第332話 ヨトゥンヘイム⑦

「さて、そろそろ頃合いか……」


 一週間分の食料を引き渡した俺は、頃合いを見て丘の巨人達に話し掛ける。


「少し話を聞いてくれないか?」


 そう問いかけると、一週間分の食料そっちのけで提供した肉を腹一杯食べる丘の巨人達が何だ何だと俺に視線を向けてくる。


 肉を提供した効果は絶大だったようだ。

 それもその筈、ゲスクズは丘の巨人達の力を抑え込む為、意図的にタンパク質を摂らせていなかった。

 イベント限定アイテムとはいえ、惜し気もなく肉を提供した甲斐があったというものだ。


「実は先程、この領を治める霜の巨人、ゲスクズに君達、丘の巨人を奴隷から解放し、衣食住の保証とこれまで無償で働いてきた分の補償を求めてきた……まずは結果だけ伝える。奴隷からの解放は認められた。ただし、賠償は……労働対価に見合うだけの賠償はないそうだ」


 別に誰もそんな事は求めていない。俺はゲスクズの奴隷として生涯を終えたいんだ、という奇特な巨人の為に生活環境と労働対価の改善についても訴え、棄却された事も伝えると、丘の巨人達はあからさまにガッカリとした表情を浮かべる。


 ゲスクズに何を期待していたのかは知らないが、賠償が貰えるかも知れないと一瞬でも考えた丘の巨人を見ていると社畜時代の自分を思い出す。

 あの頃は、会社待遇が変わらないのは、社員の給与や賞与係数を下げ経費を削減する事で業績を良く見せ、社長が役員報酬を多く受け取っているからだ。国税局仕事しろとか、別に自分が働きかける訳でもないのに、労働基準監督署が会社に入らない為だとか愚痴ばかり言っていた。

 今、思うと何もかもが懐かしい。


 確かに、誰かが待遇を改善してくれるならそれほど楽な事はないだろう。

 しかし、大抵の場合、そうはならない。自分から環境を変えようと働きかけなければ何も変わらないのだ。

 とはいえ、ゲスクズ領における丘の巨人達の待遇はもはやブラックどころの話ではない。数百年における奴隷生活により社畜根性が魂にまで根付いている。命に係わるレベルで最悪だ。


 ここは、俺が何とかしなければ……。

 別に丘の巨人が可哀想だからとか、義憤に駆られてとかそんな理由ではない。

 丘の巨人達の待遇を変えるのは、ゲスクズに代わり新たにゲスクズ領を支配する支配者として当然の事。つまりは打算的な理由だ。

 俺は、アイテムストレージから一枚のカードを取り出すと、それを地面に置く。


「皆、よく聞いてくれ。俺は、この雪山を新たな領地として開拓するつもりだ。もし、皆がその手伝いをしてくれるというのであれば、こちらには衣食住を保証した上で賃金を支払う用意がある。これから見せる魔法の効果を見てからでも構わない。これまで通りゲスクズの下で奴隷として搾取されるだけの人生を送るか、奴隷から解放され俺の下で、衣食住の保証された豊かな生活を送るか選択して欲しい」


 ゲスクズには悪いが悪役になって貰う。

 実際、悪徳領主そのものだし、今言った事すべてが事実なのでまったく良心が痛まない。

 それでもゲスクズの下で働きたいという奴がいるのであれば好きにするがいい。

 俺はすべての人を助けたいとか、そんな高尚な事は思っていないし、奴隷のまま生涯を終えたいという人の権利を蔑ろにする気は毛頭ない。

 だが、忠告はした。


「――フィールド魔法アイテム『草原』効果発動」


 効果範囲を指定すると、カードを中心に草木が芽吹き、雪山が緑豊かな山へと変わっていく。

 流石は、フィールド魔法アイテム。雪山の気候が一気に冬から春の陽気に変わった。

 春の訪れを感じさせる爽やかな風が心地良い。


「――さあ、選択の時だ。ゲスクズの下で奴隷として一生を終えるか、奴隷から解放され俺の下で、衣食住の保証された豊かな生活を送るか、どうする」


 境界線はハッキリ分かれている。

 草原に足を踏み入れれば、奴隷から解放され、足を動かさなければ、奴隷として一生を終える。


『――本当に衣食住は保証されるんだな?』

「ああ、但し、怠け者にくれてやる物は何もないぞ? 俺も慈善事業でやっている訳ではないからな。勿論、妊婦や子供、病人については話が別だ」

『そうか……』


 そう告げると、丘の巨人達が次々と、草原に足を踏み入れていく。

 気付けば、建物を破壊しまくっていたペロペロザウルスまで草原で草を食んでいた。


「――決まりだな」


 ゲスクズの奴は余程人望がないらしい。

 殆どの巨人がこちら側についてくれた。

 数名ほど決断できず右往左往している丘の巨人もいるが、時間切れだ。

 そう告げると、地の上位精霊・ベヒモスが境界線に沿って大地を隆起させていく。


『ち、ちょっと待て! ゲスクズ様に無断でそんな……そんな勝手な事、許さんぞ!』

『そうだ。そうだ! お前達、考え直せ! 人間の言う事だぞっ!』


 明らかにゲスクズの内通者っぽい丘の巨人が壁の向こうでそんな事を叫んでいるが、俺の知った事ではない。


 せり上がっていく壁に背を向け、丘の巨人達を見上げ手を叩くと、俺は深い笑みを浮かべる。


「さて、諸君。敬愛なるゲスクズ君に見せ付けてやろうじゃないか。君達の豊かな暮らし振りを……」


 あいにく俺は嫌いな相手とは、トコトンやり合うタイプの人間なんでね。

 あの手のクズがやられて腹が立つ事は手に取る様に分かる。

 俺が勤めていた会社、アメージング・コーポレーションの社長がまさにそんなタイプの人間だったからな。ゲスクズ君……君と俺とでは経験値が違うのだよ。

 ゲスやクズとやりあってきた経験値がな……。


「それでは、まずは君達の住居を整えよう」


 そう言うと、俺はアイテムストレージからマイルーム専用のアイテム『ルームグッズ』を取り出した。

 ルームグッズとは、転移門『ユグドラシル』から入る事のできるマイルームに設置できるオブジェ。

 この世界がまだゲームだった頃は、マイルームにしかルームグッズを設置する事ができなかった。

 しかし、ゲーム世界が現実となった今は違う。


 ルームグッズには、ソファやテーブル、ベッドや棚など様々なグッズが用意されている。そして、その大きさは部屋の大きさによって伸縮自在。

 現実世界で使用すると……


「この様に、巨人サイズの大きさで取り出す事が可能だ。そして、しばらくの間、寝泊まりして貰う場所についてだが、君達にはこの大型テントで過ごして貰う」


 取り出したのはアメリカ発のアウトドアブランド『ヨーレイカ』のトンネル型テントを模したルームグッズ。

 伸縮自在なので、当然これも巨人サイズにする事ができる。

 フィールド魔法アイテム『草原』の効果により、外の陽気は、暖かい春の陽気。生活するならテントで十分だ。


『ほ、本当にこんないい所に住んでいいのか?』

「うん? 当然だろ。すべての国民は、文化的な最低限度の生活を営む権利を有している。今までが異常だっただけだ」


 そして、忘れてはいけないのが、生活排水を処理する区画。

 一区画に、トイレや炊事場を纏めて設置し、共同スペースとする。

 しばらくの間、食事はすべて俺が用意し、一区切りついたらダンジョンに潜って貰い食べられそうなモンスターを狩ってきて貰おう。


 一通りのルームグッズを配り終えると、丘の巨人達は俺が決めた区画に従って、テントを設置していく。


「ふふふっ、ゲスクズよ、見ているか? これが丘の巨人達の新しい生活様式だ」


 ここは標高が高い。丘の巨人達の様子は下界からでもよく見えるだろう。

 むしろ、見せ付けているのだからそうでなくては困る。


 実用性と外観性を重視して張られたテント。

 食事はパリピ感溢れるバーベキュー形式で行い、広場には毎日、何かしらの曲が流れている。


 見てみろ。一様に死んだ目をしていた丘の巨人達が生き生きとした目で作業しているぞ。

 ゲスクズ領から逃げ出したペロペロザウルスも知らぬ内にハーレムを築いている。

 対して、お前の所はどうだ?

 多くの奴隷とペロペロザウルスを失い、領内の壁や建物はズタボロ。

 これはお前が選択した結果だ。

 丘の巨人の待遇を変え賠償を支払う気があるなら俺もここまでの事はしなかった。

 相手が悪かったな。俺の相手をするクズは一様に何でこうなったと途方に暮れる奴が多い。

 だがそれは、今まで相手にしてきた奴等が格下だっただけだ。

 これは初見で力量差を見抜けなかったお前がすべて悪い。


 ちなみに言っておくが、どうせすぐ生活が維持できなくなって泣きついてくるだろうと思ったら大間違いだぞ?

 俺もそこまで馬鹿じゃない。稼ぐ手段は既に見付けてある。

 俺はテントを張る巨人達を後目に『草原』フィールドの端にある氷でできた木々に視線を向けると、深い笑みを浮かべた。


 ◆◇◆


 丘の巨人達が山で新しい生活様式を築いている頃、その様子を双眼鏡で眺めていたゲスクズが唸り声を上げていた。


『ぐぬぬぬぬぬぬっ……奴隷の分際で何を勝手な事をやっている! お前等も、お前等だっ! 何故、奴隷共を止めなかった! 何の為に、お前達を潜入させていたと思っているっ!』


 大半の丘の巨人が人間に着いて行ってしまった事を知り激怒するゲスクズ。

 ゲスクズの近くにはそれを知らせに来た丘の巨人の内通者、ゲーとスーが平身低頭で詫びていた。


『も、申し訳ございません。まさか、肉を食わせて貰っただけで人間を信用し着いてくとは思いもせず……』

『わ、我々も一応止めたのですが、どうにもならず……』


 ゲスクズは内通者達を睨み付けると、拳をテーブルに叩き付ける。


 ――バンッ!


『――申し訳ございません? どうにもなりませんでした? ふざけるなぁぁぁぁ! 普段から他の丘の巨人を差し置いてお前達に良い暮らしをさせてやっているのは、まさにこういう時の為じゃないか! ペロペロザウルスも丘の巨人も全員、向こう側へ行ってしまった! すべてお前達のせいだっ! どうしてくれる!』

『『も、申し訳ございません!!』』


 ここは、ゲスクズの領域。

 怒りに任せ、ゲスクズが凍てつく冷気を発すると、ゲーとスーは竦み上がる。


『――もういい! お前等に期待した私が馬鹿だった。お前等の顔など見たくもない! 領内の片付けをしておれ!』

『ひ、ひぃ!』

『も、もう訳ございませんでしたぁぁぁぁ!』


 ゲーとスーは顔を真っ青にすると、急いで部屋から出て行く。


『愚か者共がっ……今に見ておれよっ!』


 ゲスクズはそう呟くと、手に持っていた双眼鏡を握り潰した。

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