第112話 億劫な記者会見②

「事実無根とは?」


 日毎放送の記者からの質問に俺は毅然とした態度で答える。


「そのままの意味です。あれは、責任を負いたくないアメイジング・コーポレーションの代表取締役が、労働訴訟を訴えた私に腹を立て責任を擦り付ける為に行った事だろうと、私はそう認識しています。それに、当時、役職のない経理部員であった私に粉飾や協力業者への不正流出等の重大な情報を知る立場にありません。それを隠す理由もありません」


 経理部なら何でも知っていると思ったら大間違いだ。

 アメイジング・コーポレーションは腐っていても上場企業。内部統制が破綻寸前とはいえ、何をするにしても最低限の内部統制手続きを執らなければならない。

 それに役員や管理職ならまだしも平社員である一経理部員にそんな重大な情報を知る権限は与えられていない。与えられるとしても、その内容が確定してから……。

 何をどうしたら平社員である経理部員が十億円もの粉飾決算を隠蔽し、協力業者に対する十億円もの不正流出を見逃す事ができると思えるのだろうか?

 粉飾決算に加担させられる位なら転職した方がマシだ。まだ結婚してないし、付き合っている人もいない。

 役員でも管理職でもなくしがらみもないのだから、そっちの方が気楽である。


 協力会社の資金流用もどうせあれだろ?

 癇癪持ちの代表取締役が協力業者へ支払う経費を減らす為、思い付きでそんな無茶言って石田管理本部長辺りが部支店長に周知し、『だったらこれ以上、協力する事ができるか!』と協力業者が反発し、慌てた支部長辺りが代表取締役にバレないよう資金を流用していたとかそんな感じだろ?

 あの会社の代表取締役は昔からそうだったから簡単に予想がつくわ。馬鹿じゃないの?

 そんな理不尽な事をしたら、今まで会社を支えてくれていた協力業者も見限り出て行くに決まっている。振り回される側からすれば、たまったもんじゃない。

 まあ、それについては、後々、第三者委員会の調査報告書で発表される事になるだろう。今から楽しみだ。


「なるほど……ありがとうございました」


 日毎放送の記者がそう言って座ると、他の記者が手を挙げる。

 今度は、SBT放送の記者からの質問のようだ。

 SBT放送の記者はマイクを手に持つと立ち上がる。


「SBT放送の加地です。高橋さん、傷の具合はいかがですか?」

「傷……ですか?」


 質問の意図がわからない。

 一体、何が聞きたいのだろうか?

 そんな事を思いながらそう呟く。すると、SBT放送の記者は大きく頷いた。


「はい。先日、新橋駅近くで高橋さんがナイフで刺された時の怪我です」

「ああ……」


 あの怪我か……。

 ナイフで刺された時の傷は、刺されたその場で回復薬により治療済みだ。

 しかし、回復薬の事を言う訳にはいかない。


「私の体は特殊でして、既に完治しています」


 そう回答すると、SBT放送の記者は笑みを浮かべる。


 実に胡散臭い笑みだ。

 一体、何を考えているのだろうか?


「そうですか。怪我が治った様で安心しました。所で……こちらの瓶に見覚えはありませんか?」

「うん? 瓶ですか?」


 記者が懐から取り出した瓶。それを見て俺は衝撃を受ける。

 記者が取り出した瓶。それはナイフで刺されたその日、置いてきてしまった回復薬の瓶だった。


 完全に失念していた。

 あの世界がまだゲームだった頃は、使えば瓶ごと消えていた回復薬だが、現実となった事で仕様が変わったらしい。

 なるほど、よく考えてみれば当たり前の事だ。

 瓶の中に入った回復薬を飲んだ後は空となった瓶が残るだけ。

 回復薬で回復したものの、突然、刺され救急車で運ばれた事に思考が追い付かず完全に失念していた。


 俺が驚愕といった表情を浮かべていると、記者が質問を続ける。


「見覚えありますよね? これは高橋さんが刺された現場に落ちていた物です。これを調べた所、ある事実が判明しました」


 いや、その場に置いてきてしまったとはいえ、何勝手に人の持ち物を拾得し調べてんの!?

 驚き過ぎて表情筋が元に戻らなくなりそうだ。

 驚愕の表情を浮かべたまま話を聞いていると、記者は笑みを深める。


「おや、どうやら心当たりがある様ですね。高橋さんは先ほど『私の体は特殊』と言いますが、特殊なのはこの瓶の中身なのではありませんか?」

「……質問の意味がわかりません。もっと、解り易いように質問を頂けますか?」


 苦し紛れにそう言うと、記者はこれ見よがしに瓶を掲げこう言う。


「失礼致しました。それでは、解り易く質問します。高橋さんは、特殊な身体の回復力ではなく『回復薬』で刺し傷を治したのではありませんか?」


 か、回復薬!?


 なんとなくそうだとは思っていたけど、この記者……その話に繋げる為に、態々、『怪我の具合はいかがですか?』なんて、白々しい質問をして来たのか……。

 しかし、ここで回復薬の存在を認めるのはまずい。


 横に視線を向けると、担当医が首を横に振っている。

 その顔には、絶対喋っちゃ駄目と書いてあるように見えた。なので俺は……。


「質問の意味がわかりかねます。怪我の治りが早かったのは、私の体質によるものです」

「そうですか。それでは、この瓶は一体なんなのでしょう」

「さあ? 何なのでしょうね?」

「先程はこの瓶を見て随分と驚かれていた様ですが、本当に知らないのですか?」


 しつこいな……。


「夢のある話だとは思いますが、私は『回復薬』は存在しないと、そう考えています。それはインテリア用の花瓶です」

「しかし、動画投稿サイトの検証によると――」


 うん。なんだかもの凄くしつこい。

 回復薬の存在を公にしたら、きっと、もの凄く面倒臭い事になる。

 担当医とは、契約書を結んで取引をしたからこそ、『回復薬』の存在を打ち明けたんだ。まあ、臨床研究を受けたくなかったからという点も多分にあるけれども……。


「――と、この様に様々な動画投稿サイトで分析しており――」


 ああ、まだ質問が続いていたのか……長いな。質問が……。

 もう記者会見自体、終わりにしてもいいだろうか?


 チラリと時計を見ると、予定終了時刻の午後四時に迫っていた。

 まあ、たった一時間じゃ時間が短すぎるよね。


「――SBT放送であの場に落ちていた回復薬と思われる瓶を確保しましたが、検査に回すと瓶も、瓶の中に入っていた極少量の液体も測定エラー。つまり、この世界に存在しない成分が検出され――」


 マジでか、質問を聞き流していたら、質問の中にちょっと、聞き捨てならないワードがあった。

 あの瓶の中に少しだけ入っていた回復薬も調べたの?


 ……あの時は刺されてテンパっていたからな。

 刺されてすぐ救急車が来て運ばれたからそこまで頭が回らなかった。


「――それでもまだ、回復薬は存在しないと?」


 SBT放送の記者がそう纏めると、俺は作り笑顔を浮かべ、マイクに向かってこう言った。


「はい。その通りです。『回復薬』は存在致しません。それはインテリア用の花瓶です」


 そう回答すると、SBT放送の記者は渋々と言った様子で「そうですか……ありがとうございました」と呟き椅子に座った。

 と、ここで予定終了時刻の午後四時になる。


「それでは、予定時刻となりましたので会見を終わらせて頂きたいと思います。本日は会見にお集まり頂きありがとうございました」


 コンシェルジュがそう記者達に告げると、記者達は納得いかなそうな表情を浮かべ立ち上がる。そして、小型録音機を持って俺達に近付いてくるのを確認した俺は、音の精霊ハルモニウムの名を呼んだ。


「ハルモニウム……」


 すると、『ピシッ!』という音が室内の至る所から響き渡り、記者達の持つ報道機材のすべてに罅が入る。


 流石は音の精霊ハルモニウムだ。

 大きな音が報道機材、そして、自分が持っていた持ち物から鳴った事に困惑した記者達が足を止め、嘆きの声を上げる。


「ああ、俺のスマートフォンがっ!?」

「えっ? カメラのレンズに罅が……な、なんでっ! データが全部消えてるっ!?」

「こっちも駄目です! 全部壊れてます!」


 コンシェルジュ案内の下、大騒ぎとなった会見場を後にすると、俺は笑顔を浮かべ尋ねる。


「一体、どうしたんだろうね? さっき、大きな音が鳴っていたけど、何があったのかな?」


 そう尋ねると、コンシェルジュは困惑とした表情を浮かべる。


「わかりません……。しかし、助かりました。まさか、記者が回復薬の事を掴んでいたなんて……」

「確かにそうだね」


 俺もまさか記者がそんな事まで掴んでいるとは思いもしなかった。

 しかし、まあ、そこは大丈夫だろう。

 しっかり、回復薬はないと断定しておいたし、忖度してくれた音の精霊ハルモニウムが報道機材すべてを破壊してくれた。

 やはり、報道機材を破壊するなら音の精霊ハルモニウム、雷の精霊ヴォルトに限る。

 火の精霊サラマンダーや水の精霊ウンディーネ、風の精霊シルフや地の精霊ノームじゃ大参事を引き起こしそうだしね。


 対人戦や対モンスター戦では役に立つエレメンタルも、こういった繊細な作業には向いていない。

 とりあえず、SBT放送の記者が持つ回復薬の瓶についても処分しておかないと……。


「サラマンダー、ウンディーネ、お願いできるかな?」


 静かにそう呟くと、火の精霊サラマンダーと水の精霊ウンディーネは、ピカピカ点滅しその場を後にする。

 上位精霊に進化したサラマンダーとウンディーネなら安心して任せられる。

 回復薬の瓶を跡形もなく灰燼に帰してくれる事だろう。

 ウンディーネの役割は消火だ。


 すると、早速、会見場から叫び声が聞こえてきた。


「ぎ、ぎゃああああっ! 大切な……大切な回復薬の瓶がぁぁぁぁ!」

「メモが! 大切なメモが急に燃えてっ!?」


 どうやらSBT放送の記者さんは運悪く瓶を落とし、偶々、その場にいた精霊さんが悪戯を働き、瓶が灰燼に帰してしまったようだ。

 スプリンクラーが作動しなくて良かった。

 ここも一応、病院の施設。精霊さん位、出てくるよね?

 一瞬で仕事を終わらせてきたサラマンダーとウンディーネが、俺の視界の中でピカピカ光る。

 流石は火の精霊サラマンダーに水の精霊ウンディーネ。仕事が早い。

 ゲーム世界にログインしたらペロペロザウルスのTKGをご馳走してあげよう。

 もちろん、他のエレメンタル達全員にもだ。


「いやー、大変な会見だった」


 そう呟くと、担当医とコンシェルジュが苦笑いを浮かべる。

 こうして、俺の記者会見は終了した。

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