第145話 その頃のアメイジング・コーポレーション/リージョン帝国への出立

 しかし、上場を維持したとしても、アメイジング・コーポレーションの評判やブランドはズタズタ。これから再起できるとは思えない。

 ついでに言わせて貰うと、今、私に与えられた地位は、西木社長により保証されている。その西木社長が代表取締役職から解任されれば、西木社長を優遇し、他の社員を冷遇していた私もお終いだ。


 この年になっては転職するのも難しい。

 もしかしたら、西木社長と共に不祥事の責任を取らされ解雇される可能性もある。


 しかし、もう何ともなりそうにない。

 小田原監査等委員は言っていた。

『第三者委員会の再立上げに反対の立場を取らせてもらう』と……。

『役員全員にも話は通しておいた』ともだ……。


 これでは、稟議を上げた所で否認されるのが落ちである。

 このままでは次の取締役会で私と西木社長の進退が決まってしまう。


 私が生き残る為には、西木社長の案に乗るしかない。


「……西木社長に報告しよう」


 この事を報告すれば、西木社長は大変お怒りになるだろう。

 しかし、このまま何もせず取締役会を迎え、解雇されるのだけは御免だ。


 小田原監査等委員は、『西木社長が代表取締役から退く事。これはもう決定事項だ』と言っていた。

 つまり、これは役員の全員が緊急動議に賛成したという事に他ならない。


 しかし、取締役の過半数を抑えればまだ可能性はある。

 西木社長がそのポテンシャルを遺憾なく発揮し、取締役の心を動かす事ができれば何とかなる筈だ。

 そう考えた私は、西木社長にこの事を進言する為、社長室に向かった。


 ◇◆◇


 社長室に向かうまでは……向かってから西木社長に社内クーデターが起きている事を伝えたまでは良かった。

 しかし、その後の西木社長の役員に対する態度が最悪だった。


「――なんだ君達はっ! こそこそ隠れて、不意打ちでこのボクを代表取締役から解任しようだなんてね。とんでもない反逆行為だよっ! 友愛商事からの出向役員である小田原君に何を言われたか知らんがね。ボクが代表取締役を解任されれば大変な事になるぞ? この会社はもうお終いだ。それがわかっているのかっ!!」


 西木社長の叱責に動揺する役員達(出向役員を除く)。

 私自身も驚いている。

 まさか、直接取締役に内線をかけ社長室に今すぐ来るようにと申し付け説教するとは思いもしなかった。


「し、しかし、西木社長。ここで第三者委員会の調査報告書を監査法人に……」

「だから駄目なんだっ! 取締役として大局がまったく見えていない! 君達は本当に取締役か? 取締役としての自覚があるのか? えっ? 何か言ってみたらどうだっ! 何か言ってみたらどうなんだね! ええっ!?」


『今、監査法人に調査報告書を渡し、必要な対応を取らなければ、時間切れになり上場廃止になってしまいますよ』という至極真っ当な意見を言おうとした取締役の言葉を『だから駄目なんだ』という第三者委員会の調査報告書に認定されたパワハラワードを使い真っ二つに切り捨てる西木社長。


 もう何を言っても無駄だという空気が流れる中、西木社長は更に声を荒げる。


「……石田君。見てみろよ。このボクが取締役としての自覚があるか聞いてみればこれだ。『はい。あります』のたった一言すら言えない。やはりね。彼等は取締役失格だよっ! 取締役としての自覚なんて何もないじゃないか!」


 いえ、それは多分、何を言っても無駄だと思っているから何も言わないんだと思います……。

 しかし、そんな事は口が裂けても言えないので、私は神妙な顔をして頷くだけに留めておいた。


「いいか? 君達の今のポジションは誰が就けてやったと思っている! 友愛商事のくだらん社外役員か? 小田原君なのか? 違うだろ。このボクだ。このボクが君達を取締役にしてやったんじゃないかっ! その恩を仇で返すなんてね。冗談じゃないよっ!」


 一頻り怒鳴ると、西木社長が私の名前を呼ぶ。


「……石田管理本部長。彼等にあれを渡してやってくれ」

「はい」


 私はそう返事を返すと、取締役一人一人に『念書』と書かれた紙を渡していく。


「――西木社長。これは?」

「決まっているだろ。念書だよ。君達は信用ならないからな。その念書にサインするまでこの部屋から出る事は許さんぞ?」


 念書とは、法的な拘束力や強制力の全く無い約束した事を証明するただそれだけの書類。そんな書類に何故、署名させるのか?

 それは、この書類に署名させ、西木社長に反逆する小田原監査等委員に彼等は皆、自分の意思でこの書類にサインしましたよと、その証明に使う為。

 簡単に言えば、反逆する取締役達に不和を生む為だ。


 とはいえ、その事に気付くものは誰もいない。

『取締役会で小田原監査等委員の緊急動議に反対します』と書かれた念書にサインすると取締役の内、数名は社長室から出て行く。

 社長室に残った取締役達は西木社長と私を睨み付けるだけでペンすら持とうとしない。


「なんだ君達。念書にサインしないなら、こっちも容赦はしないぞ?」


 その言葉を聞き、無言で念書にサインする役員達。

 しかし、役員達の目を見れば一発でわかる。

 乱暴にペンを置き社長室を出て行く役員達の背中を見て私はため息を吐く。


「いや、それにしても酷い。取締役としての自覚を持っている奴は誰もいないようだ。だがまあ、これで緊急動議は回避されたも同然。石田君。彼等の不穏な動きを察知し報告するとは、流石、管理本部長だ。やはり、ボクの後を継ぐのは君しかいない。次の取締役会で君を役員に上げ、翌年の株主総会でボクが社長に任命させて貰うよ。何、君が社長になって数年はボクも代表取締役会長となってフォローするから大船に乗った気分でいたまえ。とりあえず、今回はよくやってくれた」

「は、はい……ありがとうございます」


 そう返事をして社長室を出ると、私は脱力感に襲われた。


 お、終わった……。

 こんな事になるなら西木社長に言わなければよかった。


 取締役を社長室に一挙に集め、恫喝して念書を書かせるなんて、まさかそんな頭の悪い事をするとは思いもしなかったのだ。こうなってはもうお終いだ。

 一人一人の役員を呼んで念書を書かせたのであれば、この圧倒的苦境も何とかなったかもしれない。しかし、(社外役員を除く)すべての役員を集めて念書を書かせては効果は半減するばかり……。むしろ、一致団結して代表取締役から降ろしにかかるだろう。

 万が一、念書が効果を発揮し、仮に今回だけは何とか助かっても、次に待っているのは沈みゆく会社の尻拭い……。

 西木社長が代表取締役会長に就き、私が社長になるだなんて、そんなの強制的に泥船に乗船させられ大海に出るのと何ら変わらない。ただの自殺行為だ。


 どっちも地獄。

 まさか、そんな状況に追われるとは思いもしなかった。


 とはいえ、もう結果はわかりきっている。

 私は自分のデスクに戻ると、転職サイトを検索し、転職先を探す所から始める事にした。


 ◇◆◇


 翌日、遠征の準備をし、王城に向かうとそこには多くの馬車と兵士が整列していた。馬車から降り王城へ向かうと、冷蔵庫組の若頭リフリ・ジレイターが話しかけてくる。


「これはこれは、転移組の副リーダー、ルートではありませんか」

「ああ、先日はどうも。今回は協力し、上級ダンジョンの攻略をしましょう」

「ええ、もちろん」


 俺達は互いに握手をすると、手に思い切り力を入れる。

 ぐっ、力は互角のようだ。流石は腐っても広域暴力団の若頭。


「……まあ、挨拶はこの位にしておきましょう。まずは、私に付いてきなさい」

「ああっ……」


 気に食わない相手ではあるが、協定を結んでいる以上、無視する訳にはいかない。

 リフリ・ジレイターについて行くと、王城内にある王の間へと案内される。


「それじゃあ、通して頂戴」


 リフリ・ジレイターが王の間を守っている兵士にそう言うと、兵士は扉をノックし、確認を取ってから扉を開く。


「リフリ・ジレイター様、ルート様が参られました」

「ああ、通せ……」


 王の間に入ると、王座に座っていたセントラル王国の国王、ガルズ王と目が合った。王座の前には、冒険者協会の協会長もいる。隣にいるのは誰だ?

 首を傾げていると、ガルズ王が声をかけてくる。


「おお、リフリ・ジレイタ―殿、ルート殿。よくぞ参った。それで、リージョン帝国の上級ダンジョン『ドラゴンクレイ』を攻略する目途が立ったと聞いたが、本当に大丈夫なのか?」

「ええ、その通り、私達にお任せ下さい。リージョン帝国の上級ダンジョン『ドラゴンクレイ』を攻略できるのは私達を置いて他におりません」


 リフリ・ジレイタ―が恭しくそう言うと、ガルズ王が軽く頷く。


「そうか、それは素晴らしい。聞いたなルーズ」

「はい。お父様」


 ガルズ王の隣にいる人物はどうやら近親者らしい。


「そういえば、ルート殿にはまだ紹介していなかったな。これは私の息子だ。ルーズ。自己紹介を……」


 ガルズ王がそう促すと、ルーズ王太子殿下は胸に手を当て名を名乗る。


「はい。私はルーズ……。ルーズ・セントラルです。皆様の事はお父様よりお聞きしております。なんでも、上級ダンジョン『ドラゴンクレイ』を攻略できるほどの強大な戦力をお持ちだとか……今回はお父様に代わり上級ダンジョン攻略に付き添わせて頂きますので、どうぞ、よろしくお願い申し上げます」


 ルーズ王太子殿下が軽く頭を下げたのを見て、俺も慌てて頭を下げる。

 なるほど、今回、セントラル王国は、王太子殿下を上級ダンジョン攻略の見届け人とするらしい。


 その後、行われた打合せにより、セントラル王国からは見届け人として王太子殿下と宰相が出され、その護衛として数名の騎士が着いてくるらしい事がわかった。

 冒険者協会からも二十名ほどAランク以上の冒険者が王太子殿下の護衛に就くらしい。

 まあ、騎士より冒険者の方がレベルが高いので護衛として付けるのは納得だ。

 リージョン帝国からも騎士が出るらしいが、この騎士も上級ダンジョン攻略の見届け人。

 上級ダンジョン『ドラゴンクレイ』の攻略は完全に俺達任せとなっている。

 責任は重大だ。


『無いとは思うが』という補足有りで、万が一、上級ダンジョン『ドラゴンクレイ』が攻略できなかった場合の説明もあった。

 万が一、上級ダンジョン『ドラゴンクレイ』の攻略に失敗した場合は、この遠征に係るすべての費用を冷蔵庫組と転移組で二分するようにとの事だ。


 この遠征に係る費用は莫大だ。

 何せセントラル王国とリージョン帝国の二ヵ国。

 そして、王太子殿下とその護衛にAランク以上の冒険者が二十名も出ている。

 新しい世界が解放されるとあって、非常に関心が高い。


 その一方で、万が一、攻略できなかった場合、天文学的金額を支払う事になる。

 それこそ、転移組と冷蔵庫組では到底支払う事が出来ないほどの金額をだ。


 しかし、今回に限っては心配は無用。

 何せ俺達には、上級ダンジョンを攻略した事のある借金奴隷達が付いている。

 俺達、転移組と冷蔵庫組が総動員で挑む以上、上級ダンジョン攻略なんて楽勝だ。


「それでは、良い報告を待っているぞ」

「「はい。お任せ下さい」」


 ガルズ王にそう告げると、俺達は王城を後にし、馬車に乗り込んだ。

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