第284話 俺を敵に回さなければ、すべてを失わずに済んだものを……⑥
「――そ、そんな勝手が許される筈がないでしょう!? 困ります! 一体、どれだけの人がこの条例の策定に係わっていると思っているのっ!? レアメタル税条例で集まったお金の交付先は既に決まっているのよ!」
「そ、そうだ。白石君の言う通り、そんな勝手な事をされては困る! そういった話は、(私が)議決権の過半数を持つ日本希少金属流通株式会社を通して貰わねば……」
ちょっと、何を言っているか意味が分からない。
法人の地方移転は以前から国の施策として取り組まれている課題。
本拠地を東京都以外に移した所で、企業の売上が減る訳でも何でもない。登記上の問題だ。
現に大阪府に本拠地を移し、東京に支店を置く法人も存在する。
更に、東京都から地方へ本社機能のすべてまたは一部を移転させた法人は、地方拠点強化税制により移転先での建物の取得、雇用促進などで優遇措置を受ける事ができる。
レアメタル事業者の話を一切聞かず、白石とかいう馬鹿な環境活動家に乗せられ、血税を搾取しようとしている愚かな知事のいる東京都を出て行く事にメリットは存在してもデメリットはまったく存在しない。
つーか、困ると言われてもこっちが困る。
それに、日本希少金属流通株式会社ってなんだ?
ちょっと前に、それと似た様な名前のぺーパーカンパニーを買った気がしないでもないが……。
意味が分からない事を言い始めたので聞いてみる。
「えっ? 日本希少金属流通株式会社ってなんですか?」
そもそも、何で、お前に話を通さなければならないのかも疑問なんだけど?
すっ呆けながらそう尋ねると、代表理事である長谷川が鞄から一枚の書類を取り出した。
「――こ、これだ。以前、私が君に命じて作らせた宝くじ研究会レアメタル事業部の登記簿と株式譲渡契約書だ! 君がこの書類を送り付けてきたんだろう!」
ああ、この馬鹿が宝くじ研究会レアメタル事業部の商号を任意団体から株式会社に変更しろ。その上で、株式の半分を寄こせと言ってたやつか。
「ああ、その書類ですか。確かに買いましたね。日本希少金属流通株式会社という名のペーパーカンパニーを……」
宝くじ研究会レアメタル事業部は任意団体。他言無用で、商号を変更し株式の過半数を寄こせと要求し、手元にそれっぽい会社の登記簿謄本が来れば勘違いするのも分かる。任意団体だから、旧商号とか書かれていないしね。
当然の事ながら、ペーパーカンパニーを買っただけ。なので、宝くじ研究会レアメタル事業部は登記していない。そもそも、登記する理由がない。
下手に株式会社なんか作って、株式保有割合を盾に乗っ取りを仕掛けられては堪らない。別に乗っ取られた所で、俺がレアメタルの流通網を握っているので問題ないが、乗っ取りを仕掛けてきた馬鹿共の対応するのが面倒だ。
しかし、会田さん。長谷川の奴にペーパーカンパニーの登記簿謄本と株式譲渡契約書を送ったのか……まあ、確かに、プランBとか言って適当な指示書をメールしたけど、俺が指示したのは、東京都内に本店所在地を置くレアメタル事業者を捲き込んでレアメタル連合を組織する事のみ。俺の意を酌んで態々、長谷川に勘違いさせるような書類を送るとは気が利く。
「ペ、ペーパーカンパニーだとぉ! どういう事だっ!? それじゃあ、宝くじ研究会レアメタル事業部は――」
「ええ、まだ任意団体として活動を続けていますし、これからも任意団体のまま活動を続ける予定です。それにさっきから何を言っているのですか? ちょっと、言っている意味がわからないのですが……『私が君に命じて作らせた宝くじ研究会レアメタル事業部の登記簿と株式譲渡契約書』…・・・ですか?」
すっ呆けながらそう尋ねると、長谷川は怒りを露わに怒声を上げる。
「要求しただろう! 宝くじ研究会を株式会社として登記したら、株式の過半数を渡す様にとっ! ふざけた事を言うんじゃない! 君は人との約束事も碌に守る事ができないのか! 環境エコ認定マークの審査をしてやる事と引き換えに要求したじゃないかっ!」
「なるほど、なるほど……宝くじ研究会を株式会社として登記したら、株式の過半数を渡すよう要求したねぇ……」
アホだ。アホがここにいる。
まさか、こうも簡単に自白を取れるとは思いもしなかった。
この会議室にいるのは俺だけじゃないんだぞ?
頭に血が上って口が滑ったのか?
それとも余裕がなくなって自分が言った事の意味を理解していないのか。
まあ、どちらでもいいか。
「――そうだっ! なのに貴様は……この私の厚意を無碍に……!」
厚意を無碍にとはよく言ったものだ。
巨万の富を生む会社の株式の過半数と引き換えにしか受ける事のできない厚意か……有難迷惑すぎて反吐が出るな。
流石は公益財団法人の理事長。自分の立場を守る為、社会貢献に使うべき協会の金を私的流用し、自分の地位を購入していただけある。ブラックジョークのレベルが高い。この協会に国から補助金が出ていると考えるだけで納税意識がどんどん無くなっていく。
「えっと、つまり、仮にも公益財団法人の理事長ともあろうお方が、協会の持ち物である環境ラベルの審査と引き換えに賄賂を寄こせと要求したと、そういう訳ですね?」
「――そうだっ! あ、えっ!? ち、違う。今のは言葉の綾で……!?」
そう告げると、長谷川はハッとした表情を浮かべ周囲を見渡す。
いやいやいやいや、違わねーだろ。
言葉の綾という文飾を知っているか?
言葉の綾と言うのはな、いく通りにでも解釈できる様な複雑な表現を言うんだよ。
今のは言葉の綾でも何でもない。純然たる事実だろ。見苦しいぞ、糞爺。
評議員の皆様方に身の潔白を証明したい様だが残念だったな。
テーブルに置かれた証拠。そして、張本人からの自白。
むしろ、今の発言でお前が普段からアース・ブリッジ協会の金や物を私的流用している事が証明された。
評議員達も呆れ顔だ。まあ、長谷川と癒着していた評議員の顔は、ちょっと信じられない位、真っ青になってるけど。
「流石は理事長。どう解釈しても『賄賂を寄こせ』としか読み取れない内容に、他の捉えようがあるとは知りませんでした。後学の為に『要求しただろう! 宝くじ研究会を株式会社として登記したら、株式の過半数を渡す様にとっ! ふざけた事を言うんじゃない! 君は人との約束事も碌に守る事ができないのか! 環境エコ認定マークの審査をしてやる事と引き換えに要求したじゃないかっ!』という先ほどの発言のどこに言葉の綾があるのか教えて頂けますか? 俺には全く理解できないので……」
「そ、それは……」
弁解しようにも弁解の言葉一つ出てこないようだ。
長谷川の様子を見て、議長は分かりやすくため息を吐く。
「――残念だよ。長谷川君」
「ち、ちょっと、待て! 待って下さい! ま、まさか、否認するつもりじゃないだろうな!? 理事選任からこの私を……!?」
まあ、理事長と癒着していない評議員達の顔を一目見れば分かる。
「そ、そんな馬鹿な……」
それだけ呟くと、長谷川は力無く椅子に着席した。
本日二度目の失意の着席。流石に三度目はないだろう。
失意のどん底に沈む長谷川から視線を外すと、俺は白石に目を向ける。
「さてと、後はあんただけだな……聞かせて貰おうか……。さっき『レアメタル税条例で集まったお金の交付先は既に決まっている』とか言ってたけど、それはどういう事だ。交付先を決めるのは、資金分配団体であるアース・ブリッジ協会だろ。何故、理事でもないあんたがそれを決める。お前は理事か? 理事長なのか? 重要事項を個人で決める事ができる程の組織内権力を有しているのか? 勝手に決めてんじゃねーよ、脱税犯」
「ぐっ!? そ、そんなの私の勝手でしょ! 私がレアメタル税条例を提案したの! 都知事や関連団体と相談し、集まった資金の分配先を決めて何が悪いの!?」
悪いに決まってんだろ。国税局に査察に入られた暴力団員と深い繋がりのある脱税環境活動家が自分の利害関係者に税金として集めた金を分配しようとしているんだぞ?
許される筈がないだろ。狂ってんのかお前は、頭おかしなるで。
「な、なんですってっ!?」
おっと、どうやら口から本音がポロリしてしまった様だ。
本心だし、まあいいか。
「いや、『なんですって』も何も、普通に考えてダメだろ。財源が税金である以上、税金がつぎ込まれる事業への透明性や成果の可視化、説明責任が求められる。仲間内で資金を回そうだなんて言語道断だ。そもそも、協会の理事でもないお前に、それを決める権利はない。それを決める権利を有するのは、これから始まる評議会で選任される理事と、その後の理事会で選任される理事長が公募で送られてきた書類を見て決める事。理事候補風情が勝手に決めるなよ。それじゃあ、官製談合になっちまうだろうが」
「な、なななななななななっ……!!」
遂に壊れたか。『な』しか言わなくなってしまった。
まあ、こいつが壊れているのは最初から分かり切っていたこと。
コイツの頭が壊れていてくれたお陰で助かった。
もしコイツのコネクションが東京都だけではなく他の都道府県に及んでいたなら正攻法では難しかった。少なくとも、こんな大胆な手を打つことはできなかっただろう(こいつが余計な事をしたから動かざるを得なかったとも言う)。
「まあいいや、そろそろ評議会を始めましょう。時間は有限ですから、こんな犯罪者共に構っているだけ時間の無駄です」
補欠理事が座る為、用意されたパイプ椅子に座ると、俺の前に議長が立つ。
「一つだけ、聞かせて頂きたい事があるのだが……」
「いいですけど、何ですか?」
サービス精神多めな俺がそう返答すると、議長は顔を強ばらせる。
「先ほどの話は本気か?」
恐らく、本店所在地変更の件を言っているのだろう。
「ええ、本気です。評議会が白石さんと長谷川理事長を理事に選任するというのであれば、私的流用やその他の不祥事を世間に暴露した上で、本店所在地を変更し、この協会が公益認定取消になるよう働きかけます」
そう告げると、議長は天井を仰ぎ深い息を吐いた。
「今日の評議会は白熱しそうだな……すまないが、補欠理事選任の議題までの間、控え室で待機していて貰えないだろうか?」
「はい。わかりました」
パイプ椅子から立ち上がると、俺はニコリと微笑みかける。
俺としてはどちらでもいい。
「評議員の皆さんがどの様な判断を下すのか楽しみにしています」
そう言うと、俺は会議室を後にした。
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