第110話 その頃、アメイジング・コーポレーションでは……②
「はい。私にお任せ下さい。それでは失礼します」
そう言って、西木社長からの内線を切るとアメイジング・コーポレーションの管理本部長である石田はため息を吐く。
「はあっ……」
なんとか首が繋がったか……。
それにしても、まさか高橋の所に内容証明郵便が届くとは……。
それに弁護士を雇う金があるとは思いもしなかった。
弁護士に支払う金額は着手金だけで五千万円。成功報酬で一億円はかかる筈だが、そんな金、一体どこから……いや、今はそんな事を言っている場合ではない。
西木社長の物言いから推察するに、恐らく、あれは高橋のパソコンを使って裁判の証拠となる資料を偽造しろという指示。
直接的な表現はしていなかったが、まず間違いなくそういう事だろう。
西木社長は、言質を取らせない為、政治家でもないのに政治家独特の話し方をする。
燃えてしまった高橋のマンションに内容証明郵便を送れと言ったのも、請求金額を二十億円に設定したのも西木社長だ。
なんで上から目線で挽回するチャンスを与えられなければならないのかわからないが、そこは中間管理職。西木社長に反論する事は許されない。
アメイジング・コーポレーションに入社して八年。
西木派閥として、西木社長の威光を傘に同期を始めとする様々な社員を蹴落とし閑職に追いやってきた。権力を笠に管理本部長として、西木社長の要望を最大限叶えてきたのだ。
他にも役員報酬を上げ、社宅を用意し、会議費交際費が使いやすくなるよう会社の規程も改訂してきた。
社内には、私の事をよく思っていない社員で溢れている。
それこそ、西木社長の退任すれば、今の地位が危うくなる程に……。
だからこそ、後戻りはできない。
「さてと……それじゃあ、高橋のパソコンを使って証拠を作るか……」
誰にも聞こえないよう、そうボソリと呟くと、部下の田中に声をかけた。
「ああ、田中君。高橋君の使っていたパソコンはどこにあるかな?」
「高橋さんのパソコンですか? それならサーバールームにありますが……」
「サーバールーム。ああ、あそこね」
机からサーバールームの鍵を取り出し、立ち上がると私は高橋のパソコン端末を取りにサーバールームへと向かう。
こういった重要な作業は他の社員に任せる事はできない。
「ここか……」
サーバールームの前に立つと、私は鍵を開ける。
サーバールームには、組織内の情報システムの運用のために大量のサーバコンピュータや関連機器が設置されている重要な設備だ。もし万が一、ここに何かあれば大変な事になる。
それにしても、なんでまたこんな所に高橋のパソコンが置かれているんだ?
サーバールームは物置じゃないんだぞ?
扉を開け、サーバールームの中に入ると部屋の端に数台のパソコン端末が置かれていた。
一体どれが高橋のパソコン端末なんだ?
頭に疑問符を浮かべていると、サーバールームに田中が入ってくる。
「失礼します。石田管理本部長、高橋のパソコンですが……」
「ああ、田中君。丁度、君を呼ぼうと思っていたんだ。それで高橋のパソコンはどれなんだね?」
「えっと、これです」
田中はそう言うと、黒いパソコン端末に指を向ける。
「ああ、これね」
そう言って、パソコン端末に手を伸ばす。
すると、不可解な出来事が目の前で発生した。
――バチッ!!
高橋のパソコンからスパーク音が鳴り響き、サーバールーム内に焦げ臭いにおいが立ち込めたのだ。
「はあっ?」
これには私も目が点になる。
一体、どうしたというのだろうか?
それに焦げ臭いこの匂い。もしかして壊れた?
もしかして壊れてしまったのか?
「い、いや、これはどういう?」
唖然とした表情を浮かべつつ、急いでデスクに戻り、高橋のパソコン端末の電源を付ける。しかし、高橋のパソコン端末はうんともすんとも言わない。
タダのデカい箱になってしまった。
思わず私は絶叫する。
「ど、どういう事だね。これっ!?」
田中ぁぁぁぁ!?
これ、壊れているじゃないか!
どんな管理方法をしたらサーバールームでパソコンがぶっ壊れるのっ!?
ぶっ壊れないよ? 普通っ!?
私がそう声を荒げると、田中はパソコンのカバーを開け、他人事みたいに呟いた。
「あー、完全に壊れてますね。マザーボードが焼き切れ、ハードディスクが溶けてます」
いや、『完全に壊れてますね』じゃないよ!
何、言ってんのコイツ!?
高橋のパソコンは裁判の証拠資料を偽造する上で必要なんだよ!?
代わりがきかないんだよっ!?
唖然とした表情を浮かべ、壊れたパソコンに視線を向けていると、内線が鳴る。
「は、はい。石田です」
『ああ、石田君。ちょっと来てくれ』
内線は西木社長からだった。
「はい……」
そう言って内線を切ると私は冷や汗を流す。
まずい。まずい。まずい。まずい。まずい……。
高橋のパソコンが壊れた事が知られたら、また社長の機嫌が悪くなってしまう。
しかし、高橋のパソコンが壊れた事を隠し通す自信もない。
「お、お呼びでしょうか社長」
「ああ、石田君。そこに掛けたまえ」
ハンカチで汗を拭い社長室に入ると、ソファに座るよう言われる。
絶え間なく流れ出る冷や汗をハンカチで拭きながらソファに座ると、西木社長もソファに座り、足をデスクの上に乗せて態度悪く話し始めた。
「それで、高橋の件だが……」
「は、はい……」
高橋の件……それは恐らく、内線で西木社長が『高橋のパソコンを使って会社の為になる資料を作って欲しい』と言っていた件だろう。拙い事になった。
苦い表情を浮かべていると、西木社長が私の顔を覗き込んでくる。
「うん? どうしたんだ、石田君? そんなに汗をだらだら流して、ここはそんなに暑いか?」
「い、いえ、そういう訳ではないのですが……」
「じゃあ、なんだ。なんでそんなに汗をかいている」
「そ、それはですね。高橋のパソコンが……」
「高橋のパソコンがなんだというんだ? 丁度いいからここに持ってきなさい」
「は、はい……」
まずい。壊れてしまいましたと言う前に、持ってきてくれと言われてしまった。
非常にまずい。
私は嫌々、ソファから立ち上がり、机に戻ると、解体した高橋のパソコンを持って社長室に入る。
「これが高橋のパソコンか」
西木社長はパソコンをペシペシ叩くと、ソファにもたれ掛かる。
するとここで奇跡が起こった。
――バチッ!
西木社長がパソコンに触れ、ソファにもたれ掛かった瞬間、またもや高橋のパソコンからスパーク音が鳴り響き、社長室内に焦げ臭いにおいが立ち込めたのだ。
「――な、なんだ? おい。石田君。今のはなんなんだ!?」
スパーク音が鳴る直前まで高橋のパソコンに触っていた西木社長が慌てている。
なんだかよくわからないが、これはチャンスだ。
「ああっ!? 社長、なんて事を!」
「な、何がだ?」
私が頭を抱えそう言うと、西木社長が狼狽える。
「パソコンは精密機械なんですよ! そんな乱雑にペシペシ叩いたら壊れるに決まっているじゃありませんか! どうするんですか!? この焦げ臭い匂い……おそらくマザーボードが焼き切れ、ハードディスクが溶けてます。これではデータを改ざんする事も捏造する事もできません!」
「た、大変じゃないか! なんとかならないのか!」
完全に壊れてしまった高橋のパソコンに触って呟く。
「残念ながら無理ですね」
いつもであれば『難しいですね』という言葉を使うが、ここは希望を持たせないよう一刀両断で『無理』だと断ち切る。
まだ何とかなると思われると無茶ぶりが飛んでくるからだ。
すると、西木社長が慌てた表情を浮かべる。
「そ、それじゃあ、裁判資料はどうするんだ! 高橋のパソコンで裁判資料を作れないとなると、だいぶ厳しいんじゃないか!?」
「はい。厳しいでしょうが仕方がありません。何せ、西木社長自ら高橋のパソコンを壊してしまったのですから……」
哀愁漂わせそう言うと、西木社長は天井を仰いだ。
よしっ! よし、よし、よしっ!
私は心の中でガッツポーズを浮かべる。
なんだかよくわからないが、窮地から脱する事ができた。
しかも、西木社長にすべての責任を押し付けるという最高の結果で、だ。
「そうか……」
西木社長は意気消沈気味にそう言うと、「……それじゃあ仕方がないな」と話を続ける。まさか、パソコンをぶっ壊しておいて話を続けるとは思いもしなかった私は唖然とした表情を浮かべた。
「……それじゃあ、他のパソコンを高橋の使っていたパソコンということにして裁判資料を作る事にしよう。それじゃあ、石田君、後の事は頼んだよ」
「い、いや、何を言っているんですかっ!?」
まさかまさかの斜め上の回答。
『後の事は頼んだよ』と自分の行動は棚上げし、急にそんな事を言い始めた。
「そ、そんな事できる訳がないじゃないですかっ!? 高橋が使っていたパソコンならまだしも、他のパソコンを高橋が使っていたものとして裁判資料を偽造するなんてそんな事……!?」
「……石田君。少し声が大きいな。それに君は何を言っているんだ。誰が裁判資料を偽造しろなんていった? ボクはね。裁判資料を作ってくれとお願いしているんだ。滅多な事を言うもんじゃないぞ?」
「いえ、しかし……」
高橋のパソコンを使って裁判資料を偽造するのと、他人のパソコンを使って裁判資料を偽造するのとでは訳が違う。
絶対に綻びが出るし、それこそ、そんなものを提出し偽造だとバレたら有印公文書偽造で逮捕される可能性もある。それが原因で裁判に負ける事だって……。
まあ、高橋のパソコンを使ってバレても同様だが、難易度が段違いである事だけは確実だ。
しかし、命令するだけで偽造書類を作る訳でもない西木社長には関係ない。
「……石田君。君はボクのお願いが聞けないと言うのか? 嫌ならいいんだぞ?」
「ううっ……」
正直、嫌と言ってやりたい。
しかし、ここで断れば間違いなく評価が落ちる。
出世レースから外れてしまう。
「……わ、わかりました。西木社長の指示通り偽造書類を」
「何を馬鹿な事を言っているんだ。何度も同じ事を言わせるんじゃない。ボクは偽造書類を作れなんて一言も言ってないぞ? ボクはね。裁判資料を作ってくれと言っているんだ」
「わ、わかりました……私の判断で裁判資料を作成させて頂きたいと思います」
「そうか、やってくれるか! いや、石田君ならそう言ってくれると思ったんだ。それじゃあ、後の事は頼んだよ」
「は、はい……」
そう呟くと、憂鬱な気持ちのまま社長室を後にした。
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