第367話 なんでって、いや、普通に犯罪だから……

 高橋翔を押しのけアース・ブリッジ協会の代表理事に就任した友田は焦っていた。

 それも、もの凄く。焦り過ぎて都知事である池谷を裏切り、仁海に助けを求めてしまう程に……。


「くそっ……。くそ、くそ、くそ、くそ、くそォォォォ!」


 アース・ブリッジ協会。得意先に離反され、負債だけが残った穴だらけの船。


 先日までは、レアメタル、氷樹といった財宝のある希望の船が、いざ乗り込んでみればこの通り。

 何もない。旨味もない。苦味百パーセント。

 唯一の希望である高橋翔とのホットライン。

 履歴書に書かれた電話番号に鬼電するも、高橋翔が電話に出る素振りは一向に見られない。


「くそォォォォ!」


 何故、電話に出ない!

 奴の住む病院に行っても門前払い。

『申し訳ございませんが、高橋翔様との面会は謝絶させて頂いております』と面会謝絶。

 怪我をしている訳でもないのに面会謝絶。病気で入院している訳でもないのに面会謝絶。コネを使って特別個室に住み込んでいるだけにも関わらず面会謝絶。圧倒的謝絶。

 だからこその電話。だからこその電話だ。

 なのに、何故、電話に出ない!

 始業から終業に掛けて、十分に一度……。十分に一度電話を掛けているんだぞ!?

 今すぐアース・ブリッジ協会に来るよう留守録も残した。

 なのに何故……! 何故だ。

 仮にも奴はアース・ブリッジ協会の元代表理事だった男。

 責任が、引き継ぎをする責任があるだろ!

 いや、責任しかない。引き継ぎをする責任!


 責任、責任、責任!

 レアメタルの仕入先!

 氷樹の仕入先! その権利!

 アース・ブリッジ協会の元代表理事なら責任から逃げては駄目だろ!

 誰のお陰で窮地に陥っていると思っている!


 高橋翔。お前だ。

 全てはお前が権利の引継ぎをちゃんとせず、出て行ってしまったからではないか!

 私が……。この私がこんな……。何で、何で、何で、何で……!


 高橋翔を貶めるただそれだけの為に、前の職場である宝くじ協議会は解散に追い込まれた。当然だ。代表理事が不正を認める発言をしたのだから。

 しかも、高橋翔を貶める為、冤罪まで擦りつけた。

 結果、裏で手を回していたすべての悪事が明らかとなり、宝くじ協議会は解散。

 しかし、宝くじの収益金は国にとってもあまりに惜しい。

 現在、販売中止となっているものの、今後は徹底的に不正を廃した宝くじ組織が新たに設立される方向で話が進んでいる。


 だが、その船に乗る事は叶わない。

 結果的とはいえ、友田は仁海に氷樹の情報を流してしまった。

 それは都知事である池谷への裏切り行為に当たる。

 池谷は裏切りを許さない。つまり、職場斡旋はここが最後。

 アース・ブリッジ協会が沈めば、必然的に友田も沈む。


「思わないだろ! 公益財団法人であるアース・ブリッジ協会の名でレアメタルと氷樹の取引をしていたんだぞ! まさか、ただの名義貸しで、手数料を協会に払っていただけなんて思わないだろォォォォ!」


 圧倒的私物化。

 代表理事による公益財団法人の圧倒的私物化。

 最早、変な策を練らず、ただ監査するだけで代表理事の地位から追い落とす事ができたんじゃないだろうかと思ってしまう程の圧倒的私物化。

 しかも、職員を給与面と厚生面で懐柔しての私物化。だから無駄に職員達の信頼が厚い。


 高橋翔が退任し、私が代表理事になった瞬間、職員から貶された。

『あんたに協会運営は無理だ』

『今すぐ代表理事を退任し、高橋前代表理事を代表理事にしてくれ』

 職員が代表理事に対して嫌味を言う。

 もはや末期。誰も私の事を代表理事と認識していない。

 むしろ、法人を潰すクソゴミパラサイト野郎と思われている。間違いなく……。


 得意先共も得意先共だ。

 高橋翔は、東京都が条例化したレアメタル税制を掻い潜る為、得意先共に環境エコ認定マークを無償で与えたが、それはほぼ脱税に近い遣り口。

 これを正し、彼等に正規の環境エコ認定マーク利用料を求めた所、得意先は揃って離反。本店所在地を千葉に変更した。


 協会がレアメタルを保有していないのだから当たり前。高橋翔が協会を私物化していたのだから当たり前だ。

 得意先共が離反した今、収入源は何もない。

 補助金も助成金もない。本当にない。

 高橋翔もアース・ブリッジ協会の代表理事辞任を悟っていたのだろう。

 盗人に追い銭をやる位ならと、辞任前にすべての内部留保を赤十字に寄付しやがった。

 理事や評議員からの反対もなかったそうだ。

 おそらく、高橋翔が代表理事から外れる事で何が起こるか予期していたのだろう。


「……せめて黒い羽ェェェェ! せめて黒い羽共同募金にしとけよォォォォ!」


 そうすれば、まだ私の転職先も確保できた。

 小学校の子供に募金箱を持たせ立たせたり、町内会で一家庭当たり五百円徴収したりと、黒い羽共同募金は公益法人の貯金箱の様なもの。色々な組織に根を張り、活動家の活動資金を慈善の名の下に徴収する政府機関の天下り先。


「せめて黒い羽共同募金に寄付してくれれば何とかなったかも知れないのに、何でェェェェ!」


 何でそこまでやる!

 用意周到が過ぎるだろォォォォ!

 そんなに嫌だった? そんなに嫌だったのか!?

 私の人生破滅させて何が楽しい。何が楽しい!

 私が代表理事に就任する前に言えよ。何が起こるか予期していたなら最初から言え。言えェェェェ!

 就任から一週間も経たず、破滅の危機。


 私もこんな状況に追いやられると知っていれば、代表理事になんか就任しなかった。

 これでは私の明るい人生計画が台無し。

 退職金の原資もない。来月従業員に支払う金もない。家賃も電気代もない。NHKの受信料も払えない。

 なのに、高橋翔からレアメタルと氷樹の権利を引き継がなければならない。


 どうやって?

 どうやって引き継げばいい?

 あの性悪の事だ。タダで渡すとは思えない。

 でも、支払うものがない以上、タダで貰うか奪うしか方法がない。

 アウトローな方法しか浮かんでこない。

 しかし、そんなツテはない。


 泣きそうだ。今にも泣きそう。

 脇目も振らず全力で泣きそう。


 それでも電話をかけざるを得ない。

 何度も何度も何度でも。


 私には、最愛の娘がいる。活動家の妻がいる。住宅ローンも組んだばかり。教育資金に活動費用。住宅ローンの返済と、金が入り用なんだ! 金が必要なんだァァァァ!

 こんな所で諦める訳にはいかない!


 電話、電話、電話、電話、電話ァァァァ!


 プルルルルルル、ガチャ。


 !?


 つ、繋がった。漸く。漸く繋がったァァァァ!!


 漸く繋がった高橋翔との電話。


「高橋前代表理事! 友田です! アース・ブリッジ協会の友田ですゥゥゥゥ!」


 ここぞとばかりに前代表理事を強調して電話する。


「前代表理事にお話したい事がっ! このままでは協会は倒産! 迷う。路頭に迷ってしまいます! 皆、皆、皆、皆、前代表理事のお戻りをお待ちしてェェェェ!」

『……えっ? 迷えば? 路頭に。無能な経営者が経営に失敗した責任を俺に擦り付けるなよ』

「へっ? へ……?? へ??」


 お、おま言う? それをお前が言う??


 お前が協会の金を全て赤十字に寄付したからこんな事になっているんだぞ?

 レアメタルも氷樹も協会も、お前が私物化したから……。


『元々、レアメタルも氷樹も俺の私物。俺はそれを活用して協会に金が集まるよう運営していただけだ。代表理事として、職員の生活を守らなきゃいけないからな。お前も人に縋るんじゃなくて、自分の私物を利用して、俺と同じような事をすればいいんじゃね? 協会の代表理事として、お前らの勝手な理由で追い出した俺に縋るんじゃなくてさ』


 私の心を読んでの正論。ど正論。正論パンチが痛くて泣けてくる。


『あと、十分おきに電話してくるのもやめてもらえる? 気持ちが悪いんで』

「…………っ」


 心まで痛め付けてくる。

 もう限界なのに。気持ち悪いとまで言われた。


「は、話……。せめて、話だけでも」


 形振りは構っていられない。

 膝を折り祈る様に懇願する。


『え? 嫌だよ。話なら警察にでも聞いてもらえば? あと、迷惑電話の件、通報して被害届も提出しといたから』

「……へっ?」

『いや、普通に迷惑防止条例違反だから』


 普通に?

 え、普通じゃない奴が、普通を語るの??


『いや、普通に犯罪なので』


 心を読んだかの様に普通を語ってくる。

 鬼電と鬼留守電したら普通に警察に通報された。


『公益財団法人の代表理事が迷惑防止条例違反で逮捕か。終わったな。示談には応じない。早く逮捕される事を祈っているよ』


 祈られた。

 通報し、被害届出した奴が、加害者に対して逮捕されるようお祈りしてきた。

 しかも、示談には応じないらしい。


「ち、ちょっと待っー!」

『では、よい来世を』


 酷い。あまりにも酷い。

 まるで今世が終わったかの様に言ってくる。


『あと、着信拒否設定するから金輪際、電話をかけてくるな』


 着拒までされてしまった。

 ガチャ切り音が耳に響く。

 どうやってガチャ切りしたのか分からないが、そのガチャ切り音は酷く耳に残った。


「あ……あ……」


 高橋翔にガチャ切りされた友田は、スマホを投げ出し這いつくばる。

 もう駄目だ。もう……駄目……。


「……ああ、あああああああああああああっ!」


 こうなっては都知事である池谷にも頼れない。仁海も友田を見捨てる。


 失意と絶望、涙でぐにゃりと視界が変わる中、友田は心の底から思う。

 あんな奴に関わるべきでは無かったと……。

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