第108話 取材は許可を得てからやりましょう。じゃないと報道機材が壊れることになります

『今、どんな気持ちですかっ?』

『息子さんが起こした不祥事に対して一言お願いします!』


『ちょっと、止めて下さい! 近所迷惑ですっ! 警察を呼びますよっ!』


 一方的なメディアスクラム。

 いわゆる社会の関心が高い事件において、マスメディアの記者が多数押しかけ、当事者や家族・友人などの関係者、近隣住民などに対して強引な取材をする事。


 簡単に言えば、『知る権利』という名を借りたプライバシーの侵害。

 つまり、日本国憲法第十三条の侵害である。

 対して知る権利は、憲法第二十一条が明記する表現の自由の一部。

 一方で、放送法第一条二項では、放送の不偏不党、真実及び自律を保証する事によって、放送による表現の自由を確保する旨が記載されている。


 しかし、知る権利や放送法で定められているのは、不偏不党。

 つまり、どの主義・党にもくみせず、公平中立の立場を取る者に許された権利という訳だ。

 上場企業が発表した内容だからと言って、間違った真実を、さも真実であるかの様に偽って報道するのは憲法違反であると規定されている。


「それじゃあ、そろそろ、マスコミが知る権利を行使して、どんな行動に出ているのか皆に知ってもらおうか……」


 そう言って実際に報道される事ないメディアスクラムの実態を動画配信サイトに流すと、その動画閲覧者数はすぐに千人を突破した。

 リアルタイム中継である事が受けたのかもしれない。


 コンシェルジュとエレメンタル達の力を借り、家の至る所にカメラを設置し、多角的角度から動画配信サイトに流した甲斐があったものだ。

 流石は特別個室のコンシェルジュさん。

 お願いすれば何でもやってくれる。

 そして、しばらくすると、動画配信サイトに映っていたであろう記者達が肖像権の侵害で訴えるとコメントを書き込んできた。もちろん、これもすべてコンシェルジュさんに対応して貰っている。

 まあ、病院に匿って貰っているから連絡があるならこっちかなと思っていたが、まさかのコメント。腹痛である。


 まさか、知る権利の名の下に肖像権を侵害している側から肖像権の侵害を訴えられるとは思いもしなかった。

 とはいえ、プライバシー権や肖像権について明確に規定した法律は日本に存在しない。まあ、無視してもいいだろう。


 俺としてはただ、勝手に撮られ流された映像の報復として、取材の中継をしただけに過ぎない。

 どれだけ無礼な報道の仕方をしていたか、それを実況中継しただけだ。

 ちゃんと、『動画配信サイトにて実況中継中』という立札も立ててある。

 それで文句を言うなら、まさにブーメラン。あんた等のやり方を踏襲しただけだと言ってやるだけだ。

 知る権利の名の下に特攻かけてくる奴等と、律儀にも立札立てて警告した上で動画配信サイトに流す俺とでは優しさが違うけどね。


 動画の視聴者数が十万を超えた頃、コンシェルジュから電話がかかってきた。内線のボタンが光っている。

 電話を取ると、コンシェルジュが淡々と報告事項を伝えてくる。


『高橋様。マスコミからですが、いかが致しますか?』


 どうもこうも決まっている。


「話す事は何もないから無視で、とりあえず、実家にマスコミが押し掛けなくなるまで継続かな? とりあえず、警察呼んでくれない? 流石に病院側も迷惑でしょ」

「そうですね。承知致しました」


 そう伝えると、コンシェルジュさんがそう言って、電話を切った。

 特別個室から外を眺めると、病院の前に人集りができているのが目につく。

 カメラを所持しているものが多数。

 恐らく外にいるのは報道関係者で間違いない。

 窓を少し開けると、報道関係者の喧しい声が聞こえてくる。


「高橋さん。いるんでしょ! 出てきて下さいよ!」

「説明責任があるでしょう。説明責任を果たすつもりはないんですか!?」


 説明責任。俺の嫌いな言葉の一つである。

 そもそも俺に説明責任を果たす義務はない。説明責任を果たす法的な根拠もない。ただ巻き込まれている側である俺にどんな説明責任があるというのだろうか?

 そして、彼等に取材倫理はないのだろうか?

 ここは病院。医療機関である。

 病院のホームページには、取材時の注意事項がきちんと掲載されており、その中には、『受診者、来院者が特定されるような撮影や、敷地内でのインタビュー取材を禁止する』旨が記載されている。

『病院業務に支障をきたさない』旨もだ。


 現状、報道関係者はその注意事項すべて無視している。

 病院関係者が通る度に、「この病院に高橋翔さんが入院しているんですよね」といったような言葉や「会見を開くつもりはないんですか?」といった言葉を投げかけ、強制的なインタビューを試みている。


 横暴。あまりにも横暴だ。

 記者ならルールを破っていいとでも思っているのだろうか?

 まあそんな横暴さを余す所なく、動画に収め動画配信サイトにリアリタイム配信しているから別にいいんだけど。


 そんな事を考えていると、エレメンタルが持つ上空カメラに警察車両が映る。

 ようやく警察官のお出ましのようだ。

 警察官達は記者達の前に出ると、直ちに取材を止めるよう警告する。

 すると、記者達も警察が来た事で拙いと思ったのか撤退の準備を始めた。


 やはり、記者といえど、表立って公権力には逆らえないらしい。

 まあ当事者としては、病院で勝手に取材しようとする記者達を建造物侵入罪や不退去罪、業務妨害辺りで全員しょっ引いて欲しいが、何故か警察もそこまでの事をする気はないようだ。


 記者達が撤退する様子を、モニター越しに見ていると、一部の記者が不穏な動きを見せる。

 警察官が他の記者達に取材を止めるよう呼びかけている隙をつき、今度は病院関係者を装って、病院への侵入を試み始めたのだ。

 エレメンタルが上空からカメラを回していなければ気付かなかったかもしれない。


「ヴォルト……」


 俺が雷の精霊ヴォルトの名を呼ぶと、ヴォルトは俺の考えを忖度し、病院への侵入を試みようとしている記者達に向かって飛んで行った。

 雷の精霊ヴォルトは、以前、『ムーブ・ユグドラシル』目当てで俺を襲ってきた転移組ユウキ、その他の連中に監視・お仕置き役として付け、つい先日、戻ってきたエレメンタルだ。

 雷の精霊ヴォルトと共に、氷の精霊セルシウス、音の精霊ハルモニウムも戻ってきている。

 雷の精霊ヴォルトは、ピカピカ光ると病院内に潜り込もうとする記者に近付き、記者の持つスマートフォンやカメラ、小型録音機を次々と破壊していく。

 体の至る所で『バチッ!』というスパーク音が鳴った為か、記者達は慌てふためき、文鎮とかしたスマートフォンと小型録音機を片手に呆然とした表情を浮かべていた。


 不思議な事もあるものだ。俺はただ雷の精霊ヴォルトの名を呼んだだけだというのに、ヴォルトが俺の考えを忖度し、病院へ不法侵入をしようとした記者達に近付いた事で、記者達の持っていた電子機材が壊れてしまった。

 まさかそんな事になるとは、不法侵入をしようとした記者達には悪い事をした。

 でも、雷の精霊ヴォルトが忖度してやった事だし、仕方がないよね?

 忖度が罪にならない事は、この国に住む上級国民が教えてくれた。

 それに雷の精霊ヴォルトが器物破損をした証拠はどこにもない。


 この世界に精霊がいたとして、それを認識する事も裁く事も出来やしないのだから。

 今回の事は、知る権利の名の下に病院に不法侵入し、プライバシーの侵害をしようとした記者達の持つ電子機器が偶々、壊れてしまっただけの事。

 もしかしたら、服やカバンに忍ばせていた私物の電子機器すべてが文鎮化してしまったかもしれないけど、それも仕方がない事だ。警察の目を掻い潜って不法行為をしようとした報道関係者が悪い。

 これを機会に、今後は法律を侵すような取材は控えるようにしてほしい。

 今後も、俺に対し今のような取材攻勢を貫くようであれば、報道関係者の持つ報道機材すべてを、雷の精霊ヴォルトに忖度して貰い、破壊しなければならなくなる。

 そんなこんなで、警察への通報に一応の効果があったのか、表向き報道陣が病院から去っていく。

 しかし、エレメンタルから送られてくるリアルタイム動画を見る限り、報道陣が取材を諦めているようには見えない。

 どうやら、警察が病院を去った後、もう一度、取材を試みる気のようだ。

 報道陣が車の中に撤退していったものの、まったく、その場から動く姿勢が見られない。

 むしろ、病院に視線を向け、警察が帰っていくのを今か今かと待ち構えているように見える。


「……往生際が悪いな」


 そんな浅はかな行動がエレメンタルを使役する俺にバレていないと本気で思っているのだろうか?

 まあ、エレメンタルの存在なんて知らないだろうけど……。


「そっちがその(取材を続ける)気なら仕方がない……」


 リスクを承知でスクープを取るという報道姿勢は嫌いではない。まあ、その為に自ら法を犯すというのもおかしな気がするけど……。

 警察に注意を受け、それをすぐに無視するような報道姿勢を貫くようなら、取材を続ける事ができないよう徹底的に報道機材、その他諸々を破壊してやろう。


「ヴォルト、セルシウス、ハルモニウム」


 そう呟くと、雷の精霊ヴォルト、氷の精霊セルシウス、音の精霊ハルモニウムが俺の考えを忖度し、警察が去るまでの間、車の中に隠れる事を選択した報道関係者達の下へ飛んでいく。

 すると、病院周辺のそこらかしこでスパーク音や何かが壊れる音が聞こえてくる。

 エレメンタルのリアルタイム動画を確認すると、そこにはパンクしたワゴン車、レンズがひび割れたカメラ、壊れた各種報道機材。そして、呆然とした表情を浮かべる報道関係者の姿があった。


「……ま、まあこんなもんだろっ」


 ちょっと、やり過ぎのような気がしないでもないけど、こうなってしまった以上は仕方がない。俺もちょっとだけ悪いと思ったけど、警察の指示に従わずに取材を続けようとしたあいつ等が悪いって事で……。


 とはいえ、腐っても報道関係者。

 まだまだ取材を続けようとするんだろうな……。

 まったく迷惑な奴等に目を付けられてしまったものだ。

 まあ、後数度、同じ事を繰り返してやれば、収まるだろ。

 そうだ。折角だし、アメイジング・コーポレーションにも一体、エレメンタルを配置して置こう。裁判に勝つ目算が立ったとはいえ、油断は禁物。

 報道関係者の機材を破壊し尽くし、帰ってきた雷の精霊ヴォルトに俺はお願いをする。


「ヴォルト。ちょっと、アメイジング・コーポレーションの様子を見てきてくれないかな? もしアメイジング・コーポレーションの社員が俺にとって不都合になる事をしようとしたら事前に止めてほしいんだ」


 そうお願いすると、雷の精霊ヴォルトはピカピカバチバチ光り、外に向かって消えていく。エレメンタルに任せれば安心だ。

 これでアメイジング・コーポレーション関係もマスコミ関係もオールオッケー。


「……ふう。珈琲がうまい」


 まあ、インスタントだけど、気分の問題だ。

 車を含めた報道機材すべてを破壊された報道関係者の姿を見ながら、俺は珈琲を啜り笑みを浮かべた。

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