第32話 加害者親の暴走に困惑する野梅法律相談事務所

「はあっ!? それは一体、どういう事ですか!?」


 私の名前は野梅八屋。

 野梅法律相談事務所の弁護士だ。


 示談交渉をする為、親戚が運営する探偵事務所。YABAI探偵事務所に高橋翔の所在地の把握を依頼したら、何故か、その情報が依頼人達にまで伝わり、その内の一部が高橋翔に突撃したらしい。


 聞けば、依頼者と私とで高橋翔の捜索依頼がバッティングしていた為、こんな事になったとか……。


 い、意味がわからない。

 一体、どういう事これ?


 加害者の親が国選弁護士である私を無視して、示談したくないと言っている被害者に直接電話をするだけではなく、ホテルを特定して押し掛けるなんて……。


 ただでさえ、まずい状況だというのに、なんでそんな火に油を注ぐ様な真似を……。

 加害者の親達は我が子を犯罪者にでも仕立て上げたいのだろうか?


 高橋翔と示談できなきゃ、あんたらの子供達は皆、前科が付いちゃうんだよ?

 示談しないと現状、百パーセント、強盗致傷で六年以上の刑罰を受ける可能性があるんだよ?

 その位、強盗致傷って重い刑罰なんだよ?

 そこの所、わかってる??


 最初の電話で高橋翔との示談交渉は難航すると踏んだから、とりあえず、場所だけでも押さえておこうと思ったのに、まさか、勝手に探偵雇って突撃するとは……。


 空いた口が塞がらない。


 ま、まだリカバリー可能だろうか?

 というより、馬鹿なの?

 探偵雇って突撃するとか、子供が警察に逮捕されてパニックになる気持ちもわからなくもないけど、やる事が突拍子過ぎる。

 というより、どうやって高橋翔の存在を知ったの??

 私は一切、被害者の名前や連絡先を教えていないんだけど!?

 まさか、動画か?

 高橋翔を暴行する高校生達の動画を見て特定したとか?

 それとも親戚の暴走か?

 私が出した高橋翔の捜索依頼と、加害者の親が出した捜索依頼を紐付けたとか??


 いや、今はそんな事を言っていても仕方がない。


 と、とりあえず、これ以上問題行動を起こさない様、連絡を入れておかないと……。

 これ以上、勝手に行動されると場合によっては、今回、高橋翔のいる場所に突撃をかました加害者の親達までお縄に付きかねない。


 テーブルに置かれた受話器を手に取ると、急いで高校生達の両親に電話をかける。

 しかし、誰も出る気配はない。


「くそっ! 今日は休日だぞ。平日ならいざ知らず、なんでこの時間に自宅にいないんだ!」


 こんな事なら、高校生達から両親の携帯電話の番号を聞いておけばよかった。

 仕方がないので、留守番電話にメッセージだけは残しておく。


「お願いだから、大人しくしていてくれよ……」


 これ以上の暴走は本気で洒落にならない。

 神棚に向かって合掌すると、私はゆっくり目を瞑った。


 ◇◆◇


 加害者高校生達の親を退けた俺が部屋でゴロゴロしながらテレビを見ていると、部屋をノックする音が聞こえてくる。


「うん? 誰だろ?」


 客室清掃員が来たのかな?

 一応、部屋の外に、清掃不要の札をかけておいたんだけど……。


 ベッドから立ち上がると、ドアの覗き穴に目を当てる。

 そこには先程、レストランで話しかけてきた加害者高校生達の親がいた。


「ええ……?」


 どういう事?

 この人達がなんで部屋の前にいるの??


『ちょっと、あんた! ここにいるのはわかっているのよ!』

『すぐに部屋から出てきなさい!』

『あんた、さっきは舐めた事をしてくれたわね! いい加減にしなさいよ!』


 うわっ……。

 部屋から出て行った瞬間、大変な事になりそうなのが目に浮かぶ。

 これじゃあ、絶対に部屋の外に出れないな……。どうしよう。


 それにしても、なんでこの人達が俺の部屋の前に……。

 カンデオホテルのエレベーターは宿泊施設又はレストラン利用の客しか使えない筈、まさか、俺と示談交渉する為だけにホテルに泊まったの?

 いや……。

 レストランで俺を待っていたみたいだし、レストラン利用を理由にしてエレベーターを使ったのかな?


 それにしてもよく俺が宿泊している部屋がわかったな。探偵凄っ!


 とはいえ、今、部屋の外に出れば何をされるかわからない。

 ここはホテルの人に対処して貰おう。


 ドアを叩きエンドレス罵倒する加害者高校生の親を放置すると、部屋に設置された受話器を取りフロントに電話する。


『はい。フロントでございます』


「すいません。十階十五号室の高橋と申します。今、部屋の前で不審者がドアを叩いているのですが、対処して頂けませんか?」


『不審者ですか? 承知致しました。すぐに担当を向かわせます』


「はい。よろしくお願いします」


 そう言って受話器を置くと、ドアをノックする音と罵声をアイテムストレージから取り出した録音機に記録しながら、ホテルマンの到着を待つ。

 数分後、ホテルマンが到着したのか、ドアの向こう側から「何をやっているんですか! あなた達は!」という声が聞こえてくる。


 中々、早い対応だ。

 加害者高校生達の親の行動力には驚かされたが、これは普通にアウト。

 被害者が泊まっているホテルの部屋の前まで押し掛けるのは、駄目だろう。


 しばらくすると、ドアの前が静かになった。

 ドアに耳を当てると、加害者高校生達の親の声がどんどん遠くなっていく。

 恐らく、ホテルマンにドナドナされたのだろう。

 行動力のある加害者高校生達の親ほど困る存在はいない。


 とはいえ、これからどうしよう?

 完全にホテルと部屋が特定されている見たいだし、かといって、今、ホテルから出るのは危険が伴う。

 せめて、部屋だけでも変えてもらう事はできないかな?


 そんな事を思っていると、ドアをノックする音が聞こえてくる。


『すいません。ホテルの者ですが、少々よろしいでしょうか?』

「はい。すぐ行きますね」


 念の為、覗き穴からドアを覗くと、そこにはホテルマンが立っていた。

 他に人がいない事を確認すると、ドアを開ける。


「お待たせしました。いや、すいませんね。対応して頂きありがとうごさいます」

「いえ、こちらこそ申し訳ございません。先程の方々は出入禁止処分に致しました。部屋を変更する事もできますがいかが致しますか?」

「えっ? いいんですか?」


 そう言うと、ホテルマンは首を縦に振る。


「はい。高橋様さえ良ければですが、十四階の客室を用意させて頂きます。すぐに移動する事もできますが、いかが致しましょうか?」


 正直、願ったり叶ったりである。


「ぜひ、部屋を変えて下さい」

「はい。それでは、これから案内致します。荷物等はございますでしょうか?」

「いえ、運ぶ荷物は特にありません。それでは、部屋に案内して頂けますか?」

「はい。畏まりました。それでは、私について来て下さい」


 俺は部屋のカードキーを手に取ると、そのままホテルマンについて行く。


「こちらが高橋様の宿泊される新しい部屋となります」


 エレベーターに乗り十四階にある部屋に案内されると、ホテルマンにカードキーを渡し、代わりに新しい部屋のカードキーを受け取った。


「それでは、私はこれで失礼致します。この度は大変申し訳ございませんでした」

「いえいえ、気にしないで下さい」


 部屋のドアを閉めると、俺は窓の外から下を見る。

 下を見ると、ホテル前にパトカーが数台止まっていた。

 ホテルマンは出入禁止処分にしたと言っていたが、それより厳しい処分が下ったようだ。


 まあ、妥当な処分である。


 普通に考えて、加害者の親が示談を求めて被害者の元を訪れるのは駄目だろう。住居侵入罪だし、手段を選ばずホテルにまで迷惑をかけるなんて言語道断だ。


 しかし、加害者高校生達の親まで警察のお世話になるなんて、大丈夫だろうか?

 もう示談云々言っている場合じゃない気がする。


 まあ、示談交渉に応じる気は全くないんだけど……。

 それにしても、さっきの罵声凄かったな。

 もし、部屋にいるのが別の人だったらより大変な事になっていたのではないだろうか?


 まあ、いいか。

 加害者高校生達の親まで逮捕されて大変だろうけど、俺には関係ないし、あっちが勝手に自爆しただけ。まあ、後から難癖を付けてきそうな気はするけど、応じなければいい訳だし……。


 そう考えると、ホテルを住まいにするって結構いいな。

 自宅だと警察を呼ぶしかないし、警察もすぐに駆けつけてくれる訳じゃないから、すぐに対応してくれるホテルマンのいるホテルというのは素晴らしい。


 七年位前にコンビニのバイトをした事があったけど、万引き犯を捕まえ、警察を呼んだ時、コンビニと交番が五十メートルも離れていないのに二十分もかけて警察官がのんびり自転車で来た時には、憤慨ものだった。


 ……いや、まあ、その話は置いておこう。もう終わった話だ。


 何が言いたかったかといえば、ホテル生活いいじゃないかという事である。

 もういっその事、ホテル暮らしに変えようかな?


 うん。なんだかその方がいい様な気がしてきた。

 スクラッチくじの当選金。一億八千万円があれば、ホテル暮らしも余裕だろうし、ちょっと考えておこう。


「さてと……」


 今日辺り、冒険者協会に紹介して貰った冒険者が宿屋を訪ねるかもしれない。

 一旦、DWにログインするか……。


 朝食も済んだし、変な人達も警察に連行された。

 加害者高校生達の親が捕まった事も、すぐその界隈の人達に広まるだろうし、当分の間、手出しをしてくる事はないだろう。


 まあ、そもそも部屋から出なければいい事だしね。

 それにDWにログインしている間は、その心配も無くなる。


 俺はベッドの上で横になると「――コネクト『Different World』」と呟き、DWの世界へとログインする事にした。


 俺が『地上げ屋本舗』から巻き上げた宿屋『微睡の宿』の一室へとログインしてすぐ、部屋のドアをノックする音が聞こえてくる。


『カケル様。お休みの所、失礼致します。今、よろしいでしょうか?』

「はい。大丈夫です。今、行きますね」


 これ以上ない絶妙なタイミングだ。

 まさか、俺がログインしてすぐ、イベントが発生するとは思いもしなかった。


 部屋のドアを開けると、そこには初老のホテルマンと厳つい顔をしたおっさんが佇んでいた。


「えっと、何の用でしょうか? こちらの方は??」


 そうホテルマンに尋ねると、ホテルマンは困った表情を浮かべる。


「ええと、この方は『微睡の宿』の警備希望の御方です」

「えっ? この人が??」


 そう呟くと、まるでライオンの様な顔をした警備希望の男が笑みを浮かべた。


「ワシはレイネル・グッジョブ。元Sランク冒険者だ。よろしく頼む。このワシが宿の警備になったからには任せておけ。お前が敵対した冷蔵庫組位軽く片付けてやろう」


 冒険者協会が『微睡の宿』の警備として押してきた人物。それは元Sランク冒険者だった。

 唖然とした表情を浮かべると、レイネル・グッジョブが俺の手を取り握手を求めてきた。

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