第31話 その頃のカツアゲ高校生達は……

「はあっ……。なんだってこんな事に……」


 逮捕された時の事を思い出すと、憂鬱な気分になる。

 あの時、あのおっさんをカツアゲしなければ、こんな事にはならなかったのに……。

 できる事なら時を戻したい。

 しかし、それも無理な話だ。

 覆水盆に返らず。

 一度起こしてしまった事は二度と元には戻らない。


「俺達、一体どうなるんだよ……」


 警察官に逮捕された直後、俺が連れて来られた場所。そこは取調室だった。

 警察官と共に刑事課の広い部屋に入っていき、奥にある取調室に向かって歩いていくと、途中、警察官達の話し声が聞こえてくる。


「……これは酷いな」

「自転車の空気入れで殴ってますね……」

「三千万円のスクラッチくじをカツアゲか……」


 警察官達が動画を見て口々にそんな事を言っている。

 警察官達の言葉に耳を塞ぎながら、取調室に入ると奥の椅子にかけるよう言われた。


「それじゃあ、吉岡光希君。そこの椅子に座ってくれるかな?」

「は、はい」


 椅子に座ると、警察官が正面に座る。

 そして奥にもう一人。警察官が壁に向かって座っている。


「いやあ、最近寒くなってきたね。それじゃあ、取り調べを始めようか。さっきの話をもう一度聞かせてくれるかな?」


 そんな風に雑談交じりで始まった取り調べも、容疑の動機を聞く段になった辺りから警察官の口調が厳しくなってきた。


「……それで、君達はどこで高橋翔さんに会ったの?」

「そ、それは、高校近くのイオンで……」

「ふうん。イオンでね……。それで、君達はなんで高橋翔さんに強盗致傷を働いてしまったのかな?」


 ご、強盗致傷!?

 強盗致傷なんてそんな大げさな……。

 俺達はただあのおっさんをカツアゲしただけだ。


「ご、強盗致傷だなんて大げさな……。俺達はただカツアゲをしただけで……。それに元はといえばアイツが俺達にぶつかってきたんだ」

「そう。ぶつかってきたんだ? それで、高橋翔さんはその時、何か言わなかったかい?」

「ま、まあ、すいませんとか言っていた気がするけど……」

「へえ、そうなんだ。高橋翔さんは身体を君達にぶつけてしまい謝罪したと、そういう事だね?」

「えっ? ま、まあ、そうだけど……」

「うーん……」


 そう言うと警察官は考え込む。


「それなら、なんで君達は高橋翔さんに暴行を働き、金品を巻き上げたんだい? 高橋翔さんはその場で謝罪したんだよね?」

「えっ? それは……」


 と、特に理由はないけど……。

 ぶつかってきて少しだけイラついたからカツアゲしただけで……。

 それにあいつが高額当選のスクラッチくじを隠すから……。


「……何か理由があって高橋翔さんに暴行を働き、金品を巻き上げたのだろう?」

「そ、それは……。俺達はただカツアゲしただけで、暴行を働き、金品を巻き上げただなんてそんな大層なもんじゃ……」

「でも、高校生五人で高橋翔さんを囲み自転車の空気入れで殴り付け、三千万円相当のスクラッチくじと財布を巻き上げたんだろう? 立派な強盗致傷事件じゃないか。それに、ここに来る前、高校でその事を認めていただろう?」

「うっ……。そ、それは……。すいませんでした」


 そう言うと、ノートパソコンのタイピング音が部屋の中に鳴り響く。


 俺達がやった事を淡々と確認されるだけのこの会話。

 なんだか部屋の中の空気が重く感じる。

 それに強盗致傷事件って……。


「あ、あの……」

「うん? なんだい?」

「お、俺達、これからどうなるんですか?」


 そう質問すると、警察官が考え込む。


「……それは検察次第だね。私からは何も言えない。すまないね」

「そ、そうですか……」


 真っ暗闇の中、崖に向かって突き進んでいるかの様な気分だ。

 怖い。一体、俺達はどうなってしまうんだろう。


 俯いていると、警察官がテーブルに紙を置いてくる。


「……これは供述調書だ。内容に間違いないか確認して納得して貰えたら最後のページと、全てのページの右端に拇印を押してね」

「わ、わかりました……」


 供述証書を見てみると、そこには難しい言い回しで、今回の事柄が書かれていた。

 内容を確認すると、まるで俺達が犯罪者である様な書き振りで書かれている。


「こ、これじゃあ、まるで犯罪者みたいじゃないですか!」


 故意に被害者を暴行し、三千万円相当の金券を奪取したって、なんだよこれっ!


「うん? 何か違う点があるのかい?」

「あ、当たり前だろ! 『故意に被害者を暴行し』ってなんだよ!」


 供述調書をテーブルに置くと、それが書かれた箇所に指をあてる。


「おかしくないと思うけど……。まさか、故意ではなく、不注意で暴力を振るったとでも言うつもりかい? 不注意で暴力を振るい、不注意で三千万円相当の金券を奪取したと?」

「お、俺が言いたいのはそういう事じゃなくて……」

「それじゃあ、何が言いたいんだい? ここは、取調室で、今、行っているのは君の供述を記録する為の作業だからね。供述調書に間違いがあるなら訂正するよ?」

「ち、ちがっ……。俺が言いたいのは……」


 お、俺が言いたいのはそんな事じゃない!

 これじゃあ、俺が犯罪を犯したみたいじゃないか!

 俺はそんな事言っていない。ただ、おっさんをカツアゲしただけだ。

『故意に』とか『暴行し』とか『奪取し』だなんて言葉使ってないだろ!


「……俺はこんな事言っていない。供述調書は俺の証言をまとめるものなんだろ。だったら、こんな書き方じゃなくて、俺が言った言葉をそのまま書けよ」


 そう言うと、警察官がため息をつく。


「……あのね。君はもう高校生だろう? それじゃあ、君は供述調書に『被害者から三千万円相当の金券をカツアゲし』とでも書けと言うつもりかい?」

「そ、そうだ。俺は、こんな事言ってない!」


「……カツアゲはね。相手を恐喝して金銭を巻き上げる事を言うんだよ。わかる? カツアゲっていうのは恐喝罪で、暴行または脅迫を用いて、相手方の犯行を抑圧するに足りない程度に畏怖させ、財物の交付を要求する事を意味するんだ。でもね。それが成立するのは、相手の反抗を抑圧するに足りない程度、つまり、相手が反抗できる程度の強さでなければならず、それを超えて相手が抵抗できないほどの強さの暴行や脅迫は想定されていないんだよ」

「ど、どういうことですか?」


 何がなんやらサッパリわからない。

 もう少しわかりやすく教えて欲しい。


「……簡単に言えば、脅しただけなら恐喝罪。脅すだけでなく実際に手を出して怪我をさせたら暴行罪。今回、君達は高橋翔さんに全治二ヶ月の怪我を負わせ、三千万円相当の金券を巻き上げてしまった。だから強盗致傷が適用される可能性が高いと、そういう事だよ。供述調書に『故意に被害者を暴行し、三千万円相当の金券を奪取した』と書かれた理由。わかってくれたかな?」

「う、ううっ……。でも、それじゃあ……」

「まあ、まだ時間はあるし、今日の所はここまでにしておこう……。君も突然、警察署に連れてこられて混乱しているみたいだしね。とりあえず、留置所に案内するよ」


 そういって、案内された留置所では、俺と同じく疲弊した表情を浮かべる仲間達の姿があった。


 留置場は四畳から六畳程の広さで、俺達が逃げられないよう鉄格子が付けられている。

 留置場に入れられると、俺はため息をついた。


「はあっ……。お前らと一緒かよ。青山と遠藤はどうした?」

「ああ、よっちゃん。お疲れ。青山と遠藤は別の部屋にいるみたいだよ。それで、取り調べはどうだったよ?」

「どうもこうもないぜ。最悪だよ……。俺達、どうなるんだ……」

「とりあえず、今日の所はここにお泊まりだろ……。スマホも取り上げられちまったし、どうするんだよー」


 座敷に座り項垂れていると湊が呟く様に言う。


「……大丈夫だって、俺が警察官に言って弁護士を依頼しておいた」

「弁護士に? そんな事、できるのかよ!?」

「当たり前だろ? 俺達にも弁護士に依頼する権利はある。まあ、漫画の受け売りだけどな。そうだ……お前ら供述調書に押印なんかするなよ? 警察に何を言われてもだ」

「な、なんでだよ?」

「決まっているだろ? 供述調書ってーのは、裁判結果に大きな影響を及ぼすからだよ。お前等まだ犯罪者になりたくないだろ? 犯罪者になりたくなければ弁護士に相談するまで絶対にサインするんじゃねーぞ」

「あ、ああ、わかったよ」


 あ、危ねえぇぇぇぇ!

 危うくサインする所だった。

 言われてみれば、あの供述調書の内容。

 明らかに俺達に不利になる様な書き方をしていた。おかしいと思っていたんだ。

 ゴネて本当によかった。


「でも、金はどうするんだ?」

「金?」

「ああ、弁護士に依頼するんだろ? とんでもない金額を請求されるんじゃねーか?」


 すると湊は意気揚々と呟く。


「ヨっちゃん、漫画の読み込みが足らな過ぎ……。国選弁護士ってーのは国が弁護士費用を負担してくれるんだぜ? まあ、どんな弁護士がつくかはわからねーけど、大丈夫だって!」

「ほ、本当か? 本当に俺達に弁護士がついてくれるのか?」

「ああ、当たり前だろ? 俺達はただ、おっさんをカツアゲしただけ。収監されなきゃいけない程の罪は犯してねーよ」

「そ、それもそうだな……」


 流石は湊だ。将来、弁護士を目指しているだけの事はある。

 きっと、逆転裁判とか、色々なゲームや漫画を確認して知識を得ているのだろう。

 正直、そんな知識役に立つか馬鹿と、心の底では罵倒していたが今だけは頼もしい。


「……まあ、弁護士との話については任せておけよ。お前達は弁護士が接触してくるまでの数日間、反省したふりして供述証書にサインをしなければいい。簡単な事だろ?」

「あ、ああ、そうだな!」


 凄い!

 いつもは頼りない湊が滅茶苦茶凄く見える。

 超頼もしい。


 翌日、留置場に泊まる事になった俺達は、反省した振りをしつつも警察官の作成した供述調書にサインすることなく事の推移を見守っていると、湊に弁護士からの接触があった。

 俺達が逮捕されてから、その翌日に動いてくれるとは頼もしい。

 さぞかし、優秀な弁護士なのだろう。


 俺達が警察官からの取り調べを終え、留置場に戻ると湊が笑顔を浮かべていた。


「ヨッちゃん! 弁護士ガチャで当たりを引いたぞ! 野梅とかいう少年事件に強い弁護士が俺達に着いてくれた。示談できる様に話を持っていってくれるってよ!」

「ほ、本当か!?」

「ああ、ただ強盗致傷事件は執行猶予が難しいらしいからな……。とりあえず、取り調べでは反省した振りを続けて、警察官の心証を良くしておくんだ。あと供述調書については、やっていない事を書かれていたら遠慮なく言ってほしいってさ。弁護士が抗議してくれるらしいぞ」

「本当かよ!」


 野梅弁護士か。

 名前はヤバいが中々、いい弁護士じゃないか。

 これなら安心できそうだ。

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