第279話 俺を敵に回さなければ、すべてを失わずに済んだものを……①
「はい。それでは、その条件でお願いします」
そう言って電話を切ると、俺はホームページに掲載されている公益財団法人アース・ブリッジ協会の代表理事、長谷川の華々しい経歴を見ながらほくそ笑む。
馬鹿な奴だ。俺を敵に回さなければ、すべてを失わずに済んだものを……
どうやらこの男には、破滅願望があるらしい。
大学卒業後、資産家である両親が死亡。表向きは、死んだ両親の遺志を継ぎ持続的な社会の実現を目指す人々の架け橋となるべく活動の支援や地球環境の保全に関する事業を行う事を目的として一般財団法人を設立。まあ、実際は、相続税対策で一般財団法人を立ち上げ、中国によるレアメタル輸出規制を機に機運が高まり、著名人や天下り受け入れと同時期に公益認定を受け今に至ると、まあそんな所か……
この公益財団法人アース・ブリッジ協会……公認認定されているからには、まともに会計が行われていると思いきや、マトモだったのは最初だけで、公益認定以降、計算書類に不整合な点が多くみられ、その中身も杜撰極まるものだった。
エレメンタルを動員し、調査した所、使用目的不明の経費が多数見つかり、長谷川代表理事子飼いの評議員が代表を務める一般社団法人に対し独断で金銭の無償貸与している事が発覚。
使用目的不明の経費は、恐らく経費精算の際、架空の領収証で申請しているのだろう。領収証の数字が明らかにおかしい。改竄されていると見て間違いない。そして、そこで詐取した使途不明金は評議員買収に使われている様だ。
理事長報酬は、約二千万円。税金や社会保険料が諸々引かれ手取り一千三百万円程度……。
あの長谷川が、自分の地位を守る為、ポケットマネーから金を出すとは思えない。
出すなら私物化している公益財団法人の金から出す筈だ。経理を担当している社員とは随分、仲が良い様だしな。
しかし、これなら何の問題なくあいつ等を追い出す事が出来そうだ。
俺は粘着質なんでね……。売られた喧嘩は買うし、やられたらもう二度と再起できぬ様、徹底的にやり返す。千倍返しだ。
俺が即興で考えた団体の名称を変えろだの、株式会社へ商号変更し株式の過半数を寄越せだの、馬鹿みたいな団体名を付けたのは誰だ、など……公益財団法人の代表理事風情が何様のつもりだ? 俺を侮辱するのもいい加減にしろよ。
税務上の優遇措置を受けるだけに留まらず、国や地方公共団体から受け取った補助金や助成金を私的流用し、自分の地位を守る為に利用するクズが……公益財団法人アース・ブリッジ協会がこれまで国や地方公共団体から受け取った補助金や助成金を利息上乗せした上で全額返納し、納税者全員に泣いて詫びろ。公金を私的流用するなんて人格破綻者のやる事だぞ?
国や地方自治体も同様だ。俺達から搾り取るだけ搾り取った血税を何、こんな会計がデタラメな非営利法人なんかにばら撒くんじゃねーよ。
その金は、ゴミ見てーな適当な会計報告しかしない非営利法人にばら撒く為の金でも、適当に扱っていい金でもねーんだよ。活動家の資金に流用するなんて以ての外だ。
もっとしっかり仕事しろ。バランスシートのバランスが取れていない。消費税が何故か経費計上されている。経費計上の金額が異常。一目見りゃあこんなの誰だって分かんだろ。
これを元に補助金の支給を決定している役人は馬鹿ばかりか?
これを見て、何とも思わない公益財団法人アース・ブリッジ協会の評議員と理事も同様だ。当事者意識が無さ過ぎる。
頭がクラクラしてきた。やっぱり、非営利法人は一度すべて解体した方がいい。補助金不正も無くなるし、変な活動家もいなくなる。良い事尽くめだ。浮いた金を行政に回した方がまだ健全である。
元経理として常日頃から思うんだよね。
経理は他人や会社の金と、自分の金との区別がつく人間以外、就いてはならない職種だと……経理よりマクロな視点の経営者や非営利法人も同様だ。
国や地方自治体から支出される補助金や助成金は、国や地方自治体が増税にあえぐ国民から毟り取った血税が原資。
補助金を申請し、受け取る以上、当然、厳格な運用が求められる。
補助金適正化法があるから大丈夫とか何とか言っている馬鹿を偶にSNSで見かけるが、今、行われている不正を未然に防げてない時点で意味がねーんだよ。
特に非営利法人に対するチェック機能、ガバガバじゃねーか。これ、補助金を支給する事が目的となっていてチェックする気、全然ないだろ。寝言は寝てから夢の中で言え。頭ん中、お花畑で一杯なんだから一生夢の中で生きろ。現実世界に戻って来るな。崇高な理念に基づき行っているのか何なのか知らないが、血税毟っといて、当たり前の会計報告ができないクソみたいな法人は営利非営利に関わらず全部滅べ。
文句ばかりで補助金を貰う事を当たり前だと思っている様な非常識な非営利法人より大企業が節税、イメージアップ目的に立ち上げた財団法人の方がよっぽどマシだ。少なくとも、私達は行政がやらない事を代わりにやってやっているなんて血税貰って当たり前みたいな馬鹿面下げて補助金申請している訳ではない。
そんなに慈善活動したけりゃ補助金に頼らず、普通の会社で働いて、会社終わりか休日に自分の金を使って活動しろ。税金は、国や地方自治体が汗水垂らして働いている労働者の金をまるで雑巾を絞るかの様に絞り上げた先にあるもの。無限に湧いて出てくる打ち出の小槌じゃねーんだよ。
現在、非営利法人は株式会社、合同会社に次ぎ三番目の規模で毎年三千社づつ増え続けている。この国がもし税金も碌に払わない理念だけは崇高な補助金、寄付金頼りの非営利法人だらけになったら本当に終わるぞ?
まるでガン細胞。この民主主義国家を社会主義国家にでもするつもりか?
とはいえ、環境活動家の白石が裏から手を回し、都知事を動かしてくれたお陰で、公益財団法人アース・ブリッジ協会にも利用価値ができたのもまた事実。協会の認定を貰えは、宝くじ研究会を狙い撃ちしたレアメタル税条例の影響を軽減できる。この際だ。存分に利用させて貰おうじゃないか……。
少なくとも、俺なら公益財団法人アース・ブリッジ協会という公金に集るダニより公金を有意義に使う事ができる。
何せ、レアメタル税条例は俺の任意団体を狙い撃ちにした条例。巻き添えを喰らって、環境エコ認定マークの取得を強要されるレアメタル事業者も出てくるだろうが、そいつ等には、補助金という形で帰してやればいい。
どうせ、形だけやっています感を出す為だけに、レアメタル税を利用されるんだ。
だったら、まだ返却した方がマシというもの……
何の生産性もない議論をするだけの、評議員と理事に徴収された税金が流れる方が公益に反する。
「……楽しくなってきたな。次の理事会が楽しみだ」
そう呟くと、俺は、任意団体宝くじ研究会レアメタル事業部を法人化する為の書類と、署名欄を空白にした株式譲渡契約書にサインすると、それを切手付きの封筒に入れポストへと向かった。
もう一通、環境活動団体『環境問題をみんなで考え地球の未来を支える会』の発起人、白石美穂子宛の封筒を携えて……。
◇◆◇
環境活動団体『環境問題をみんなで考え地球の未来を支える会』の発起人、白石美穂子は、匿名で送られてきた封筒を手に持ち、公益財団法人アース・ブリッジ協会の入っているビルに視線を向けるとほくそ笑む。
「いよいよね……」
本日は快晴。雲一つない、良い天気だ。
私が公益財団法人アース・ブリッジ協会の理事として新しい一歩を踏み出すのに相応しい。
思えばここまで色々な事があった。
大学で環境活動団体を立ち上げ、民社党応援の下、環境活動家として社会活動に勤しみ、政治活動にも精を出す。
その過程で多少の問題事はあったものの、概ね、私の思う通りに人生が進んでいる。
「……長かったわ」
本当に、本当に長かった。
これでようやく次のステージに立てる。
エントランスを通り、エレベーターに乗り込むと、公益財団法人アース・ブリッジ協会が入っている階層のボタンを押す。
まずはこの公益財団法人を足掛かりとして、コンゴで暮らすすべての子供達が日本で安心して暮らせる社会を構築する為に、外国人差別が世界一深刻な東京都から変えていこう。
私が都知事に働きかけ制定したレアメタル税条例……公益財団法人アース・ブリッジ協会に集まる莫大な金があれば、きっとそれができる筈だ。
国籍や在留資格の有無を理由に差別し、今、命の危機に直面しているコンゴの子供達を救わないなんて人道的に見ておかしい。
変えて行かねばならない。変わらなければならない。
そして、ゆくゆくはコンゴの子供達を難民として日本に呼び寄せ、子供達が日本人と同じ権利を持ち、安全で普通の生活を送れる様に社会を変える。
レアメタル税条例で徴収した金は、今、レアメタルに苦しめられている子供達の為に使うべきだ。
エレベーターが開き、ホールに一歩足を踏み入れると、公益財団法人アース・ブリッジ協会の職員が待っていた。
「――おはようございます。白石様ですね? お待ちしておりました」
「おはよう。今日はよろしくね。ああ、その前に、理事長にお会いしたいのだけれども……」
新しい理事として現理事長に挨拶位はしなくちゃね。理事長退任の挨拶を……。
「はい。理事長に確認を取ってまいりますので、少々、お待ち下さいませ」
「ええ、待たせて頂くわ」
私の理事就任は評議会終了後。そして、理事会は評議会が終わった直後に新しく任命された理事によって行われる。理事長を解任に追い込むには、今、この時を以て他にない。
理事長への面談確認を終えた職員が戻ってくる。
「お待たせ致しました。理事長がお待ちです。どうぞこちらへ」
どうやら理事長は会議室で待っているらしい。会議室の扉を叩くと、扉を開け中に入るように促してきた。
「――失礼致します」
「おお、白石君じゃあないか。待っていたよ」
「ええ、ご無沙汰しております」
理事長である長谷川と他愛のない挨拶をしている内に、職員が部屋から去っていく。それを横目で見届けると、私は深い笑みを浮かべた。
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