第105話 裏工作①
正直、こんなくだらない裁判に一銭たりともお金を支払いたくはなかった。
しかし、こうなっては仕方がない。
アメイジング・コーポレーション㈱のホームページにアクセスしてみると、『当社元社員に対する訴訟の提起に関するお知らせ』といった適時開示情報が公開されていた。
そこには、『本件訴訟を提起した相手(被告)当社元社員 高橋 翔』と実名が上がっている。裁判と同時並行して第三者委員会も立ち上げたようだ。
アメージング・コーポレーション㈱の株価を検索すると、二十億円の巨額粉飾発覚以降、降下線を辿っている。
「ある意味、これはチャンスかな?」
会社で不祥事が起きると、不祥事の背景や原因、何故防止できなかったのかを調査する第三者委員会が設けられる。
通常、第三者委員会は社外の有識者が委員になり調査が行われるが、その第三者委員会の調査費用は会社が持つ訳で、対面上、中立や利害関係のない有識者を会社は謡っているが、その実はズブズブ。
依頼者である会社に有利な取り計らいをする経営者等の傀儡に過ぎない。
つまりアメイジング・コーポレーション㈱は第三者委員会が発行する調査依頼書。これを世間に公表し、『上場会社の経営者として説明責任は果たしました』と『すべての責任は高橋翔にあるんです』そう言いたい訳だ。
不祥事の背景を探る所か、まるで株主からの追及を逃れる為の隠れ蓑。
ついでに、その調査報告書が公表されたらそれを裁判の証拠として利用するのだろう。
『会社とは利害関係のない中立で独立した第三者委員会が調査した所、やはり、我々が考えていた通り高橋翔がすべての元凶だったのです』と……。
アメイジング・コーポレーション㈱の社長の考えそうな事だ。
となれば、時間が勝負となる。
俺がアメイジング・コーポレーション㈱に入社した際、ほぼ強制的に加入させられた従業員持株会。その一年後に退会したものの、株価が下落に下落を重ねた結果、売るに売れなくなったアメイジング・コーポレーション㈱の株式。
役に立たないクソ株式だと思っていたが、このクソ株式がようやく日の目を見る機会がやってきたようだ。
出木杉法律事務所の出木杉弁護士に一通のメールを送ると、俺は笑みを浮かべた。
馬鹿みたいに高い弁護士報酬を支払うはめになったのは憤慨ものだが、何もせず裁判に負け二十億円を支払う気など俺にはない。
出木杉弁護士に送ったメールの用件は二つ。
一つ目は、損害賠償訴訟を引き受けてくれないかとの依頼。
二つ目は、西木社長に対する株主代表訴訟の提起に関するお願いである。
株主代表訴訟の要件は、一株以上の株式を六ヶ月以上保有している株主である事。
一株以上の株式を六ヶ月以上保有している株主は会社に対して『責任追及訴訟提起請求書』を書面で送付し、会社が六十日訴訟を提起しない場合、株主が代表訴訟を提起する事ができる。
今回、二十億円もの不祥事が発覚した結果、株価は公表時点から半分以下に下落。
アメイジング・コーポレーション㈱の経営者はその不祥事を見抜く事ができなかった……いや違うな。あれは見抜けなかったんじゃない。おそらく西木社長に報告を上げる事ができなかったのだろう。
あの会社で働いていたからこそわかる。
西木社長は自分に優しく他人に厳しい昭和体質なパワハラ経営者。
自分の意見に沿わない回答をすれば叱責の上、降格。
ミスがあれば懲罰委員会を開催の上、降格。
業績が悪く自分の役員報酬が下がりそうな時は、従業員の賞与を容赦なく減額。その上で計画通りの業績となれば自分だけは満額、役員賞与を貰い、来期の役員報酬を上げる徹底ぶり。
おそらく、この訴訟だって西木社長が無茶な命令を石田管理本部長に降し、その結果、こんな馬鹿みたいな訴訟が実現したのだろう。
石田管理本部長、西木社長の要望を叶える為にあれこれ動いたんだろうな……。
あの会社の役員はすべて西木社長のイエスマンで構成されている。
どんなに荒唐無稽のアホらしいこじ付けだらけの訴訟であってもそれを止める人は誰もいない。
そう考えると宝くじを買っていてよかった。
潤沢な資金が銀行口座内にあるおかげで、安心して裁判に臨む事ができる。
もちろん、裏工作も……。
「コンシェルジュさん。この会社の会社情報を取れるかな?」
『はい。少々お待ち下さい』
電話を片手に内線でそう伝えると、コンシェルジュがすぐに東京商工リサーチから会社情報を取得し、PDFデータを送ってくれた。
内容を確認すると、随分と経営に難儀しているようだ。
俺が会社情報の取得をお願いした会社は、アメイジング・コーポレーション㈱が開示した『第三者委員会の設置に関するお知らせ』に書かれていた会社。
アメイジング・コーポレーション㈱はこの会計コンサルティング会社に委員長、委員をお願いしたようだ。
「コンシェルジュさん。この会社の株式を買い取りたいんだけど、非上場会社の株式を購入するにはどうすればいいと思う?」
そう尋ねると、コンシェルジュは少し考え込む。
『そうですね。当事者同士で話し合いの場を持つ相対取引がよろしいかと……。高橋様さえよろしければ、こちらで手配致しますが……』
「うん。お願いできるかな?」
『承知致しました。それでは、すぐに連絡を取らせ頂きます。それでは、失礼致します』
そう言うと、コンシェルジュとの内線が切れた。
アメイジング・コーポレーション㈱の株式は、いま異常な程、安値となっている。
しかし、あの会社の内情を知る俺が株式を購入する訳にはいかない。
下手をしたらインサイダー取引扱いされてしまう可能性もあるし、そもそも、あの会社に時価総額程の価値はないと思っている。
初めは、アメイジング・コーポレーション㈱の株式を五十一パーセント以上購入し、大株主の一人として、あの会社の膿である西木社長と石田管理本部長辺りを追い出してやろうと考えていたが、無駄な金を使うのはどうかと思い留まった。
そんな事は金を使わずともできる。だからこその株主代表訴訟だ。
ついでに、西木社長等を確実に追い出す為の工作をする事も忘れない。
ホームページのスタッフ紹介を見るに、この会計コンサルティング会社で働く社員は、公認不正検査士という資格を保有しているらしい。他にも公認会計士と企業内弁護士を抱えている。
しかし、その財政状況は火の車。
毎期、当期純損失を計上し、日々借金の返済に動き回っている状況。
だからこそ、この会計コンサルティング会社はこんなクソみたいな会社の第三者委員会の委員長を引き受けたのだろう。資金繰りに困っていれば尚更だ。
それでなくとも、ネット上には、この会計コンサルティング会社の悪い噂が書き込まれている。
数多くの問題会社の第三者委員会を引き受ける問題会社の駆け込み寺。アメイジング・コーポレーション㈱も駆け込む訳である。
しかし、そこに活路がある。
この会計コンサルティング会社、BAコンサルティング㈱は死に体だ。
五期連続の損失計上で債務超過。債務超過に陥っている為、金融機関から資金調達ができない状態。まだ潰れていないのが不思議な位である。
確かに、こんな会社であれば、第三者委員会の委員長に挿げても、西木社長や石田管理本部長の思い通りに動いてくれる。そう思われても仕方がない。
まあ、実際にそうなのだろうけれども……。
何せ、問題企業の駆け込み寺と言われている位だ。そうやって不祥事を起こした会社の都合のいい調査報告書を書き続けてきたのだろう。
「第三者委員会にかかる費用の最大値は三十六億。最小値は一千万円か……」
第三者委員会の調査に係る費用の最大値は三十六億円。会社の規模によって金額に違いがあるようだ。
アメイジング・コーポレーション㈱の規模から考えると、調査費用は一億円位かな?
BAコンサルティング㈱の経費は主に事務所家賃や企業内弁護士・公認会計士・公認不正検査士への支払い。時給単価の高そうな職種だ。
しかし、BAコンサルティング㈱が第三者委員会の依頼を受ける会社は一癖も二癖もありそうな会社ばかり、財務諸表を見れば実際の売上より売掛債権が過大に計上されている。
年々社員も脱退しているみたいだし、ここの経営者もさぞ頭を抱えているだろう。
BAコンサルティング㈱の経営者の経歴、保持している資格に視線を向けると、そこには公認会計士・公認不正検査士と書かれている。
俺にとっては好都合だ。自己破産間近の公認会計士が経営する会社。
公認会計士や弁護士は自己破産を申し立てると、一時的に資格制限され、復権するまでの期間、資格が使えなくなってしまう。また会社の役員に就任している場合、退任しなければならない。
貸金業法に触れる為、俺個人がこの会社にお金を貸す事はできないが、資本提携であれば話は別だ。それに俺が持つ『契約書』で相手を縛ってしまえば、裏切られる心配もない。
それこそ、ゲーム世界で手に入れた『契約書』を持つ俺と、BAコンサルティング㈱の様な会社との提携は、あちら側にとってもメリットになる。
今後、売掛債権の回収を心配する事もなくなるし、一方的に、値切られる心配もない。売掛債権が当初の見積もり通りに回収できるだけでも経営は上向く筈。それほどに、粉飾決算に手を染める会社は非常に多い。
ただし、俺が資本提携する以上、二度と忖度はさせない。
それは、アメイジング・コーポレーション㈱に提出する第三者委員会の調査報告書でも同じだ。むしろ、今回の目的はそこにある。
元々、俺の持つお金は、ゲーム世界の課金アイテムと宝くじで手に入れた泡銭。
定期購入している為、この先、お金が増える事はあっても減る事はない。
まあ、宝くじが販売されなくなるか、何か制限が付与されたりしたら、減る可能性もあるけど、それについては殆ど心配しなくてもいいと思う。まあ、毎週、同一人物が当選し続けているから近い内、何か動きがある可能性はあるかもしれないが……。
そんな事を考えていると、電話が鳴る。おそらく、コンシェルジュだろう。
電話に出ると、コンシェルジュは、淡々とこう言った。
『BAコンサルティング㈱の小沢様と連絡が取れました。一度、会って話し合いがしたいとの事です』
流石は特別個室専属のコンシェルジュ。仕事が早い。
「そうですか、ありがとうございます。アポを取って頂けますか? 日時はいつでも構いません」
『はい。承知致しました。それでは、明日、午前十時に小沢様とアポイントメントを取らせて頂きたいと思います。それでは、詳細は後ほど……』
「はい。よろしくお願いします」
そう言うと、俺は電話を置き考える。
明日、BAコンサルティング㈱の小沢をどう籠絡しようかと……。
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