第111話 億劫な記者会見①

 ここは新橋大学附属病院。

 病院は今、マスコミ対応に追われていた。


「はい。当院では取材をお断りさせて頂いておりまして……」

「何度も申し上げておりますが、その件に関して私共では対応できかねます」

「取材ですか? 申し訳ございません。当院では取材をお断りさせて……」


 ――プルルルッ


 電話を切ってもすぐにかかってくる電話。

 正直、もう勘弁してくれと思う。


「はあっ……いつまで続くんですか、この電話ぁー!」


 職員の一人がそう声を上げる。

 その気持ちはもの凄くよくわかる。

 私達がこう苦労しているのも、すべては特別個室に泊まっている特患のせいだ。

 とはいえ、表立って文句は言えない。


「仕方がないでしょ。数日もすれば落ち着くわよ」


 多分だけど……。

 とはいえ、そろそろ限界も近い。


「でも……」

「……でも、確かにそうね。これじゃあ、仕事にならないわ」


 マスコミ対応は私達の仕事に含まれない。

 マスコミもマスコミだ。なんで病院に電話かけてくるのよ!

 業務妨害も甚だしい。


「皆で特別病棟に苦情をいれましょう」


 そう提案をすると、電話にかかりきりの職員全員が頷いた。


 ◇◆◇


 病院に押しかけてきた報道陣の取材用機材を破壊し尽くした翌日の朝、コンシェルジュさんから内線が入る。

 朝早くから何だろうと、微睡ながら電話を取ると、電話口に疲れ切った声のコンシェルジュさんが電話に出た。


『おはようございます。高橋様。大変恐縮ではありますが、マスコミに記者会見を開いて頂けないでしょうか……』

「はあっ?」


 意味がわからずそう呟くと、コンシェルジュさんが申し訳なさそうに言う。


『当院の事情で大変申し訳ないのですが、ここの所、連日に渡ってマスコミからの電話が当院にかかってきておりまして……』

「そうなんですか……」


 コンシェルジュさんの話を聞いてみると酷い内容だった。

 どうやらマスコミは、俺の取材をしたいが為に病院に取材交渉という名の迷惑をかけているらしい。

 しかも、取材許可を得る為に、病院業務を妨害するかの如く電話をかけ、(これ以上、電話をかけて欲しくなくば)会見を開けと要望してきたようだ。

 それって威力業務妨害罪とかに抵触しないのだろうか?

 驚く事に、無関係の人やユーチューバーまで電話をかけてきているらしい。

 一番きついのがこの件に無関係な人達からの電話で、『なんで取材に応じないんだ』『何か疾しい事があるんじゃないか』という一般人からの電話や無言電話が増えてるそうだ。

 まあ一言で言えば、悪質な悪戯や嫌がらせ目的の電話である。

 昔は、加害者……つまり、無言電話などの嫌がらせをする頭のおかしい人達が電話代を負担していたので、それがセーフティネットとなっていたが、今では、『かけ放題』などの定額料金プランが登場したことで、一気にコストが下がり被害が急増した。


 軽い気晴らしや、ちょっとした遊びで無言電話や悪戯電話をかける人もいるだろう。なんとなくそれはわかる。俺はやった事がないけど、しかし、それは普通に犯罪である。

 電話の内容によっては、威力業務妨害罪に問われる可能性があるし、脅迫罪や、精神的な障害を与えたとして傷害罪に問われる可能性もある。

 実際に、そんな馬鹿な真似をして逮捕されたケースも報道されているが、そういう人達には結構軽く考えられているようで、起訴されたら身柄が拘束され刑事裁判が終わるまで解かれない事を知らない人が多いようだ。

 まあ、そういった人達が逮捕された事を報道されるケースは稀だし、だからこそ、軽はずみな気分で、そういった行動に出てしまうのだろう。

 しかし、断っているにも関わらず、マスコミが連日、取材許可を得ようと電話をかけてくるのは頂けない。


 特別個室って、そういう事もフォローしてくれるのかと思っていたが違うらしい。

 コンシェルジュさんの声を聞けばわかる。

 悩み悩み抜いて、致し方がなくなったから電話した。そんな感じの内容だ。

 まあ板挟みって辛いよね。

 俺も社会人の一員として働いていたからこそよくわかる。

 コンシェルジュさんには結構助けて貰っているし記者会見位して差し上げるべきだろう。


「……わかりました。それでは、マスコミに会見の場を設けましょう」


 そう言うと、コンシェルジュさんの声色が変わる。


『よ、よろしいのですかっ!?』

「ええ、もちろんです」


 どの道、マスコミ関係者の持つ報道機材は破壊する予定なので問題ない。

 よろしいに決まっている。


「ええ、もちろんです」


 そう言うと、コンシェルジュさんは安堵の息を吐いた。

 相当、この件で追い詰められていたらしい。


『あ、ありがとうございます……それで、会見の日はいつにしましょう?』

「会見の日ですか、いつでもいいですよ?」


 だって、記者会見に集まった人達の報道機材を一つ残らずぶっ壊す気満々ですし、正直いつでもいい。


『それでは、本日、午後三時ではいかがですか?』


 今日、午後三時か……急だな。

 それだけ、コンシェルジュさんも追い詰められているのかも知れない。

 まあ、コンシェルジュさんにはお世話になっているし、この位、対応して上げよう。


「わかりました。本日、午後三時ですね? それで構いません。ただ、マスコミ関係者には、今日の会見が最初で最後だとお伝え下さい。中継放送はさせず、質問したい事は、本日、すべてして下さいと……」

『は、はい。もちろん、そうさせて頂きます! 高橋様。それでは本日午後三時よろしくお願いします!』


 電話越しに頭を下げているかのような発言。

 現に頭を下げて言っているんだろうけど、相当だな……。


「これは、マスコミに泡を噴かせるいい機会になりそうだ……」


 とっくに切れた電話を置き、そう呟く。

 会見には多くのマスコミが集まるだろう。

 一応、生中継にも注意しなければ……。


「さて、マスコミの人達は会見でどんな発言をするのかな? エレメンタル。また報道陣の報道機材、よろしくね」


 そう呟くと、エレメンタル達はピカピカ光り、了承の意を示した。


 ◇◆◇


 ここは、新橋大学附属病院近くにある新橋医師会館。


「失礼致します。それでは、本日の会見を始めたいと思います」


 そう切り出したのは、特別個室を預かるコンシェルジュさんだ。


「本日は、高橋翔様の挨拶の後、質疑応答を行います。時間は午後四時までを予定しておりますので、よろしくお願いします。それでは、早速、高橋翔様、よろしくお願いします」

「はい」


 そう言って、手元に束ねられたマイクに向かって話し始める。


「こんにちは、高橋翔と申します。本日は急な記者会見にお集まり頂きありがとうございます」


 正直、有り難さの欠片もないけど、定型文でそう答えておく。

 すると、遠慮なくフラッシュがたかれる。

 まさか自分がこんな立場に置かれるとは思いもしなかったが仕方がない。


「それでは、皆様。本日はよろしくお願いします。それではご質問をお受け致します。ご質問のある方は、挙手をお願い致します」


 すると、報道関係者が一斉に挙手する。

 どうやら、質問したい事が沢山あるようだ。


「朝昼新聞の木梨です。まず初めにお聞きしたいのですが、何故、急に記者会見を行おうと思ったのですか?」


 日朝新聞の記者が真面目そうな顔をしてそんな事を聞いてくる。


 たった一時間しか時間を設けていないのに、そんな事を聞きたいの?

 まあ、正直に答えてもいいけど……。


「はい。私の両親の下や病院の敷地内に報道関係者の方々が押し掛け、近隣や病院関係者に迷惑をかけるので仕方がなくこの場を設けました。どうやら取材許可が下りていないにも係わらず取材を続ける迷惑な報道関係者が多数いるようでして」


 マイクに向かいそう言うと、朝昼新聞の記者が苦い表情を浮かべる。


 ストレートに言い過ぎただろうか?

 でも、これが俺の本心だから仕方がない。


 すると今度は別の報道関係者が挙手をする。


「KHNの畑中です。高橋さんは、吉岡光希君を知っていますか?」

「はい。もちろん知っています」


 俺の宝くじを奪い集団暴行してきた高校生の名前だ。当然、覚えている。


「吉岡光希君のご両親である吉岡猛さんと、吉岡葵さんの事はどうですか?」

「いえ、その方々については存じ上げておりません」


 本当に知らない名前だ。

 うーん。でも、どこかで聞いた事がある名前だな?

 どこで聞いたんだろ?


 すると、KHNの記者が畳み掛ける様に質問を投げ掛けてくる。


「吉岡猛さんは、あなたの住んでいたマンションに放火をした方で、吉岡葵さんは高橋さんを刺した方です。高橋さんは何故、この方々が犯行に及んだと思いますか?」

「うーん。犯罪者の考える事はわかりません」


 正直な思いをそのまま告げると、KHNの記者も先程の記者同様、苦い表情を浮かべる。

 ハッキリ、言い過ぎただろうか?

 しかし、本心なのだから仕方がない。


「高橋さんは、吉岡光希君のご両親から示談交渉を持ち掛けられていたんですよね? もし示談交渉に応じていれば、光希君の両親もこんな犯罪に手を染める事はなかったとは思いませんか?」

「いえ、まったく以ってそうは思いません。何せ、彼は強盗致傷事件を引き起こした凶悪犯です。それに普通の家族であれば、示談が成立しないからと言って、放火や刺傷事件を起こしたりしません」


 そう即答すると、KHNの記者が喰い付いてくる。


「しかし、吉岡光希君は未成年です。更生の可能性が……」

「私はそれを望んでおりません。被害者の私としては、犯した罪に基づいた刑罰を受ける事を望んでいます。それに更生は刑期を終えてからでも可能です」


 すると、KHNの記者は手を下げ、椅子に座ってしまう。

 どうやらKHNの記者にこれ以上質問はないようだ。


「他に質問はございますか?」


 すると今度は、日毎放送の報道関係者が挙手をした。


「日毎放送の浜口です。高橋さんはアメイジング・コーポレーションから二十億円もの民事訴訟を起こされてますね。株主を始めとする利害関係者の方に申し訳ないと思わないんですか?」


 日毎放送の記者が聞いてきたのは、アメイジング・コーポレーションとの事。


「事実無根ですので、まったく思いません。むしろ迷惑している位です」


 すると、何故か、思い切りフラッシュをたかれた。




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