第107話 裏工作③

「ありがとうございます。しかし、第三者委員会の調査は公平に行って頂かなけば困ります」


 そう告げると、小沢誠一郎氏は困惑した表情を浮かべた。


「ええっと、申し訳ございません。理解が追い付かないのですが、それはどういった意味で? それだと、高橋様にあまりにもメリットがないと思うのですが……」

「ええっと……」


 まあ、困惑する気持ちはわかる。

 ここは正直に申し上げておこう。


「……先程、申し上げましたが、私はアメイジング・コーポレーション㈱から二十億円もの巨額訴訟を訴えられています。その為、あなたにはこの調査報告を公正明大に、それこそ嘘一つない真実の調査報告書を作成して頂けなければ困るです。あちらの経営者に対する忖度なしの……ね?」


 そう、忖度してあちら側に有利な調査報告書を作成されては困るのだ。

 一方で、裁判の資料として使うからには、嘘ばかりの報告書でも困る。

 正直に告げると小沢誠一郎氏は笑みを浮かべる。


「安心して下さい。調査は公正明大に行います。何しろ、この第三者委員会は会社の監査等委員や常務取締役が委員会に選出されておりません。誓って、会社の有利に働く様な忖度は致しません。もちろん、それはあなたに対してもです」


 それだけ聞ければ十分だ。


「そうですか、安心しました。そういえば、小沢様には言っていませんでしたね。私の秘策を……」

「そういえば、そうでしたね。秘策とは何なのです?」

「ああ、それはこれです」


 予め用意してあったもう一枚の『契約書』を取り出すと、小沢誠一郎氏の前にペンと共に置く。すると、小沢誠一郎氏は困惑した表情を浮かべた。


「これは一体……」

「はい。これは約束を必ず順守・履行させる効果を持った契約書です。試しに、この契約書にサインし、契約書に書かれた内容を破ってみて下さい」


 デモンストレーションの為に、契約書を一枚無駄にするのは勿体ないがこれも必要な事だ。


 契約書に記入した内容は、たった二つ。

 ・この契約書にサインしてから五分間の間は席を立たない事。

 ・それを破った場合、一分間、座れなくなる事。


 契約書にはこんな使い方もできる。

 そして、効果を実感するならこの方法が手っ取り早い。


「……サインするのは構いませんが、これになんの意味があるのですか?」


 小沢誠一郎氏の問いかけに俺は自信満々に応える。


「サインしてみればわかります。まあ、騙されたと思って……」

「はあ……そうですか?」


 小沢誠一郎氏は怪訝な表情を浮かべたまま、契約書にサインする。

 そして、一度席を立ち、すぐに座ろうとする。


「こ、これは……い、椅子に座れない?」

「はい。これがこの契約書の効果です。契約書に書かれた通り、小沢様は一分間座る事ができなくなります」

「そ、そんな馬鹿なっ……」


 小沢誠一郎氏が何度も椅子に腰かけようとする。

 しかし、契約書が効果を発揮している為、座る事ができない。

 再び椅子に座る事ができたのは、一分経過した後だった。


「契約書の効果を実感していかがでしたか?」

「これは凄いですね……」


 効果を実感した後、何度も椅子に座りなおす小沢誠一郎氏。


「ええ、この契約書で結んだ契約は、必ず順守されます。もしこれで契約を結んでしまえば、値引要求される事も、支払期限を破られる事もありません。まあ、一枚当たり百万円するのが問題ですが……」

「い、一枚当たり百万円っ!?」

「ええ、でも、小沢様が値引要求される金額より小さい金額でしょう?」


 第三者委員会の調査費用は多額。

 百万円と聞くと高く感じるかもしれないが、後で値引要請されるよりよっぽど安い。


「……た、確かに」


 思い当たる節があるのか、小沢誠一郎氏は頷いた。


「それで、アメイジング・コーポレーション㈱と、第三者委員会の契約を結んだのですか?」


 そう尋ねると、小沢誠一郎氏は首を横に振る。


「いえ、正式な契約はこれからとなります」

「それはよかった!」


 アメイジング・コーポレーション㈱の事だ。

 この件が終われば、確実に値下げ要求をしてくる。

 喉元過ぎれば熱さを忘れるっていうしね!


「契約を結ぶ際には、こちらの契約書をご利用下さい。この一枚はサービスさせて頂きます」

「よ、よろしいのですか?」

「はい。不当な値下げ要求に屈するべきではありません。この契約書を使えば、それを未然に防ぐ事ができます」


 それに、これから先、BAコンサルティング㈱には経営を立て直し、稼いで貰わなければならない。それこそ、資本提携した二億円。そして、貸す予定の数億円を回収できる位には……。資本提携したからには、個人的にやりたい事もあるしね!

 不当要求断固阻止!

 そういった値下げ要求をしてくるような会社は、暴力団より質が悪い。


 契約書を手渡し、小沢誠一郎氏とガッチリ握手をすると、俺達は資本提携に向けて話を進めた。


 ◇◆◇


「それでは、私はこれで……」

「はい。よろしくお願いします」


 特別個室を出て小沢誠一郎氏を見送ると、扉を閉めガッツポーズする。


 計画通り……。


 後は待っているだけで終わる。

 何が終わるかって?

 当然、アメイジング・コーポレーション㈱が仕掛けてきた訴訟案件がだ。


 第三者委員会の調査報告書作成に係る時間は一、二ヶ月。

 そして今は九月下旬。アメイジング・コーポレーション㈱は三月決算の会社だ。

 つまり、後、一ヶ月もしない内に四半期決算がやってくる。

 金融庁(EDINET)と東京証券取引所に提出する四半期報告書・四半期決算短信の期限は、決算後四十五日以内と決まっており、その期限を超えた場合は、開示内容と合わせて『遅れた事情』や『決算内容の開示にかかる見込みや計画』を開示しなければならない。


 当然、開示する四半期報告書・四半期決算短信は第三者委員会の調査結果を受け、過年度決算の訂正を行わなければならず、到底、四十五日以内に開示できる筈がない。

 となると、アメイジング・コーポレーション㈱はおそらく関東財務局に『四半期報告書の提出期限延長に係る承認申請書』を提出し、提出期限を延長して貰わなければならない。


 そして、万が一、その提出期限を過ぎれば有価証券上場規程施行規則第六百五条第一項第十三号aにより監理銘柄(確認中)に指定され、上場廃止となる。

 それを避けたければ、第三者委員会がどんな内容の調査報告を上げてこようとも、それを真摯に受け止め訂正報告書と決算短信の訂正を行わなければならない。


 アメイジング・コーポレーション㈱で起こった粉飾決算。

 その直接の原因は、ほぼ百パーセント、西木社長によるパワハラで間違いない。


 西木社長は自分に甘く他人に厳しい経営者。業績が悪ければ、業績の悪い部支店長を態々、東京にあるオフィスまで呼び出し叱責。その上で、念書や誓約書を書かせ、達成できなければ降格。責任を取らせ給与を返還させたりする。

 元々、達成不能な予算を作らせ、それでいて達成できなければ降格、給与返還だから質が悪い。

 そもそも業績が悪いのは、西木社長が営業担当者を理不尽に叱り倒し、その結果、有能な営業担当者が会社を去っていくからだ。営業マンが減れば売上が下がるのは当然。ついでに、西木社長に支払う役員報酬が異常に高すぎるという問題もある。


 何か問題を起こせば、叱り倒された後に降格。給与返還なのだから、そりゃあ、問題を起こした担当者も不祥事を隠そうとするのは当然だ。

 そんな土壌であれば、誰も起きてしまった問題を報告しようとは思わない。

 つまり、粉飾決算が起こってしまった大元の原因は、西木社長の存在そのもの。怒声に罵声、重過ぎる罰則を恐れ、内部統制システム自体が機能不全に陥ってしまった為とも言える。

 ついでに言うと、西木社長の暴走を止める役員が誰もいないのも原因の一つだ。

 何故なら、役員の過半数は西木チルドレン。つまり、役員の過半数を西木社長のイエスマンが抑えているのだ。


 しかし、今回、西木社長にしては珍しく墓穴を掘った。

 大人しく調査委員会を設置すれば良かったものを、どういう思考回路でそうなったのかわからないが、完全に外部の人間で構成される第三社員会を設置してしまったのだ。

 対外的な見栄か、はたまた、痛くも無い腹を探られても問題ないと考えたのか……。


 得手してパワハラをしている者はパワハラしている事に気付かない。

 本当に不思議な事に『相手の事を思って叱責してやっている』とすら思い込んでいる。


 まあ、今回は、そのお陰で助かったんだけど……。

 周りをイエスマンで囲っているお蔭で反対意見は何も出なかったのだろう。

 そもそも、上場廃止の危機だとすら思っていないのかもしれない。

 西木社長が昭和体質の経営者で本当に良かった。


「それにしても……なんで第三者委員会の結果を待ってから訴訟をしなかったんだろ?」


 本当に不思議でならない。

 まあいいか。そのお蔭で自爆してくれたんだし……。


「それにしても、あーあ、こんなに大事にしてくれちゃって……」


 最近、殺傷沙汰に巻き込まれた事もあってか、ニュースをつけると、そこには、アメイジング・コーポレーション㈱で経理担当だった元従業員が、二十億円もの粉飾決算を主導『か』というニュースが流れていた。

 アメイジング・コーポレーション㈱の言い分をそのまま一方的に報じた形だ。


 流石はマスコミ。情報の精度より鮮度を優先した報道。

 これが報道被害という奴か。誤報を事実と決めつけ報道するその姿勢、流石である。

 まさかその当事者になるとは思いもしなかった。


 事実と確認されていない事柄を『「○○は××」か』等と、疑問符を付けられても困る。『か』と疑問符を付けられ報道されてもまったくフォローになっていない。

 事実と確認されていないからこそ『××か』という疑問符を付けて報道しているのだろうが、疑問符を付ければそれでいいという訳ではない。

 例えば、俺がマスコミ各社に対して『この会社はこんな事をしている。逮捕まったなし「か」?』という疑問符を付け動画配信サイトに流したらどうなるだろうか?

 まず百パーセント訴えてくる。自分達の行った報道を棚に上げて……。


 しかし、それと共にこう思う。

 それ、自業自得なんじゃないだろうかと。

 自分達マスコミは、事実と確認されていない事柄を『か』という疑問符を付ければ報道してよく。自分達以外がそれをするのはダメ。

 名誉回復をする為、その点に対し裁判を提起して勝訴して、マスコミに謝罪広告や検証番組を出させた所で、結局、マスコミ報道によって破壊された元の生活は取り戻せない。

 まあ、俺の場合、病院に匿って貰っているからそれほどの被害はないけどね。

 議員が病院を隠れ蓑として事態収拾を図る理由もわかる気がする。


 確かに、病院であればマスコミが院内に入ってくる事はない。

 しかし、やられた事に対して報復位してもいいよね?

 だって、あちら側もやってるし、国民の知る権利を侵害してはいけない。

 何なら、俺の実家に『知る権利』という名の下に、とんでもないジャーナリズムを発揮してくれたみたいだからね!


「高橋様。準備が整いました。しかし、本当にこれを流すのですか?」

「うん。まあ、トカゲのしっぽ切りになるかもしれないけど、国民の知る権利を侵害するのもどうかと思うしね。折角だから、知る権利を盾に暴走するマスコミの報道姿勢について動画に流してもいいんじゃないかと思って……」


 そう呟くと、俺は複数の動画配信サイトに知る権利を盾に暴走するマスコミの醜態をノーカットで上げる事にした。

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