第331話 ヨトゥンヘイム⑥
「――と、その前に……まず俺に何か一言あってもいいと思うんだけど、なにかない訳?」
そう尋ねると、ゲスクズは意気消沈とした面持ちで言う。
『……小動物と同格に扱ってしまい申し訳ございませんでした』
「……いや、誰がそんな事言えって言ったよ」
違うだろ。謝るべき所はそこじゃない。
ゲスクズの頭に生えた溶けかけの霜を強く握ると、俺は諭す様に言う。
「俺が怒っているのは、お前が俺の事を握り潰し、放り投げ、挙げ句の果てに唾を吐き掛けた事に対してだ。お前さ……もしかして、俺の事を、小動物と同格に扱っただけで怒り狂う様な気狂いと勘違いしてないか?」
『…………(コクリ)』
ヘルヘイムの王にして神であるヘルは言っていた。
神は嘘を付かないと……きっと精霊の一種である霜の巨人も嘘が付けない種族なのだろう。
俺の話を聞いたゲスクズは、何の躊躇いもなく頷くと、数瞬してハッとした表情を浮かべる。
『――い、いえ、違います。気狂いで狭量なんて、そんな事、思っていません!』
「へぇ、そう……」
ちょっと、体が正直過ぎるかな?
狭量なんて言葉一度も発してないよ?
お前、俺の事を気狂いな上、狭量だと思ってたの?
もう少し本音を隠した方がいいと思うよ?
だって、俺はお前の言う通り狭量だから。
「……お前の考えはよく分かった」
理解した。感動した。
ちょっとやり過ぎたかなって、そんな思いが頭の片隅を過ったが、思い違いだった様だ。
霜の巨人、ゲスクズはこの地に住む丘の巨人を数百年に渡って奴隷として支配し、苛め抜いてきた鬼畜外道……。
「ゲスクズ……この地の名前はなんだ?」
『は、はい。ゲスクズ統轄領です』
「そうか……ゲスクズ統轄領か……」
最低な地名だな。
何だ、ゲスクズ統轄領って……。
まあいい。一々、反応していては、話が先に進まない。
ゲスクズ統轄領という名前からして、こいつがこの地域を支配していると見て間違いなさそうだ。
「わかった。それじゃあ、今日からゲスクズ統轄領は俺が支配する。とりあえず、ゲスクズ統轄領内に存在する奴隷は皆、解放しろ」
元々、丘の巨人に受けた恩を返す為の行動だしな。
まあ、構成割合としては、個人的な怨み八割、恩二割といった所か。
すると、ゲスクズは慌てた表情を浮かべる。
『――ば、馬鹿な、そんな事、できる訳がないだろ! 奴隷共を解放したら、誰が壁を建設するんだ!』
「誰が? お前が一人でやるんだよ」
当然だろ?
だって、奴隷を解放するのは確定事項なんだから。
そう告げると、ゲスクズは首をぶんぶん振って否定する。
『な、何故、この私がそんな下賤な事をしなければならない! そんな勝手は許さんぞ。絶対に許さん! もし奴隷解放を強行するようであればどうなるか分かっているのだろうな!?』
ふーん。そういう事を言うんだ。
なら仕方がない
「へー、そう。俺、馬鹿だから分かんないわ。それじゃあ、ゲスクズ君。もし奴隷解放を強行する様であればどうなるのか馬鹿にでも解るように教えてくれる? おーい、エレメンタル。ゲスクズ君が奴隷解放を強行する様であればどうなるのか教えてくれるみたいだぞ」
そう言って、エレメンタル達と一緒にゲスクズの周りを取り囲んでやると、ゲスクズは体を強張らせ竦み上がる。
「ほら、どうした、ゲスクズ君。馬鹿でも分かる様に教えてくれよ、ゲスクズ君。おーい。聞いているかな、ゲスクズ君。何とか言ったらどうだ、ゲスクズ君。奴隷解放を強行したらどうなるんだ、ゲスクズ君」
エレメンタル達も、奴隷解放を強行したらどうなるか興味津々の様だ。
ゲスクズの間近に寄って、耳を傾けてやるとゲスクズが泣きそうな表情を浮かべる。
『――お、おのれモブフェンリルの分際で、こ、この私を脅迫する気か……』
脅迫? これのどこが脅迫なんだ?
ちょっと何を言っているか分からない。
「脅迫なんて滅多な事を言うなよ。これのどこが脅迫なんだ? お前の声が聞き取りやすいよう近くに寄ってやっているんじゃないか。声が震えているぞ、ゲスクズ君。さっさと、馬鹿でも分かる様に奴隷解放を強行したらどうなるか教えてくれよ、ゲスクズ君。後、モブフェンリルの分際でってどういう意味だ、ゲスクズ君。あまり調子に乗るなよ、ゲスクズ君」
ちょっと調子に乗り出したので、地の上位精霊・ベヒモスの手で軽くゲスクズを握って貰うと、ゲスクズはビクリと震え上がる。
『ど、奴隷解放を強行したら……』
「奴隷解放を強行したらどうなるんだ、ゲスクズ……」
俺とお前の力量差をよく考えて発言しろよ、ゲスクズ。
お前の言う通り、俺は狭量なので、何度もお前の戯言を聞き流してやるほど優しくないぞ?
そう圧を加えながら言うと、ゲスクズは顔を強張らせ、汗を流しながら呟く。
『――ど、奴隷解放を強行し……てもいいんじゃないでしょうかね? いや、私も奴隷は時代に逆行する制度だなと思っていたんですよ』
「そうか! いや、ゲスクズ君なら、そう言ってくれると思っていたよ」
そう言って、ゲスクズの背中を軽く叩くと俺は笑顔を浮かべる。
「それじゃあ、後は賠償の話だけだな」
『は、はあっ……? ば、ばばばばっ、賠償ぉぉぉぉ!?』
何を驚いているのか分からないが、奴隷を開放するんだ。
当然の事だろ。
「そうだ。賠償だよ。お前は数百年に渡り丘の巨人から労働搾取していたんだ。数百年分を渡せとは言わないが、賠償金の支払いはマストだろうが」
奴隷の皆さん、今日からあなた達は自由です。どこにでも好きな場所に行ってのたれ死んで下さいとでも言うつもりか?
今まで奴隷だった奴等がそれ以外の生活を想像できる筈ないだろ。
「全額、金で支払えとは言わないから、せめて労働に見合った対価の支払いと衣食住の提供位してやれよ」
お前がやりたくないと思う程の下賤な仕事をさせようとしているんだろ?
それに見合った対価を貰うのは当然じゃないか。
「まずは奴隷の生活ではなく、普通の人の生活を教えてやれ。普通の人の生活が分からない様であれば、お前の普段の暮らしっぷりでもいい」
衣食住を整え、労働の対価として金銭を貰い、その金額の範囲内で物を購入する。
それが普通の人の暮らしというものだ。
すると、何をトチ狂ったのかゲスクズが声を荒げ反論してくる。
『ち、ちょっと待って下さい! 奴隷すべてが私の様な暮らしをしたらゲスクズ統轄領の経済が崩壊してしまいます!』
「――いや、誰が丘の巨人達に贅沢を覚えさせろって言ったよ」
つーか、お前、いつも経済が崩壊する様な贅沢しているの!?
どんな生活送ったらそうなるんだよ!
そりゃあ、奴隷解放に反対する訳だわ。
お前、一人の生活を丘の巨人全員で支えていた様なものだものね!
奴隷解放したらそんな贅沢できなくなっちゃうもんね!?
悪質末期状態の年金制度の様なものだ。
働く世代がいなくなれば、受給者が一方的に困窮し、破綻する。
『――で、ですが、先ほど、お前の普段の暮らしっぷりでもいいと……』
「……意味合いが全然違う。俺は衣食住の整った生活がどんなものなのかを教えてやれって、言ったんだよ」
こいつの感覚、ヤバいな。
ゲスクズに、普通の人の生活を教えさせたら、第二のゲスクズが大量発生しそうだ。
「――よし、分かった。それじゃあこうしよう。丘の巨人達がこれまで通りここで働きたいというのであれば、住む場所と食事、住居費と食費を差っ引いた金額を賃金として丘の巨人に支払い、この領から出て行きたいというのであれば、十分な賠償金を丘の巨人に支払う。当然だが、どちらの選択をした丘の巨人に対しても一定の賠償金を支払うこと」
被害者はいくら賠償金を貰った所で被害感情が薄れる事はない。
それを合理的に解決する為に、法律というものが整備されている訳だが、ここはゲーム世界。
法などあってない様なものだ。なので、それを俺が決める。
「とりあえず、丘の巨人一人当たりに賠償金として、一億コル。雇用する場合は、月収三百万コルということにしておこう」
巨人の食費とか凄そうだしな。住むだけでも場所を取る。その位、必要だろ。
すると、俺の決定にゲスカスが口を挟んでくる。
『ち、ちょっと待って下さい! 勝手な事をされては困ります! そんな事をされたら私の金が五分の一も減ってしまう!』
「……なんだ、大した事ないじゃないか」
たった五分の一で済むなら別にいいだろ。
むしろ、その程度の賠償金で済ませてやるんだ。ありがたいと思え。
そう告げると、ゲスクズは自分の思い通りに行かない事に癇癪を起した大人の様に騒ぎ出す。
『た、大した事が無い訳ないだろうがぁぁぁぁ! それは私の金だ! 私が貯めた金なんだっ! 誰にも取られてたまるか! それが、例え、五分の一であったとしても御免だ!』
「ふーん。そう。へー、俺が出した譲歩案は飲めないと……そういう事でいいんだな?」
折角、資産の五分の一を失う程度の賠償で許してやろうと思っていたのに残念だ。
「それなら勝手にするがいい。但し、譲歩案を蹴った以上、今後、譲歩案が出る事はないと思え」
そう告げると、俺はペロペロザウルスの放牧場を後にする。
『――えっ? あれっ??』と、ゲスクズが、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしているが、そんな事は知った事ではない。
お前も言っていただろう?
俺は、狭量なのだと……。いい歳した巨人の駄々に付き合っている時間は無いんだよ。
お前の気持ちはよく分かった。初志貫徹できるといいね。
ポカーンとした表情を浮かべるゲスクズを後目に、俺は丘の巨人達の下に向かった。
◇◆◇
丘の巨人達のいる壁の外に向かうと、肉を焼く良い匂いが漂ってくる。
おそらく、俺が渡した肉を焼いているのだろう。
「おーい。最初の約束通り一週間分の食料を持ってきたぞー!」
仲良くバーベキューする丘の巨人達に声をかけると、丘の巨人達は揃って俺に視線を向ける。
『おお、無事だったか。心配したぞ? しかしまさか本当に、霜の巨人、ゲスクズから一週間分の食料を貰ってくるとは、一体、どんな魔法を使ったんだ?』
「いやぁ、あのゲスクズが素直に食料を渡す訳がないじゃないですか。パクッてきたんですよ。ちょっと待ってて下さい。ヴォルト、この氷を溶かしてくれないかな?」
雷の精霊・ヴォルトにそうお願いすると、ヴォルトは電子レンジの要領で凍った食料を解凍していく。
ゲスクズは、氷に閉じ込められた食料を取り出す事ができたら食べてくれても構わないと言っていた。つまり、何も問題ないという事だ。
完全に解けた食料に手を乗せると、俺は満面の笑みを浮かべる。
丘の巨人達に視線を向けると、皆、揃ってポカンとした表情を浮かべた。
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