシルは回数制限のあるドロップ品だ。無限に使う事のできる課金アイテムじゃない……」

「だが、これがあれば今すぐにリージョン帝国に行けるじゃない――」

「――王太子殿下が馬車でリージョン帝国に向うのに俺達だけムーブ・ユグドラシルを使い楽してリージョン帝国に向かう気か?」


 お前、正気か?とでも言いたげな視線を向けると、フィアは「うっ……」と呟き押し黙る。

 国から貸与されたムーブ・ユグドラシルの使用制限は二回だけ、しかも、使用する毎に幾ら請求されるかわかったものではない。

 それでも、ムーブ・ユグドラシルを貸与され装備しているのは、緊急時、ダンジョンから逃れる為だ。


 上級ダンジョン『ドラゴンクレイ』の攻略については、呪いの装備を装着した借金奴隷が行ってくれるので問題ない。

 問題はその後に現れると予想されている特別ダンジョン『ユミル』だ。

 これについては、実装前にゲーム世界が現実となってしまった為、どの様なダンジョンなのか想像が付かない。


 だからこそ、万が一に備えてムーブ・ユグドラシルを貸与して頂いているのだ。

 当然、王太子殿下や冒険者協会の協会長もこれを身に付けている。

 たった数日、馬車に揺られていれば到着する様な場所に移動する為、使うようなものではない。


 その事を理解したのか、不貞腐れた表情を見せるフィア。

 直情的な男である。まあ、何を考えているのか分かりやすいとも言えるが……。


「……どの道、後一時間もすれば交通整理も終わる。今、渋滞してるのも王城前に馬車を着けてしまった俺達に問題があるからな」

「何っ? それじゃあ、こんなにも待たされているのは俺達のせいだって言うのか?」

「そう言っているだろ……」


 自分達の馬車が原因で渋滞しているのだ。

 窓の外から顔を出せばわかる事にも係わらず、どうやらフィアはその事を理解していなかったらしい。冷蔵庫組に言われるがまま王城前に馬車を着けたルートのミスでもある。


「とりあえず、今は待つしかないさ……」

「マジかよ……」

「ああ、マジだよ。何なら馬車が進むまでの間、馬車の外に出ているか? 時間はあるし、ちょっと位なら別に構わないぞ」


 ルートの言葉を聞き、フィアは目を輝かせる。


「いいのかっ!?」

「ああ、別に構わないさ」


 正直、相手をしているだけで疲れる。

 もちろん、口にはしない。心の中で思うだけだ。


「それじゃあ、ちょっと、外で羽を伸ばしてくるぜ!」

「ああ、但し、問題事だけは絶対に起こすなよ?」


 ここは王城の前。近くには王太子殿下の乗る馬車もある。

 無礼を働いたら物理的に首が飛びかねない。

 何故なら、この世界はゲーム世界ではなく現実世界になってしまったのだから。


 正直、王族と交渉するのだって大変だった。

 これまでの人生で王族や(親族や先生を除く)目上の人間と関わった事は一度もない。本来あり得ない事が、ゲーム世界が現実世界になった事で起きている。


「わかってるって! それじゃあなっ!」


 軽めの返事をするフィアに頭を悩ませるルート。

 本当にわかっているのかと問い質したくなってくる。


「まったく……」


 軽くため息を吐くと、ルートは馬車の中から外を眺める。

 視線の先には、意気揚々と駆け回るフィアの姿があった。


 本当に問題を起こさないか酷く心配ではあるが、ここでストレスを発散させておかないと、道中、何を仕出かすか想像も付かない。

 何しろ、数日もの間、馬車で生活を送らねばならないのだ。


 道中、休息を挟むとしてシャワーを浴びる事の出来ない馬車での生活が数日か……。考えるだけで嫌になる。しかも、衛生的な水洗トイレは無しだ。


 そういえば、王太子殿下はどの様な馬車でリージョン帝国に向かうつもりなのだろうか?


 ちょっとした興味本位で王太子殿下の乗る馬車に視線を向ける。

 すると、そこにはこの世界にある筈のない乗り物が置いてあった。


 その乗り物は全長十メートルのバスタイプの大型キャンピングカー。

 キャンピングカーとは、ベッドやキッチンなどがついた寝泊まりができる車の事を表す。


 な、なんでそんなキャンピングカーがこんな所に……。

 どう考えても元の世界の物だろっ!?

 それとも何か?

 いつの間にか、ゲーム世界にもキャンピングカーという概念が実装されたのか?

 周りは馬車ばかりなのにっ??


 そんな事を考えていると、聞き覚えのある声が聞こえてくる。


『おいっ! 誰かは知らないが、その乗り物に俺も乗せろっ! お前等だけずるいぞっ!』


 その声を聞いた瞬間、俺は頭を抱えた。

 フィアの奴が早速、問題事を起こした様だ。


 ◇◆◇


「あ、あれは……まさかっ……」


 馬車を降りてすぐ、転移組のリーダーであるフィアは驚きの表情を浮かべた。何故ならば、馬車を降りてすぐの所に大型のキャンピングカーが置かれていた為だ。


 自分の目が間違っていなければ、あれは間違いなくキャンピングカー。

 何でこんな所にキャンピングカーが、と疑問に思うが、頭より先に体が勝手に動いた。


「おいっ! これは誰の物だ? 誰が乗っている!」


 キャンピングカーの見張りにそう声をかけるも、見張りは口を閉ざしたままフィアの行く先を妨害してくる。


 見張りが激しく邪魔だ。

 フィアは声を荒げる。


「おいっ! 誰かは知らないが、その乗り物に俺も乗せろっ! お前等だけずるいぞっ!」


 指の先をビシッとキャンピングカーに向けてそう言うも、見張りに冷めた視線を向けられる。

 本当に見張りが邪魔だ。

 しかし、ここで見張りを押しのける訳にはいかない。

 転移組のリーダーであるフィアが本気になれば、こんな見張り如き簡単に突破する事ができる。だが、それをやってしまえば、無用な軋轢を生む事になる。


 その一方で、フィアには数日間も馬車に揺られていたくないという思いもあった。

 トイレもシャワーも寝る場所もない馬車に数日いるなんて正直御免だ。

 ルートの一言がなければ、ムーブ・ユグドラシルの力を使い先にリージョン帝国に向かっていた所である。

 しかし、ムーブ・ユグドラシルは貸与品。王太子殿下が馬車でリージョン帝国に向かう事を選択した以上、転移組のリーダーであるフィアも同様の選択をしなくてはならない。


「おい。俺の話を聞いているのかっ! 俺もその乗り物に乗せろっ! 俺は転移組のリーダー、フィア様だぞっ!」


 そう言い放つと、キャンピングカーのドアが開いた。

『転移組のリーダー』この一言に効果があったらしい。


 キャンピングカーからは、普通の武器と普通の防具を身に付けた普通の男が現れた。髪色は黒髪でNPCではないと一目でわかる。

 男はフィンに視線を向けると、次いで、車内に声をかけた。


「この人がこれに乗せろと言っていますが、いかが致しますか? 王太子殿下?」

「はっ?」


 何故、王太子殿下という一言が出てきたのか分からず、ポカンとしていると、車内から王太子殿下張本人が現れる。

 どうやら王太子殿下がキャンピングカーに乗っていたらしい。


 これは拙い事になったと、顔を顰めていると、王太子殿下がフィンに声をかける。


「……確か、転移組のリーダー、フィアと名乗りましたね?」

「はい。そうです」


 王太子殿下まさかの登場につい丁寧な言葉を発してしまうフィン。

 そんなフィンを見て王太子殿下がクスリと笑う。


「先ほどは随分と尊大な態度を取っていたみたいですが、それはこのキャンピングカーに乗っていた私に対して言った言葉ですか?」

「い、いえ、それは違います!」

「では、どなたに対して言った言葉なのでしょうか?」

「そ、それは……」


 突然の出来事に弁解の言葉が思い付かない。

 言葉を濁し、言い淀んでいると背後から声がかかる。


「こ、こんな所にいましたか――」


 後ろを振り返るとそこには、転移組の副リーダー、ルートの姿があった。

 駆け足で来た所を見るに、フィアの尊大な声を聞いて急いで駆け付けたであろうことが見て取れる。


 ルートはフィアの隣に着くと、フィアの頭を片手で地面に向かって押し込み謝罪した。


「――申し訳ございませんでした! 今の失言をどうかお許し下さい! 反省しております!」


 ルート、突然の謝罪にポカンとした表情を浮かべる男と王太子殿下。

 フィアに至っては、何故、自分が謝罪させられているのか分からずジタバタしている様にしか見えない。


「ジタバタと足掻いている様に見えますが?」


 ニコリと笑ってそう指摘すると、ルートは顔を青褪めさせた。

 当然、フィアもだ。

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