第49話 留置所にぶち込まれました①
「えーっと、ここは? なんでこんな事になってるの?」
「当然です。婦女子の肩に突然、触れるなんて、は、破廉恥です!」
「へえ~。ああ、そうなんだぁ……」
今、俺はセントラル王国内にある留置所にいた。
破廉恥とのたまったのはこの国の冒険者協会に勤める受付嬢。名をカンナと言うらしい。
セクハラして……。
怒ったかんな。許さないかんな。留置所にぶち込んでやるかんな。とそういう事だろう。
そんな感じで俺は留置所にぶち込まれた。
衛兵達も受付嬢カンナちゃんの言葉を真に受け、俺を犯罪者扱いしてくる。
「おい。お前、カンナちゃんの肩に触ったらしいなっ!」
「……死刑。最後に言い残す事はあるか?」
「うへへへっ、カンナちゃんの肩はどんな感触だった? やっぱり、柔らかかった? 羨ましいなぁ。ぐへへへへっ……」
最後のキモイ奴を除き、皆で俺を責めてくる。
「おい。変態……。残飯だ。留置所で飯が食えるだけありがたいと思え」
牢屋越しに地面に置かれた残飯に視線を向ける。
そこには、どう考えても人が食べちゃいけない物まで混じっていた。
なんだか、生きた虫がうねうねしている。
衛兵が去った後、火の精霊サラマンダーに焼き尽くしてもらうと、俺は天井を見上げた。
「モブ・フェンリルスーツ越しに肩を触っただけでセクハラか……」
なんだか藪から出た蜂に刺されたような気分だ。
まあ、その蜂の巣を叩きまくったのは俺なんだけど。
俺はアイテムストレージから課金アイテムの『身代わり人形』を取り出すと、DWをログアウトする。
ログアウトし、カンデオホテルの一室に帰ってきた俺は、電子ケトルに水を入れ沸騰させるとシーフードヌードルにお湯を注ぎ、その上に割り箸を置いてため息を吐いた。
「……なんでこうなった」
おかしい。
俺はただ受付嬢を慰めようと肩に手を置いただけだ。
それでセクハラ?
セクハラの境界線が難しい。
もし、相手が嫌だと思えばセクハラとして成立するなら、俺に詰め寄ってきた受付嬢もセクハラとして訴える事ができるのではないだろうか?
だって、あいつ俺のモブフェンリルスーツの尻尾を掴んできたし……。
三分経って、いい感じに伸びたシーフードヌードルを片手に麺を啜る。
濃厚でコク深いスープがマジで美味い。白濁したクリーミーなスープには、シーフードの旨味が凝縮されている。
シーフードヌードルは美味い。
シーフードヌードルは美味いが……。
なんだか腹が立ってきた。
もちろん、シーフードヌードルにではない。
あの受付嬢に対してだ。
なんで肩に手を置いた位で留置所に入らなければならないんだ?
どう考えてもおかしいだろ。
受付嬢を慰めようと、肩に手を置き声をかけた。
それのどこにセクハラ要素がある?
なくね??
それとも俺が異常なの??
受付嬢が俺の尻尾を掴む行為は容認されて、肩に手を置く行為は容認される。
それとも、イケメンが肩を叩けば容認され、ブサメンが肩を叩けば留置所に送られる?
おかしくね??
それが許されるなら俺の尻尾を掴んで引っ張った暴行罪で受付嬢を訴えたい位なんですけれどもっ!?
弱者なら強者に何をやってもいいのっ!?
ああ、イライラする……。
シーフードヌードルを美味しく平らげると、敬意を持ってカップをゴミ箱にそっと置き、バスタオルを持ち夜空に一番近い露天風呂『スカイスパ』に向かう。
「はあっ……」
露天風呂に浸かっていると、さっきまであった嫌な事を一時的に忘れる事ができるから不思議だ。
「やっぱり、ちょっとの間、DWにログインするの止めようかな……」
受付嬢が副協会長に俺を会わせようとしていた感じからして、まず確実に上級回復薬に関する事だろう。
しかし、俺としては副協会長の思惑通りクソ安い値段(一本当たり十万コル)で売る気はない。
犯罪者扱いされては尚更だ。
よし決めた。今、心に決めた。
当分の間、絶対にDWにログインしない。
当分の間、現実世界で生きよう。
とりあえず、ほとぼりが冷めるまでの間、絶対に帰ってやらない。
心にそう決めた俺は、露天風呂を上がると、置いてあったサマーベッドに身体を預ける。
よし。明日は水族館に行こう。
スカイツリーにある『すみだ水族館』に一人で行こう。
フィッシュセラピーで心を落ち着かせよう。
そう思った俺は、サマーベッドから起き上がると、最後にサウナに入り身体を洗って部屋に戻った。
翌日。
「さて、本当に来てしまった……」
あのまま、『身代わり人形』を放置して留置所を出てしまったが、DW世界は大丈夫だろうか?
まあいいか。
東京スカイツリータウンの五階、六階に位置するすみだ水族館。
入場料は大人二千三百円。『近づくと、もっと好きになる』をキーワードに、アクリル越しでなく間近で生き物たちに出合えるのがすみだ水族館最大の魅力だ。
国内最大級の屋内開放水槽では、ペンギンやオットセイの息遣いを感じられるほどの近距離で眺めることができるほか、水槽付近にソファやイスなどが用意されているの為、リラックスしながら過ごすことができる。
館内を歩きながら水槽の中を悠々自適に泳ぎ回る魚を見ていると、なんだか不思議と癒される。
エントランスホールを抜け、六階に繋がる階段を抜けると、生命のリズムを感じる幻想的なクラゲの世界が広がっていた。
大小様々な水槽に多数のクラゲが漂う空間はとても幻想的で、ゆっくり移り変わる照明の変化がよりそれを際立たせている。
しばらくの間、クラゲを眺めると、俺は次のフロアに向かった。
次に向かったフロアはチンアナゴ水槽のある所。
チンアナゴ、ニシキアナゴ、ホワイトスポッテッドガーデンイールの三種類のチンアナゴの仲間たちを約三百匹ほど展示しているフロアで、三百六十度どこからでもチンアナゴを見る事ができる。
うん。なんていうか……。
これがキモカワイイという奴か。
初め目にした時には、普通に気持ち悪っと思ってしまったが、ずっと水槽を見ていると、徐々に可愛く見えてくるから不思議だ。
うん。一人水族館も悪くないな。
静かな空間で非日常を味わう事ができる点が特に秀逸だ。
下のフロアに視線を向けると、そこには屋内開放水槽が広がっている。
マゼランペンギンやオットセイが水槽内を泳ぎ回り、そんなペンギン達を見て来館者達がスマホを向けている。
五階へ向かうため、スロープを抜けるとオットセイトンネルに差しかかった時、オットセイがトンネルの上を泳ぐ姿が見える。
なんだかスゲーな。
ボーっとしながらマゼランペンギンやオットセイを見ているとなんだか落ち着く。
会社をクビになったり、高校生からカツアゲされたり、ゲーム世界で留置所にぶち込まれたのが嘘のようだ。
そういえば、なんかの記事で『水族館の水槽で泳ぐ魚を見ていると、血圧と心拍数が低下する』という研究結果が発表されたのを見た事がある。
なんでも、魚の数が多ければ多い程、その効果は高くなるらしい。
病院の待合室にアクアリウムが備え付けられている事は理にかなったことなんだなの、なんとなくそんな事を思った。
ちなみにクラゲにも自律神経を整えるヒーリング効果があるらしい。
椅子に座りながらたっぷり一時間ほどペンギンとオットセイを眺めた俺は、そのまま水族館を後にした。
なんだかもの凄く癒された。
偶に行く一人水族館も中々いいな。
電車に乗って新橋駅まで向かうと、軽く食事をしてから宿泊中のカンデオホテルに向かった。
カンデオホテルに向かっている途中、後ろから声がかかる。
「あれ? 高橋君じゃないか?」
「うん?」
聞いた事のある声に後ろを振り向くと、そこにはアメイジング・コーポレーション㈱の元上司、佐藤部長がいた。
「あれ? 佐藤部長、どうしたんです? 今日は平日ですよね。会社はいいんですか? それとも、管理本部長辺りに言われて連れ戻しに来たとかですか?」
随分とラフな格好をした部長を見るのは初めてだ。
念の為、警戒しながら尋ねると、佐藤部長は首を横に振る。
「アメイジング・コーポレーションなら辞めたよ。あの会社はもう駄目だ。社長は自分の役員報酬の事しか考えていないし、管理本部長の石田には社長のゴマすりをする事にしか頭がない。今日から晴れて無職さ」
「ええっ!! 佐藤部長まであの会社辞めちゃったんですか!?」
マジか。経理部長に愛想を尽かされる上場企業ってヤバいんじゃないだろうか?
「ああ、そんな事より、高橋君は元気にやっているかい? 私の出張中、君達がクビになったと聞かされて心配していたんだよ」
「えっ? 俺の他にもクビにされた人がいたんですか?」
「ああ、経理部の山本君と小林君の二人もそうだ」
「や、山本さんと小林さんもっ!?」
俺はともかく、経理部を十年に渡り支えてきた、あの二人をクビにするとは……。
石田管理本部長スゲーな。
アメイジング・コーポレーションの経理部は正社員四名と契約社員二名で辛うじて回していた筈。
正社員四名が全員消えて決算や月次業務はどうするのだろうか?
「まあ、山本君や小林君なら大丈夫だよ。二人とも税理士資格を持っているし、まだ三十代。アメイジング・コーポレーションよりマシな職場に転職できるだろうさ」
「確かに、あの二人なら問題なさそうですね」
アメイジング・コーポレーションの経理部はアットホームな職場だ。
経理部内に流れる空気感は心地良くそれがあったからこそ、仕事が激務であったとしても何とかやって来れたと言っても過言ではない。
「……でも佐藤部長はどうするんですか?」
いくら上場企業の経理部長だったとしても、五十代での再就職は難しい。
養わなければならない奥さんや娘さんもいるのに……。
「実はかなり前から知人の運営するノープロブレム㈱からスカウトされていてね。来月からそこにお世話になる予定だよ」
「そうなんですか……」
ノープロブレム株式会社。凄い名前の会社だな……。
本当に大丈夫だろうか?
なんだか心配になってきた。
「……そういえば、佐藤部長。結構、宝くじ好きでしたよね?」
「うん? まあ、嫌いではないが……」
「それじゃあ、ちょっと待っていて下さい」
佐藤部長に見えない様、アイテムストレージから『レアドロップ倍率+500%』を選択し、使用する。
そして、近くの宝くじ売場で最大一千万円当たる『スクラッチくじ』を十枚購入し、アイテムストレージにあった封筒に一万円と共に入れて佐藤部長に手渡した。
「退職祝いです。どうぞ受け取って下さい」
佐藤部長とは長い付き合いだ。
アメイジング・コーポレーションにいた頃、社長や管理本部長から随分と庇って貰った。その為か、髪の色が真っ白である。
佐藤部長の事だから会社から退職金も受け取っていないだろうし、この位の事をしても問題はない筈。
「いや、気持ちだけ受け取っておくよ」
「いえいえ、あくまで気持ちですから」
退職祝いにスクラッチくじを贈るというのもどうかと思うが、このスクラッチくじの中には間違いなく当たりくじが入っている。
是非とも受け取ってほしい。
俺の気迫に負けたのか、最後には、佐藤部長も退職祝いを受け取ってくれた。
「それじゃあ、佐藤部長もお元気で!」
「ああ、高橋君も転職頑張れよ。退職祝い。ありがとな」
佐藤部長と別れると、俺は一人、カンデオホテルへ向かった。
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