第106話 裏工作②

 翌日、午前十時。BAコンサルティング㈱の代表取締役である小沢誠一郎との会談は、俺が今、住んでいる特別個室で行う事となった。


 病院の外には未だ記者がうろついている。俺が刺されてまだ間もないから仕方がないと言えば仕方がない。

 そう言った事情を加味し、コンシェルジュがそう手配してくれたようだ。


 コンシェルジュに案内され、部屋に入ってきたのは、口髭を生やした物静かな白髪の老人。会社情報によると、まだ五十歳の筈だが随分と老いて見える。

 相当苦労されているのだろう。


「初めまして、私はBAコンサルティング㈱の代表取締役、小沢誠一郎と申します」

「ああ、これはご丁寧にどうも、私は高橋翔と申します。どうぞ、お掛け下さい」

「はい。それでは失礼して……」


 俺はBAコンサルティング㈱の代表取締役、小沢誠一郎から名刺を受け取ると、椅子にかけるよう促した。

 着席すると同時にコンシェルジュがテーブルにお茶を運んできてくれる。


「ああ、ありがとう」


 小沢誠一郎は、コンシェルジュに向かってそう言うと、お茶を一口含み息を整える。そして、コンシェルジュが退室したのを確認すると、探るような視線を俺に向け話始めた。


「先日はご連絡頂きありがとうございます。なんでも、当社と資本提携を結びたいとか……」

「はい。こちらには二億円出資する準備があります。私と致しましては、株式を互いに持ち合う形で資本提携させて頂ければと思うのですが、いかがでしょうか?」


 BAコンサルティング㈱の資本金は二億円。

 株のすべてを代表取締役である小沢誠一郎氏が持っている。

 こう言った場合、保有割合は三分の一を超えないようにするのが一般的らしいが、それでは債務超過状態となっているBAコンサルティング㈱の債務超過を解消できない。その為、そう提案させて貰う事にした。

 もし受け入れて貰えるなら、二億円と引き換えに、BAコンサルティング㈱の株式の五十パーセントを取得する事となる。


 そう問いかけると、小沢誠一郎氏は難しい表情を浮かべる。


「……高橋様は当社の財政状態や経営成績をご存知ですか?」


 もちろん、当然知っている。

 だからこそ、この話を持ち掛けたのだ。


「はい。事前に会社情報を取得し、調べさせて頂きました」


 すると、小沢誠一郎氏は、どんよりとした空気を醸し出す。


「そうですか……。でしたら、お分かりになるでしょう。私の会社はもう駄目です。ここで二億円の出資を受け入れても、数年程度の延命にしかなりません。会社をなんとか立て直そうにも二億円では資金が足りないんです。銀行がお金を貸してくれない今、そのお金は銀行からの借入金返済に充てるだけ……。穴埋めですべてを使い切ってしまいます……」


 なるほど、会社を立ち直す気概はあるけど、二億円の出資程度では銀行からの借入金返済で終わってしまい、数年程度の延命にしかならないと、そういう事か……。

 でも、それならまったく問題ない。


「……小沢様。もし仮に私が出資金とは別に数億円。お金を貸す用意があると言ったらどうします?」


 そう告げると、小沢誠一郎氏は一瞬、驚いたかの様な表情を浮かべる。

 しかし、それは一瞬の事、すぐに俯いて呟くように愚痴り始める。


「経営が行き詰っている今、出資自体はありがたいお話です……。しかし、それだけでは……。何度も申し上げますが、数年程度の延命にしかならないのです」

「ですが、私が出資すれば……」

「……高橋様は、私の会社が世間で何と言われているかご存知ですか?」


 ……問題会社の駆け込み寺。


 そう頭に思い浮かべると、小沢誠一郎氏が力なく笑う。


「問題会社の駆け込み寺ですよ……。問題会社が私の書く調査報告書を求めて押し寄せてくるんです。取引先は皆問題会社……。調査報告書を提出した途端、最初に取り決めた契約を反故にして、調査費用が高すぎる。もっと安くしろと値引きを要求してくる。中には、会社情報を見て足元を見てくる会社も……。これでは経営が成り立ちません。しかし、経営を続ける為には、そんな会社の依頼を受けざるを得ない。わかりますか? BAコンサルティング㈱はもうとっくの昔に終わっているんですよ……」


 小沢誠一郎氏の話を聞き思った事。それは単純に、この人、自分の会社とはいえ、内部事情を暴露し過ぎではないだろうかという事だった。

 誰かに相談するにも社員にそんな事を言える筈もなく、もうどうせお終いならと溜めに溜めた愚痴を吐き出すかの如くそんな事を愚痴るBAコンサルティング㈱の代表取締役。

 とりあえず、相当追い詰められているという事だけはよくわかった。


 しかし、今、自暴自棄になられても困る。

 この人は、アメイジング・コーポレーション㈱の第三者委員会の委員長。

 あの会社の調査報告書を書く人なのだ。

 西木社長と石田管理本部長の言い分を碌すっぽ調べず、奴等の主張をそのまま調査報告書として提出させる訳にはいかない。


 そもそも、俺は、この人にちゃんとした真実を証明して貰わなければ困るのだ。

 それに今の話を聞いて確信した。俺がBAコンサルティング㈱の経営に参画すれば、確実に利益を上げる事ができる。

 何故なら、俺には、結んだ約束を百パーセント遵守させる課金アイテム『契約書』があるのだから……。


 小沢誠一郎氏の話を聞いてよくわかった。

 要するに、調査報告書を提出し、その調査報告書を元に監査法人が開示書類の訂正及び監査を行う。

 そして、無事、監査法人から無限定適正意見を頂き、訂正報告書を開示して、めでたしめでたしとなった所で、第三者委員会の費用、高すぎるんじゃないのと経営者からケチが付き、支払う費用の交渉中は、その支払いすら差し止められ、減額交渉という名の交渉を依頼された会社から再三に渡り要請され、資金繰りに困り泣き寝入りの如く減額交渉に応じてしまうと、そういう事だろう。


 粉飾決算が発覚した会社の初動は死にもの狂いだ。

 何せ、第三者委員会の調査報告書がなければ、監査法人からの無限定適正意見を貰う事すらできない。しかも、提出期限に定まりがあり、その期限を越えてしまえば上場廃止。金融庁からの罰則も免れる事はできない。


 だからこそ、高いと感じていても第三者委員会にお金を支払う事に同意する。

 上場会社も必死だ。誰も好き好んで上場廃止したい訳じゃない。上場廃止したくても資金繰り的にできない理由もあるだろう。

 粉飾決算が原因で上場廃止にでもなったら、株主代表訴訟待ったなしだからだ。

 しかし、いざ上場廃止を回避し、苦難を乗り切ったと感じたら話は別だ。

 助けてもらったという感情は、金を払ってやったんだからその位、やって当たり前の事だろう。という気持ちに代わり、まだ支払っていない分の費用について恥じらいもなく値引き交渉を行う。


 当社はまだ苦境を抜けてない。これから、事業を建て直さなければならないのだ。

 そう言った自分勝手な免罪符を盾に、そう言った要求をする。

 しかし、一番初めの契約部分を『契約書』で押さえてしまえば話は別だ。

 肝心要の一番弱っていて藁にでも縋りたいと思っている初動時に、もう二度と後戻りのできない契約を結んでしまう。

 ある意味では当たり前の事だが、そういった営業力のなさを課金アイテム『契約書』が埋めてくれる訳である。

 それに『第三者委員会ドットコム』を見ればわかる。

 今は、大粉飾決算社会。

 月に数社の上場企業が第三者委員会を設置し、上場維持の為、改善報告書を提出する世界……。引く手数多だ。

 そこにゲーム世界の課金アイテム『契約書』があれば、会社の将来は確約されたものである。


 値引き?

 知りませんな、満額払ってもらいます。だってそれが契約時の金額だから。

 別に強要した訳じゃない。その時は、必要だと思ったから依頼してきたんでしょう?


 悪徳企業がっ!?

 はあっ?

 払うものも払わず、値引きを強要するあんたらの方が悪徳でしょう。

 どの口下げてそんなこと言っているんですか。

 とりあえず、輪廻転生でもして同じような境遇に立たされた後にそう言って欲しい。

 俺達からすれば、手の平返しして値引きを強要するような企業こそ悪徳企業と思うから。


 長い時間、そんな事を考えていると、小沢誠一郎氏が恐る恐る声を上げる。


「……そんな会社に出資して本当によろしいのですか?」


 その言葉は、まるでこれ以上、誰かを巻き込みたくない。

 そんな風に聞こえた。

 しかし、俺の回答は最初から決まっている。


「もちろんです。歓迎します。今すぐにでも契約を結びたい気分です」


 そう告げると、小沢誠一郎氏は唖然とした表情を浮かべる。

 まるで、これまでの話をちゃんと聞いていたのだろうかと、そんな感じの表情だ。

 そんな表情を浮かべる小沢誠一郎氏に俺は言葉を並べる。


「……安心して下さい。ちゃんと、話は聞いていましたよ。その上でこの会社はまだ大丈夫だと思ったんです。安心して下さい。私には秘策があります。まあ、その秘策は契約終了時に教える事になるのですが……」


 俺の言葉を聞き、小沢誠一郎氏は酷く言葉を荒げる。


「し、正直な話。信じられません……」

「なんでしたら、連帯保証人にでもなりましょうか? 代わりに、成功した暁にはそれなりのリターンを頂きますが……」


 そう告げると、小沢誠一郎氏は涙を浮かべる。


「わ、私の……私の会社の為に、何でそこまでして頂けるのですか?」


 そんな事は決まっている。無用な忖度をさせない為だ。それ以上でも、それ以下でもない。しかし、この人には、正直な思いを述べておこう。後で恨まれても嫌だし、これからこの会社のパートナーになる訳だしね。


「実は私、あなたが引き受けた会社に冤罪で訴えられているんですよね。あなたにはそれを立証して欲しいんです」


 正直にそう告げると、小沢誠一郎氏は涙を拭い軽く笑う。


「……なるほど、そういう事でしたか」


 俺からの申出を断って破滅するも、そのまま破滅街道を驀進するも小沢誠一郎氏の自由だ。俺が正直にそう告げると、小沢誠一郎氏は笑みを浮かべこう言った


「いいでしょう。正直、調査報告書の提出後に手の平返しする会社が多くて困っていたんです。どうせ最後の仕事だ。是非、あなたに協力させて頂きたい」


 覚悟の決まったその言葉に、俺はゆっくり問いかけるように、それを否定した。

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