第50話 留置所にぶち込まれました②

 カンデオホテルに戻った俺は、気分をサッパリさせる為、露天風呂に浸かると、留置所の事を考える。

 よく考えてみれば、あの状況を打破しない事には、俺は永遠にあの留置所から出る事ができない。

 まあ、完全に濡れ衣なので録画機能を使い当時の状況を見せれば何とかなるだろうか?


 というより、なんとかなってくれないと困る。


「とりあえず、風呂から出たらDWにログインして見るか……」


 そう呟くと、露天風呂を出て部屋に向かい、冷蔵庫に入っているビールを軽く飲んでからベッドの上に転がった。

 やる気のない声で「――コネクト『Different World』」と呟き、嫌々、DWの世界にログインする。

 ため息を吐きながら牢屋の中を見渡すも、そこに課金アイテム『身代わり人形』の姿はなかった。


「はへっ?」


 どういう事??

 なんで『身代わり人形』が消えてんの??

 キョトンとした表情を浮かべながら、牢に視線を向けると、鍵が開いている事に気付く。チラリと牢屋の中から通路を見ると、見張りが立っている事に気付いた。


 なんで『身代わり人形』が消えているのかよくわからないが、これはチャンスである。

 アイテムストレージから姿を隠すのに最適な通常ドロップアイテム『隠密マント』を取り出すと、それを羽織り足早に牢屋から抜け出した。


 周囲の位置情報を探ると、何やら人が多く集まっている場所がある事に気付く。


「……なんだか怪しいが、とりあえず、行ってみるか」


 牢屋を抜け出し、注意深く階段を上がっていくと、見張りの門番と鉢合う。

 しかし、『隠密マント』のお蔭か、門番は俺に気付いていないらしい。


 堂々と、門番の横を抜けると脱獄に成功した俺は拳を握りガッツポーズした。

 しかし、喜んではいられない。


 マップ機能を頼りに多くの人が集まる場所に急行すると、そこには見るも無残な姿となったモブ・フェンリル(身代わり人形)の姿があった。


『え、ええええっ!! どういう事、これっ!? なんで磔にされてんのっ!!?』


 心の中で俺は絶叫を上げる。

 驚きながら、今もモブ・フェンリル(身代わり人形)を弄ぶ衛兵達に視線を向けると、隠れながら近付き様子を伺う事にした。

 聞き耳を立てると衛兵達の声が聞こえてくる。


「……駄目だな。いくら尋問しても声一つ上げやしない」

「これじゃあ、自白を得る事は不可能です。殺す訳にもいきませんし、どうしましょう?」

「そうだな……。尋問が激しすぎてまったく動かなくなってしまったが、まだ死んではないだろう。尋問が原因で死なれては面倒だ……。これだけ痛めつければ二度と、カンナちゃんにセクハラしようと思わないだろ、釈放してやれ……」


 衛兵の一人がそう言うと、磔にされた『身代わり人形』の縄を解き、乱暴に打ち捨てる。


「……これに懲りたら二度と、カンナちゃんに手を出すんじゃねーぞ。わかったなっ!」


 そして、衛兵達は『身代わり人形』に唾を吐き捨てると、その場から去ろうとする。


「……待てよ」


 気付けば俺は、『隠密マント』を纏ったまま衛兵達に立ち塞がっていた。


「だ、誰だっ!」

「姿を現せっ!」

「くっ、まさか見られていたとは……」


 俺の声を聞き、衛兵達は剣を片手にキョロキョロと周囲を警戒する。


 ふむ。どうやら、こいつ等、目の前に姿を現しているというのにも関わらず、俺の姿を認識できていないらしい。隠密マントのお陰かな?

 好都合だ。


 元々、慰めようとして肩に手を置いただけで、こんな目に遭っているのだ。

 尋問が原因で死なれると面倒だと言っていたし、衛兵自身も『くっ、まさか見られていたとは……』とか言っている。


 この衛兵達の対応はどう考えても過剰。罪の重さとつり合いが取れていない。

 そもそもセクハラなんてやってないけどね!


 あの受付嬢め……。

 冤罪で俺を留置所にぶち込み、あまつさえ『身代わり人形』をこんなにボロボロにしやがって……。

 まあ、俺も副協会長と話したくないあまり少しヤンチャが過ぎたかもしれないけど、これはねーだろ!

 少し留置所で反省させてやろうとか、そんな感じで衛兵に突き出したんだろうけどな。やり過ぎなんだよ。主に衛兵!

 副協会長と面会なんか絶対にしてやらないからなっ!!


「おいっ! 誰かいるんだろっ! さっさと出てこい!」


 おっと、危ない。

 思考が別の方向に逸れていた。

 今はこいつ等に罰を与える事の方が重要だ。


 こいつ等は人として、この国を護る衛兵としてやっちゃいけない事をした。

 独善的に犯罪者でないモブ・フェンリルをボコボコにし、磔にして放る事はこの国の衛兵として許されざる行為だ。(多分)


 だから、俺はエレメンタルに対してこう命じる。


「あいつ等を男として終わらせてやれ。エレメンタル」


 その瞬間、火の精霊サラマンダーの熱線が三人の股間に向けて照射された。

 股間が消し炭になると同時に、衛兵達は泡を噴いて気絶する。


「ふん。クソ共がっ……」


 カンナちゃんだか、なんだか知らないが百パーセント受付嬢の言葉を信じるなんて、まったく愚かな奴等だ。

 アイテムストレージから取り出した『初級回復薬』を衛兵達の股間に乱暴にぶちまけ止血すると、ボロボロになった『身代わり人形』をアイテムストレージに収納する。


 部位欠損は『エリクサー』か、それに準ずる魔法を使わない限り直す事はできない。

 冤罪者を尋問し、拷問する事はそれと同等の苦しみを味わうべきだ。

 独善的衛兵という権力を笠に冤罪者に鞭を振う馬鹿野郎は去勢してしまうに限る。


 永遠と股間の痛みに苦しみな、クソ野郎。

 死屍累々となった衛兵達を後目にその場をすると、そのまま冒険者協会に向かった。


 冒険者協会に入ってすぐ、受付嬢達が驚愕といった表情を浮かべる。

 俺はそれを無視し掲示板の前に立つと、衛兵に突き出した張本人である受付嬢カンナが気まずそうに声をかけてきた。


「ぶ、無事、出所されたようで安心しました」

「そうですね。(身代わり人形が)磔にされ、ボコボコにされましたが、無事、出所する事ができました。いや、貴重な体験をさせて貰いましたよ。ありがとうございます」

「えっと、カケル様。もしかしなくても、怒ってますよね?」


 ……ええ、その通りですけれども?

 一言謝罪があってもいいと思うんだけど、それをスルーしての「怒ってますよね?」発言。お前の軽はずみなセクハラ発言により、留置所にぶち込まれた上、課金アイテム『身代わり人形』がボロボロになる程に痛めつけられたんだよ。反省しやがれ。

 もし、あの時、入れ替わっていなかったら、俺がその憂き目に遭っていた所だ。


「一時の感情で人を衛兵に突き出しておいて、怒っていないと思ってるんですか?」


 そう言うと、冒険者協会の空気が凍りつく。

 その瞬間、受付嬢カンナが頭を下げた。


「も、申し訳ございませんでしたっ!」


 綺麗な最敬礼だ。

 膝に額が付きそうなほど頭を下げている。

 しかし、俺は許さない。

 だって、当たり前だろ?

 一時の感情で衛兵に突き出され(身代わり人形が)尋問という名の拷問を受けたんだぜ?


「謝罪は不要です。本当にいい勉強をさせて貰いましたよ。セクハラと言えば、それが例え冤罪であってもあなたの事を盲信的に信じる周囲の人間が犯罪者扱いしてくれるんですから本当に素晴らしいです。それにしても肩に手を置いただけで牢屋に打ち込まれ、(身代わり人形が)拷問を受け、衛兵には唾を吐きかけられるのかぁ。思い出しても身震いします。やはり冒険者協会の受付嬢とは距離を置いた方がいいのかもしれませんね。またセクハラとか言われて衛兵に突き出されるのは嫌ですし……」


 俺の辛辣な言葉に、受付嬢のカンナは顔を蒼褪めさせた。


「ほ、本当に申し訳……」

「謝罪は不要と言ったでしょう? どうぞ顔を上げて下さい」

「そ、それは……」


 受付嬢のカンナは床に視線を向けたまま動かない。

 冒険者協会の受付嬢も全員、俺から視線を背けている。


 まあ、これだけ牽制球を投げまくれば十分だろう。

 悪びれず、掲示板を眺めていると、階段から人が降りてくる。


「……おやおや、これは一体、どういう事だい? なんでお通夜みたいな空気になっている?」


 出てきたか……。冒険者協会の副協会長。


「おや、おやおやおやっ? そこにいるのはSランク冒険者のカケル君じゃないか」

「カケル? 誰ですかそれ?」


 冒険者協会を後にしようとすると、副協会長が俺の肩に手を置いてくる。


「……なんですか?」

「『なんですか』はないだろう? ボクは冒険者協会の副協会長だよ?」

「……それがどうしたんですか? セクハラで訴えますよクソ野郎」


 そう呟くと、今も最敬礼したまま顔を上げない受付嬢のカンナがビクリと震えた。 


「うん? セクハラっ? 君はなにを言っているんだい?」

「あれ? 聞こえなかったんですか? セクハラで訴えるって言ったんですよ。実は俺、男に触られるだけで蕁麻疹ができるんですよね。あー痒い。それにさ、俺、そこで最敬礼してる受付嬢に衛兵に突き出されたんですよ」

「うん? 何故、君が留置所送りに??」


「いや、今のあんたの様に手を肩に置いただけでセクハラ扱いされて、衛兵に突き出されたんですよ。それより肩から手を放して頂いてもいいですか? 本当にセクハラで訴えますよ?」


 そう言って、手を払うと副協会長は受付嬢のカンナに視線を向ける。


「一体、どういう事だい? 何故、彼はこんなに憤っているんだ?」

「も、申し訳ございません!」

「申し訳ございませんと言われても困るな。理由を話してくれないと……」

「そ、それは……」


 これには副協会長も困った表情を浮かべる。


「……まあいい。カケル君。冒険者協会の副協会長であるボクがこの場に出てきたんだ。ここは、ボクの顔に免じて彼女を許してくれないかい?」

「そうですね。俺の言う事を飲んでくれるならいいですよ?」

「君の言う事ねえ? まあ、いいだろっ。さあ、みんな通常業務に戻りなさい。カケル君はボクについて来てくれ」

「……わかりました」


 そう言うと、俺は冒険者協会の副協会長室へと向かった。

 部屋に入ると、副協会長はまっすぐ俺に視線を向ける。


「……それで、君は何が望みだい?」

「望みという訳ではありませんが、これ以上、回復薬の件で俺につき纏わないで頂けますか?」

「ふうむ。何故だね?」

「理由は副協会長がよくお分かりでしょう?」


 副協会長は顎に手をやると深く考え込む。

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