第330話 ヨトゥンヘイム⑤

 呆然とした面持ちで、ペロペロザウルスの交尾を至近距離で凝視する霜の巨人、ゲスクズを見て思う。

 憐れ。憐れ過ぎてそれ以外の言葉が見付からない。


 これまで作り上げてきた自分の城を、これまで手塩をかけて育ててきた金のガチョウに破壊されるというのは、一体、どんな心境なのだろうか?

 今まで、そういう目に遭った事がないから分からないが、呆然と立ち尽くしてしまう位にはショックなんだろうなというのだけはよく分かる。


 それにしても、まさかこんな事になるとは……。

 こっちのペロペロザウルスは好戦的だな。

 流石の俺も、壁という壁をぶち壊し、生産者の目の前で交尾を見せつけるとは思いもしなかった。

 だが、まあいいか。

 これもすべては自業自得。あいつが俺に危害を加えるから悪いんだ。

 俺だって、ゲスクズが俺の事を握り潰し、放り投げ、唾を吐き捨てなければ、何もしなかった。

 つまり、すべてゲスクズが悪いという訳だ。


 しかし、困ったものだ。

 まだ、復讐は終わっていないというのに、絶望感に浸った顔をされるとか……。

 言っておくけど、これからだよ?

 まだジャブしか打ってないからね?

 ジャブしか打ってないのにノックアウトされても困惑するだけだよ?

 ゲスクズクソ弱ってなるだけだからね?


 すると、ゲスクズは虚ろな目で立ち上がる。


『――悪いのは私ではない。悪いのは私ではない……これは誰かが仕組んだ罠だ。陰謀だ。こんな事を考えるのは丘の巨人以外ありえない……奴隷共以外ありえない! 許さん。絶対に許さんぞ……!』


 流石だ。ナチュラルに責任を他人に押し付けるとは……。

 ナチュラルボーンゲスクズ。こんなにナチュラルに他人に責任を押し付ける事ができるのは、普段から責任を押し付け慣れている他責思考のクズ以外ありえない。

 これだから他責思考のクズは嫌なのだ。

 ちょっと考えれば、奴隷である丘の巨人にこんな大それたことができる訳ないという事に気付くだろ……にも拘らず、誰に責任があるのかを決めつけたらそれ以上、考える事を止め、あいつが悪いに決まっていると糾弾する。

 そして、そういう奴は決まって、自分より立場の弱い奴に責任を押し付ける。


 ゲスクズは憤怒の表情を浮かべたまま、丘の巨人達のいる作業現場へ足を向ける。

 奴隷である丘の巨人でストレス発散するつもりなのだろう。

 その歪んだ性格が表情によく表れている。


 しかし、そうはさせない。

 この状況を作り出したのは俺なんでね。

 自分のケツを他人に拭いてもらう趣味はない。なので……。


 アイテムストレージから一枚のカードを取り出すと、そのカードを地面に置く。


 お見せしよう。

 使い所がまったくよく分からず、アイテムストレージに死蔵されていたフィールド魔法アイテム『砂漠』の力を……。


「――と、いう事で『砂漠』効果発動」


 そう呟くと、カードが赤く熱を発する太陽となり、地面が渇いた砂に変わっていく。


『――熱っ!? なっ、何だこれはっ!?』


 霜の巨人は、超人的な強さを持つ大自然の精霊。そして、霜は大気中の水蒸気が地面や地物の表面に昇華してできた氷の結晶を指している。

 つまり、霜の巨人という種族は、氷の結晶が生まれやすい環境下で力を発揮する精霊の一種であると定義できる。


 ここは雪山。丘の巨人が何故、同じ巨人の一種である霜の巨人の奴隷になっているのか不思議だったが、理解できたよ。

 この雪山で特別扱いされていたのは、霜の巨人であるゲスクズに利益を齎すペロペロザウルスだけ。

 現に、ペロペロザウルスを飼っていた放牧場は壁で取り囲む事で、飼育に適した温度管理を行なっていた。

 ペロペロザウルスの放牧場に丘の巨人を近付けようとしなかったのも、そういう理由からだったんだな……。

 つまり、少しでも己が弱体化してしまう可能性のある場所に丘の巨人を近付けたくなかった訳だ。

 勘違いしていたよ。


 そうこうしている内にも、突如として地上に現れた太陽が空高く登っていく。


「さて、霜の巨人よ。砂の味はどうかな? 土に手を付けるのは、久しぶりなんじゃないか?」

『はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ……』


 今の気温は五十度といった所か。

 さっきまでの気温はマイナス十度だったから気温差は約六十度。

 かくいう俺はモブフェンリルスーツを着ている為、暑さや寒さによる影響は皆無。

 精々、内側に貼っているホッカイロが熱いくらいだ。


 横を向くと、肘や膝から隆起していた霜は溶け、身体中から汗を流しながら這いつくばるゲスクズの姿が見える。


『あ、暑い……何が、一体、何が起こっているのだ……ま、まさか、これも奴隷共の仕業か……!?』


 いや、違う。


「俺だよ。俺、俺。なんだ? 意識が朦朧として頭までやられたか?」


 そう挑発すると、ゲスクズはもの凄い形相を浮かべながら顔を上げる。

 顔の穴という穴から汗や涎、鼻水が流れ出ている。目も充血しているのか真っ赤だ。


『お、お前は……何だ……暑さで頭がおかしくなったのか? 小さなモブフェンリルが喋っている?』

「いや、その認識で間違ってねーよ。忘れたか? お前に握り潰され、放り投げられた上、唾を吐き捨てられたモブフェンリルだ。よくもやってくれたなぁ……復讐に来てやったぜ」


 アイテムストレージからペロペロザウルスの卵を取り出し、横に置くと、ゲスクズは目を大きく見開く。


『そ、それは……! ま、まさか、ペロペロザウルスの放牧場を滅茶苦茶にしたのも……!』

「いや、それは違うな。間違っているぞ……俺がやったのは壁にヒビを入れペロペロザウルスが元気になる食べ物を餌に混ぜただけだ」

『っ!? やはり、お前のせいではないかぁぁぁぁ!!』


 心外である。

 確かに、壁にヒビは入れたが、ペロペロザウルスが暴れなければ崩れる事はなかった。

 とはいえ、まあ事実である事に変わりないか。


「ああ、そうだな。だが、それがどうした?」


 そう開き直ってやると、ゲスクズは歯を食い縛りながら充血した目を向けてくる。


『だ、だが、それがどうしただとぉぉぉぉ!? な、何が狙いだ! 何故、この私にこんな事を……!』

「はあっ? 何故、この私にこんな事をって……記憶力がないのか? さっき言っただろ。お前に握り潰され、放り投げられた上、唾を吐き捨てられたから復讐に来たと……」


 人の話はちゃんと聞けよ。

 特に今は尚更だ。何故なら今、お前の生殺与奪の権を握っているのは俺なのだから……。


 そう告げると、ゲスクズは顔を盛大に引き攣らせる。


『ま、待て……お前は勘違いしている。私はお前を握り潰したりなんかしていない。ひ、人違いだ!』


 人違いだぁ?

 んな訳ねーだろ、ボケカスコラ!

 舐めてんのかテメーは! この場に霜の巨人はお前しかいねーだろうがよ!

 他に、ゲスクズとかいうお前とまったく同じ顔の霜の巨人が存在するのか?

 存在しねーよなぁ!


「へぇ、人に罪を擦り付けようって言うの……いい性格してるな。まあいいや。それじゃあ、こうしよう。俺は、ゲスクズという名の霜の巨人に、握り潰され、放り投げられた上、唾を吐き掛けられた。つまり、霜の巨人が、俺に危害を加えなければ、俺が復讐に走る事もなかった訳だ。ここまでは、分かるな?」


 そう告げると、ゲスクズは渋々ながら頷いた。

 頷きたくなかったが、頷かなければ何をされるか分からない。

 その為、不承不承頷いた。そんな感じだ。

 しかし、頷いたという事は、俺の言い分を認めたという事に他ならない。


 想定通り動いてくれた事に俺は満面の笑みを浮かべる。


「分かってくれて、何よりだよ。それなら、これからいう言葉の意味もちゃんと理解してくれるよね?」

『こ、これから言う言葉の意味……ですか?』

「ああ、そうだ。俺は、霜の巨人に握り潰され、放り投げられた上、唾を吐き掛けられた。この怒りは、同様の事をやり返してしても治まる事はない。連帯責任だ。文句は、同族同名のゲスクズとかいう霜の巨人にでも言うんだな」


 そう告げると、ゲスカスは顔を引き攣らせる。


『――ち、ちょっと、待て!』

「――誰が待つかボケェ! お前も、丘の巨人に連帯責任がどうとか言っていたよなぁ!? 文句は仕事をサボって小動物と戯れていたこの巨人に言えとか、偉っらそうにほざいていたよなぁ!!」


 自業自得……いや、これは因果応報だ。

 俺の事を握り潰し、放り投げ、唾を吐き掛けた怒りは同様の事を以て晴らさせて貰う。

 但し、俺は人や動物に唾を吐き掛けるだなんて品性下劣な行いはしない。

 代わりに、空高く浮かぶ疑似太陽に向かって投げ捨てさせて貰う。

 天然の焼却炉だ。

 品性下劣な霜の巨人は天然の焼却炉で焼き尽くされ消え失せろ。


「ベヒモォォォォス! ゲスクズを握り潰し、あの疑似太陽に向かって雑に投げ捨てろぉぉぉぉ!」


 雑にというのがポイントだ。

 品性下劣で、救いようのないゲスクズは、雑に扱う位が丁度良い。

 丘の巨人も奴隷として雑に扱ってきたんだ。

 今、そのツケをすべて払え。


 万感の思いを乗せそう言うと、地の上位精霊・ベヒモスが姿を現し、霜の巨人、ゲスクズを掴み思い切り握り締める。


『――い、嫌だああああぁぁぁぁ!! だ、誰か、助――ぐうぇぶっ!?』


 さて、準備万端整った様だ。

 あとは太陽に向かって投げるだけ。

 涙を流しながら助けを請うゲスクズに俺は蔑みの視線を向け呟く様に言う。


「それでは、霜の精霊、ゲスクズよ。さらばだ。もし生きて帰って来るようであれば、その時はまあ……俺が死ぬまで利用し尽くしてやるよ」


 そう告げると共に、ベヒモスが頭上に輝く疑似太陽に向かってゲスクズを雑に放り投げた。


『や、やべで――いやああああぁぁぁぁ!!』


 ――ボシュッ!!


 ゲスクズが激突した瞬間、疑似太陽から煙が噴出し、爆発を引き起こす。


 ――ドォッカァァァァアアアアンッ!!


 そして、フィールド魔法アイテム『砂漠』の効果が切れると共に雪が降ってきた。


「……なるほど、疑似太陽を壊す事でフィールド魔法の効果が切れるのか」


 霜の巨人、ゲスクズはその身を以て良い事を教えてくれた。

 今後、これを使う際は、気を付けて使う事にしよう。


 そんな事を考えていると、『ドシャッ!』という音と共に上から何かが落ちてきた。


「しぶといな……」


 流石は、霜の巨人……wikiに『超人的な強さをもつ、大自然の精霊の集団の一員』と書かれるだけの事はある。まあいい。俺を敵に回した時の恐ろしさについては十分過ぎる程、体と心に刻み付けた。

 こいつが生き残ったという事は、俺に利用されてでも生き残りたいと、心の奥底でそう思っていたという事だろう。


 俺は、ゲスクズの頭に生えた溶けかけの霜を掴むと笑顔を浮かべ話しかける。


「さて、今後の話をしようか……」


 そう言うと、ゲスクズは目に涙を浮かべながら静かに頷いた。

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