第282話 俺を敵に回さなければ、すべてを失わずに済んだものを……④

 テーブルに置かれた書類。これは長谷川を脅迫する為に白石が持ってきた証拠書類と同じものだ。折角なので長谷川だけではなく白石の脱税証拠や暴力団員との取引を示す書類も用意させてもらった。

 苦労したんだよ? エレメンタルはマイクロオフィス使えないし、書類整理を他の人に任せようにも信用できる人が中々、いなくてさ。

 

 そんな俺の内心とは裏腹に、自ら長谷川に突き付けた私的流用の証拠資料がここにある事に酷く動揺する白石。

「な、何故、これがここに……」と呟くと、一心不乱に証拠書類を捲っていく。


 何故、これがここに?

 決まっているだろ。お前等を理事の地位から追い落とす為に俺が用意したんだよ。


 動揺するのも当然だ。だって、その資料を(白石に)送り付けたのは、他でもない俺なのだから。当然、長谷川の息のかかった評議員以外の皆様にも、評議会用資料として事前に配信させて貰った。態々、パワーポイントまで使って要点を分かりやすく纏めてな!


 そんな白石の発した声を聞き、長谷川は憤りの声を上げる。


「――き、貴様ぁぁぁぁ! これはどういう事だ。理事に推薦してやったというのに、いい加減にしろよ! そんなにこの私を代表理事の座から引き摺り下ろしたいかっ!」


 白石が長谷川を代表理事の地位から追い落とそうとしている事は周知の事実。さっき、リアルタイム配信で言っていた。理事で満足しておけば良かったものを愚かな奴だ。変な野望を持つからそうなる。暴力団員と深い繋がりのある脱税女が、公益財団法人の代表理事になろうとするなんてちゃんちゃらおかしいね。一度、刑務所に収容され更生処置を受けてくるといい。少しはマシになるだろう。


「ち、違いますわ! 確かに、この書類は私が理事長に突き付けた物と同じ物。ですが、私はやっていません!」


 むしろ、困惑している事だろう。

 何故、長谷川の公金私的流用の証拠と共に、私の脱税の証拠が……二重帳簿がここにあるの!?ってな。証拠資料と共に配布したレジュメには、こと細かに脱税の手口まで記載されている。

 そんなに反応を示してくれるなんて、夜なべして脱税の手口を事細かに纏めた甲斐があったというものだ。


「――なら、誰がこんな事をしたというのだっ! 言ってみろ! 今すぐ言ってみろっ! そもそも、これを見せ私に退任を迫ったのは貴様だろうがぁぁぁぁ!」


 長谷川が狂乱する姿を見て、議長はため息を吐く。


「その反応、やはり……」

「ち、違う。これは違う。こんな書類はデタラメだ!」


 そう言って、テーブル前に置かれた書類をその場にばら撒くと、書類が宙を舞い床に落ちる。もはや言っている事が支離滅裂だ。長谷川は肩で息をし呼吸を整えると、『バンッ』と音を立てテーブルを叩き、白石を指差した。


「――この女だ! 私はこの女に嵌められた。私は嵌められたんだ!」


 違います。嵌めたのは俺です。

 少し考えたら分かるだろうに、どうやら長谷川は自分の事に精一杯で、白石の脱税証拠と暴力団員との関係性を示す資料が目に入らないらしい。

 まあ、今しがたその書類を散らかしたのだから当然か。

 その場で静観していると、白石と長谷川との会話に議長が口を挟んでくる。


「ほう。つまり君は、彼等、評議員に金を渡した事はないと……協会の金を私的流用した覚えもない。すべては、この白石君により仕組まれた事だと、そう言いたいのか?」

「当然だ! 私は――」

「評議員に賄賂を配る為、私的流用に手を染め、理事長の地位を買ったと?」

「――そうだ……って、違ぁぁぁぁう! そうじゃない!」


 もはやコメディだ。何だこれ、本当に公益財団法人の評議会か?

 議長の急所を突いた質問を受け、長谷川は顔を真っ赤に染める。

 しかし、議長は追撃を緩めない。


「しかし、音声証拠も物的証拠もあるし、君達が控室に来る前に、賄賂を受け取った評議員の尋問も終わっている。我々は君の何を信じたらいいのだろうか? いい加減、諦めなさい」

「――ぐうっ!? 違う。私は……私は……」


 至極真っ当な議長の言葉に、長谷川は言葉を詰まらせると、弁明しても無駄と悟ったのか、ドサリと椅子に座り背もたれにもたれ掛かった。


 これで、一人撃沈。もう再起は望めないだろう。

 顔色が真っ青だ。煌びやかな豊かな老後は灰色に染まった。俺の作った資料に死角はない。これをこのまま流用すれば、横領犯として刑事告訴する事もできる。

 そうすれば、晴れて塀の中。国民の血税を搾取し、自分の地位を守り抜いてきた老害である長谷川にふさわしい場所で最期を迎える事ができるだろう。

 まあ、仮にも代表理事の地位にあった者を刑事告訴なんてしたら、公益認定剥奪されてしまうかも知れないので、そんな事はしないけど……。

 精々、生きてる間に私的流用した金を全額返済してくれ。

 お前の代わりに俺が理事になるんだ。私的流用した公金は返してもらうし、退職金も全額取り上げる。俺からお前に贈るささやかな復讐はそれで十分だよ。


 さて、あと一人。

 脱税の証拠と暴力団員との取引記録を目の前に積まれた白石に視線を向ける。

 すると、そこには、肩を震わせ俯く白石の姿があった。


「――ふ、ふざけるな。ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな……」


 何だかやばい。お経でも唱えるかの様に、『ふざけるな』と連呼し始めた。

 圧倒的劣勢を認識し、脳内にお気持ち表明のバグが発生してしまった様だ。

 ただでさえ予測不能・支離滅裂な白石の感情が爆発している。

 触れるのは危険なので、少しだけ椅子を下げ距離を取ると、白石はテーブルを叩き発狂し始めた。


「ふざけるんじゃなっ! なんなのっ! なんなのよ! もし理事になれないって分かっていたら最初から協力なんてしなかった! そんなに私の事を理事にしたくない訳っ!? だったら先に言いなさいよ! 都合の良い様に私を利用して、都合が悪くなったらさよならって、これがお前等のやり方か! 金の亡者共め、恥を知れ!」


 いや、国や地方自治体から補助金貰って、二億の裏金を作り脱税しているお前はどうなんだ。金の亡者が、一国民として恥ずかしくねーのか?

 納税は国民の義務だぞ。お前こそ恥を知れ。


 それに、理事候補から降ろされそうになっているのも自業自得じゃねーか!

 公益認定法には、理事、監事及び評議員の内に、暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律に違反する。又は、国税もしくは地方税に関する法律の内、偽りその他不正の行為により国税もしくは地方税を免れ、納付せず、もしくはこれらの税の還付を受け、これらの違反行為をしようとすることに関する罪を定めた規定に違反した場合公益認定を取り消すと書かれている。


 つまり、お前が公益財団法人アース・ブリッジ協会に貢献していようが、何していようが、暴力団員と付き合いがあって脱税している時点でアウトなんだよ!


 しかし、白石にはその事が理解できない様だ。恐らく、認知が歪んでいるのだろう。

 発狂しているそのお姿もさる事ながら、その認知の歪んだ考え方がキモくてキモくてキモ過ぎる。


「……君がそれを言うかね。君の手腕はここにいる誰もが認めている。それに、まだ理事になれないと決まった訳ではない。採決はこれから行われる。まあ、理事に向かい入れる事で、公益認定が取り消される可能性のある以上、君に票が入るかどうかは分からないがな」


 暴力団員と付き合いがあり脱税している白石を理事に迎えるという事は、公益財団法人の公益認定を取り消される事と同義。そんなリスクを抱えてまで、白石を理事に迎え入れる意味はない。


 しかし、白石にとって、公益財団法人の公益認定取消はどうでもいい事の様だった。


「――そんなの取り消されればいいじゃない! 公益認定が取り消されても、レアメタル税条例がある限り、お金は無限に湧いてくる。それこそ、補助金や助成金が端金に見えるほどに! そのレアメタル税条例施行に尽力したのは誰? 私よ! お前達は、成果の上澄みを掬うだけで何もしていない。そう。何もしていないじゃない! にも拘らず文句や主張だけはしっかりさせて貰います? 理事にはさせない? ふざけるんじゃないわよ!! お前等はこの私のいう事を聞いていればいい。いいからこの私を理事に任命しろ!」


 おお、公益認定なんてどうでもいいから私を理事に任命しろとは、流石、暴力団員と深い繋がりのある脱税環境活動家の白石さんだ。

 考え方が反社に染まっている。清々しい程に自分の事しか考えていない。


 白石さんの身勝手なお気持ち表明に評議員達も皆揃って唖然とした表情を浮かべている。


 しかし、わかってないな。

 こいつは全くと言っていいほど、公益財団法人の理事になるという事を理解していない。

 そもそも、暴力団員と深い繋がりのある脱税環境活動家って時点で、理事の欠格事由に触れてるんだよ。暴力団員と係り合いがあって、脱税する様な奴は理事になれない様になってんの。


 その事を知らない白石は喚き立てる。


「――私の事を無視するなぁぁぁぁ! 返事はどうした! この私を理事に任命しなかった場合、どうなるか分かっているんでしょうねっ!? 都知事に言って、レアメタル税条例の支給先からアース・ブリッジ協会を外してもらうんだから! それでもいいの!?」


 無視なんかしていない。呆れ返っているんだよ。

 なんだ、お前は都知事か? 都知事なのか?

 すげーな。高々、暴力団員と深い係りのある脱税反社環境活動家風情が都知事と同等の権力を持っているなんて初めて知った。

 レアメタル税条例の支給先からアース・ブリッジ協会を外してもらう?

 やってみろよ、脱税犯。そんな事が本当にできるのであればの話だけど……。

 すると、突然、白石の電話が鳴る。


「――誰よ。こんな時に! もしもし、今、私は忙し……」


 そう愚痴を吐き散らしながら電話に出ると、瞬間、白石は声を詰まらせた。


「……えっ? 東京国税局査察部!? 一体、どういう事よ!? なんで、国税局が事務所に入ってくるの! 直前に連絡なんてなかったわよね!?」


 想定外の事態に相当、テンパっている様だ。

 へー、そう。東京国税局査察部の強制捜査が入ったの……それはお可哀想に……。

 情報を事前に流しておいた甲斐があったというものだ。


 国税局査察部の強制捜査が入ったという事は、脱税証拠の裏が取れたという事に他ならない。

 慌てふためく白石に視線を向けると、俺はニヤリとほくそ笑んだ。

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