第109話 その頃、アメイジングコーポレーションでは……
ここは、アメイジング・コーポレーションの社長室。
アメイジング・コーポレーションの代表取締役社長である西木は、ご機嫌な表情を浮かべ、ゴルフのスイングを行っていた。
「石田君。今週の土曜日は、百十四銀行の落合君とラウンドだったな、ちゃんとハイヤーは手配しておいたか?」
社長室でボクのスイング姿に拍手喝采する石田管理本部長にそう言うと、石田君は意気揚々に言う。
「はい。当日の午前七時、社長宅へハイヤーを手配しています。それにしても、社長。素晴らしいスイングですね。勉強になります!」
社長室でゴルフのスイングをし、ハイヤーの手配を確認しただけだというのに、面白い位、巧言令色してくる石田管理本部長。
良い。とても良い気分だ。
やはり、管理本部長に石田君を挿げて正解だった。
思えば、石田君の前の管理本部長は本当に酷かった。
ボクが昼の昼食代を会議費で落とそうとしたり、夜の会食代を接待交際費で落とそうとすれば、やれ「会議を伴わない昼食代は会議費で落ちません」と言ったり、銀座のキャバクラのママの退任祝いに花束を持っていけば「キャバクラの経費で花束代は落ちません。それはお祝いに頼んだボトルに関しても同じです」と言ったり、贈答品名目(贈る気はまったくない)でお気に入りのメーカーのゴルフクラブを買って領収書を回せば「こんなの経費で落ちる訳ないじゃないですか!」と言ったりで最悪だった。
こちらは二十四時間年中無休で会社の事を思い働いているというのに、たった数十万円の交際費すら会社の経費で落とす事ができないらしい。
まったく以って狂った社会だ。
ボクの様な経営者が金を使ってやっているからこそ社会は回る。
国税局や税務署はその事がまったくわかっていない。
ついでに言えば、生計を一にする親族に対する給料が経費で落とせないのも問題だ。事業専従者にすれば経費で落とす事もできらしいが、難しすぎるわっ!
用語がっ!
小難しすぎて意味がわからん。
更に言えば、条件が厳しすぎる。加えて、税法上のメリットも無さ過ぎる。
こんなんで、日本の産業が育つか馬鹿者め。
ボクが一体いくらの税金を払っていると思っているんだ?
その金額は数千万円に及ぶぞ?
にも拘らず、この国を動かす為政者達は何一つ分かっていない。
もっと高額納税者を優遇しろっ!
政治家の人気取りで高所得者の税率を上げるんじゃない!
いい加減にしろ!
「西木社長。どうしたんですか?」
政府に憤りを感じていると、石田管理本部長が話しかけてくる。
「ああ、なんでもない……石田君。そう言えば、君は以前、ボクのゴルフクラブが欲しいと言っていたね」
「ええ、もしかして社長のゴルフクラブを譲って頂けるのですか!?」
「ああ、もちろんだ……」
最近、使っているゴルフクラブより気になるものが出てきたからな。
元々、これは贈答品名目(会社の金)で購入したゴルフクラブ。また贈答品名目で新品のゴルフクラブを購入すればいい。
忠誠心の高い石田君には、今、ボクが使っているゴルフクラブを安く譲ってやるとしよう。
「ほ、本当にこのゴルフクラブを無料で頂けるんですか?」
何を訳の分からない事を言っているんだ。そんな筈ないだろ。
「石田君。君は何を言っているんだ? ボクはこのゴルフクラブをね。君のいい値で譲って上げようと思っているんだよ。このゴルフクラブは一本、十五万円してね。それで、君はこのゴルフクラブに幾らの値段を付ける?」
そう尋ねると、石田管理本部長が悩み始める。
「そ、そうですね。それでは五千円で……」
「あっ?」
今、こいつ一本十五万円したゴルフクラブを五千円とか言わなかったか?
会社の金で買ったゴルフクラブとはいえ、舐めた事を言うんじゃない。
『あっ?』という言葉に、ボクの思いを込めると、石田管理本部長が慌てた表情を浮かべる。
「す、すいません! ご、五万円! 五万円でいかがでしょうか?」
五万円……五万円か……。
ちと安いが、まあ、いいだろう。
元手はタダみたいなもんだしな。
顔をこわばらせながらそう言う石田管理本部長に、ボクは笑顔を向ける。
「君ならこのクラブの良さをわかってくれると思っていた。名残惜しいが、このゴルフクラブは君に託そう」
そう言って、ゴルフクラブを手渡すと、石田管理本部長は笑みを浮かべる。
「ありがとうございます! それでは、こちらを」
「うむ。ありがとう」
石田管理本部長からゴルフクラブの代金五万円を受け取ると財布の中に入れる。
そして、ソファーにどかりと座ると、足をテーブルに乗せ石田管理本部長に話しかけた。
「それじゃあ、そろそろ本題に入ろうか。裁判と第三者委員会の件はどうだ?」
「はい。実は……」
石田管理本部長が言い難そうにそう呟く。
なんだ?
まさか、問題事か?
「実は何だ? 何か問題事でも発生したのか?」
顔をしかめながらそう言うと、石田管理本部長は頭を下げた。
「も、申し訳ございません。どうやら内容証明郵便が高橋の下に届いてしまったようでして……先程、高橋側の弁護士から連絡がありました」
「はあ? 何をやっているんだ君は! 話が違うじゃないか!」
高橋が住んでいたマンションが燃えて郵便物が届かないと聞いたから、態々、弁護士の野梅君を丸め込んでまで裁判を起こした。
欠席裁判だとばかり思っていたからこそ、第三者委員会の調査結果を待たずして裁判を起こしたのだ。すべては、経営者であるこのボクに責任が及ばないようにする為、そして株主に対し、粉飾決算の責任はすべて高橋にあると明示する為……。
それにも拘らず、内容証明郵便が高橋の下に届いてしまいました?
高橋側の弁護士から連絡がありました?
冗談じゃない。何を馬鹿な事を言っているんだ。
「冗談じゃないよ!!」
憤怒の表情を浮かべると、石田管理本部長が汗を流す。
そして、手を床について頭を下げた。
「も、申し訳ございません!」
綺麗な土下座だ。
しかし、ボクは攻勢を緩めない。
「申し訳ございませんじゃないよ! それになんだ! なんで、高橋に弁護士がついている! おかしいじゃないか!」
「は、はい。なんででしょう?」
『なんででしょう』じゃない。
疑問を疑問で返すな。
「君はボクの事を馬鹿にしているのか?」
「い、いえ、決してそんな事は……」
「だったら、なんで高橋の下に内容証明郵便が届いたんだ。高橋の住んでいたマンションが燃えたと言ったのは君じゃないか!」
「も、申し訳ございません」
「もういい! 君には失望したよ! 出て行きたまえ!」
「し、社長ー!?」
そう言って、石田管理本部長を社長室から叩き出すと、顔を紅潮させ机を叩く。
どうしたものか……。
欠席裁判だと思い、協力業者への資金流用分十億円と粉飾決算十億円の計二十億円すべてを高橋にふっかけてしまった。
労務裁判を起こしてきた腹いせにすべての責任をふっかけてやったが、冷静になって考えて見ると、一経理担当者にすべての責任を押し付け裁判をするのは拙い気がする。しかし、賽が投げられてしまった以上、後戻りはできない。
もし裁判に負けたらどうなる?
会社が金を失うだけで、経営者であるボクに金銭的ダメージはない……か?
いや上場企業が個人を相手に裁判を起こし負けたとなればお笑い草だ。
もしかしたら、経営責任を取らされるかもしれない。
いや、それも問題ない……か?
これまでの功績を考えれば、経営責任なんて取らなくてもこれ位の問題であれば許容される……筈。いや、されて然るべきだ。
しかし、株価が下がれば株主代表訴訟を起こされるリスクが高まる。
どうする……どうすればいい。どうすれば裁判に勝てるんだ?
ぐっ、まさか、高橋の奴が弁護士をつけてくるとは思いもしなかった。
そもそも、何故、高橋にそんな金を持っている?
まさか横領か?
会社から金を掠め取ったのか?
……あり得る話だ。まったくけしからん。
けしからんが、それならば納得できる。
高橋の奴は、会社から金を横領していた。その金で弁護士を雇った。
ふざけた話だ。
後で、石田君に高橋が在籍していた直近五年間の入出金履歴すべてを調べさせよう。
いや……それはそれとして、今は裁判の事を考えなくては……。
どうする。どうすればいい。どうすれば裁判に勝つ事ができる……。
机を指で突きながら考えを巡らせていると、名案が降りてくる。
そうだ。考えてみれば問題ない。
よく考えてみれば、こっちには高橋のパソコンがあるじゃないか。
証拠は石田君に捏造させよう。
こういったやり方はあまり好きではないが仕方がない。
ボクの為にも、会社の為にも高橋には破滅して貰わなければ困るのだ。
高橋がすべての責任を負って破滅してくれれば丸く収まる。
それに第三者委員会も会社の味方だ。
その為に、会社にとって都合の良い事を書いてくれる委員をこのボク自ら選んだのだから。
第三者委員会が書く調査報告書であれば裁判用証拠資料として十分な筈。
例え、問題企業の駆け込み寺の異名を持っていても利害関係のない第三者が書く調査報告書だ。裁判官も無碍にはできまい。
よし。そうと決まれば、早速、石田君に作業をさせよう。
こういったダーティな事に経営者自らが手を染めるのはよろしくない。
そもそも、こういう時、こういった事をさせる為に、周りを忠実なイエスマンで囲っているのだから。普段からいい思いをさせてやってるんだ。こういう時位、役に立って貰わなければ困る。
早速、電話を取り石田管理本部長に内線を繋ぐ。
「あー、石田君か。君に挽回するチャンスを与えようと思うのだが、やるか? なに……そう難しい事じゃない。君には高橋のパソコンを使って会社の為になる資料を作って欲しいんだ。簡単なことだろ?」
最近では、ファイル日付を偽造する無料ソフトウェアなども存在する。
メールの受信日付の偽造可能だ。
「おお、やってくれるか! 石田君ならそう言ってくれると思っていたよ」
これで安心だ。なに、証拠を偽造した所でわかる筈がない。
そう言って電話を切るとボクは笑みを浮かべた。
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