第329話 ヨトゥンヘイム④
さて、次だ……。
丘の巨人に配給する食料を確保した俺が次に向かった場所。
それは、ペロペロザウルスの飼育場だ。
ペロペロザウルスは、ダチョウ恐竜と呼ばれる白亜紀後期の北米大陸に生息していたオルニトミムスに似たゲーム世界にしか存在しない生き物。
ペロペロザウルスの産む卵は絶品で、卵黄だけではなく卵白にまで味があり、その味は天上に昇ると形容されるほど美味い。一度食べれば、普通の卵が卵白の味にしか思えなくなってしまう。現在、卵一個当たり一万コルで取引されている高級品だ。
ペロペロザウルスの卵一個で、うまい棒を八百個買える。
とても美味い卵を産むペロペロザウルスだが、その飼育方法には少し難があり、五十メートル四方の放牧場に雄一匹、雌三匹のハーレムを形成し、飼育しなければならない。
しかも、ペロペロザウルスの雄は浮気性で自分の目のつく場所に雌のペロペロザウルスがいると、同じ放牧場に入れられた三匹のペロペロザウルスの雌を放置し、そっちに行ってしまう。
その為、ペロペロザウルスの飼育をする場合、雄一匹、雌三匹のグループを複数作り、雄が他のグループの雌に目移りしないよう設備を整え、飼育しなければならない。
また、卵を確保する時にも注意が必要だ。
ペロペロザウルスの雄には、雌が産んだ卵を数時間以内に破壊する習性がある。その為、雄が卵を破壊する前に手に入れなければならないのだが、雌の卵保護行動も常軌を逸しており、番の雄が卵を壊す分には構わないと言わんばかりに何もしないが、他の者に取られるのは嫌な様で、卵を取る際、雌は非常に好戦的になる。
ペロペロザウルスが希少種と呼ばれる所以はここにある。
つまり、ペロペロザウルスの子供が無事卵から孵る為には、親ガチャで当たりを引き当てなければならないのだ。
ペロペロザウルスの外れ親率は、約九割。一割の子煩悩なペロペロザウルスを引き当てなければ、基本的に卵を割られて生涯を終える。
ペロペロザウルスとは、そんな悲しき生体の生き物なのである。
「ここか……」
円柱状に作られた高い壁に、『ブホォッ、ブホォッ!』という特徴的な鳴き声。
間違いない。ここでペロペロザウルスが飼育されている様だ。
壁の一部に穴をあけ中に入ると、そこには……。
『ブホォッ、ブホォッ!! ブホォッ、ブホォッ!! ブホォッ、ブホォッ!!』
――と声を上げて盛る一匹の雄ペロペロザウルスと、二匹の雌ペロペロザウルスがいた。
「――ううっ!?」
目に毒。のっけからなんつーものを見せるんだ。
ペロペロザウルスが発情しているシーンなんてどこにも需要ねーよ。
しかし、このペロペロザウルス……異常にデカいな……。
この世界の特殊個体か?
丘の巨人位の大きさだ。
近くに置いてある卵も巨大。
既にエレメンタル達が卵の周りに群がっている。
巨大なペロペロザウルスに卵を破壊されないよう確保すると、俺は壁に手を当てる。
なるほど、ここに来た時からずっと疑問だったが、ようやく疑問が晴れた。
丘の巨人が汗水垂らして作り上げていた巨大な壁。
どうやらあの壁はペロペロザウルスの飼育をする為に作られたものだった様だ。
ペロペロザウルスの脚力は強い。
その為、ちょっと高い程度の壁では簡単に逃げられてしまう。
だからこそ、丘の巨人達に命じて高い壁を築いていたのだろう。
しかし、甘かったな。
防犯がまるでなっていない。
ペロペロザウスの卵は希少品。その飼育方法も秘匿されている。
丘の巨人の配給係に任されている事といえば、ペロペロザウルスの餌作り位……だが、飼育の秘密を守る為とはいえ、丘の巨人を警備に付けていないのは、明らかな失敗だ。失態と言っても過言ではない。
何せ、霜の巨人に強い怨みを持つこの俺の侵入を許してしまっているのだから……。
この建物は円形の建物……その中心にペロペロザウルスの餌が用意されている。
俺は、卵の回収及び壁にヒビを入れるようエレメンタルに指示すると、ペロペロザウルスの餌に近付き、そこにアイテムストレージから取り出したパワーアップアイテムを混ぜ込んでいく。
パワーアップルにタフネスイカ、スピードリアンにコーフンタケ。ついでに、駄目押しの赤マムシドリンク。
通常、飼育しているモンスターにこんなアイテムは使わない。
使った所で意味がないし、大変な事になるのが目に見えているからだ。
しかし、ここは他人のモンスターの飼育場。しかも、俺の敵が運営する飼育場だ。
だからこそ、何の躊躇いもなく嫌がらせする事ができる。
安心しろ。どれも現実世界とゲーム世界で手に入る天然由来の物だ。
これを食べた所でペロペロザウルスが体調を崩す様な事はない。
むしろ、元気になり過ぎてしまう事の方が心配だ。
「――さあ、ペロペロザウルスよ。獣の本能に従い存分に逢引するがいい!」
交尾を終えたペロペロザウルスが餌を食む姿を横目に俺は高笑いを上げた。
◇◆◇
日課のストレス発散を終えた霜の巨人、ゲスクズは、自席に着くとヨトゥンヘイムの王、スリュムに献上する予定の品物リストを確認する。
『ふぅむ……新鮮なペロペロザウルスの卵を一千個か』
霜の巨人、ゲスクズの治める領地の特産は、ペロペロザウルスの卵。
飼育の難しいペロペロザウルスの卵は希少性が高い。
ゲスクズの放牧場では、広い領地を確保し、壁で区切り飼育する事で、月四千個の卵を収獲している。
とはいえ、希少性の高いペロペロザウルスの卵を一千個はあまりに多い。
『くっ、物の価値も分からぬ愚王め……』
しかし、そこは腐っても鯛、王の言葉は絶対だ。叛意ありと認定され、領地に攻め入られない為にも、必ず納めなければならない。
領地を攻め入られた霜の巨人の末路はあまりに悲惨だ。異世界からの侵攻に備えるという理外の理由で氷漬けにされ、転移門『ユグドラシル』の前に配置される。
またこの世界の理は、ウートガルズの領主、ロキの力により歪められている。
転移門のある雪山は極寒。
暖を取ろうと火を使えば、立ち所に山全体が燃え上がり、氷漬けにされた霜の巨人達が解放される。
……そういえば、今日、山火事があったな。
すぐに鎮火したという事は、氷漬けにされ転移門に配置された霜の巨人達が首尾よく敵を撃退したという事を意味するが……。
一応、報告しておくか。
精霊語で文字を記し、窓の外に紙を放ると、紙は鳥に変わり飛び去っていく。
これでいい。卵の備蓄は十分。
とはいえ、念の為、確認しに行くか……。
丘の巨人達に配給する食事を十日間禁止した。
配給係がペロペロザウルスの餌に手を付けていないとも限らない。
そんな事を考えていると、突然、轟音が鳴り響く。
――ドカァァァァアアアアン!!
『な、なんだっ!? なんだ今の轟音はっ!?』
窓から身を乗り出し外を見ると、あちらこちらで壁が沈み土煙が上がっているのが目に付く。
『――ま、まさか、丘の巨人共が反乱でも起こしたのかっ!?』
数百年前に一度、丘の巨人が反乱を起こした事があった。
その時は、丘の巨人と霜の巨人の埋める事のできない種族としての力の差を見せつけ、見せしめとして丘の巨人の四分の一を凍らせ体をバラバラに砕く事で反乱を抑えたが……数百年の時の中で、この私の恐ろしさを忘れたかっ! あの愚か者共めぇぇぇぇ!
般若の様な様相を浮かべ外に飛び出ると、次々に沈んでいく壁には目もくれず、ペロペロザウルスの飼育場へ向かう。
あの蛮人共、私の飼育場に手を付けたら絶対に許さん!
四肢を割いた上、氷漬けにしてバラバラに砕いてやる!
『奴隷共っ! 一体何をやって――ぐはぁ!?』
飼育場に到着すると共に壁が崩れ、壁を蹴り崩すかのようにペロペロザウルスが飼育場から出てくる。
『――ぐっ、何故、ペロペロザウルスが外にっ!? ま、まさか、ペロペロザウルスがこの事態を引き起こしたのかっ!?』
いや、今はそんな事を言っている場合ではない。
飼育場の壁を氷で塞ぎ、急いで飼育場の中に入ると、そこには……。
『なぁ、ななななななな……なんだこれはぁぁぁぁ!?』
自分にあてがわれた雌を放置して逢引するペロペロザウルスの姿があった。
ペロペロザウルスの飼育は、(ゲスクズ調べによると)雄一匹雌二匹が黄金比率。
他に雌の存在を察知すると、雄は自分にあてがわれた雌に見向きもしなくなってしまう。
しかし、それは他の雄が居なかった場合……。
雄が、二匹の雌をはべらかしている雄の姿を見つけたらどうなるか。
当然、奪い合いの殺し合いが発生する。
――ドンッ! ドンッ! ドンッ!
――ドンッ! ドンッ! ドンッ!
――ドンッ! ドンッ! ドンッ!
――ドンッ! ドンッ! ドンッ!
ペロペロザウルスの雄同士が前足で蹴り合う度に衝撃波が生じ、壁が……近くにある物が壊れていく。
それを見たゲスクズは慌てた表情を浮かべる。
『や、やめろ! 喧嘩するんじゃない! 今すぐ喧嘩をやめろぉぉぉぉ!』
しかし、ゲスクズの叫びは伝わらない。
時の経過と共にペロペロザウルスの殺し合いは周りを巻き込み激しくなっていく。
『――あ、あああああああっ!? 卵がっ!? 卵の保管所が壊れ……! なんで、なんでこんな事に……??』
当然の事ながら保管所に置いてあったペロペロザウルスの卵は既にカケルが回収済み。
それを知らないゲスクズは嘆き崩れる。
なまじ強大な力を持っている為、ペロペロザウルスの喧嘩を収めたくても収める事ができない。
ペロペロザウルスは寒さに弱い。ゲスクズが仲裁に入り喧嘩を止める為、魔法を使えば死んでしまう可能性すらある。
『そんな……そんな馬鹿な事があってたまるかぁぁぁぁ!!』
ペロペロザウルスが放牧場の壁を壊しただとっ!?
壁の強度は私自ら確認した。強度に問題なかった筈だ。
なのに、何故……何故……。
ペロペロザウルスがこんな状態では、ヨトゥンヘイムの王、スリュムにペロペロザウルスの卵を献上する事ができない。そして、献上できなければ、領地に攻め入られ、異世界からの侵攻に備えるという理外の理由で氷漬けにされて、転移門『ユグドラシル』の前に配置されてしまう。
『何故、こうなるのだぁぁぁぁ!?』
喧嘩に勝った雄のペロペロザウルスが、雌のペロペロザウルスに近付いていく。
そして、激しい逢引が行われているのを目の前に、ゲスクズは呆然とした表情を浮かべた。
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