第281話 俺を敵に回さなければ、すべてを失わずに済んだものを……③

 大正解。聞けば、この部屋は書記が議事録を作成する為に利用している見たいじゃないか。だから、設定させて貰った。補欠理事として誰よりも早く来社し、評議員や理事の待合室としても利用されているこの部屋の会議用ディスプレイの内蔵カメラとマイクをオンにしてな……。


 エレメンタルの調査力を舐めるな。

 お前の行動パターンはすべて俺に筒抜けなんだよ。

 まあ、この展開に持っていく為、様々な策をろうじたが、まさか、もう一人の当事者である白石までここに来て、暴力団員との関係を自分から暴露するとは思いもしなかった。しかも、暴力団員との関係を盛りに盛った状態で……もしかして、脅迫するつもりだったのか?

 自ら墓穴を掘りまくるとは、事実は小説よりも奇なりとよく言ったものだ。

 自ら墓を用意し、自ら埋葬されにいくスタイルらしい。

 これが破滅願望の持ち主か、初めて見た。


「おい! 私の話を聞いているのか! いいから私の質問に答えろ!」


 太々しい奴だ。それを聞いて何になるというのだろうか?

 取り敢えず、故意にやった訳ではないと身の潔白を証明しておく。


「あー、評議会開催まで時間があったので、テレビを見ようと思って。その時、間違えて設定しちゃったんですかね? どうもすいません」


 白々しくそう告げると、長谷川は顔を真っ赤に染める。


「――ふ、巫山戯るなぁぁぁぁ! そんな筈がないだろう! 貴様、自分が何をやったか分かっているのかぁぁぁぁ! お前のせいで私は……私はぁぁぁぁ!」


 公金を私的流用していた詐欺師が、自らの行いを顧みず、『お前のせい』と責任転嫁してくるとは、中々、香ばしい。


「巫山戯るな? そりゃあこっちのセリフだろ。何、協会の金を私的流用して偉そうなツラしてんだ。むしろ自分の行いを反省しろよ。犯罪者」

「は、犯罪者だとっ!?」


 犯罪者というお気に召さなかったらしい。


「犯罪者じゃなきゃ詐欺師か? 法人に虚偽の申請をし、金銭を騙し取っている時点で犯罪だろ。加えて、法人から巻き上げた金を評議員に金を配って自分の地位を守ろうとしたんだ。贈収賄に特別背任、虚偽文書行使に法人の財産処分に関する罪と……あーあー、理事長ともあろう者が犯罪行為に手を染める何て恥ずかしいと思わないのかねぇ? それとも、バレなきゃいいとでも思ってた? 他の団体もやっている事だとでも?」

「ぐっ、い、言いたい放題言いおって……!」


 最近、似た様な反応をどこかで見た様な気がする。

 どこの神様だったかな?

 まあ、煽りに乗って怒り狂う奴は大体、こういう反応する。気にするだけ無駄か。

 俺の煽りを受けプルプル震える長谷川。その横では、環境活動団体『環境問題をみんなで考え地球の未来を支える会』の発起人、白石美穂子も長谷川と同様、プルプル震えていた。


「あなた……こんな事をしてタダで済むと思っているの?」


 どうやら俺が(故意に)間違えて会議用ディスプレイのカメラとマイクをオンにした事に相当お怒りの様だ。ちょっとした些細なミスも許す事の出来ない完璧主義の人らしい。暴力団員との付き合いや裏金作りには寛容な癖に非常に心が狭い。


「うーん。タダで済むも何も、俺は不注意で会議用ディスプレイのカメラとマイクをオンにしてしまっただけなのですが、それに何の問題が? カメラとマイクがオンになっている事に気付かず、ご自身と暴力団員との関係を意気揚々と話しだしたのはあなたでしょう?」


 俺は一切悪くない。

 悪いのは、非営利法人に集まった補助金や助成金を目的外使用し、裏金を貯め脱税していた、暴力団員と深い繋がりのある白石と、公益社団法人から金を巻き上げ、その金を評議員に還流し自分の地位を買っていた長谷川の二人。そして、それに協力していた評議員達だけだ。


「それに、弁解するべきは俺にではなく評議員の方々に対してでは? このままじゃ、地位も金も何もかもを失ってしまいますよ?」


 そう告げると、初めてその問題を認識したのか、二人は顔を硬らせ会議用ディスプレイに縋りつく様にして弁解し始める。


「――ち、違うんです! 先ほどの発言は、理事長との交渉を少しでも有利に行えるよう、マウントを取ろうとしただけで……」

「わ、私も違う! 私的流用なんて知らん。知らんぞ! 仮に、その金が評議員に渡っていたとしても、一度は私の手に渡った金だ! 普段、お世話になっている方にお礼を渡す事の何が悪い。何が悪い!!」


 あははははっ!

 理事の座から転げ落ちそうになって、椅子の足を必死に掴もうとするとは滑稽だ。

 しかも、双方共に何を言っているのか理解不能ときた。

 今、自分がどんな発言をしてるか客観視できているか?

 マウント取ろうとして暴力団員との関係を臭わせたり、『仮に』と言って私的流用を正当化しようとしたり、認知が歪んでいないか心配になるレベルで、とんでもない事を言っているぞ?


 懸命になって私は悪くないと自己弁護する二人を見て、モニターに映る評議員達は呆れた表情を浮かべた。


『――評議会を始める前に分かって良かった……』

『ええ、暴力団と繋がりのある理事候補に、協会の金を私的流用する理事長。その金を受け取る評議員ですか……』

『君達も同罪だぞ。賄賂を貰うだなんて恥を知りなさい!』


 モニター越しに、長谷川から賄賂を受け取った評議員が顔を下に向けバツの悪そうな顔をするのが見える。

 賄賂を渡せば、贈賄罪。賄賂を受け取れば、収賄罪。

 理事長の浅はかな行いにより評議員の過半数が、訴えれば罪に問えてしまう状況に置かれてしまった。


 理事長、あんたすげーよ。

 どうやったら、こんなに犯罪者を……いや、今はまだ容疑者か。容疑者を量産できるんだ?

 あんたの味方らしき評議員、皆、顔が真っ青になっているぞ。

 対照的にマトモな評議員達は憤怒の表情を浮かべている。


『……補欠理事を選んでいて本当に良かった。さて、そろそろ定刻になる。君達も早く会議室にきたまえ』

「はい。すぐに参ります」


 意気揚々に返事し、会議用ディスプレイの電源を落とすと、二人が俺を睨み付けてくる。


「どうしました? 早く行きましょうよ。それとも、評議会を欠席しますか? その場合、相応の理由が必要となりますが?」


 やむを得ない事由がある場合を除き、理事は、評議会に出席しなければならない。

 これは公益財団法人の規則でそう定められている。


 理事候補である白石はともかく、代表理事である長谷川は評議会に参加しなくてはならない。つまりは、公開処刑だ。


「あなたの顔、覚えましたからね……」


 おお、怖い。暴力団員と深い繋がりのある白石に顔、覚えられちゃったよ。


「もしかして、脅してます? 暴力団員とか嗾しかけられちゃうんでしょうかね?」


 それはとても楽しみだ。

 まあ、どうせ不可能だろうけど。

 仮に、嗾けられても俺にはエレメンタルが付いている。

 万が一、嗾けれたら、嗾けた暴力団員全員をボコボコにした上で、お前の住むマンションに送りつけてやるよ。俺も、お前の顔、覚えたからな。


 薄笑いを浮かべながらそう言うと、白石はこめかみに青筋を浮かべ、般若の様な形相を浮かべる。


 暴力団員を嗾しかける事ができないと分かっているからか、白石の発した虚勢がいつにも増してより滑稽で面白く感じる。こういう発言を総じて、負け犬の遠吠えと言うのだろう。


 白石は、無言で俺の横を素通りすると、会議室に向かっていく。


「それで、あんたはいいのか?」


 理事長であり続ける為、評議員に直接、弁解できるチャンスはこれが最後だよ?

 これを逃すと、お前はただの犯罪者になってしまうが、参加しなくていいのか?


 そう尋ねると、長谷川も俺を睨み付けてくる。


「……私を舐めるな。貴様の思い通りにはさせんからな」

「へえ……」


 それならまあ頑張って、俺も補欠理事の一人として評議会に参加する。

 その場でどんな弁解をするのか今から楽しみだ。


「それじゃあ、会議室に向かいますか」


 憤怒の表情を浮かべ、部屋を出て行く長谷川を尻目に、俺も会議室に向かう為、部屋の扉を閉じた。


 ◇◆◇


 ここは公益財団法人アース・ブリッジ協会の会議室。会議室には、理事と評議員が勢揃い。その半数が、頭を抱え苦悩していた。


「――さて、定刻になりましたので、評議会を始めたいと思います。本日は、皆様。何かとご多忙の中、評議会にご出席頂き誠にありがとうございます。評議会の開会に先立ち、まずは長谷川代表理事。先ほど、発覚した資金流用の件で、我々に説明しておきたい事はありますか?」


 議長の言葉を受け、長谷川は席を立つ。


「当然だ。先ほどの話が何を指すのか理解に苦しむが、私は疾しい事など一切していない。評議員に賄賂を配ったというのも事実無根であるという事を主張させて頂きます」


 長谷川の堂々とした態度に汚職評議員は活路を見出したと言わんばかりに目を輝かせる。


 ちょっと、何を言っているのか理解できない。

 お前、さっきと言っている事が全然違うだろ。何、事実無根という言葉一つで話を終わらせようとしてるんだ?


「そうですか……理事候補の白石さんは如何です?」

「当然、私も無実を主張致します。そもそも、暴力団と深い繋がりをどうやって得るというのですか? あれは私の事を陥れたい敵対勢力によるデマです。私も理事長と同様、身の潔白を主張させて頂きます」


 自ら発していた事をデマと断じるとは、流石は、暴力団員と深い繋がりのある白石理事候補である。あれほどの醜態を晒しておいて無実を主張するとは大したものだ。評議会の進行を務める議長が苦い表情を浮かべている。

 素直に謝罪しておけばマトモな評議員達の同情を買う事ができたというのに愚かな奴等である。


「――君達は、これを見て同じ事を言えるのかね?」


 議長はテーブルに置かれた書類を手に取ると、二人にそれを確認するよう促す。


「ふん。これがなんだと――うん?」

「まったくですわ――えっ?」


 そう言って書類に視線を向けると、二人は盛大に顔を引き攣らせた。

 そこには、白石が長谷川を脅迫する為に持ってきた書類、そして、白石の運営する法人の脱税と暴力団員との関係性が書かれた書類のコピーが置かれていた。

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