第333話 ヨトゥンヘイム⑧
元雪山に生える氷でできているのに燃える不思議な樹。
仮にこれを氷樹と名付けよう。
この樹について、丘の巨人達に尋ねた所、氷樹は、ヨトゥンヘイムにのみ生える固有種で、凍れば燃え、溶ければ水となる性質を持つ樹である事が分かった。
燃焼時間も長く、針葉樹の薪が五キロで一時間燃焼するのに対し、この氷樹は一キロで七百二十時間……約一ヶ月間に渡り燃焼し続ける。しかも、燃焼により排出されるのは水素のみ。二酸化炭素を排出しない夢の素材。
しかし、この世界において、氷樹は、一度燃え上がれば一ヶ月間に渡り燃え続ける悪魔の木。
一ヶ月間に一度、種子をばら撒き一ヶ月で成木となる為、一ヶ月間に一度山火事を引き起こし、この地以外に種子が広がらぬ様、霜の巨人が管理しているらしい。
「――でも、この氷樹の多さを見るに管理している様には見えないんだが……もし管理している奴がいるとしたら明らかな怠慢だろ……」
もしかして、これを管理している霜の巨人って、ゲスクズじゃないだろうな?
ゲスクズじゃないよな?
そう尋ねると、丘の巨人はため息を吐きながら言う。
『はい。ゲスクズ様がこの領地を管理しておりましたが、最近になって管理者権限を放棄したため、現在、管理者不在となっております』
「ほお、やはりゲスクズが管理を……しかし、管理者不在ねぇ……」
それは好都合。つまり、管理者とやらになってしまえば、合法的に氷樹を現実世界に出荷する事ができる訳だ。
しかも、一ヶ月で成長するとか最高かよ。
火力発電所に売ればいい金になりそうだ。
そうでなくとも、これには色々と使い道がある。
「……素晴らしい。それで? 管理者権限を取得するにはどうすればいいんだ?」
ゲスクズが権利を放棄したという事は、俺が代わりに権利を取得しても問題ないという事。
そう尋ねると、丘の巨人は、転移門『ユグドラシル』を指差す。
『この辺り一帯の管理者になるのであれば、転移門に登録する必要があります。しかし、転移門の前には、霜の巨人達が……』
「霜の巨人?」
もしかして、今、アイテムストレージにしまってある氷像の事か?
「……それなら問題ないな」
やはり、フラグをへし折っておいて正解だった様だ。あの時、アイテムストレージに氷像を格納した俺の判断に拍手喝采を送りたい気分である。
どの道、氷像をアイテムストレージから出す予定は無い。氷像が襲ってくるかもしれないとなれば尚更だ。
ゲスクズは威勢がいいだけの雑魚だった。
権利を放棄するという事は文句を言う権利すら捨てるという事。どの道、権利を放棄したゲスクズに文句を言われる筋合いはない。
何より、ここはフィールド魔法『草原』の効果範囲内。
霜の巨人が襲いかかってきた所で、鮫が陸で熊と戦う様なものだ。
雪山ならいざ知らず、ここであれば丘の巨人達でも十分、霜の巨人と戦える。
エレメンタルが付いている俺に勝とうだなんて一千年早い。
「貴重な情報をありがとう。これまで、長い間、ゲスクズの下で働いてきたんだ。後の事はすべて任せて今日から二日間、ゆっくり休むといい」
良い情報をくれたお礼に、追加の肉と酒を振る舞おう。バーベキューに肉と酒は必須だからな。
そう言って、肉と酒を追加すると、丘の巨人達は『おおっ!』と声を上げる。
君達の今の役割は、ゲスクズに今の生活を見せつける事。久しぶりの休日を存分に堪能するがいい。
それが俺の利益に繋がり、ゲスクズの精神をガリガリ削る事にも繋がる。
二日後から本格的に働いて貰うからな。
今は存分に肉を喰い鋭気を養え。
そう告げると、俺は、転移門『ユグドラシル』に向かう。
「さて、これか……」
転移門に手を翳し、メニューバーを開くと、この辺りの土地の登録状況が表示されている。
「――ふむふむ。確かに、この辺りの土地は管理者不在の様だな……」
しかし、番地だけではどこからどこまでの土地が管理者登録されていないのか分かりずらい。
マップ機能と連動させ、管理者不在箇所を可視化すると、ある事に気付く。
「あれ? これって……」
マップを見てみると、現状、ゲスクズが占領している土地の管理者が不在となっている事に気付く。他の土地もそれは同じ。雪山と隣接する土地全てが管理者不在となっている。
「管理者不在……そして、管理者になる為には、毎年、一定の金額を転移門経由で支払う必要があるのか……」
まるで、固定資産税の様だ。
だが、金さえ支払えば管理者になれるというのであれば、それに越した事はない。
なるほどなぁ……しかし、これで合点がいった。
俺は深い笑みを浮かべると、管理者不在の土地全てを選択していく。
「つまり、ゲスクズを含むこの辺り一帯の領主は皆、土地を不法占拠している訳だ」
管理者登録せず、支払うべき金を支払わないという事はそういう事である。
つまりそれは、土地を実効支配する事で、その辺りの事すべてを有耶無耶にし、力で丘の巨人を捩じ伏せ強制奉仕させているという事に他ならない。
「そいつはいけねぇなぁ……いけねぇよ」
実効支配。それは即ち、侵略犯罪そのもの。
一年に一度、支払わなければならない金額は、一区画当たり一億コル。
領主でありながら、たった、それっぽちの金額も支払う事のできない霜の巨人が堂々と実効支配するなんて片腹激痛。腹が痛すぎて腸捻転起こしそうだ。
俺は後で文句を言われない様にと、選択した土地の百年分の金額を転移門『ユグドラシル』経由で一括支払いする。
霜の巨人は、超人的な強さを持つ大自然の精霊集団の一員。
ゲスクズの事だ……。
ヨトゥンヘイムに住むのは、自分より弱い丘の巨人。支払うべき金を惜しんだ所で誰も文句を言う筈がないと侮ったな?
甘ぇよ。そんな事だから足元を掬われる。
権利を主張するなら義務を果たすのは当然。
義務なくして権利を主張する事はできない。
そして、今、俺は義務を果たした。
百年分の土地使用料を支払う事で、合法的に土地を取得したのだ。
ゲスクズが不法占拠している土地に目を向けると、俺は笑みを浮かべる。
「――楽しくなってきたなぁ、ゲスクズ君……」
俺も鬼じゃない。
しばらくの間、その場所に住まわせてやるよ。物事を進めるには手順というものがあるからな。
まずは土地の権利がこちらにある事を示し、不法占拠を止め、退去するよう忠告する。
それでも不法占拠を続けるようであれば、実力行使だ。
領内はボロボロ。ペロペロザウルスも大多数の丘の巨人も俺の手の内。
その状況で、お前に何ができるのか……どう足掻くのか楽しみだよ。
絶対正義の名の下に、丘の巨人を奴隷として酷使し続けてきた巨悪を討つのは実に楽しい。こちらに非がないとなれば尚更だ。
「よし……それじゃあ早速、ゲスクズに警告文を送り付けるか……」
趣向を凝らして、誰が見ても一目瞭然な様にゲスクズが不法占拠している土地側の斜面にも同様の事を書いておく。ゲスクズが読まず破り捨てる可能性もなくはないからな。
夜はライトアップする事で、昼夜問わず確認できるようにもしておこう。
徹底的に逃げ道を塞ぎ、俺の思うように物事を進める。
俺は、鬼のように優しくないんでね。逃げ道を塞いだ事で暴れ始めたら、これ幸いと徹底的に叩き潰す。
ゲスクズが俺の言う事を素直に聞き、すべてを受け容れるのが一番平和的なんだが……。
まあ、あいつはやらんわな……。
絶対にそんな事はしない。それについては確信を持って言える。
それができる奴は、そもそも数百年に渡り丘の巨人を奴隷として酷使しない。
「楽しみだよ。ゲスクズはどんな反応をしてくれるかな……」
そう呟くと、俺はゲスクズ領に視線を向けた。
◆◇◆
二日後の夜、ゲスクズは山の斜面を見て声を震わせる。
『――な、なななななっ……なんだあれはぁぁぁぁ!?』
朝になって子飼いの丘の巨人が持ってきた人間からの手紙。
どうせ碌な事が書いていないと思い、受け取った瞬間、即燃やし、そんな不愉快な物を持ってきた子飼いの丘の巨人を叱りつけ拳骨をくれてやったが、やはり思った通りだった様だ。
山の斜面には、夜でもよく見えるようライトアップされ、遠くからでも読む事ができるよう大きく文字が書かれていた。
『うぐぐぐぐっ……不法占拠者に対する土地明渡請求。貴殿が建物を建て、無断で占拠している土地は、高橋翔の所有地である。貴殿の行為は、不法占拠であって、不動産略奪罪に該当する違法な行為でありますぅ? 貴殿が直ちに、土地の明け渡しに応じない場合、断固たる措置を講じさせて頂く事を念の為、申し添えって……ふ、ふざけるなぁぁぁぁ!』
なにが貴殿だっ! 貴殿、貴殿、貴殿、貴殿と煩いわ!
ここは私が支配する土地だ!
数百年に渡り、私が支配する土地なのだ!
その土地を明け渡せだとっ!?
ふざけるんじゃないっ!!
『不法占拠者に対する土地明渡請求だとっ!? ふざけおって! ここは私の土地だっ! 絶対に渡さん! 絶対に渡さんからなぁぁぁぁ!!』
土地の代金を支払うの嫌さに、土地の権利更新をしなかった事は認めよう。
しかし、それとこれとは話が別だ。
私はこの数百年、ずっと土地の更新料を支払ってきた。
この数百年ずっとだっ!
それを……たった数十年そこら支払わなかっただけでなんだ!
契約の不備をついて、土地を乗っ取るだなんて犯罪行為もいい所じゃないか!
土地の明け渡しに応じない場合、断固たる措置を講じさせて頂くだぁ?
やってみろ。できるもんならやってみるがいい!
だが、それをやったが最後、この世界に存在する霜の巨人全てがお前の敵になる事を忘れるな。霜の巨人は、数が少ない分、仲間意識が強い。
この私と敵対するという事は、霜の巨人全てに宣戦布告するのと同義。
それに私はこの世界で唯一、ペロペロザウルスの卵の販売を行っている。
そう。精霊の大好物であるペロペロザウルスの卵……それを生み出すペロペロザウルスの飼育を行っているのだ。
即ち、それはペロペロザウルスの卵の流通そのものを握っているという事。
取って食べるだけで育てるという概念のない霜の巨人にとって、モンスターの飼育は至難。
私だ。私だけが特別なのだ。
他の脳筋共と違い私だけが特別……。
少なくとも今回献上予定のペロペロザウルスの卵を苗床ごと奪われたとなれば、卵を楽しみにしていた霜の巨人達は怒り狂う。
『人間風情が調子に乗るなよ……そんなに私と敵対したいならその願い叶えてやろう!』
どの道、向こう側に行ってしまったペロペロザウルスを取り戻さなければならなかったのだ。私の美学に反するが仕方がない。
そう呟くと、ゲスクズは窓ガラスに拳を叩き付けた。
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