第283話 俺を敵に回さなければ、すべてを失わずに済んだものを……⑤

「――な、なんで……なんで、なんで、なんで……なんで国税局がうちの事務所にっ? 査察に入るべき脱税法人なんてうち以外にいくらでもあるでしょ!」


 突然、査察に入られテンパる気持ちも分かるが、そもそも東京国税局査察部の使命は申告納税制度を脅かす悪質な脱税者を探し出し、刑事罰を科すこと。

 白石自身、気付いていないかも知れないが、自分で『査察に入るべき脱税法人なんてうち以外にいくらでもある』と言っている時点で、自ら脱税していますと言っている様なもの。つまり、東京国税局査察部に入られておかしくない事をしていたと自認していた訳だ。語るに落ちるとはこの事である。

 それとも非営利法人だから国税局が査察に入る事はないとでも思っていたか?

 だとしたら考えが甘い。そんな訳、ねーだろ。

 脱税にも流行がある。村井元事務次官が東京国税局査察部に入られた辺りから、重点的に強制調査する業種が非営利法人に変わってるんだよ。あの時は、村井元事務次官周りの非営利法人が査察に入られていたようだからな。

 闇の精霊・ジェイドによる洗脳は既に解けている筈なので、色々と帳尻を合わせる為、東京国税局査察部自体がその方向で突き進んでいるのだろう。


 しかし、見苦しいな。国税局に査察に入られ始めてテンパるなんて、ここをどこだと思っているんだ?

『査察に入るべき脱税企業なんてうち以外にいくらでもあるでしょ!』って、仮にもお前を理事に選任して下さるかもしれない評議員の前でその醜態はないだろ。


 査察が入った場合、約七十パーセントの確率で刑事告訴される。

 そして、刑事告訴されれば九十九パーセントの確率で有罪となる。

 刑事罰が下る可能性がある以上、危なっかしくて理事になんて任命する事はできない。何せ、そんな理事を選任してしまえば公益認定の欠格事由に該当し、公益認定取り消しの可能性がある。普通の思考の持ち主であれば、まず百パーセントの確率で理事に選任しない。


 俺がニヤリとほくそ笑むと、ハッとした表情を浮かべた白石が目を細め睨み付けてくる。


「――まさか……! あんたがリークした訳じゃないでしょうね!?」

「ほう。俺がねぇ……」


 その通りですが、何か?

 誰のせいで白石の事務所に東京国税局査察部が入っているのか。それは間違いなく俺が脱税情報を国税局にリークしたからだろう。

 何を勘違いしているか知らないが、脱税犯を見付けたら国税局にリークするのは、この国に生きる国民として当然の事だ。何故なら、脱税は課税の公平を破壊する卑怯で悪辣な犯罪行為なのだから。

 お前の場合、国や地方公共団体が国民から徴収した血税を補助金や助成金(という名の公金横領の口実)を受け取り、それを様々な手段を用いて脱税し、プールしていたから特に悪質だ。

 脱税で貯め込んだ金すべてが、いつの間にかコンビニの寄付金箱の中に消えたとしても、脱税した事実は変わらない。

 課税の公平を確保する為には、故意に不正な手段で脱税した馬鹿野郎の責任を厳しく追及しなきゃならないんだよ。二度と、そんな馬鹿な真似をさせない為に、また模倣犯を防ぎ懲役や罰金という刑罰を科して反省させる為にな!


「……それがどうした? 犯罪者を見付けたら警察に連絡するよな? それと同じ事だ。脱税犯を見付けたから国税局に連絡し、その証拠を郵送した。この国に生きる国民の一人として、当然の事をしたまでだが、何か問題でもあったか?」


 悪びれずそう言うと、白石の顔が真っ赤に染まる。怒りのボルテージが上がっている様だ。今にも、怒りに身を任せ攻撃してきそうで怖い。

 でも、まあ、脱税していた事をバラされて逆ギレされてもなぁ……。何か理不尽じゃね?

 何、逆ギレしてんだよ。追徴課税払って刑に服せよ凶悪犯としか思わない。


「――な、何か問題でもあったかですってぇぇぇぇ!? ふざけんじゃないわよっ! あんたのせいで、私は……私はぁぁぁぁ!!」


 発狂し、飛び掛かってくる白石を華麗に避けると、白石はテーブルに置いてあった脱税の証拠書類を手でぶちまけながら、床に転がる。


「危なっ……」


 脱税しておいて、それを指摘したら発狂するとか何を考えているんだ?

 意味がわからん。頭おかしいんじゃねーの?

 まさかとは思うが、節税と脱税を同一視している訳じゃないだろうな?

 寄付金の誤魔化しや経費の水増しは節税じゃないぞ?

 それは脱税だ。認知が歪むと常識や道徳心まで歪むのか?

 社会人の一人として、こうはなりたくないものだ。

 そんな白石に見切りをつけると、俺は議長に提案する。


「……議長。もう、この人達から話を聞くだけ無駄です。そろそろ、評議会を始めましょう」


 すると、白石が怒声を上げる。


「はあっ!? ふざけんじゃないわよっ! あんた、何様なのっ!? 私の話はまだ終わってな――」


 相変わらず、キーキーキーキーと煩い奴だ。


「――終わりだよ。つーかさ、まだ本気で理事になれると思ってる訳? 随分と幸せな頭しているんだな、お前。認知が足りてないんじゃないか? 頭、大丈夫?」


 余りの面倒臭さに話を遮り、そう煽ると白石は更に発狂する。


「な、何ですってぇぇぇぇ! もう一度言って見なさい! 私の目を見てもう一度、言って見なさいよ。このクソ野郎ぉぉぉぉ!」


 正論で罵倒されたいとは、度し難い変態だ。

 認知の歪みだけではなく、他の所にも色々、脳に歪みが生じているのかも知れない。一刻も早く精神科を受診した方がいい。


「では、ご要望にお応えしてもう一度……終わりだよ。つーかさ、まだ本気で理事になれると思ってる訳? 随分と幸せな頭しているんだな、お前。認知が足りてないんじゃないか? 頭、大丈夫? 暴力団員と付き合いがあり、東京国税局に査察に入られ、高い確率で刑事罰を受けそうなお前は理事不適格だよと丁寧に説明して上げているのが分からないのかな? 言葉通じない? 今、言った事をひらがなで文字起こししてあげようか?」


 優しさから暴力団員との付き合いも、刑事罰も、どちらも理事の欠格事由に当たるんだよ。日本語って難しいよね。同じ日本人でも理解力に差があると通じ合えないんだもん。ひらがなで文字起こして、優しく教えてあげようか?と提案すると、あれほど怒り狂っていた白石が真顔になる。

 本当にもう一度言ってくるとは思わず、怒りを超越してしまったのかも知れない。


 白石はゆっくり立ち上がると、議長に視線を向ける。


「――あなたと話をしても埒があかないわ。議長。評議会開催前に申し上げさせて頂きます」


 一体、何を話すつもりなのだろうか。さっきまで、キーキーキーキー煩かった人が急に静かに話し始めると何だか怖く感じる。


「もし私が理事に選任されなかった場合、レアメタル税条例による協会への税支援はなかった事にさせて頂きます。私を理事に選任するだけで、数百億ものお金の采配を握る事ができるんですよ? あなた方は今、それを不意にしようとしているのですよ。わかっているのですか!?」

「うむむ……しかし……」


『うむむ、しかし』じゃねーよ。

 そんな事で迷うな。状況を理解してねーのか?


「議長……お分かりでしょうが、そこにいる暴力団員と深い繋がりのある脱税環境活動家の白石さんを理事に迎入れるという事は、アース・ブリッジ協会が公益財団法人でなくなるという事に他なりません。公益財団法人で無くなれば、どの道、レアメタル税条例の税支援を受ける事はできなくなるでしょう。それに、暴力団との繋がりが明るみとなり、現在進行形で国税局の査察を受けている白石さんに、レアメタル税条例をどうこうできるとは思えません」


 暴力団員との繋がりが明らかになったんだ。

 発覚した以上、スキャンダルを嫌う政治家からは間違いなく距離を置かれる。


「もし万が一、白石さんを理事に選任するなら我々にも考えがありますが……如何いたしますか?」


 そう告げると、議長はビクリと肩を震わせる。


「それは、一体どういう……」

「あれ? 他の評議員から聞いていないんですか?」


 おかしいな。伝えたつもりで伝わっていなかったのか?

 どうやら議長はあの事を知らないようだ。首を傾げ、懸命に思考を巡らせている。

 仕方がない……。


「実は先日、レアメタル連合という組織を立ち上げたんですよ。まあ、簡単に言えば、うちのレアメタルを組織に属する企業に供給するただそれだけの組織なんですけど、実は、東京都に本店所在地を持つレアメタル事業者の殆んどが連合に加盟してくれましてね?」

「レ、レアメタル連合……ですか?」


 どうやら、本当に知らなかった様だ。まあいい。なら、分かりやすく教えよう。


「ええ、実は、連合内で打ち合わせをする中で、東京都がレアメタルに独自の法定外税を課すつもりなら本店所在地を別の所に移してもいいのではないかという意見が出まして……」

「ほ、本店所在地を移す?」

「はい。国内に本店のある法人は本店所在地が納税地となる事は知っての通りだと思います。その上で、もし東京都が都内のレアメタル事業に対して、独自の法定外税を課すというのであれば、レアメタル税条例の対象とならない様に、本店所在地を東京都以外に移すのも一つの手じゃないかと思っているんですよ」


 今回、制定されたレアメタル税条例はあまりに企業負担が大き過ぎる。だが、それを無効化できる手段がない訳ではない。


「で、ですが、それについては、当協会の環境エコ認定マークを取得して頂ければ免除という事になって……」

「いやいや、その環境エコ認定マークを取得するには、かなり面倒くさい手続きを取らなければならないし、法定外税を制定した以上、ある程度の税金を俺達から回収しなければならない事に変わりありません。それなら、余計な法定外税を科されない他の都道府県に本店所在地を移す方が得策だとは思いませんか?」


 俺の問いかけに議長がゴクリと唾を飲み込む。


「い、いや、しかし、それは……」

「困惑する理由は分かります。こんな事、言われても困りますよね? でも、他人事じゃないんですよ? だって、もし俺の意見が通らなかった場合、宝くじ研究会レアメタル事業部の本拠地を東京都から法定外税のないどこか別の場所に移そうと考えてますから……」


 レアメタル連合の中心である宝くじ研究会レアメタル事業部が本店所在地を東京都から別の都道府県に変更したらどうなるか……。

 もしかしたら、環境エコ認定マークを取得してくれる得意先が無くなっちゃうかもしれないね。だから全然、他人事じゃあないんだよ?


 そう呟くと、議長は唖然とした表情を浮かべた。

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