第280話 俺を敵に回さなければ、すべてを失わずに済んだものを……②
「さて、邪魔者が去った所で本題に移りましょうか……」
そう言って、持っている封筒から書類を取り出すと長谷川は目を細める。
「――なんだね……その書類は?」
「……ああ、これですか? ご自分の目で確認してみては如何です?」
持っていた書類を封筒に入れ長谷川の前に置くと、長谷川は書類を手に取り険しい表情を浮かべる。
「――君は……これをどこで……」
「さあ、どこでしょう?」
この封筒には、長谷川が自分の地位を守る為、行った公金私的流用の証拠が入っている。
長谷川も誰がこんな裏切り行為をしたのか知りたい所だろう。だが残念。私自身も誰が告発したか知らない。でも、告発とはそういうもの。大体の告発は匿名で行われる。
当然だ。誰しも告発した後に降りかかる面倒事に係りたくはない。
しかし、今回に限って話は別。
長谷川は、手にした書類を封筒ごと握り潰すと、私を睨み付けてくる。
「――君はこの私を裏切るつもりか? 理事になれる様、手配してやったこの私を……!」
はあ? 理事になれる様、手配してやった?
何を馬鹿な事を……それは、私が協力してやった見返りだろ?
流石は公益財団法人に巣食う老害だ。
長年に渡って理事長ポストに居座り、若手の活躍を妨げる害悪。思い上がりも甚だしい。
しかし、私はそんな思いをひた隠し、首を振って答える。
「――この私が裏切る? とんでもない。私はこのアース・ブリッジ協会の事を思って言っているのです。公益財団法人に係らず、公金の私的流用は明確な犯罪行為。もしこの事が公になれば、その影響は計り知れません。支援者からの会費・寄付金の打ち切りはもちろん、公益認定取消もあり得ます。アース・ブリッジ協会が無くなってしまうかもしれないのですよ? 理事として協会の心配をするのは当然の事ではありませんか……」
事実、不祥事が直接の原因となり公益認定取消となった法人はいくつもある。
お前が協会内でやっていた公金の私的流用はその最たる例だ。
「――ふん。白々しい。それで、君の要求は何だね……」
そんな事は最初から決まっている。老害は今すぐ、この協会から消えろ。
いつまで理事長気分でいるつもりだ。このアース・ブリッジ協会は、私の物。さっさとその地位を明け渡せよ、老害クソ爺――と、自分の事を棚に上げ要求する。
「……私の要求は一つだけ。これから行われる理事会で私を理事長に推薦した後、理事を退任して頂きたいのです。あなたをアース・ブリッジ協会の理事長にしておくのはデメリットしかありませんので……」
そう要求すると、長谷川はヤレヤレと言わんばかりに首を横に振る。
「……話にならんな。こんなデマをどこから拾ってきたのか知らんが、私が公金を私的流用している? あり得ぬよ。陰謀論も甚だしい。事務作業はすべて職員に任せている。できる筈がない」
「またまた、ご冗談を……経理を担当している職員は理事長の身内でしょう? 証拠もあります。言い逃れできませんよ」
笑顔を浮かべそう言うと、長谷川はまるで人を射殺しそうな視線を私に向け、テーブルを叩いた。
――バンッ!
「――いい加減にしたまえ! 証拠なんて簡単に捏造できる。女狐め……最初から私の協会を乗っ取る事が目的だったか……!」
女狐?
古狸がよく言う。
「……こちらとしては、穏便に話を進めたかったのですが……女狐呼ばわりは、流石に聞き捨てなりませんね。何なら出る所に出て白黒ハッキリさせてもいいんですよ? 狸爺……」
視線と視線の間に火花が散る。
証拠はすべて保全してある。短い期間であったが、裏も取れた。私が引く理由は一片たりとも存在しない。
「ふん。白黒ハッキリされて困るのは君の方だろう」
すると、長谷川は引き出しに手を伸ばし、中から書類を取り出し、私に見えるようテーブルへとそれを置く。
「――こ、これは……」
それを見た私は顔を歪める。
テーブルに置かれた書類の名称は調査報告書。恐らく、探偵事務所に私の調査を依頼したのだろう。
長谷川は苦々しい表情を浮かべる私に対し、探る様に問いかけてきた。
「――調べさせて貰ったが、君の運営する法人は暴力団員と付き合いがある様だな。これが世間にバレたら拙いんじゃあないか? そもそも、そんな人物が公益財団法人の理事長を務めるのは問題だと私は思うのだがね?」
くっ、この糞爺……!
確かに、国や地方自治体から補助金や助成金を貰っている手前、暴力団員と付き合いがある事をバラされるのは拙い。しかし、これは不可抗力。私が望んで付き合っている訳ではない。正直、切れるものなら今すぐにでも関係を切りたい位だ。だが、今、ここで弱みを見せるのはもっと拙い。
「――それがどうしたというのです? 暴力団員と付き合いがある事自体は法的に何の問題もありません。問題があるというのであれば、直接彼らに聞いてみますか? 理事長が望むのであれば、今すぐにでも彼らを呼んでも構いませんけど?」
自信満々な表情を浮かべ、スマホを手に取り電話をかける素振りを見せ恫喝すると、長谷川は驚いた表情を浮かべる。
私に暴力団員との個人的な繋がりはない。
当然、電話番号も知らないし、知っていたとしても暴力団員が私の為に動く事はまずないだろう。
しかし、その事を知らない理事長には効果覿面な筈。
「……暴力団員と関係がある事を認めるんだな?」
「ええ、それがどうかしましたか? 何か問題でも?」
どう考えても問題しかないが、ここで弱みを握られる位ならこの意見を押し通す。それしか、私に活路を見出す術はない。
自信満々にそう言うと、まさか、そんな反応が返ってくると思っていなかったのか、長谷川は苦い表情を浮かべた。
「……国や地方自治体から補助金を貰う際、暴力団等排除に関する誓約書を書かされる筈だが? それでも、問題ないと言い張る気かね?」
問題ない訳がないだろう。あるに決まっている。
しかし、それを認める訳にはいかない。
万が一、それが世間に発覚すれば、支給された補助金全額返還もあり得る。裏金を失った今、補助金全額返還を命じられたら私はお終いだ。
「ええ、まったく問題ありません。むしろ、私は理事長の身の安全が心配です。理事長もご存じの通り、私の法人は反社会的勢力と繋がりがあります。もし理事長が彼等の資金源を潰そうものならどうなる事か……」
理事長個人に不慮の事故が起こる可能性もある。
反社会的勢力との繋がりをアピールすると、長谷川は警戒心を露わに呟いた。
「……君は、この私を脅迫するのか?」
「いえ、そんなつもりは毛頭ございません。あくまで可能性の話……私は理事長の身の安全を心配しているのです」
「君は、仮にも非営利法人の代表だろう……人を恫喝する様な真似をして恥ずかしくないのか……!」
「社会的に弱い立場にある人達に寄り添いながら、課題解決に取り組むのが非営利法人を運営する私の役目。理事長の心配をする事のどこに問題が?」
皮肉を込めて言ったが、そもそも、お前は社会的弱者じゃない。強者だ。
弱者が強者を恫喝して何が悪い。弱者は強者に何をしても許される。
むしろ特別扱いされるべきだ。
自信満々にそう言うと、長谷川は口を噤む。
ぐうの音も出ないらしい。
どの道、遅かれ早かれ理事長の座は私が貰い受ける事になっていた。
悔しがる事はない。すべては予定調和。理事長辞任が早いか遅いかだけの話だ。
「――まあ、曲がりなりにも理事長は協会を盛り上げてきた功労者。もし私が理事長になったら暫くの間、協会に置いて……」
差し上げますよ。私的流用したお金を全額、私の協会に返還して頂かなくてはなりませんからね。公的資金の私的流用が世間にバレて公益認定取り消しになっても困りますし……。
そう、言おうとすると、突然、会議室にノック音が響く。
ガチャッと扉が開く音と共に入室してきた男を見て、私は顔を強張らせた。
「あ、あなたは、宝くじ研究会の……な、何故、あなたがここに……」
目の前には、この場にいる筈のない宝くじ研究会レアメタル事業部の代表、高橋翔がいる。高橋翔は、理事長に視線を向けると、呟く様に言う。
「何でって、言われても……補欠理事にならないかと、公益財団法人アース・ブリッジ協会(の評議員)から打診を受けたからですけど?」
その言葉を聞き、私は長谷川を睨み付ける。
「――理事長……これはどういう事です? 何故、彼がここに……」
「し、知らん。私が呼ぶ訳がないだろう。こんな男を……」
長谷川も私と同様に顔を強張らせている。
どうやら、長谷川も高橋翔が今日、この場に来る事を知らなかった様だ。
高橋翔は憎たらしい笑みを浮かべると、会議室に置いてあるモニターに視線を向けた。
モニターには、これから行われる評議会の様子がリアルタイムで配信されている。
これは、書記が評議会の内容を議事録に残す為、ウェブ会議ツールを使用して会議を傍聴できる様に設定したもの。
議事録用なのでカメラもマイクも設置しておらず、あちら側にこちらの声が漏れる心配もない。
何を馬鹿な事をと、呆れた表情を浮かべていると、モニター越しに映る評議員全員が視線を向けてきた。
『……理事長。これは、一体どういう事ですかな?』
『長谷川君。君は暴力団員関係者と関わり合いがある事を知って、彼女を理事に推薦したのか!』
『協会の金を私的流用とは、どういう事だ!?』
『これは、看過する事のできない重大な問題ですな……』
「なぁ……! 馬鹿なっ!? この部屋にはカメラもマイクも設置していない筈……なのに、何故……!?」
狼狽える長谷川を見て、高橋翔は惚けた表情を浮かべる。
「最近の会議用ディスプレイには、ウェブカメラが内蔵されていますからね。内蔵カメラよりも外付けのウェブカメラの方が性能が高いので、協会では、外付けカメラを利用していたみたいですけど、ここのアイコンが点滅しているという事は誰かが間違って設定してしまったのでしょう」
「――だ、誰がそんな設定を……」
長谷川がハッとした表情を浮かべる。
「ま、まさか、貴様が……!」
そう呟くと、高橋翔は不敵な笑みを浮かべた。
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